雨上がりの王都を、エウリさんと行きより寄り添って帰路につく。心を軋ませる音と罪悪感は消え、未来への不安以外はない幸せな気分だった。そんな気持ちで見る王都は、同じ風景の筈なのに数段世界が華やいで見えた。
「その様子を見るに、漸くくっついたみてぇだな」
してやったり。出迎えてくれた
「はい!」
「騙されましたよ、フロックスさん」
「ハハッ! 相談できるのがオレしかいねえ状況で、自分だけが相談してると思う方がおかしい話だぜ?」
バシバシと背中を叩き、そんなことを言われた。地味な痛さを感じるが、片腕が無かった時に僅かに感じられた影のようなものが消え去ったのを感じる。今だけは、全てが良い方向に転がっていると信じたかった。
「エウリはちっと休んどけ。見慣れない土地歩いたから疲れたろ」
「たしかに、そうですけど……」
「ちょっとモロハに用があってな。暫く借りてぇんだ」
そうしてフロックスさんが肩を組んできた。そして「久し振りに稽古つけてやる」と耳打ち。エウリさんと一緒に居たいという欲もあるが、こちらを優先しておくべきか。死んでしまっては、意味がないのだから。
「ごめん、エウリさん」
「いえ、それなら、しかたないです。すこし、やすんできますね」
「邪魔して悪いな!」
少し寂しそうなエウリさんに後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、フロックスさんに腕を引かれ地下の練習場へ向かう。
「さてモロハ、お前の師匠から伝言だ」
たどり着いた薄暗い練習場。そこでフロックスさんは、両手に持っていた二本の木刀を地面に突き刺して言った。伝言、何か伝えてもらうべきことが有ったのだろうか。
「『お前に教えた槍の使い方、ありゃほぼデタラメだ。たった10日でちゃんとした使い方なんて、教えてやれるわけなかったから許せ。ま、今更言うことでもねぇ気がするけどな』だとよ」
「えぇ……マジですか師匠」
確かにそうだとは思うけど、そっかー……デタラメ教えられて槍振ってたのか俺は。槍とも言えない刃が付いた棒を振り回していただけ。どうりでファビオラが笑っていたわけだ。
「まあ、オレが教えてやったからマシになっただろうし、村で戦ってから異様に上手くなりやがったからモロハは。今となって言うことでもねえわな」
「色々、ありましたからね」
本当に、色々あった。出会いも、別れも、喪失も。
自己否定ーー悲しみを否定しました
自己否定ーー後悔を否定しました
けどそれを、人並みに思うことはチートが許してくれない。感情の波が強制的に凪に落とされる。昼間のように、直接結びつかない感情が否定されるとは限らないのだ。むしろその方が珍しいと言えよう。
だから、切り替えていくしかない。例えそうしたくなくても、冷たいと見限られようとそうするしかないのだ。
「そういえば、義手の調子はどうですか?」
「まあ、ボチボチだな。元の腕には及ばねえが、魔法は乗るし力もある。器用に動きもするし、今までとはだんちだな。お陰で、今まで制限してたことも出来るようになったしな」
「……木刀ですか」
「おうよ」
そう断言できた理由は、魔力の流れの差だ。つい最近までフロックスさんが振るっていた刀と違い、今のフロックスが手を掛けている刀は村で見たものと同等かそれ以上の密度で何かが圧縮されていた。
「つまり、俺を呼んだ理由はそういう」
「いや、それもあるが本題は別だよ別」
