あの空に帰るまで   作:銀鈴

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12 損害

 チリ、と暗い視界に一筋の光が差し込んだ。

 どうやら俺は、いつの間にか意識を失う事が出来ていたらしい。

 

「あ、がぁ……」

 

 そしてそのまま動こうとし、全身に走る激痛で思考が中断された。何を確認するにしても、先ずは身体を治さない事には話にならない様だ。

 

「い、癒しよ来たれ、始まりの光

 ──ヒール」

 

 なけなしの魔力を振り絞り発動した回復魔術は、どうにか折れた骨を繋ぐ事だけはしてくれたらしい。未だに身体は痛むが、どうにか起き上がり木に寄りかかる。そうやって、半分になった視界で俺が見た光景は無惨なものだった。

 

 村を焼いた炎の姿はもう見えない。代わりに存在するのは、焼け落ち灰と炭化でもしたのか黒くなった建造物の跡。そして、黒いナニカに群がる鴉の様な野鳥達。

 

「ほんと、酷いなぁ……」

 

 こんな惨状を齎したのは、仕方ない面もあったとはいえ紛れもなく自分。パンデミック的にああなったのか、それとも死んだままで生活していたのか。どっちにしろ、俺が来た事でその生活をぶち壊した事だけは確かだ。そして健常な、なんでもないただの人間を1人、間違えて殺したのも俺だ。

 

「ははっ」

 

 自己否定ーー後悔を否定しました

 

 もう笑うしか出来ない。そんな気持ちすら捨てろって言うのかこのチートは。俺は半分化け物になったらしいし、ある意味お似合いか。

 そう自嘲しつつ、収納していた吸いかけのタバコを取り出して咥え、ボロボロの足の上に残しておいたシーツを取り出す。

 

「切るのは……槍でいいか」

 

 取り敢えず見えなくなった左眼は、眼帯でもしておいた方が良いだろう。そう思って、刺さったままになっていた自分の槍に手を伸ばし──その手が空をきった。

 

「あれ?」

 

 informationーー設定が更新されました

 informationーー最適化が実行されました

 

 もう1度試してみると、今度は問題なく手に取る事が出来た。こういうところだけは、このチートに感謝するしかない。これがなければ生活出来なくなってた……いや、そもそも生きていられなかったのは容易に想像出来るから。

 

「今は、これでいいか」

 

 槍で細長く引き裂いたシーツを巻きつけ、即席の眼帯にする。中々邪魔だけど、背に腹はかえられない。水と食料が焼け残っていたりしないか。そう思って、木の作っている木陰から出た瞬間だった。

 

「あっつ!?」

 

 降り注ぐ日光が、夏だという事を加味しても異常に熱かった。まるで砂漠に降り注ぐ太陽の様だ。耐えられないものではないが、辛い事には違いない。慌ててシーツをマントの様に羽織れば、その痛みは多少マシになった。何故? そう思った俺の頭に1つの言葉が蘇ってきた。

 

半吸血鬼(ダンピール)と化すのは避けられ無かった様じゃが関係はあるまい』

 

 ここら辺の天候が急激に変わった可能性を除けば、考えられる可能性はそれだけだろう。ダンピール……地球での創作物だと、人と吸血鬼の混血。往々にして吸血鬼の弱点は持たないものだった筈。それが有るって事は、そっちの適性みたいな物も俺は低かったのか。

 

「関係、大有りじゃん」

 

 ジリジリと肌を焼く太陽の中、愚痴りながら滅んだ村を散策する。探す物は第1に水。第2に食料。そして最後に、いる筈がないが生存者。贖罪……なのだろうか。居た場合は、絶対に助けないといけないという考えが頭の中はグルグルと巡っている。

 

「先ずは、水をどうにか……」

 

 確か、宿屋の裏手に大きめの井戸があった筈だ。それに、宿屋の倒壊の仕方からして巻き込まれてはいない筈だ。川を探して態々お腹を壊す水を飲むより、こっちを探し出す方が良い。汚染されてない前提だけど。

 瓦礫を槍でひっくり返しつつ、辿り着いた倒壊し全焼した宿。そこの裏手に存在していた筈の井戸は、無惨に崩れてしまっていた。が、使えない事もなさそうではある。

 

「力よ来たれ」

 

 槍を地面に刺し、軽く自身を強化してから、崩れた木造部分と石製の部分をどかしていく。十数分かけ片付け続けると、そこには深い穴がぽっかりと口を開けていた。

 

「いつのまにか、独り言が多くなったなぁ」

 

 そう呟きながら、焦げてはいるものの比較的無事な桶を拾う。縄も結構燃えてるけど、多分平気だろう。

 そう判断して燃え残った縄の切れ端を掴み、桶を井戸に投げ入れる。数秒後、ちゃんとした着水音が聞こえてきた。僥倖だ。そう思い、ロープで桶を引っ張り上げようとした時に気がついた。

 

「……片手じゃ無理じゃん」

 

 例え強化がかかっていようと滑車がないから持ち上げるのが辛く、滑車の代用品を作るにしても引っ張った状態の維持は片手じゃ難しい。

 

「《収納》《排出》」

 

 しっかりと頭の中に紐のついた桶をイメージし、チートに収納してから排出する。すると、ゴトンという音を鳴らし足下に水が一杯に貯まった桶が出現していた。

 臭いは普通。色も透明。謎の沈殿もなし。とりあえず舐めてみたけど、変な味もない。

 

「よし、飲めそうだ」

 

 最悪の場合でも腹を下すだけだろう。後は、食料さえ確保できればどうにか活動する事は出来なくもない。そうとなれば、やる事は1つである。

 

「生き残り、探さないとな」

 

