本日2回目?
知らない森、知らない村、知らない空気。
そんな何も分からない場所で、
朝霧が漂う中、左腕でただひたすら。仮想の敵を相手に槍を振るい続ける。何故しているのかは分からないし身体の主導権もないようだが、その考えていることだけは薄っすらと伝わってきていた。
吐く息が白い。冬の空気が漂う中、上半身裸で槍を振るう。
突き。払い。打ち。薙ぎ。上段。中段。下段。
持ち手の場所を中段から前段に変えもう1セット。
持ち手の場所を后段に変えもう1セット。
同じ位置を狙う動きを持ち手を変えながら、飽きることなく、投げ出すことなく、真摯に続けていく。
1時間ほどそれを続けた後、今度は魔術で身体を強化しながら同じことを続ける。自分が放てる最高の一撃を、更に一段上に昇華すべくただひたすら放ち続ける。
「██████?」
無限にも思えるそんな時間を過ごしていると、黒く塗り潰されたかの様に、ノイズが走って理解できない言葉が聞こえた。
振り返ると、水色の長髪をツインテールにした小柄な紅い瞳の女性が笑顔を浮かべていた。ピンク色の可愛らしいワンピースに、黒い男物のロングコートを纏ったその子は、
「███、██████」
「██! ████」
目を凝らせば奥の方に小さな家も見えることから、山奥で2人ひっそり住んでいるのだろう。そんな俗世から隔絶された生活をしているが、俺には2人がとても幸せに生活しているように見えた。
『おはようございます……』
そんな家の扉を開けて、長い銀髪をポニーテールに纏めた女の子……幼女と言えそうな年齢の女の子が現れた。驚くことに、その子が話しているのは
『█████、████████』
『ええ、おはようございます。すみません、いきなり押し掛けたのに泊めてもらっちゃって』
『████』
娘かとも思ったのだが、どうやら違ったらしい。青いパジャマを着崩した幼女は、眠そうに紅と蒼のオッドアイを擦りながらそんなことを言っていた。見た目が明らかに違うし、勇者ではないのだろう。
『███、████ー』
『いえ、私は夫との新婚旅行をしているだけですので。楽しいですよ?』
……驚くことに、この幼女も誰かと夫婦らしい。まあ、ここは異世界。地球の常識で考えることの方がおかしいのだ。そう納得はするが、飲み込み切れるものではない。
『でも、もう少ししたらこの世界は後にしようと思います。×××××さんたちみたいな良い人も沢山いるんですけど、国がとことん腐ってますから』
『████、████████████?』
『いえ、所詮私たちは異世界からの来訪者。この世界に干渉する権利なんてないですから。それに、腐った未来が嫌で過去に来たんですから尚更ですよ』
なんだかとてつもない言葉が連続して続いているが、その見た目と着崩したパジャマの所為でいまいち締まらない。けれど、この幼女が途轍もない……ディラルヴォーラが霞んで見える力の持ち主だということは察することができた。
その所為で呆然として考えを止めてしまっている間に、緑の短髪の青年が
『あ、おはよ***。空どうだった?』
『後から話すから、ちゃんと服を着てくれ***……』
『ふぇ?』
どうやらその青年が夫で、幼女が妻のようだ。同時にその夫は苦労人であるようだ。
それを見て
場面は切り替わる。
そこは、真っ白い空間の中に作られた鍛冶場だった。炎が灯された炉の前で、銀髪の幼女がいい笑顔を浮かべて一振りの暗緑色の縞模様が浮かぶ剣を宙に浮かべて保持していた。
呼ばれていたのであろう×××××はゆっくりと歩いて行き、それを受け取り腰に佩いた。その剣は、今俺が腰に佩く短剣をどこか連想させる作りをしていた。
『でも本当にいいんですか? これでも私、元いた世界では世界最高の鍛冶師だったんです。だから、貴方の無くした手も治せますよ?』
『███。███、█████████████████』
『そうですか。それなら、治せませんね』
幼女はくすくすと笑って、どこか懐かしそうな目をしていた。
けれどすぐに真剣な目をして、×××××が佩いた剣を指差して言った。
『その剣の名は【護剣ストーリア】、貴方の要望の通りただただ壊れないことと護る事を追求した剣です。貴方の愛槍も限界まで強化しましたし、折れることはないでしょうけど……きっとその子は、貴方を守ってくれます』
『█████』
言葉は分からないが×××××が今口にした言葉が、感謝の意を示しているのはわかった。そして幼女は、その剣を慈しむような目で見つめていた。鍛冶師にとって作品は我が子と同じと聞いたことがあるし、きっとこの幼女もそういうものなのだろう。