自分の調子合わせと稽古をつけてもらえる以外に、何か別の本題。もしかして、義手をつける時何かあったのだろうか? 伝えなければいけないような、そこそこ重大なものが。
「ぶっちゃけ、エウリとはどこまでいったんだ?」
「ぶふっ」
自己否定ーー動揺を否定しました
どんなものが来るのかと構えていた俺に投げかけられたのは、そんな俗な話題だった。イタズラが決まった子供のような表情をしているのが余計にタチが悪い。チートがなければ、咳込むだけでは済まなかった気がする。
「Aか? Bか? Cか? それともそれ以上いってたりすんのか?」
「その分類ならAなんじゃないですかね!」
昔、地球で男子と馬鹿話していた頃そんな区分を耳にした覚えがあったから答えられたが、これはかなり古い区分ではなかったか。勇者とは、そんな時代からこちらで使い捨てにされてきたらしい。
いや、そもそも馬鹿話していた場所はどこだったか。話していた相手は誰だったか。なんでそんな話をしていたのだろうか。昔といっても、時系列すらはっきりしていない。それ以上を思い出そうと頭を巡らせたが、返ってきたのは炎に舐められるような激痛だけだった。
informationーー当該記憶は焼却済みです
「それで、なんでいきなりそんなこと聞いてくるんですか」
「うん? そりゃあ、オレに1回喰われてるお前が──」
自己否定ーー羞恥心を否定しました
無言で驟雨を抜き放った。突かれると痛いところだが、あれは不可抗力である。媚薬を舐めたフロックスさんに俺がヤられた、所謂逆レイプというやつだろう。それに記憶も途切れてるのだから、情状酌量の余地はあるはずだ。
「冗談だっての。痛いところ突かれたからって、そこまでムキになるんじゃねぇよ」
「じゃあ、なんで聞いたんですか」
「次お前が行くところ、ファビオラの話を聞いた限りじゃ死地だって話じゃねえか。エウリを置いてくわけにもいかねぇし、今のうちにヤっちまえと思ってよ」
その言葉に、頭に昇っていた血がスッと落ちていった。次の瞬間にはまた羞恥心で昇ってきたのだが。
自己否定ーー羞恥心を否定しました
だが、それよりも確認しなければいけないことができた。
「あの夜の、聞いてたんですか?」
「おう。いつまで経っても戻ってこねぇようなら、寝たのを見計らって部屋に連れ戻そうと待機してたらな」
「そう、ですか」
それは予想外だった。あの夜のことは自分以外の認知していないものとして考えていたから、知っている人が増えたことは嬉しいのだが……
「話を戻すぞ。昔っから、戦に出る前とか戻ってきた戦士は惚れた奴とか妻とか娼館でヤるもんなんだよ。少なくともオレら古樹精霊の中じゃな。ま、あの村じゃ娼館なんてとっくに潰れて消えてたけどな」
そう言って笑うフロックスさんが一瞬だけ真面目な表情をして、『オレの親もそうだったらしいぜ』と付け加えた。確かに、そういう文化は人間にもあるとは思うけれど……
「付け加えて言っておくけどよ、エウリはそんな種族の先祖返りで、そんな種族の村に産まれて育ってきたんだぜ? そして、次が死ぬかもしれない大きな戦いだってことは、エウリは既に知っている」
「つまり、」
「出発までにしなくちゃ、嘘だって思われるぜ?」
自己否定ーー動揺を否定しました
なんてことをしてくれたんだフロックスさんは。いや、遅かれ早かれ次の戦地のことを知られて、嘘だったのかと糾弾されるよりは良い……のか?
