翌朝、俺は気持ちよく目を覚ます事が出来た。多分なんだかんだ言って、俺もここに慣れてきたのだろう。そして気を張る必要がないからか、安心している部分も多いのだろう。
絆されたとも言える自分の未熟を甘んじて受け入れつつ、当てがわれた病室のある建物の、裏庭的な場所で身体を動かす事数十分。いい汗をかいたと、振り回していたスペアの槍を仕舞い身体を休めた時、丁度いいタイミングでタオルが投げ渡された。
「ありがとうございます、エウリさん」
「
「身体を動かさないと、鈍っちゃいそうなので」
受け取ったタオルで滴る汗を拭いた後、返すわけにもいかないので首にかけておく。そして不意の拍子で壊さないよう仕舞っていた花の眼帯を取り出し、取り付けるのにもたついていると、見兼ねたエウリさんが綺麗に付けてくれた。
「
「ん、大丈夫です。ありがとうございます」
実際のところ左眼は、傷はとっくにふさがっている。それに、眼を開いていようが開いてなかろうが。眼帯が有ろうが無かろうが、例の魔力の流れを延々と映し出し続けている。故に眼帯の意味はもうほぼ無いのだが、やはり着けていたいものではあるのだ。
「
「え?」
自己否定ーー動揺を否定しました
不思議そうにエウリさんが、俺に問いかけてきた。ちょっと待って欲しい、そんな事俺も初耳である。髪の毛と目の色?
「《排出》」
先程まで使っていたスペアの槍を取り出し、刃の部分に自分の顔を映してみる。するとそこには、ほんの僅かに変わった自分の顔が映し出されていた。
元々は日本人らしい色だった瞳が、黄色がかった薄茶色……
「うひゃあ!?」
「
「緋色……ですか」
なんというか、燃える様な色だと思った。何がどうなってこの変色が起きているのか
「
「いたぁっ!?」
そんな事を思っていたら、後頭部に地味な痛みが走った。頭を押さえて振り返ると、エウリさんは引き抜いた俺の髪の毛を見せてくれた。
「
「確かにこれは」
確かに抜かれた毛は、燃え盛る様な赤色に変わっていた。自分の髪だとは認識出来るのだが、明らかな異様である。けど、何か違和感は感じないんだよなぁ……
「でもまあ、身体の不調もありませんし。全然大丈夫ですよ」
「
何処と無く不満気だが、一応納得はしてもらえた様だ。ドクターストップもないので、実際もうそこまで問題は無いようだ。
「それにほら、今日は予定もありますし」
「
「本当にダメなら、遠慮なく頼らせてもらいますけどね」
あははと笑いながら俺は言う。毒というものの恐ろしさは、元いた世界の歴史が十二分に証明している。なんらかの後遺症が残ってもおかしくないレベルの濃度で、一気に服毒したらしいし。
「
「そうですね」
こうして、いたって平穏に3日目が始まったのだった。
◇
朝ご飯も終わり、用事があるというエウリさんと別れて数分。俺は、昨日も訪れたフロックスさんの店の前にいた。日は登っているがかなり早い時間だ。エウリさんから『多分大丈夫です(意訳)』とお墨付きを貰っているが、あまり良い気分にはならないのは『まだ人間だから』という事であってほしい。
微妙に考えが逸れた。一度頭を振って考えをリセットし、昨日は無かったが増設されているドアノッカーを鳴らした。すると、昨日とは違い数秒でフロックスさんは現れた。目の下には酷いクマが出来ている。
「おう、来たか」
「来ました」
「付いて来な」
それだけで会話は終わり、フロックスさんは店の奥に行ってしまった。特に理由を問う気も意味もないので大人しく付いていくと、突然開けた空間に出た。木に囲まれた空間で、葉に覆われていない青空が見える。
「ここは?」
「オレの工房ってやつだ。それよりも、だ」
空を見上げていた俺に、不意に何かが放り投げられた。何とか受け取ってみれば、それは
「抜いてみろ」
小さく頷き抜いてみると、刀身の様子が見違える程変わっていた。元々曇った鋼といった様相だったものが、今は綺麗な暗緑色の縞模様が浮かび上がっている。多分、相当に鍛えられているのだろう。短剣自体の分厚さも相まって、非常に頑丈そうに見える。人を害する物だと分かっていても、やはり男子としてこういう物には憧れが止まらない。ましてや、自分の持ち物なのだから尚更だ。
そう磨き上げられた刀身に見入っている俺に、微妙な不機嫌さを滲ませるフロックスさんが話しかけて来た。
「そいつをどこで手に入れた? あの槍とは格が違う業物だぞ?」
「クソ貴族を殺して、その鑑賞ルームから掻っ払って来ました。ついでに槍も5本程」
「そうかい! そいつは爽快だ!」