 どうせ、帰るにしても準備が必要だ。旅装の欠片もない俺では、王都に帰るどころか、近隣の生活圏に辿り着く事すら不可能だ。水を持ち運べる何かが、残っていれば良いのだけれど。

 

 

 村の中を探る事数時間。決して多くはない村の建物をひっくり返し続けたが、ロクなものは見つける事は出来なかった。

 

「残るは村長の家だけ、か」

 

 大きい建物なだけなので、実際は違うかもしれないが。無論ここも、炎に巻かれて焼け落ちている。何かを探すのには一苦労だろう。

 

「でも、今日のうちにやらないとな」

 

 もう日は傾いている。今から森を抜けるのは自殺行為だし、もし生存者がいた場合早く助ける方が良いに決まっている。半日は少なくとも飲まず食わずだろうし。

 

 強化した身体で屋根を剥がす。作りがしっかりとしている場所は、収納と排出のコンボで抉り解体する。そうやって見えてきたのは、この世界らしい真っ暗な現実だった。

 

「金貨に武器、防具に始まってその他諸々。その上本人までいるとは、思いもしませんでしたよ」

「き、貴様が勇者か!」

 

 財宝に囲まれてこちらを見上げるのは、地球基準で見ればぽっちゃりの男。この村に来た時に見た人と比べれば、明らかに太り過ぎな人物だった。今、チートで無理矢理こじ開けたこの部屋は、武器防具から始まり溜め込んだ財を保管しておく様な場所の様だ。あの火災にも耐えてる事だし、間違いないと思う。

 

「そうですが」

「片腕がなく、片目も失って……穢らわしい!」

「は?」

「今すぐ私の前から失せよ!」

 

 一瞬でそこまで見抜いた辺り、悪くない目を持ってはいるのだろう。装飾過多な鎧を纏ってる事からして、恐らく戦えない事もないのだろう。

 

「私には、王から預かったこの村を存続させる義務があるのだ! 完璧なる人間の村に、貴様の様なゴミは要らぬ! もう1度言うぞ、今すぐ失せよ!」

「存続ね……なら、なんで貴方はこの村をこんなになるまで放っておいたんですか? ああ、これを聞いたら消えますよ」

「ふ、ふひひ、聞き分けが良いではないか! 良いだろう教えてやる。貴族である私が、村人なぞを守る必要はないからだ! あの様なクズどもは、私を守って死ぬだけの駒だからなぁ!」

 

 気持ちの悪い笑い声をあげて、貴族らしい村長はそんな事を言い放った。……これが、この国の貴族の実態という事らしい。事前に知っていたとはいえ、現実に見るとこうも不快だとは思わなかった。

 

「自己否定」

 

 承認

 自己否定ーー良心を否定しました

 

 痛みの否定は出来ない様だが、純粋な心の動きだからかこちらは否定してくれた。うん、なんだろうね。思いは欠けてるのに、どうしても目の前の奴を怒りで直視出来ない。

 別に、自分の事を言われるのはいいのだ。けれど何か。何かは分からないけど、心が軋んだ声で何かを伝えてくる。

 

「そ、そら話したぞ。早く消え去れゴミが!」

「そうですね」

 

 そう言いつつ、俺は槍を振りかぶる。

 

「貴様! 誰に槍を向け」

「《収納》《排出》」

 

 村長は鎧ごと身体をゴトンと倒し、頭は部屋の端に転がっている。部屋の半分程が、吹き出した血で染まっていく。そんな中、怒声を発した状態で固まったその表情は、どこか酷く滑稽に見えた。

 初めて、自らの意思で人の命を奪ったというのに、何故か俺の心は酷く凪いでいた。思う事なんて、折角の場所を血で汚してしまったくらいしかない。ああ、本当に気持ち悪い。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 異常に冷めきった気持ちのまま、綺麗に並べられた財宝を物色する。やってる事は勇者じゃなく9割方盗賊だけど気にしない。やる事はやってしまったのだ。このままここで道具を腐らせるよりも良いだろうしね。

 

 金貨は回収。鎧に籠手は、無事な物は全部サイズが合わないから放置。数本しか無かったが、スペアとして槍を回収する。追加で切れかかっていたベルトを交換し、無骨な短剣を1本拝借して佩いておく。装飾過多な実用性皆無の物が多くて辟易するが、それらを除けば素人目にも業物と分かるものばかりで腹立たしい。

 

「後は、背負える袋みたいなものを……ん?」

 

 使える物は使う精神で物色を続けていくと、財宝に埋もれる様に、床に金属製の扉が存在している事を確認できた。直感に従いそれを開くと、そこからは腐臭が漂ってきた。

 

「真っ黒かよ」

 

 もしかしたら、この村があんな事になったのはこれが原因なのかもしれない。そう思って不快感を押し殺しつつ、地下へと続く梯子下った先に存在していたのは、一言で言い表すならば牢獄だった。部屋の数は6箇所。そのうち全てに、腐臭の元である死体が転がっていた。

 何か、貴族の良くない趣味でもあったのだろう。悍ましいナニカがあっただろう事は間違いない。

 

「……せめて、安らかに」

 

 この場では、通じるか分からないが十字をきるしか出来なかった。

 梯子を登り扉を閉める。そうやって溜め息を吐いた頃には、既に日はとっぷりと暮れていた。数日前までと比べればかなり夜目が効くが、それでも視界は悪い。

 

「今日は、泊まるしかないか」

 

 そんな事を呟いた俺の顔に、一滴の水が落ちてきた。そしてそれは、段々と激しくなり大雨となっていく。

 

「はぁ……」

 

 俺は、とことん運を持っていない様だった。

 雨風が凌げる場所、あったっけ?

 

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