「それじゃあ、いって、きます、ね!」
「行ってきます」
夜を寝ずに過ごし迎えた翌日。俺たちは予定通り、王都の街へと繰り出すことになっていた。無論エウリさんも俺も人に変装しており、そこに加え俺は女装している。天気は生憎と曇りだが、雨じゃないだけマシだったと考えよう。
使用人風の老紳士にエウリさんは手を振り、俺は頭を下げて出発する。色々と不都合があるから手を繋ぐことはしないが、それでも惚れた子と2人っきりで出かけるというのは思春期男子にとっては物凄いイベントだ。
自己否定ーー罪悪感を否定しました
その裏に、何もなければだが。
「それにしても、るーなさん、すごくおんなのこ、みたいですね!」
「あはは……そう言われるとちょっと複雑です」
一応、これでも男なのだし。
それはそうと、これから王都を歩くにあたっておさらいしておかねばならないことがある。それは、もう遥か昔に思える『俺が師匠と王都を走っていた頃の自分のキャラクター』だ。長い間死地にいたのだから変わると押し通すこともできるが、あまり大きく乖離していたら疑われてしまう。
名目上
閑話休題
俺がここで修行していた頃演じていたキャラクター。それは『片腕を失いつつも、明るく活発な元気なボクっ娘』という、
大まかには、同じ片腕がないということで
それを再び頭に叩き込み、
「も、るーなさん! あれ! あれなんですか!?」
「あれは精肉店ですね。でも確か、あそこはあんまり質が良くないって聞いた覚えがあります。ですので、行くなら、ボクの顔見知りのお店の方が良いと思います」
その方が美味しいだろうし、混ぜ物をされる危険性も少ない。それに、顔を見せるくらいはしておきたいし。
「それじゃあ、そっちにいきましょう!」
「そうですね、ボクも久しぶりに行きたいですし」
ぱたぱたと走り出したエウリさんを、付かず離れずの距離を保ちつつ追いかける。そして、目的のお店に着いたところで手を掴んで合図する。
「ここ、ですか?」
「ええ、向こうの人が覚えてくれていてらいいんですけど……」
確か、ここのお店の人は気前のいいおっちゃんだった気がする。そう思って手を振ってみると、笑顔で店主のおっちゃんは手を振り返してくれた。
「よう嬢ちゃん! 随分と久しぶりだなぁ!」
「ちょっと、勇者様について行ってたもので」
「その眼は、それか? 元気ねぇのも」
「ええ。流石に、眼が見えなくなっちゃったので」
花の眼帯を抑えて、力なく見えるような笑顔を浮かべる。
そう雑談していると、エウリさんがそわそわとしているのが見て取れた。昔話はここまでにしておいた方が良さそうだ。
「それはそうとおっちゃん、コロッケ2つ」
メンチカツじゃないのは、微妙に採算が取れないからなんだとか。
「あいよ。にしても、運がいいなぁ嬢ちゃんたち。揚げたてだぜ?」
お金を排出して代金を支払い、食べ歩きができるようになっているコロッケを受け取った。一口齧ってみれば、毒の反応はなかった。味は、残念ながらほぼ分からない。ソースの良い匂いは感じるのだが。
目で合図をすると、待ちきれないといった様子でエウリさんもコロッケにかぶりついた。
「おいしいです!」
「そうかいそうかい。作ってる側としちゃ、嬉しいもんだ」
ガハハと笑うおっちゃんの態度に裏はないように見え、少しだけ気持ちが軽くなった。よく考えたら、最近固形物をロクに食べてなかったっけ。血を飲む以外何を食べても、半端な味だと消しゴムを食べてるようにしか感じないし。今なら、記憶の底にあるアニメの『調味料を全て掛けた料理』も食えるかもしれない。
そうして出て行こうとした時、おっちゃんが声をかけてきた。
「そういや、今日はヘルクトさんとは一緒じゃないのかい?」
「ええ、今日は女の子だけですから」
自己否定ーー罪悪感を否定しました
心に走った微かな痛みをチートが搔き消し、そのお陰で保たれたいつもの表情で答えた。
そのままポーカーフェイスを保ちつつ、今度こそ店を後にする。どこへ行こうかと話しながら歩いていると、エウリさんの視線が何となく食が進まず持ったままにしていたコロッケに向いていた。
「よかったら食べますか?」
「いいんですか!」
「ええ、どうぞ」
そう言うが早いか、手渡しかけていたコロッケは既に食べられていた。モロハの時とは別の短剣は佩いているのだし、自分が口をつけたところは切り落とそうと思っていたのだけれど。
自己否定ーー羞恥心を否定しました
まあ、美味しそうに食べてくれてるしいいか。古樹精霊の村にいた頃には食べれなかったタイプのものだし、相当美味しいのだろう。そんな風に思えるのが、少しだけ羨ましかった。
自己否定ーー羨望を否定しました
「
「喋るならちゃんと食べてからの方がいいですよ、エウリさん」
「ふぁい……」
