俺だけなら突撃もありだとは思うが、今は隣に守らなければならない大切な人がいる。故にこそ、慎重に判断しなければいけない。相手が知り合いだとしても。
「疾ッ!」
身を潜める俺たちの向こうで、ボロボロのフロックスさんが鈴森に向かって駆けた。その速度は、俺の全力のゆうに数倍を超えている。
「無駄だ!」
そうして振るわれた双刀の初速は、最早俺の目では捉えることが出来なかった。しかし、その速度は鈴森に近づく直前に激減していく。何もある様に見えないその空間にある何かが、刀を搦め捕り停止させてしまう。
「はぁッ!」
「チッ」
「穿ちなさい、《炎の矢》!」
「やらせはせんよ」
鈴森の振り下ろした両手構えの西洋剣を、舌打ち混じりにフロックスさんが後退して回避する。その進路上にまるで予知でもしているかの如き精度で炎で作られた矢が撃ち込まれ、それを舞い上がった木の葉が防ぎきった。
その一連の流れが終わる頃にはフロックスさんが魔法を発動し、地面を突き破って現れた鋭い植物の根が鈴森に迫る。しかしその根は、柔らかい何かに当たったかのように逸れ、その中心からフロックスさんが再び吶喊する。しかし先程と違い、背後から射出された木杭が謎の空間に突き刺さる。それによって謎空間は効力を失ったのか、フロックスさんが鈴森に肉薄した。
「そらよぉッ!!」
「ぐっ……」
そして、2人は鍔迫り合いになった。弾き飛ばされるのではなく、鍔迫り合いだ。鈴森はフロックスさん達のことを化け物と言っていたが、俺から見ればお前の方が化け物である。次の瞬間、鈴森の背後から放たれた炎の槍と、フロックスさんの背後から放たれた吹雪が激突し爆発を引き起こした。
自己否定ーー驚愕を否定しました
エウリさんの口を抑えていた手を離し、飛んできた木杭の破片を避け、躱しきれないものは迎撃する。そんな事をしている内に、爆破の衝撃で生まれた水蒸気が吹き散らされ再開された戦闘が目に入ってくる。
「なん、です、か? あれ。
「多分あれが、俺みたいな欠陥品じゃない正規の勇者ってやつなんでしょうね」
叩き込まれた戦闘技術と、
呼び出した中の一定数が達人と張り合える一騎当千の者になるならば、召喚するだけで幾らでも手に入る理想の駒と言ってもいいのではないか。確かにこんなものがあるならば、自国の兵士を繰り出すより、勇者を消耗品のように使った方が合理的だろう。まあ、洗脳がどの程度のものなのかは知らないが。
そしてそんな化け物と達人の勝負に介入するには、俺のような凡人はそれ相応の対価を払わなければならないだろう。
「エウリさん。俺が初めてここに来た時の事覚えてます?」
問いかけながらも、4人の戦闘からは目を逸らさない。今まで拮抗していた戦場が、崩れ始めたからだ。勇者側の援軍として到着した10人の兵士が隊列を組み、魔法と弓矢で援護を始めたのだ。
普段なら気にも留めない程度の攻撃であるはずのそれらは、切迫する状況に加えられたそれは致命的な隙となる。結果、お婆さんの防御と援護を突破した数本がフロックスさんに迫り、それを魔法で防ぐ間に鈴森の剣が少しずつ傷を増やしていく。致命的な傷を負った途端に癒しの魔法が飛び、その分薄くなった援護が更に攻撃を許してしまう。守れば傷を増やし、守らねば更に悪化するという悪循環が完成してしまっていた。
「
「最悪、1人で解毒して貰わないといけないので」
幾らブーストが入ったとしても、俺程度の戦力が加わったところで大きく状況が変えられるとは思えない。つまり、誰も助ける事はできないかもしれないという事だ。無論、死力を尽くして挑むが。そういえば、多分ファビオラも来てくれているのだったか。だか、いつ来るかわからない奴を当てには出来ない。
「
informationーー██は既に消去されています
「はい。ちょっと、行ってきますね」
そう言い残し、俺は増援部隊の方向へ全力で疾走を開始した。その最中、口元に持ってきた槍の穂先に噛み付いた。口の中が僅かに切れ、そこから《排出》されたケミカルな味の液体が染み込んでいった。そしてこれは、本来使う予定だった希釈液ではなく、原液そのままの劇薬だ。出し惜しみなんて、してられない。
以前よりも遥かに多いその液体をゴクリと飲み込んだ。
「あ、ぎっ……」
瞬間、意識を持って行きそうな程の多幸感と全能感が襲いかかってくる。世界が拡張される。世界が加速していく。処理すべき情報量が圧倒的に増加し、光が明滅する。白と黒が掻き回され、これ、まず、頭が──
自己否定ーー狂気を否定しました
informationーー情報量の超過を確認
informationーー過去の履歴を参照
自己否定ーー情報を一部制限しました
チートによって、暴走状態とも言えるものが解除された。過去の自分に感謝、だろうか。まあ何にしろ、限界を超えて力を振るえる様になったのだから文句はない。
「行、く、ぞ!」
噛み締めた奥歯が砕け、全力で踏み込んだ右脚は内側から破裂する様に血が噴き出した。その代償を得た代わりに、爆発的な……最早暴発したと言える速度を獲得した。
次瞬、夜の空に4つ首が舞った。
「は?」
