お婆さんの鋭利な眼光がこちらを貫き、どこからか生えた鋭い枝が喉元に突きつけられていた。左眼に半透明の光が乱舞している事から魔術と分かるが、何も見えなかった。
自己否定ーー動揺を否定しました
冷や汗が頬を伝う中、ゆっくりと目を動かすと、その枝は点滴の様な物の支柱から生えていた。分かっていた事だが、ここで俺の命はあってないようなものらしい。
「もう一度、言ってみな。事によっちゃ、私たち全体が人に敵対する事になるよ」
「俺の立場は、一応は勇者という事になってます。まあ、見た通りの邪魔者なんでこんな死地に送られた訳ですが」
自嘲するように笑い、左肩と左目を強調して見せる。そういえば、最近女装してないな……いや、したいというわけではないのだが。ここ最近ずっと戦ってしかいなかった上、死の何歩か手前に身を置いていたのだ。「人」の「日常」こそが自分の居るべき世界という事を、ふとした時に忘れそうになる。
「ふむ……つまり、関係はないんだね?」
「何がです?」
そんな主語が抜け落ちた質問をされても、首を傾げる他ない。俺のバックには姫様くらいしかいないが、そもそもこんな最前線に姫様の計画が伝わってるとは思えない。ともなれば、俺が答えられる言葉は不明か否かの二択となる。
「本当に、何も知らないと思っていいんだね?」
「はい」
自己否定ーー判定に失敗しました
一瞬身体に違和感を感じ、チートの結果を見て何かをされた事だけが分かった。こちらに何かをする意図はあった様だが、即座に害はない様に思える。違ったら違ったでそれまでだ。……案外、心を読まれてたりして
「ふむ、どうやら本当の様だね。疑って悪かったよ」
「いえ、即座に殺されてもおかしくなかったので。こちらこそ、感謝です」
シュルシュルと枝が小さくなり、最後には支柱と一体化した。本当に無害なのか、いつでも殺せるという意思表示なのか。まあ、栓の無い事か。
「ふ、人族にしては礼儀が出来てるじゃないか」
「恐縮です」
『#wFnMn……h3Ci1』
最後に何かお婆さんが呟いているのが聞こえたが、あのよく分からない言語だった為意味は分からなかった。だがなんだろうか、何か大切な事を聞き逃してしまった様な気がする。
「その身体の毒が抜けるまでの1週間、ゆっくりしていくといいさね。エウリをつけるから、不自由はない筈だよ」
「え、あの、え、はい?」
突然、話が切り替わった。飲み終わったコップを回収して戻って行くお婆さんを前に、俺は疑問の声を出すことしか出来なかった。
「なんだい?」
「いえ、治療はしたんだから出て行けと、叩き出されるものだと思っていたので」
「私らは、種族的にハーフとかの混血が多い。だから、ただの人間なら兎も角、死にかけた同類を見捨てる事なんてしないよ」
そうして「さっさと寝るんだね」と言い残し、お婆さんは去って行ってしまった。こうなると、俺に出来ることは何もない。コートや槍はチートの中に、ベルトや短剣に始まる装備は近くの台の上に置かれているが、室内で振り回す訳にはいかないし、何より安静にしていないとマズイだろう。手甲と胸当ても、無事に置いてあった。
「……寝るしか、ないか」
少し前まで寝ていた筈だが、元々俺は寝ることが得意だった……筈だ。ここ最近の弊害だろうか、過去の記憶が変に靄がかって思い出せない。まあ、特に気にする事でもないだろう。
そう考えを断ち切り、俺はボフンとベッドに身を沈めた。ちょっと点滴のアレが気になるけど、外れたら外れたという事で。
◇
自己否定ーー吸血衝動を否定しました
自己否定ーー吸血衝動を否定しました
自己否定ーー吸血衝動を否定しました
自己否定ーー魔族化を否定しました
「いギッ!?」
ここに運び込まれてから、恐らく2日目の朝。異常な喉の渇きと、全身を抉られるような
安心して起き上がり、邪魔な手甲や胸当てを仕舞いつつ格好を普段の装いに戻していく。左目を覆う包帯が欲しい所だけど、無い物ねだりをしても仕方がない。
「どうしよう、これ」
あとはコートを羽織れば日光対策も出来て完璧なのだが、点滴の管が邪魔でそれが出来ない。ウツボカズラの様なものの中には既に液体は無く、点滴台自体は何故か動いてくれるのだが、引っ張ってみても蔓が抜けないのだ。
