あの空に帰るまで   作:銀鈴

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50 黒崩咆ディラルヴォーラ

 襲撃者(ソレ)に初めに気がついたのは、フロックスさんだった。

 

「上だ!」

 

 そんな声に釣られて空を見上げると、そこには絶望がいた。

 黒い鱗に赤い眼、発達した強靭な四肢と剛爪。更に前腕から生えた三枚の巨大なブレード。棘の生えたしなる尾。そして、歪んだ笑みの浮かべられた口元とそこから覗く牙。最後に、真っ白を超えて黒に染まった極めて濃密な魔力が、これでもかと言わんばかりに全身を覆い尽くしていた。

 

 こいつは、駄目だ。

 

 一目見てそう分かった。この世界に来て何度そう思ったのかわからないが、これは人が戦って良い相手ではない。そんな相手が、右腕を振り上げ、高速で落ちて来ていた。

 

 肉の鎧ーーstart-up

 

(へデラ)ッ──!」

 

 考えるより先に、身体が動き出していた。制御を放り出した強化の魔術とチートを合わせた力で後方に全力で飛びつつ、魔法で伸ばした蔦でエウリさんを捕まえて引っ張る。エウリさんが逃げ遅れているのはフロックスさんも感じていたようで、無事俺たちと同じ距離までエウリさんをアレの着弾予想場所から引き離すことができた。

 

 だが、これではまだ足りない。

 

「「(ガウリス)(フロス)!」」

 

 ドーピングで痛覚を消してるのをいいことに、チートで砕けた脚を支えながら魔法を全力で行使する。地面を突き破り物理防御に秀でた木の幹が俺とフロックスさんの2本分出現し、その表面に魔法防御に秀でた花がいくつも咲いた。

 それは俺たち3人を守るには十分と思われるもので──

 

(ルート)!」

 

 竜が着弾した瞬間、木と花は7割方吹き飛んだ。着弾の衝撃で地面が激しく揺れ、着弾点から全方位に岩塊が飛び、砂埃が舞う。そんな中でも防壁の全てが吹き飛んでいないのは、直前にフロックスさんが根を張らせ補強したからだと思われる。

 

 しかしそれも、直後に砕かれた。

 

 ドパンという、空気の壁がどうにかなったとしか思えない音と共に振るわれた尾が、情け容赦なくほぼ崩壊していた木の幹を砕き飛ばしたのだ。

 

『グルァッ!!』

 

 そしてその残骸を突き破り、竜の腕が突き出された。爪もブレードも受けたら死ぬ、けれど受けなければ全員死ぬ。気絶していたせいで何もできなかった奴らと同様、引き潰されてミンチになる。

 

「さ、せるかぁッ!!」

 

 魔術と吸血鬼としての自己治癒で治りかけていた脚を再度爆発させ、繰り出される剛爪の軌道に割り込んだ。そして、収納のチートを纏わせた驟雨を全力で振り上げる。

 

 今まで通り、チートと驟雨が斬り裂いてくれるかもしれない。そんな淡い希望を乗せた一閃は、剛爪に直撃して動きを止めた。今までほぼ全てを抉り割いてきたチートが、止められた。

 

 自己否定ーー呆然を否定しました

 

 そして、黒板を掻き毟るような空間の絶叫が響き渡った。

 

『グル、ガァァァッ!!』

「あぁぁァァァァッ!!」

 

 筋繊維が千切れるぶちぶちという音が連続する。骨が折れる音がした。見る間に右腕が赤く染まっていく。しかしそんな中でも、チートを纏う驟雨は無事だった。

 そんな交錯が続くこと僅か2秒、爪と驟雨の間にある空間が限界を迎えたかの様に爆発を起こした。それにより竜の爪は大きく上に弾かれ、俺も大きく後ろへ吹き飛ばされる。

 

「ぷっ」

 

 何回かバウンドしたがなんとか立ち上がり、口の中に広がっていた血を吐き捨てる。元々自分でやっていた回復にエウリさんの魔術が加わり、回復速度が格段に早くなっている。血を流す傷口が塞がり、骨が接合される。痛みを薬をキメて消してるからこそ出来る無茶だ。

 

 驟雨を構えたまま、排出した増血剤を数錠飲み込んだ。フロックスさんとはアイコンタクトだけを交わし警戒を続けるが、今度は何故か竜が攻撃をしてこない。しきりに自分の弾かれた右腕を見て、何か唸っているような声を出しているだけ。はっきり言って不気味だった。

 

 そして一際大きな息を吐き出したかと思うと、こちらを真っ直ぐに見つめて不思議と反響する声で言葉を口にした。

 

『貴様らは、英雄か?』

「は……?」

 

 突然聞かれたそんな質問に、一瞬だけ頭が真っ白になった。どうしてそんな、意味のわからないことを突然聞いてきたのだろうか?