耳に届いた呟きは誰のものだったのだろうか? いや、別にそんなものはどうでもいいか。ずっとお世話になってきた運動靴の底を削り飛ばしながら、無傷の左脚を軸に反転する。関節から脚が捻れ、ベキボキとへし折れる音が聞こえたが気にしない。反転しきる前に驟雨を伸長、石突きを地面に突き立て制動距離と回転半径を無理に縮小させた。驟雨は特注だけあって無事だが、反動が直撃した右腕から異音が連続して響いた。だが、まだ驟雨を握り続けられる為これも無視。方向転換を完了する。
informationーー最適化が実行されました
そこにいるのは、何が起きたのか理解が追いついていない6人の弓兵と魔術師の混成部隊。要するに、2歩で俺は5m程の距離を駆け抜けたのだ。だがまだ足りない。
「■ッ!!」
獣の様な唸り声を漏らし、俺は再び脚を地面に叩きつける。全開で稼働する再生の魔術で回復した右脚が再び弾け、血を撒き散らしながら再加速。横薙ぎに振るった槍が、3つの首を斬り飛ばす。
informationーー最適化が実行されました
「魔を祓え、パニッシュ!」
しかしそこで、俺の纏っていた幻術が消滅したのが分かった。下手人は、女子勇者の魔術師。これが魔法祓いとかいう物なのだろう、不愉快にも程がある。睨む俺と目が合った女子勇者が、一瞬だけ驚いた様に動きを止めた。それが手助けになったことを祈りつつ、俺は濃い血の匂いがする空気を大きく吸い込む。
「■■■■■ッ!!」
そうして俺は、何事かと訝しむ人間の集団に向け、喉が張り裂ける程の大声で叫んだ。
言ってしまえば、奇襲という攻撃手段を奪われた俺はただの雑魚だ、弱者だ、取るに足らない路傍の石だ。でも奪われたのなら、取り返せば良い。奇襲できる条件を、無理矢理作って整えてしまえばいい。
「ひ、ば、化け物だ!」
「殺せ! どうせ奴らの仲間だぁ!」
「ひぁ、ぁぁぁっ!?」
俺の姿が全身に血を被ったままということも功を奏して、残った勇者の援軍3人は恐慌状態に陥ってくれた。
「待って下さい、その人は!」
あの女子勇者がそんな事を叫んだが、直接的な恐怖はそんなことでは晴れはしない。1人は惨めに武器を放り投げて逃げ出し、1人は弓を乱射して、最後の1人は無防備に魔術の発動準備に入った。それを確認して、右腕から異音を発生させながら驟雨を投擲する。風を切って飛翔した驟雨は、無防備な魔術師に突き刺さった。
「ぐっ……」
しかしそう動きを止めてしまった所為で、左肩に一本弓矢が直撃した。痛みはないが強い衝撃に襲われ、バランスを崩してしまった。ここで転倒すれば、恐らく弓矢に貫かれて死ぬだろう。
自己否定ーー諦めを否定しました
「
なけなしの魔力を振り絞り魔法を行使する。鞭のように跳ね上がった木の根が、弓兵の腕に叩きつけられた。それにより、弓兵の腕が不自然な方向に折れ曲がる。多分骨が折れたのだろう。
それは俺が再び動き出すのに、十二分な時間として反映される。転倒した状態から身を起こし、左脚を暴発させて低姿勢で突撃する。
「ひっ」
そんな短い悲鳴をあげた弓兵に、突き上げるように抜き手を打ち込んだ。そしてそのまま、心臓を握って引き摺り出す。それを咥えて血を吸いながら、再び伸長させた驟雨を手に取る。
「《収納》」
モゾモゾと動いていた魔術師を絶命させつつ、驟雨を元の長さに戻して地面に突き立てる。逃げ出した相手を追いたいところだが、ここらで時間切れだ。取り出したスペアの槍を全力で投げ飛ばす事しか出来ない。
「全員、殺してしまったんですね」
ギペっという声を漏らして、逃げていった奴の背に槍が突き刺さった。同時に槍も破損したようが、仕方がないと割り切ろう。
咥えていた心臓を捨て、睨み返す事で俺は答える。どうせもう手を取り合う事は出来ないし、慣れ合う気もないのだ。回復した魔力を壊れていく身体の再生に回し、驟雨を手に取った。
「欠月諸葉さん、ですよね?」
「それが?」
下手な魔法や魔術は、きっと通じない。ならば出来ることは力押ししかないなのだが、それも今となっては出来るか怪しい。やるしかないとはいえ、強化と再生に魔力を使いすぎている。
「私の名前は──」
「要りません」
自己紹介を始めようとした女子勇者の声を遮って、槍を向けながら俺はそう言った。
「えっ、なんで」
「ここの村を焼いた下手人は貴方達ですよね? なら、殺しますので」
「ここ、魔族の村、なのよ? 化け物の村なのよ!?」
自己否定ーー怒りを否定しました
「男を攫って子供を作るような種族なのよ!?」
自己否定ーー怒りを否定しました
「そんな奴らを殺しても、何も悪いわけないじゃない!」
「事実を知りもせずに、よくもまあそこまで言えるよなお前」
自己否定ーー怒りを否定しました
確かに言っている事は間違っていない。古樹精霊はそういうものだし、彼らは魔族だ。だからといって、実態に触れていない癖に、殺しても咎められない理由になるわけがない。不愉快だ。
「可哀想に……洗脳されてるのね」
「は?」
自己否定ーー困惑を否定しました
そして不意に、そんな事を口にした。
「私がその呪い、解いてあげるから。チートにも八方美人なんて言われてるけど、救われてるんだから!」
チリチリと燃える後頭部の熱に、背を押された様な気がした。
「……もういいです。死んでください」
こうして、終幕の風が吹く戦いが始まった。