あの空に帰るまで   作:銀鈴

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44 王都④

 王都に帰還した1日目、その深夜。充てがわれている自分の部屋のベランダに、俺はフロックスさんを呼び出していた。エウリさんは寝つき、誰からの監視もなく、隠していたことを話すタイミングはここしかないと思ったから。

 

「こんな時間に呼び出してすみません」

「別に構わねえよ。それより用事ってなんだ? 夜這いか?」

「茶化さないで下さい。これでも、死ぬ気で覚悟を決めたんですから」

 

 そう、俺はここに殺される覚悟で来ていた。

 俺がエウリさんのことを好いているのは、依存かもしれないが本当だ。だがエウリさんからの感情が洗脳によって歪められている、そんなことを憶測だろうが話したら斬り殺されても文句は言えない。

 

「そうか、悪かったな。で、なんだ? エウリのことだとは思うけどよ」

「やっぱりお見通しでしたか」

「あれだけよそよそしくっつーか、妙に避けてりゃな。避けられてる本人は気づいてねえだろうけどよ」

 

 本人に気づかれてないなら、ギリギリ及第点としていいか。もし気づかれていても、思春期だから好きな人といるのは恥ずかしいと誤魔化せたけど。

 

 自己否定ーー安心を否定しました

 

 ああそうだ。安心なんかしちゃいけない。本番はこれから、まだ何も始まってすらいないのだから。

 そうして俺は、チートの助けも借りて落ち着けた心で静かに言った。

 

「それで、要件ですが……もしかしたら、俺はエウリさんを洗脳ないし思いを歪めているかもしれません」

「どういうことだ」

 

 空気が、氷点下に落ちた様に感じた。その正体は、フロックスさんから発せられる圧。達人の域に存在する者の殺気を浴びて、心臓が妙な鼓動を刻み冷や汗が流れる。

 今にも俺を斬り殺さんばかりの気配と目つきに、言葉を発そうとした口からは乾いたヒュッという音しか出なかった。

 

 自己否定ーー自己暗示を否定しました

 

 チートのお陰で、極僅かにそれが軽くなった気がした。気がするだけで何も変わっていないが、それでもその僅かな変化のお陰で喋るくらいは出来る。

 

「違和感を覚えたのは、ギルドカードを作ったあの日です。確かに俺はエウリさんと親しくしてはいましたが、それは決して恋愛感情じゃなかった。あくまで俺の、片思いな筈でした」

 

 ついうっかり手を繋いでしまい赤くなる、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。何せ、俺がただ一方的に惚れていただけなのだから。

 

 自己否定ーー自惚れを否定しました

 

 なら、急にエウリさんの態度が変わったのは何故だ?

 向こうも恋愛感情を持ってくれた? 否だ。俺がもし告白していたのなら可能性は0じゃなかったが、していないのだからありえない

 吊り橋効果? これも否だ。そもそも俺は守りきれていない、トラウマを覚えさせる様な真似をしただけの、ただの蛮勇でしかなかった。

 こちらの感情に気づかれた? それも否だ。何せ俺のチートは、そういう感情だって消してしまう。一定以上に振れた感情の針は、それごと無かったことにされてしまうのだから。

 

 であれば、やはり結論は1つしかない。

 

「その時は嬉しかった。ですけど、すぐに不信感を覚えました。それを火の番をしながら色々考えて、いつかのエウリさんが言った言葉で確信しました」

 

 燃焼回路ーー起動完了

 

 前出し残した炎を指先に灯し、フロックスさんに自分の推論を述べる。

 

「曰く、『あの炎を浴びてモロハさんのことが分かった』そうです。それから考えて、俺は1つの結論にたどり着きました。

 俺が使うチートの青い炎は、自分の感情や記憶を薪として燃やしたもの。そしてこの炎を浴びた人は、その薪となったものを受け取ってしまう。最も、全部が全部ではなく一部、しかも確率は高くない様ですけど」

 

 記憶が定かでなくなる以上断言は出来ないが、恐らくこれは間違いじゃない。チートが何の反応も示さないし、自分の中の何かも納得しているから。

 そして、口の中の苦さを噛み殺して俺は続ける。

 

「そして俺はこの炎を、重傷だったエウリさんを治すために使いました。その時どんな感情が消えたのかは焼け落ちてるので分かりませんけど、村にいた頃の記憶が一部欠けていることからその時のこと……つまり、俺がエウリさんに片思いしていた記憶も含まれています」

「なるほどな、それで洗脳なんて言ったわけか」

 

 そこで、今まで沈黙を保っていたフロックスさんが口を開いた。

 

「そうでもないと、あんなに急に態度が変わる理由がありません」

「だろうな、オレもおかしいとは思っていた」

 

 冷たい目のまま、フロックスさんは言葉を続けた。

 

「故意じゃねえんだな?」

「誓って」

「そうか」

 

 次の瞬間、天地が逆転した。

 その認識から遅れて、顎に激痛が走った。最初から掛けていた強化のお陰で死んではいないが、逆に言えばそれがなければ首から上が千切れる飛んでいただろう、致命の一撃だった。

 

 おまけに脳震盪を起こしたのか立ち上がることが出来ない。そんな俺の首筋を掴んで持ち上げられ、頭突きを食らった。視界がチカチカと明滅し、意識が飛びかける。それを意思だけで繋ぎ止めていると、手が離されたのを感じた。壁に寄りかかる事が出来たのは、少しでも体勢を保てるので幸いだった。

 

「この俺と婆さんの分で終わりだ。これ以上はオレが手を出す問題でもねぇしな」

 

 補聴器のお陰で聞こえるその言葉に、ああもう駄目かと1人で納得する。まあ予想通り、そう思った矢先の出来事だった。

 