 

 自己否定ーー困惑を否定しました

 

 まあ、そんなことははっきり言ってどうでもいい。だが1つだけ、言っておかねばならないことがあった。

 

「少なくとも、俺はそんな器じゃない」

 

 フロックスさんならば、そう呼ばれてもおかしくはないだろう。

 エウリさんであれば、いつかその域に至ることも不可能ではないだろう。

 

 だけど、俺だけは違う。人間“欠月諸刃”は英雄足り得ない。英雄の器になることなら不可能ではないが、俺が俺としている限り英雄なんて化け物には……俺にダウンロードされたアイツのようになることはできない。『人の可能性は無限大』そんな言葉を聞くこともあった気がするが、俺は所詮ぬるま湯に浸かっていた日本人で、何もわからないガキで、チートなんて力を与えられただけの存在だ。そんなものが、英雄(ばけもの)になれるわけがない。

 

『クハ、クハハ、ハハハハハハ!!』

 

 俺としては本心を答えただけだったのだが、竜は何故か大爆笑を始めてしまった。解せぬ。

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

『良い、良い、英雄とは己を過剰に誇示しないものだ! 貴様からは勇者などと名乗る芥と同じ臭いがするが、どうやら本質は違うらしい』

「幾らあなたが強者と言えど、あんな奴らと同じにしないでいただきたい」

 

 自己否定ーー██の感情は消去されています

 

 一応同郷の輩なのだしあんな奴らと言ってしまうのはどうかと思うが、まあ操られてるとはいえ魔族を殺しを続けてるのだからあんなので良い。どうせ会ったら殺し殺される仲だ。

 

『そうだな、失礼した英雄よ。英雄たちよ。ああそうだ、貴様も、貴様も英雄だ!』

 

 理知的に喋っていたはずの竜から、段々と正気が失われるように言葉が荒くなっていく。同時に赤い眼に直前まではなかった敵意が復活し始めた。

 

『我に挑め! 我に挑め!

 そして血と狂乱の祭の幕を開けよ!

 我が名は黒崩咆ディラルヴォーラ!! 誇り高き上位竜が1人である!!』

 

 ビリビリと肌に伝わる程の大音声で、そんな宣誓が為された。そして、竜……ディラルヴォーラの眼から一切の理性が消し飛んだ。なんだったのか結局分からず終いだったが、もう戦うしかないのだろう。

 

 自己否定ーー疑問を否定しました

 

 そんな風に分析していると、ディラルヴォーラが大きく息を吸い込んだ。それと同時に、黒い魔力が口元に収束していく。それは、どうしようもない危機感と怖気を感じさせた。けれど、口元には火や水などの所謂ドラゴンブレスに類されるものの気配はない。

 

 自己否定ーー困惑を否定しました

 

「エウリさん、あの時の音を消す魔術を! ()()()()()!!」

 

 ギリギリ残っているサブカル知識を総動員して考えるに、アレは咆哮。それも恐らく、とてつもない破壊力を持ったもの。そう、なんだったか? ゲームの中にそんな竜がいたはずだ。ティガ、なんとかというあれ。けれど攻撃方法が音だというのなら、もしかすれば!

 

「え?」

「早く!」

 

 困惑するエウリさんを急かす。恐らくあれが放たれたら、俺たちは何も残らず消し飛ぶ。何故だかそれが直感的に理解できた。

 

「はい!」

 

 エウリさんの魔術が完成した直後、予想通り咆哮が発動された。天に吠えるような姿は見えるがしかし、こちら側には何も伝わらない。砂煙が舞うだけだ。

 

「だめ、です! やぶられます!」

 

 しかしそんな安心もつかの間、エウリさんの魔術が崩壊した。

 直後、解放された音の津波。圧倒的な暴力。それが、俺たちを強かに打ち付けた。

 

 肉の鎧ーーbroken

 

「あ、がっ……」

 

 チートが崩壊し、全身に弾けるような感覚が走った。同時に息が苦しくなったことから、肺にも何らかの異常が出ていると思われる。二重の減衰を受けていてこれだ、エウリさんはなんとか庇ったが……

 

「気ぃ抜いてんじゃねぇぞ、モロハぁ!」

 

 膝をつき、全身血塗れのフロックスさんの声にハッとして意識を戻せば、砂煙の中から黒い魔力の塊がこちらを狙って動き出したところだった。

 

 仕方なく息を止め、伸長させた驟雨の石突きでエウリさんを引っ掛け力任せに吹き飛ばした。エウリさんの魔術・魔法の腕は俺の十何倍もあるが、近接戦闘はからっきしだ。だから今はこうする!