もぎゅもぎゅとコロッケを食べ終えて、エウリさんが指差した先にあったのは噴水だった。
「あれは噴水ですね。何であるのかは、ちょっと分からないですけど」
景観の目的か、水質を良くする為か。地球だとそんな感じだった気がするが、魔術があるこの世間での目的は分からない。まあ、いい景色にはなってるけれど。
「どうやって、るんでしょう? すごく、きれいです!」
そう言われると、俺も気になってくる。何か視えるかと眼帯越しで噴水を見てみれば、全体的に魔力を帯びていないことが分かった。魔力の反応があるのは地下の一点のみ、案外やるじゃん。
まあそれはいいとしてだ。ここで「エウリさんの方が綺麗だ」とかキザな台詞を言えたらカッコいいのだろうが、俺には無理だ。
自己否定ーー罪悪感を否定しました
自己否定ーー羞恥心を否定しました
例えどうあっても、無理なのだ。
「どうやってるんですかね。確かに、すごく綺麗です」
王都にあるどれもこれも、古樹精霊の村では見るこのが出来ないものだ。エウリさんにとっては初めて見る、不思議で新鮮なものなのだろう。
「きゃっ」
「ごめんよ!」
そうして眺めていると、ドンとエウリさんに小さな男の子がぶつかった。
「はい、ストップ」
そう言って俺は、謝って去ろうとしたその少年の手を掴んで引き止めた。気を配っていて正解だった、やっぱり王都はそういう面もあるか。
「な、なんだよ姉ちゃん」
「そのスッた財布を今すぐ返してくれれば離すよ」
「ふぇ!?」
慌ててエウリさんが自分の財布を探すが、当然腰にあった財布はない。不自然に近づいてきていたので、警戒していて正解だった。一応俺がお金は全て払うつもりだったが、見逃すつもりも到底ない。
「な、何言ってんだよ」
「これでもボク、冒険者だからそういうのには目敏いんだ」
強化の魔術を使いつつ強く握ると、どれだけ子供が暴れようが解かれることはない。それでもなおジタバタ煩かったので、骨にヒビが入るくらいの強さで握ったら漸く動きを止めてくれた。
「返してくれるかな?」
「返すよ! もう返すから離してくれよ!」
そう言って、涙目の少年は反対の手でスッた財布を取り出してエウリさんに返した。全く、最初からそうすればいいのに。
けど、これで終わらしたらあの王様と同じクズになる。それは願い下げだ。
「癒しよ来たれ、始まりの光──ヒール」
わざと全体を通しての詠唱を行い、たった今自分がヒビを入れた骨と内出血した腕を治しておく。それと、完全な自己満足だけどもう1つ。
「これくらいならあげられるから、2度とボク達にはやらないでね? お姉ちゃんとの約束」
いつかの貴族屋敷から奪った銀貨を渡し、しゃがんでスリの男の子と指切りをする。無論、次やったら心臓を抜く。心の持ちようで吸血鬼的嗜好は変わるようで、今はこの子が妙に美味しそうに見えるのだ。
自己否定ーー吸血欲を否定しました
「え、あ、うん」
「それじゃあね」
そんな吸血欲が見抜かれたのか、少し惚けた様な少年が上の空で返事をした。そして手を離したというのに、動こうとしない。そんなにぼーっとしてると捕まるんじゃないだろうか?
「お、お姉ちゃん、名前なんて言うの?」
すると、そんな予想外のことを聞いてきた。言う必要なんて全くないように感じるけど、スリ界隈でのネットワークは侮れないとも言うし、見張りにも認識させるために言っておいた方が得策か。
「ルーナ。昔の言葉で、お月様っていう意味らしいよ」
誰から見ても分かりやすいように発音すると、男の子は何度かその名前を反芻する様に呟いてから顔を上げた。
「それじゃあね、ルーナお姉ちゃん!」
そうして今度は、手を振って勢いよく何処かへ行ってしまった。分からん。
とりあえず手を払い立ち上がって、事態を見ていたエウリさんに聞いてみた。
「今の子の態度、なんだったんでしょうね?」
「なんだったんでしょう? わたしも、わからないです」
エウリさんもわからない様だ。であれば、もう理解できると言うことはないだろう。態々周りの誰かに聞く必要もないし。
なら、もう切り替えていこう。今日は精一杯楽しんだあと、1つ残らず、包み隠さず真実をエウリさんに言うつもりなのだから。
自己否定ーー罪悪感を否定しました
自己否定ーー悲壮感を否定しました
これも俺の独り善がりだが、最後の思い出くらい良いものとして残しておきたいじゃないか。
「次、エウリさんはどこか行きたいところってありますか?」
「えっと、あっちにみえた、おさかなのおみせにいきたいです!」
確かあの店は、公営じゃなくて商店街的な組合の中で出来ているお店だった筈だ。魚の鮮度は日本生まれとしては良くないと思ってしまうが、ちゃんと下処理してあるし刺身じゃないのでそこまで気にならないと記憶している。
「じゃあ行きますか」
「はい!」
表面上は楽しくても、取り繕っても、審判の時は近づいていた。