「それで、お前はどうしたいんだ?」

「え?」

 

 そんな予想外の言葉に、口をついて出たのは疑問の言葉だった。予想としては、ここで俺が殺されるか、失望されてフロックスがいなくなるかだった。そのどちらでもなさそうな問いかけに、どうしようもなく動揺してしまう。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 しかしそれは、チートが消し去ってくれた。同時に、強制的に沈静化された頭が何通りかの答えを吐き出した。だけどそれは、どれも俺の気持ちではなく……

 

「臆せずオレに言いにきたことは分かる。けどよ、結局どうしたいんだよ? エウリに打ち明けず騙し続けんのか? 打ち明けんのか? それとも、このままの関係を続けんのか?」

「分かりま、」

「分かんねえは無しだからな」

 

 言葉を潰されてしまった。

 ……

 ああ、どうすれば良いのだろうか。自分の気持ちはどうなっているのだろう。わからない、分からない、判らない、解らない。ぐちゃぐちゃで、気持ちが悪いったらありゃしない。

 

 自己否定ーー優柔不断を否定しました

 自己否定ーー不快感を否定しました

 自己否定ーー疑問を否定しました

 

 ぐちゃぐちゃで、ドロドロで、情けなくて、嫌われたくなくて、死んでしまいたくて、何も考えたくなくて。けど、それでも、決めなくてはいけない。伝えたからには、その責任がある。

 

「明日一緒に王都を回った後、最後にエウリさんに伝えます。それで決めます」

 

 拒絶されたら、どこぞの戦場で野垂れ死ぬかクーデター中に野垂れ死ぬだろう。「生きたい」と思える理由が、消えてなくなるのだから。

 受け入れられたら、どうだろうか。何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。俺では、それくらいしか分からなかった。そう決めつけるしかなかった。

 

「分かった。どうせオレは明日動けねぇしな。それ以降は、エウリの判断に任せる」

 

 それだけ言って、フロックスさんは屋敷の中へ戻っていってしまった。その姿を見つつ、魔術で身体を治していく。口の中に溜まった血を吐き捨て、何本か折れて欠けてしまった歯もも同様に捨てる。俺の魔術の腕じゃ治るわけでもないし、こんな事で姫様に頼るわけにもいかない。

 ああでも、噛み合わせが悪いと力が出ないんだったか。戦闘時は、魔術で詰め物でもして間に合わせるしかなさそうだ。

 

 夜風に晒されながらそんなことを考えていると、目の前の手すりに赤い目の蝙蝠が留まった。

 

「何の用ですか、ファビオラ」

 

 話しかけたが蝙蝠は無言でこちらを見つめるだけだった。魔力の波動も感じるし、間違いないと思ったのだが。

 そんなことを考えていると、蝙蝠が移動して未だ満足に動けない俺の首筋に噛み付いた。

 

 自己否定ーー魅了を否定しました

 自己否定ーー快楽を否定しました

 自己否定ーー性欲を否定しました

 

『くふ、良い味がするのう』

 

 肉の鎧ーーstart-up

 

 チートを起動し腕を無理やり動かすが、当たるわけもなく蝙蝠はヒラリとそれを回避した。そして、俺の目の前でホバリングしながら言葉を紡いでいく。

 

『実に良い、感情の味がしおる』

 

 血を吸われた事とチートの発動内容を見て睨みつけるが、何の効果もありはしない。悔し紛れの舌打ちも、負け犬の遠吠え以下だ。

 内心を覗くチートでも使ったのか、そんな俺の心を読むように再び蝙蝠が喋り始めた。

 

『そう邪険にするでない。儂はただ、提案をしに来ただけじゃ。程よく心が壊れておるからのう』

「誰が、誘いに乗るか」

『じゃが、このままでは次の戦いで死ぬぞ』

 

 そう言われてしまうと、黙るほかない。というか、そもそも情報が筒抜けという事が問題だ。最悪の場合、自分で自分の眼を抉ることに……いや、触れないから無理だったか。

 

「そうですか」

『██ぬのか?』

「別に。もう一度、俺は死んでますので」

 

 自己否定ーー██の感情は消去されています

 

 久し振りに聞き取れない言葉が聞こえたが、恐らく死についての何かだろうことは予測がつく。それならまあ、もうどうにも思うことはない。死ぬときは、死ぬだけだ。

 

『我等魔族の軍と、貴様の██である勇者と挟み撃ちに遭うのだぞ?』

「別に構いやしませんよ。この姿に体質じゃ、こっちで暮らす以外ないですし。そして、こっちで生きるにはそうするしかない」

 

 姫さまの庇護下から外れたら死ぬ以外道は無いだろうし、魔族に味方してまで生きたいとは思わない。その場合、ファビオラに食われるのが一番早いだろうか。それともフロックスさんに殺されるのが早いか。

 もし地球に帰れるとしても、向こうで生きていけるとは思えない。まず埋め込まれた血の左眼と、吸血鬼という体質。それに加えて、両親の顔も、声も、最早思い出せない。

 

『呵々っ』

 

 そう自虐していると、蝙蝠がパッと血の霧に弾けた。そして、未だ動けない俺に纏わりついて侵入してくる。

 

 自己否定ーー魅了を否定しました

 

 少しの間は息を止めることで耐えたが、すぐに限界を迎え血霧を吸い込んでしまった。久々に感じる芳しい血の香りに、吸収された情報の量に、飛び欠けた意識をチートが引き戻す。

 

「ッ、はぁ、はぁ……」

 

 それっきり、ファビオラの声は聞こえなくなった。

 そうして、月が見つめる夜は更けていく。

 

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