あの空に帰るまで   作:銀鈴

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40 王都へ

 無事な生きている馬が2頭手に入った。

 汚れていない、腐ってもいない、毒が混じってもいない食料が手に入った。

 井戸があったから、水が手に入った。

 王都までの地図が手に入った。

 

 ()()()()()()。たったそれだけの事で、上手くいかないと思っていたことが全て上手くいった。襲われることがない、暗殺される心配がない、なんて素晴らしいことだろうか。次の街へ進む街道で野営中、ふとそんな考えが浮かんだ。

 馬なんて乗った経験がないから、仕方なくフロックスさんに捕まって移動したことだけは少し恥ずかしいが。

 

「危険な思考かな、これ」

 

 自己否定ーー眠気を否定しました

 

 草木も眠る丑三つ時。眠って夢を見ることが嫌で立候補した火の番として、薪を継ぎ足しながら呟いた。

 

 こんな、極論人がいなくなればいいなんて思考の根差した考えは、持ってはいけないものだ。そう心から思うことは確かだが、これは本当に自分の考えと言っていいのだろうか。

 もしかして自分は、気づかないうちにそう考えるように洗脳されているのではないか。若しくはこの身体を流れる血……つまり、ファビオラの考えが流れ込んできているのではないか。若しくは、自分の中にある名も知らぬ英雄の考えなのではないか。

 

 自己否定ーー不安を否定しました

 

 夜という安寧と不安の同居する時間の所為もあってか、そんな考えばかりが浮かんでは消えていく。人は傷を負って強くなる、ならば傷を負えないか忘れてしまう俺はいつ成長するのだろうか。出来るわけがない、それが答えだ。

 

「だったら、自分で抉るしかないだろう」

 

 それでも歩みを止めないのなら、そうしなければ死あるのみだ。何事も疑って、身体の鍛錬は重ねて、心の傷を抉って、そうしないと俺は駄目なのだ。そうしなければ、そうし続けなければならないのだ。そんな生活、正直、気が狂いそうになる。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 自己否定ーー眠気を否定しました

 

 しかしこうさせる原因のチートが心を保つ。クソみたいな悪循環だ。けれど改善する方法もない以上、続けねばならない。自分を嫌って否定する寸前まで責めて責めて責めて責めて、そうしなければ何も出来ない愚図になるだけだから。

 

 

 考えを再開する。

 

 ここまで、上手くことが運びすぎてはないだろうか。何にも巻き込まれず、問題もなく、順調に進み過ぎているのは不気味に思える。誰かの手引き、そう考えることだって出来る。もしそうだとしたら、俺には何が出来るのだろうか。それとも、これから俺にはどうしようも出来ないことが待ち受けてるんじゃないだろうか。せめて、エウリさんくらいは逃がしたいとは思うが、そんな都合のいいことはないだろう。

 

 そのエウリさんについても、解決出来ていない問題が多数ある。

 

 まずは俺が、依存しているんじゃないかという話。これに関しては、本当にどうしようもない。今、俺が心の支えに出来るのは惚れた人の存在くらいしかないのだ。もしエウリさんがいなくなったら、多分俺は生きる気力も失う気がする。こんな身体になったうえ、同級生の状況を考えれば地球に戻ることは諦めるしかないし、もう()()()()()()()()()()()()から未練だってありはしない。だからこそ見つけなければいけない芯として鎮座している。

 

 次に、昼間のエウリさんとの距離感の異常についてだ。あの時は気分が高揚していて気にならなかったが、改めて考えると明らかにおかしい。多少は意識して貰えていたと思うが、それでもあんなに距離が近かったわけじゃない。

 

「原因は、これだよな」

 

 燃焼回路ーー起動完了

 informationーー最低限度の感情を装填

 燃焼回路ーー焼却を開始します

 燃焼回路ーー焼却が完了しました

 

 指先に灯した青い炎を見ていると、色々と思い出してくる。

 この炎は、俺の感情や記憶を薪として焼べて生まれた炎だ。あの夜のことからしてそれは間違いない。そしてエウリさんのモロハさんが分かった発言から、炎を浴びた人は多かれ少なかれ燃料となった感情や記憶の影響を受けるだろうことが予測される。

 

 つまり、俺が言いたいことはこうだ。エウリさんは元々俺に対しての好意はあまりなかった。けれど、俺のそういう感情を巻き込んで生まれた炎を浴びて、俺の感情が転写されて距離が近くなった。

 無論、昨日の夜フロックスさんと話していたことを聞いていたと考えることも出来るが、俺としては前者の可能性が高いと考えている。

 

「だとしたら、俺は糞以下の人間だ」

 

 惚れた女の子に、不慮の事故だったが洗脳じみたことをして惚れさせただ? そんな奴、今すぐ腹を切って死んで然るべきだ。生きている価値なんて微塵もありはしない。

 

 自己否定ーー自殺癖を否定しました

 自己否定ーー自殺癖を否定しました

 

 そう思って抜いた短剣は、それ以上進むことはなかった。まるでそんなことはさせないとばかりに、腕の動きが止まったのだ。仕方なく鞘に戻せば、自由が回復した。

 確かに今俺が死んだら、姫様とのパイプを失った2人は面倒なことになるのは想像に難くない。年齢経験が違うのだから、自意識過剰と言われればそれまでだが。

 

 

 あれも駄目これも駄目それも駄目、問題点を上げていくだけで自分が今どれだけ歪で壊れそうなのかが分かる。解決案だって、1つも思いつきやしない。結局、不安を抱え込んで自滅するだけだ。

 

 自己否定ーー不安を否定しました

 自己否定ーー悲壮感を否定しました

 