「いっそ斬るか」
短剣を抜き、蔦に押し当てる。抑えることも出来ず、切れ味が鋭い訳でもないのでやりにくいがまあなんとかなるだろう。
「せーのっ」
「
気合を入れて切断しようとする直前、鈴を転がすような声が俺を静止した。何事かと思い声のした方向を向けば、昨日見た少女が立っていた。だが、何故か話す言葉の意味が分かる。
「えっと、邪魔なので切ろうと思いまして……」
「
しかもどうやら、こっちの言葉も通じる様だ。原因として考えられるのは、胸元に赤い宝石があしらわれたペンダントだろうか? 左目の視界にも、ペンダントから半透明の流れが発生して少女を覆っているのが視える。……今更ながら、この眼はそのままらしい。
『◾️◾️◾️◾️◾️』
少女が点滴台に手を当て呪文らしき言葉を唱えると、引っ張っても取れなかった蔓が自然と解けていった。言葉の翻訳といい蔦といい、やはり魔術は便利なものである。
「そういえばだけど、貴女は?」
ホッとしてる様子の少女に、ある程度の事情は察せているが聞いてみる。すると少女は、顔を赤くし服装を整え、改めてこちらに向き直って話し始めた。
「
「よろしく、エウリさん」
そう言って握手を交わしたが、エウリさんの顔は何処と無く無理をしている様に見えるし手は微かに震えている。そんな明らかに不審な様子が気になり目線を辿ると、何故か俺の腰辺りを見ている様だった。謎……ではないか。
「片腕での生活は長いので、多分エウリさんが心配してる様なことはないと思いますよ? まあ、場所は教えてもらわないとですけど」
「
自己否定ーー吸血衝動を否定しました
困った様に笑うエウリさんは、やっぱりとても可愛らしいと思った。それと同時に、チートが瞬時に否定したが美味しそうという考えも浮かび上がってきた。流石にこれは、放置しておくのは些か以上に問題があるだろう。どうにかする手段なんて、誰かの血を吸うという忌避すべきもの以外思いつきもしないが。
「
「いえ、ちょっと身体を動かしたいなと思って」
寝たきりで過ごしたら、かろうじて死なない程度には戦える自分が駄目になってしまう。それに、悩みを晴らすにはうってつけだし。
「
そう思っていたのだが、駄目だとドクターストップを出されてしまった。まあ、自分で納得出来てしまうし、残念だが仕方ないと割り切る事にしよう。
「なら、出歩く事くらいはいいですか?」
「
今度はちゃんとOKらしかった。それじゃあ、遠慮なく案内してもらおうと思う。色々と、行きたい場所は多いのだ。
「先ずは、武器とかを整備してくれるところがあればそこに。今まで使うだけ使ってるのに、ちゃんとした整備をしてませんでしたから」
「
「了解です」
コートを羽織って素肌を日光から守り、焼かれる事がない様にする。そうして準備を終えて振り返ると、楽しそうな顔をしたエウリさんが手に何かを持ってこちらを見ていた。
「
「はい?」
何が起きるのか分からないが、楽しそうなのに断るのは申し訳ないので屈む。それを確認すると、エウリさんは俺の背中側に回り何か紐の様なものをかけてきた。なんか、花のいい匂いがする。
「
「ああ、眼帯の代わり……ありがとうございます」
早く包帯を巻いてしまいたいと思っていたが、花飾りのついた眼帯ならそれはそれで良いのではないだろうか? TPOにも合っていると思うし。
「
「ですね。これからしばらく、よろしくお願いします」
「
そうして俺は、エウリさんの案内で
いつぶりか分からない、気を張り続ける必要がないと感じられる生活。血生臭さと離れられる日常。俺が、元々いたはずの場所。しかも、可愛い見た目は同年代の女の子と一緒に行動するときた。
「少しくらいは、安心してもいいのかな……」
「
「いえ、何も」
こんな考えは甘いのだろう。けれど、少しは休みたいというのが本音で、それを許して貰える建前も整っている。なら、甘えてしまうのが人間というものだろう。
自己否定ーー疑心暗鬼を否定しました
自己否定ーー最悪の想像を否定しました
自己否定ーー懐疑点を否定しました
自己否定ーー不信感を否定しました
主人公の元APPは13.5くらい
エウリのAPPは16くらい