「で、でも、そういうのはもっと深い仲になってからだと思うんですけど!」
「キスしたんだろ? ならもう結婚と同義じゃねえか。今更何言ってんだ?」
なん……だと。となると、時計塔でのエウリさんの行動は、半端じゃない覚悟の元行われていたということ。拒絶なんてもう2度としないが、そんな意味があったなんて。
「それも、古樹精霊の決まりとか掟ってやつですか?」
「ん? ……あぁ、そうだな。そうしなきゃいけねえって決まってる。よもやキスしてまで、浮気しようとか考えてんじゃねぇだろうな?」
「いや、そうじゃないですけど……」
一瞬の空白が気になったが、避けようがないのは確定した。一応フロックスさんに襲われたことがエウリさんへの不信になる気がするが、それは先ほど通り不可抗力としておく。
「けど、なんだ?」
「まだ、俺もエウリさんも子供です。もし、その……そういうことをして、その、あの、子供が出来ちゃったりしたら、色々と大変なことに……」
自己否定ーー羞恥心を否定しました
しどろもどろになりながらなんとか伝えると、フロックスさんはとても大きな声で笑い始めた。そして涙目になるくらいの大笑いの後、その涙を拭きながらフロックスさんは言う。
「そもそも、オレたちとお前は種族が違うんだぜ? 近縁種っつーか亜種か? だから無理じゃねえが、そうそう子供なんてできねえよ。心配すんな」
「えぇ……」
「だからこそ古樹精霊に連れ去られた男は2度と帰ってこないとか言われてたりもするんだけどな!」
あまり知りたくなかった種族の真実を知った気がする。連れ去られた男はほぼ全員腹上死とか笑えない。けれど、同意の上ならそれはそれで幸せだったのではないかとも思う。
「さてさて、小難しい話はここまでだ。構えろよモロハ、久々に全力で相手してやる」
色々と考え込んでいた俺に、木刀を抜いたフロックスさんがそう言った。魔力が吹き上がり、急激に戦闘態勢へと移行していく。
自己否定ーー動揺を否定しました
自己否定ーー羞恥心を否定しました
自己否定ーー油断を否定しました
自己否定ーー雑念を否定しました
発せられる闘気を受けて、チートが過敏に反応した。急激に神経が研ぎ澄まされ、世界が切り替わっていく。それから眼帯を収納し、全身に強化の魔術をかければ準備完了だ。
「胸を借ります」
「モロハは奇襲からの確殺以外は平均以下だからな。来い」
「行きます!」
そう一言断ってから、俺は全力でフロックスさんへ向かって突撃した。
◇
「っ痛……」
その日の夜。フロックスさんに滅多打ちにされて負った怪我こそ魔法で癒えたが、残留する痛覚のせいで眠れずにいる夜中のことだった。
コンコンと扉がノックされた。エウリさんとフロックスさんは別の部屋に移ったし、ノックしてくる人なんていないはずだ。
「どうぞー」
「しつれい、します」
静かに部屋に入ってきたのは、非常にラフな格好をしたエウリさんだった。まさか、もうその時なのだろうか。
自己否定ーー動揺を否定しました
「えっと、すわってもいい、ですか?」
「あ、どうぞ」
「しつれいします、ね? えへへ」
そうしてエウリさんは、俺の隣に腰を下ろした。俺が座っていた場所はベッド……しまった、位置取りを間違えていた。
フロックスさんの話を思い出したことで固まってしまった俺の手に、エウリさんの手がそっと重ねられた。
「つぎも、そのつぎも、おおきなたたかいになるんですよね?」
「多分、そうなりますね」
「はじまっちゃったら、もうこうして、ゆっくりすることもできないんですよね?」
「そう、ですね」
自己否定ーー動揺を否定しました
きゅっと握られた手の柔らかさと暖かさに、心臓が跳ねた。チートによりすぐに抑制されたが、鼓動だけはそのまま激しく脈を打ち続けている。
「だから、その」
一旦手が離され、シュルシュルと衣擦れの音が聞こえた。何事かとそちらを見れば、エウリさんは着ていた服を脱ぎ下着姿となっていた。所謂ベビードールというやつだろうか、月の光を浴びて透き通るようなそれは、非常に──
「綺麗、です」
「あぅ……はずかしい、です」
そうしてエウリさんは、自分を抱くようにして胸を隠して赤くなってしまった。それは高校生男子としては、言い方は悪いが非常に興奮する。
自己否定ーー興奮を否定しました
そういう経験もそういう映像も見たことのないせいか、異常なまでに昂ぶっていた何かが平均的な興奮にまで落とし込まれた。ああ、確かにこれなら酷く当たってしまうなんてことはないだろう。
差し出がましいチートの発動に僅かな苛つきを覚えていると、震える手でエウリさんが服の裾を握ってきた。
「わたし、モロハさんとなら、いいです。だから、しましょう?」
こちらを見る目は潤んでいて、熱っぽくて、いい匂いがして。
自己否定ーー情欲を否定しました
チートがあっても、我慢が限界だった。
(R18は)ないです
そして一連の流れ全てを見ていたファビオラである。