ゲラゲラ笑いながら涙を浮かべ、その細腕でバシバシと俺の背中を叩いてくる。見た目は完全に女性なのに、その痛さは師匠を超えてる辺りにとても種族の差を感じる。
「良いね、気に入った。折角の業物だから槍を渡す前に説明してぇんだが、聞くか?」
「勿論お願いします」
けど、それとこれとは話が別だ。そんな浪漫のある話は、聞きたいに決まっているだろう。
「そうかそうか! いい奴じゃねぇかお前!」
「そう在れたなら幸いです」
「んだよ堅っ苦しいな。もっと楽にしろ楽に!」
「いやぁ、そう言われても……」
そう言われても、祖父母を超える年齢の人にタメ口とかは精神的に疲れる。ちょっと言葉を崩すくらいが関の山だ。
差し出された手に短剣を返し、話を聞く姿勢を整える。
「まあいいか、始めんぞ
まずその短剣は、アダマンタイトっつう阿保みたいに硬くて魔力を通さない上融点も高い金属と、ミスリルっつう硬いが魔力をよく通して融点が低めの金属の合金でな? これだけでも、普通は馬鹿にならない金がかかる上、オレなんかじゃ足りねえくらいの鍛冶技術が必要なんだ」
なるほどと、話の邪魔をしないよう俺は頷く。なんか、突然厨二心が刺激される金属名がポンポン出て来たせいか、やはり途轍もなくワクワクする。
「けどこいつは、調べてみたら更におかしな事になってた。その合金程度なら余裕の筈の砥石を使っても、一切研げねぇんだぜ? 笑えるだろ。槍の穂先にしてやろうと思ったってのに」
「ちょっとこれ、頭おかしいんじゃないですかね……」
どこにでもあると思っていた短剣が、突然ファンタジーの世界でも異常だった件について。そんな貴重品だったとは思わなかった。
「ああ、頭おかしいんだよこいつは。気になって色々やってみたらな、完全に未知の金属でコーティングされてんだよ。伝説にあるヒヒイロカネってやつに特徴が似てない事もないが、完全に未知だな。積もり積もった汚れを取り除くので精一杯だった」
「ロクな整備が出来なくてすみません……」
「素人な上片腕だろ? 後で教えてやるから気にすんなって」
お礼を言いつつ、改めて思う。この人はいい人だ。こういう話をするのが好きなのだろうとも思うし、1男子としては鍛冶とか興味が尽きないし。
「でもって異常な事にな、その縞模様全部が針の先より小さい魔法陣の集合体なんだよ。効果は頑丈さの強化、鋭さの強化、貫通力の強化、そして自己修復ってところだ。多分そいつ、相応の力さえあれば何にでも突き刺さるし壊れないだろうな。斬れ味の強化がないが、元々十分な斬れ味だから問題はねぇだろうよ。国宝級の魔剣だな」
「詰め込み過ぎじゃないですか……」
そんな物が、なんであんな最前線の村のコレクションだったのか全く理解ができない。だが、分かることも少しはある。これを作った人物は化け物級の職人だということと、今この剣が自分の手元にある事だ。
「因みに、これでも分からなかった……『ぶらっくぼっくす』ってんだっけか? その部分の説明は省いてるぞ、理解出来ないからな」
「うわぁ……」
訂正する。この短剣を作った人間はキチガイだ。一気にこの短剣が恐ろしく感じてきた。超超接近戦でしか使えないが、猪とかの解体に使っていたのが申し訳なく感じる。
「一生……いや、子孫レベルまで使えるやつだから、大切にするこったな」
「勿論です!」
informationーー短剣・無銘よりアクセスを確認
informationーー所有者登録が完了しました
そう返事をした途端、フロックスさんの手元から短剣が搔き消え、俺の手の中に出現した。ちょっと待て、今の表示はなんだ? しかも、転移といってしまって良さそうな出現とか訳が分からないんだが。
自己否定ーー動揺を否定しました
「今のは……なんだ?」
「俺にもちょっと、分かりません」
実際、チートの報告を見ても訳が分からないのでそう答える。ブラックボックスの内の何かなんだろうけど、分からないものは分からない。
「まあいいか、お前がその剣に気に入られてるってこったろ」
「です、かね?」
そう疑問を口に出したところ、短剣がドクンと脈打ったように感じた。気に入られたというのは事実らしい。
そんな事実に呆けていると、グッとこちらにフロックスさんの手が突き出された。その手の中には、少し変わった愛槍の姿があった。
「うし、その短剣の話は終わりな! 次はこっちの槍の話だ」
「うす!」
こちらの変化は僅か。石突きの部分から柄の方へ、穂先との接合部から柄の方へ、それぞれ植物の蔦が絡まる様な意匠が追加されていた。
「受け取れ。こいつには、短剣と違ってオレの技術の粋を詰め込んである」
「本当に、ありがとうございます」