「駄目だな」

 

 これ以上考えても、多分チートに掻き消される。考えるのを止めてはいけないが、考えるのは無駄になる。ほんともう、意味がわからない。ふざけている、なんなんだ俺は。

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 自己否定ーー怒りを否定しました

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 無理矢理落ち着かされた感情が、直前までの考えを押さえつけた。やはりこれ以上考えるのは、意味があるが無駄になるのだろう。チートによる干渉が、強くなってきている。

 だったらやることを変えよう。まだ夜は長いのだから。

 

「吸血鬼の魔法、考えないと」

 

 ここ数日血を吸っていないし、そちらに思考を移すのが懸命だ。昼間の血に染まった街のこともあって、吸血衝動が高まっているのだ。今も寝ているエウリさんを、正確にはその白いうなじを見て、思い切り噛みつき血を吸いたいという欲がフツフツと湧き上がってきている。

 

 自己否定ーー吸血衝動を否定しました

 

 まあ、チートがそれを消し去るのだが。その内に意識からある程度外してしまえば、少しくらいの時間は稼げる。そうすれば問題ない。俺がエウリさんから血を吸うなんて、“自分”が“俺”である内は有り得ないのだから。

 

「確か、サングィースだったっけ」

 

 お婆さんにも教えてもらうことの出来なかった、吸血鬼としての魔法。キョウフを操るというのはよく分からないが、実物を見たこれなら使えるはずだ。そう思い込んで、もう一度魔法として意識して単語を口にする。

 

(サングィース)

 

 すると、魔力が抜ける感覚と共に不可視の、魔力で出来た牙が空中に形成された。上下合わせて4本のそれはある程度自由に動かせるようで、しかし消すことは出来ないようだった。

 

「《排出》」

 

 あまり夜に血の匂いを撒き散らすのは良くないだろうが、何か有害なものが来たら殺すと割り切り人体の一部を取り出した。そして軽く放り投げたその腕に、魔法の牙を突き立てた。

 

「あ、が、ぐ、ぎぃ」

 

 瞬間、何もかもが流れ込んで来た。

 記憶信念技術思い出人格人生好み残念尊敬失望絶望██████████

 

 informationーー存在の流入を確認

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 

 チートがそれらの侵食だけを完全に消し去った。だが、これで分かった。この魔法は、駄目だ。使い続けたら、自分が壊れてしまう。いなくなってしまう。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 

 カランと、乾ききった人体のパーツだったものが焚き火の近くに落下した。そしてすぐに、白い砂のようなものに変化して崩れ去った。

 

「だけど、それでも」

 

 ファビオラは『勇者のチートすら我が身に宿す』と言っていた。自分が消えてなくなりそう? 壊れてしまいそうだから止める? 冗談じゃない。破綻しているのは自覚しているが、もう死にたくないし死なせたくないのだ。その為の力が手に入るかもしれないなら、無茶をするに値する。意地を張らずにしてなにが男だ。

 

(サングィース)

 

 取り出した先程とは逆の腕に魔法の牙を突き立てる。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 

(サングィース)

 

 取り出した右脚に魔法の牙を突き立てる。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 

(サングィース)

 

 取り出した左脚に魔法の牙を突き立てる。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 

(サングィース)

 

 取り出した胸部に魔法の牙を突き立てる。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 

(サングィース)

 

 取り出した頭部に魔法の牙を突き立てる。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 informationーーチート《肉の壁》を奪取しました

 

「やっと、か」

 

 自分の中に、何か異物が紛れ込んだのを感じた。内側から無駄に圧迫して、気持ち悪くて吐き気がする異物。自分を内側から食い破って出て行きそうな暴力的な力。これが自分以外のチートを、分不相応な力を取り込んだということなのだろう。

 

「ぐ、おぇ……」

 

 こんなものを、100個以上も抱えているファビオラの異常性が、今更になって実感を伴ってくる。

 

 自己否定ーー《肉の壁》のロックを否定しました

 自己否定ーー《肉の壁》の防衛機構を否定しました

 自己否定ーー《肉の壁》の所有者登録を否定しました

 自己否定ーー《肉の壁》のシステムを否定しました

 燃焼回路ーー起動完了

 informationーー《肉の壁》の廃棄部分を装填

 燃焼回路ーー燃焼効率 : 最悪

 informationーー即時焼却要求

 燃焼回路ーー了解

 燃焼回路ーー廃棄品を焼却します

 

 吐き気を誤魔化して薬を飲み込み、痛覚を麻痺させる。そうして待つこと1時間。

 

 燃焼回路ーー焼却が完了しました

 燃焼回路ーー焼却を終了します

 

 燃焼回路の動作が終わり、青い炎がストックされた。しかし、まだ他のチートの動作は止まらない。俺以外誰にも知られることなく、着々と進行していく。

 

 informationーー《肉の壁》の精査を開始

 informationーー不要部分検出

 自己否定ーー***を否定しました

 informationーー《肉の壁》のシステムを再構築

 informationーー最適化を実行します

 

 勝手に進んでいくその作業は明け方まで続き、日が昇ってからようやく最適化が終了したのだった。

 

 informationーーチート《肉の鎧》を取得しました

 




 チート
《肉の鎧》
 殺傷性 : E 防御性 : S 維持性 : S
 操作性 : F 干渉性 : A 
 範囲 : F

 空気・音・光は通す重さのない筋肉の鎧を、指定した身体の一部にのみ装着する。
 鎧の発動中は体力の消耗が加速し、装着箇所の筋力・瞬発力は一時的に増加する。
 任意にパージと再発生が可能。
 厚さ5cmで保有者のみ鎧を無視できる
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