 

「ッ!」

 

 伸長させた驟雨を元のサイズに戻しながら、足を崩壊させながら反対側に跳んだ。喉元から血が込み上げてくるが、無理矢理飲み込んで無視。空中でもう一度驟雨を伸長させ、飛距離を稼ぐ。

 

 これでギリギリ間に合うか、間に合わないか。

 そんな一か八かの賭けに、俺は負けたようだった。

 

『グルァッ!!』

 

 砂煙を突き破り出現した黒の顎門。それが俺の右脚、膝から下に食らいついた。チートがない以上、いやあったとしても竜なんていう生物の咬合力に、人間というか弱い生物は耐えることができない。肉が裂け骨が折れ、完璧に千切れる音が身体を通して耳に届く。

 

 次瞬、猛烈な後方への加速感。どうやら噛み千切られた状態で、口の端に引っかかってしまったらしい。ディラルヴォーラの眼が、よく見える。

 

(へデラ)

 

 一刻も早くこんな状況から脱したいのは確かだが、同様にこんな好機が2度としてないであろうこともまた確か。そう考えて、吹き飛びかけていた自分の体を魔法で上顎に縛り付けた。

 

 収納だけで竜の守りを貫くことが出来ないことは先程判明している。だったら、使いたくないがアレに手を出すしかないだろう。

 

 燃焼回路ーー起動完了

 燃焼回路ーー動作を開始します

 

 今まで少しづつ、地球やこちらでの記憶を焼却されながら貯めてきた青い炎。その総量はあの夜に得た物に遠く及ばないが、一撃だけならば!

 

 燃焼回路ーーエネルギーを100%充填

 肉の鎧ーーReboot

 

「貫、け!」

 

 青い炎と収納、二重のチートを纏った驟雨が伸長する。狙いはこちらを睥睨する赤い右眼、その中心。切っ先が届くまで残り数cmといったところで気付かれ、首を左右に振られたがもう遅い。チートと魔術で補強された発射台()からの攻撃なのだ、逃げられるわけがないだろう。

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 

 そして、青い火の粉を散らして空中を疾走した驟雨は、狙いを誤たずディラルヴォーラの右眼に突き刺さった。

 

『GyAAAAAッ!?』

 

 ディラルヴォーラが絶叫し暴れまわるが、こんな機会逃してたまるか。まだやれる、まだ足りない、まだ攻撃は届く!

 

「《収納》」

 

 ディラルヴォーラの右眼が消失した。暴れまわる勢いが加速したが、まだ蔦は、チートは耐えられる。

 

(スターク)(ルート)(サングィース)!!」

 

 

 使える魔法を三重で発動させる。

 まず何処の空間から射出された極太の植物の茎が、血を吹き出すディラルヴォーラの眼窩に突き刺さった。次に刺さった茎から、細い根が眼窩を埋め尽くす様に張り巡らされた。そして最後に根が血を吸い上げた。

 

 濃密な黒い魔力と共に、ディラルヴォーラの今までの記憶が流れ込んでくる。流れ込んで流れ込んで流れ込んで流れ込んで流れ流れ込んで──

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 自己否定ーー狂気を否定しました

 

「ッーー!!」 

 

 流入してきた竜の意識に食い潰され、壊れそうになった精神がチートで引き戻された。そしてどうやらこれで完全に否定出来たらしく、これ以上の苦痛は無くなった。

 

 人族を殺せ

 自己否定ーー魔法《狂乱付与》を否定しました

 自己否定ーー魔法《理性侵食》を否定しました

 自己否定ーー魔法《強制従属》を否定しました

 燃焼回路ーー焼却開始

 

 代わりに出現した呪いのようなものは、秒と持たずに焼き尽くされた。「これでまだやりようがある」そう思った直後、俺の身体を固定していた蔦が限界を迎えて千切れた。それにより凄まじい勢いで俺は吹き飛ばされ、全身を強打しながら大きく距離を取らされた。

 

『ゴアァァッ!!』

「させっかよ!」

 

 繰り出されたブレードを、フロックスさんが受け流すのが見えた。けど嗚呼息をするのが辛い、頭が朦朧とする、喉から血が込み上げてくる。けれどこのままじゃ死を待つのみ。

 

「すいあげて、(フロス)!」

 

 エウリさんが、俺が残した魔法の跡に花を咲かせた。蔓が巻きつき、綺麗なオレンジ色花が幾つも幾つも咲いていく。何をしているのかは分からないが、俺だけがこんなザマでいるのはダメだ。

 

 身体の異常を無理やり《肉の鎧》を纏うことで無視し、立ち上がろうとした時のことだった。不意に身体のバランスが崩れ、転倒してしまった。

 

「あぁ、そうか」

 

 右脚の膝から下が無くなっている。そういえば、アイツに噛み千切られたのだったか。既に血こそ流れていないが、暫く立つこともままならないだろう。

 

「ぐふっ、ゴホッ、ペッ。(ブランチ)

 

 咳き込み、我慢していた血を吐き出した。そんな状態で魔法を使い、膝から下にただの木の棒を生成する。

 

 戻らなければ。

 

 そう決意して立ち上がると、不思議な光景が目に移った。ディラルヴォーラが、逃げ出していたのだ。距離を取るなどではなく、こちらに尾を向けて完全に逃走している。

 

 自己否定ーー困惑を否定しました

 

 よく分からない。よく分からないがしかし、それを見て緊張の糸が途切れてしまった。そうなってしまえばもう、意識を失うのに僅かも要らなかった。義足代わりの木が、割れて砕ける音がした。

 




あ、因みにエウリの魔法が効いたのは、先にモロハくんちゃんが目ん玉抉り抜いて使って有効化した魔法が植物系だったので、古樹精霊として優先度で勝ったからです。
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