そう言って受け取った愛槍は、バランスこそ元と全く変わらないが、僅かに重量が増していた。これ、さり気なく匠の技じゃないだろうか。
「おう、大事にしろよ。妙な加護がかかってて異常に強化しにくかったが、色々やったんだ。すぐに壊したら泣くぞこら」
「スペアの槍みたいに、無茶な使い方をして壊す事は可能な限りしないように注意します」
壊れる事を承知で盾にして、壊れても刺し違えるレベルで攻撃する事は2度としないと誓う。愛槍をぶち壊す事は、あまりしたくはないのだ。
「じゃあ強化点を言うぜ。元々ちょいと祝福されただけの金属の筒だったせいで、普通の木の柄と違ってしなりが無かっただろ? それをオレ達の種族の力で、木の性質を良いとこだけを付与した。これで先ずは一端の槍になったな」
「成る程」
言うなれば、今までの愛槍は槍ですらなく刃の付いた棒切れという事だったのだろう。見事に的を射ている。
「そんで、槍としては足んねえ長さを補強出来る様、空洞だった内側に少し仕掛けをさせてもらった。伸びろと念じてみろ、まあ口に出しても問題ないが」
「はい。じゃあ……伸びろ!」
その言葉を口に出した瞬間、槍が勢いよく伸長した。いや、勢いからして射出と言っても相違ないだろう。柄より僅かに細い筒が二段階に分けて発射され、石突きが大体3mほど伸びていた。
その状態の槍を、特に問題なくバランスを取り支える。……おかしい。俺は、こんなにも槍を上手く扱うことが出来たか? 精々、素人に毛が生えた程度では無かっただろうか? 重さも長さも変化した槍を、何故今までと変わらず支えられている?
自己否定ーー疑問点を否定しました
自己否定ーー懐疑点を否定しました
まあ、偶にはそういう事もあるのだろう。今まであれだけ死線を共に潜ってきた愛槍だ、握りもよりフィットしてる感じだし、そういう事だろうきっと。
「元の長さが、あー……お前ら人間の単位に合わせると、大体1900mm。お前にとっては丁度いい長さだったんだろうが、一応伸長機能を付けて長槍としても使える様にさせてもらった。勿論伸びた分は縮むぞ?」
「あっはい。縮め」
そう言えば、今度は同じ勢いで元の長さに戻った。やはり、この長さの方が落ち着く。長過ぎると、片腕じゃ満足に扱えないのだ。まあ、この機能も色々と使い道はできる事だろう。
「で、最後にアレだ。内側の空間には色々魔術的に刻んで、強度やらなんやら槍としての性能を底上げしてある。だが、まだコイツは完成してねぇんだ」
「えっ」
コツンと俺が手に持ったままの槍を軽く叩き、フロックスさんは言った。そこまで出来ていると思われるのに、何が完成していないのだろうか?
「お前、この槍に名前とか付けてるか?」
「いいえ。元がアレでしたし、名前なんて付けてないです」
「だろうな。だから、名前を付ける。人間の諺に『名は体を表す』ってのがあるだろ? ま、詰まる所それだ。名の有る無しで、武器ってのは変わってくる物なんだ」
そう言うフロックスさんの目は、伊達や酔狂ではなく真剣な光を湛えていた。名前なんて、考えた事もなかった。
「ピンときたものなら何でもいい。思いつかなきゃ、今までどんな風に使ってたかとかそこら辺から取るのも有りだな。ま、適当にカッコつけた名前でも付けちまえ!」
「……なら、驟雨で」
初陣では血の雨を浴びて、本格的な戦の時にはずっと一緒に血の雨を被ってきた。だから、ちょっとカッコつけた名前でこうする事にする。
「いいねぇ、響きが気に入った」
笑みを浮かべたフロックスさんが槍に手をかざすと、ボウッと一瞬槍が発光した。これで、完璧になったと言う事なのだろう。
「うっし、これで完成だ! 今から試しに試合おうぜ、モロハ!」
「えっ」
満足した様な笑顔のフロックスさんが、そんな事を言って大きく距離をとった。そして何かを唱えた途端、その手に木製の槍が出現した。
「えっと、その、はい?」
「ん? エウリから聞いてなかったか? 折角の未熟な客人だ、限界まで鍛えてやる。一応オレは、これでも50年は槍を振り回してるからな、腕前はそこそこだせ?」
ニィっと口の端を吊り上げたフロックスさんから、ここ数日感じる事のなかった殺気が俺に向かって放たれた。その上、挑発する様に指をクイクイとされると、黙ってられない。
「それなら、胸を貸してもらいます」
「おうともさ」
俺はこの時になって、エウリさんからの忠告を思い出していた。曰く『フロックスさんは鍛冶師で錬金術師だけど、それよりも戦闘狂ですから注意して下さいね』と。
結局、今日はエウリさんに止められるまで、俺は稽古をつけてもらっていたのだった。
残り5日
短剣の出自はストーリーに全く関係御座いません。