『ああ、そうでした。その剣は、貴方と妻、貴方たちの子供しか使えません。もしくは、貴方と同じ魂を持つか分け合った者だけ。それ以外の人が力を使おうとすると、剣に食われて死ぬことになります』
『███……█████』
『そうでとしないと、私の作品が悪用されてしまいますから。それはもう、嫌なんですよ。それに、私の作品を自分で壊すのも』
どこか寂しそうな顔をして、幼女はそう呟いた。きっと過去、そういうことがあったのだと思われる。自分で作り上げたものを自分で砕く。それはきっと、筆舌に尽くしがたい思いの筈だ。
『でも、貴方になら安心して預けられます。ストーリアのこと、大切にしてくださいね』
『█████』
×××××は頷き、しっかりと幼女と握手を交わした。それならうっかりしていたと言わんばかりの表情になり、手をバタバタと慌てて動かし始めた。それを見て×××××は笑い、ぷくーと幼女は頬を膨らませる。それでもまだ鍛冶師として意志が優ったようで、しっかりと話し始めた。
『その剣の真の力を発揮するには、詠唱が必要です。それを忘れていました。今から言うので、私に続けて言ってください。それが初期起動になって、貴方を主人として認識します』
一拍置き、幼女が言葉を紡いだ。
『闇◾️を◾️え、黒◾️竪◾️
█ざ開◾️◾️よ、
場面は切り替わる。
『1週間も、お世話になりました』
『世話になった』
『████ー』
『█████』
銀髪の幼女と緑髪の青年が、仲良く手を繋ぎ頭を下げていた。これからどこかへ行くのだろう、2人の足元には恐ろしいまでに精緻で巨大な魔法陣が展開されていた。
『それと、未来から見てるそこの君。貴方にもさよならとアドバイス。自分を大切にしてあげてね、あんまりその力に頼ってばかりだと、いつか貴方は消えて無くなるよ。まあ、ストーリアがあれば、少しはマシになるかもだけどね』
『誰に話してるんだ? ***』
『ちょっとした未来のお客人かな』
そして、幼女たちは光とともに消え去った。明らかにこの場にいなかった、俺に向けての言葉を残して。
わけがわからない。そんな感情が浮かぶと同時に、身体を包み込む浮遊感が襲ってきた。ああきっと、この夢は終わってしまうのだろう。
もう少しだけ、この古樹精霊の男と吸血鬼の女性の関係を見ていたかった。そう思うも虚しく、俺の意識は現実へと吸い上げられていった。
◇
「───さん、──ハさん、モロハさん!!」
泣きそうなそんな声と、身体を揺する振動で目を覚ました。嗚呼、凄く幸せな、へんな夢を見ていた。
「よかった、よかったです……ちゆまじゅつかけたのにめをさまさないから、すっごく、すっごくしんばいでしたよぉ……」
大粒の涙を零すエウリさんが、我慢の限界と言ったように俺の胸で大泣きを始めた。その音が非常に遠くに感じられ、補聴器がちゃんと作動していないことに気がつく。いつの間にか切れていた魔力を込めると、雑音が酷いがなんとか音の拡大には成功した。
「無茶して、ごめんなさい」
「うぅ……ぐすっ……」
自己否定ーー幻肢痛を否定しました
エウリさんを抱きしめつつ右脚を確認すると、やはりそこには何も存在していなかった。しかも俺が気を失う直前より、傷のある場所が膝寄りになっている。まるでそこまで、新たに鋭い刃物で切断されたような傷口だった。
「よう、目ぇ覚めたか」
更に周囲を見回せば、木に寄りかかるフロックスさんの姿が目に入った。どうやらここは、森の中であったらしい。フロックスさんの顔には色濃い疲労が見て取れ、俺の自爆同然の相討ちがどれほど疲労をかけてしまったのかを実感した。
自己否定ーー混乱を否定しました
「あれから、どうなったんですか?」
「お前の右脚と引き換えに、竜は撤退した。俺も散々嫌がらせしたしな。それにお前の魔法を下地にエウリが使った毒花の魔法のお陰で、あれを駆除しきるまでは竜は戻ってこねぇだろうよ」
「そう、ですか」
自己否定ーー動揺を否定しました
なんでも、エウリさんが最後に咲かせた花は
「それにここは、オレとエウリで作った古樹精霊としての領域に近ぇ森だ。だから、竜以外一切の生物がいねぇここなら安心して眠れる。だから、話をすんのは明日の朝だ。とっとと、寝と、け……」
そう言い残して、フロックスさんはzzzと寝息を立て始めた。なんだか悪い気がするのは、間違いではないだろう。
「エウリさんは……って、寝てましたか」
意見を求めようとエウリさんに話題を振ろうとしたが、泣き疲れたのか眠ってしまった後だった。これでは誰にも意見を聞けないが……そうだな。俺も頭がまだ朦朧とするし、一眠りした方がいいかもしれない。フロックスさんがああ言うなら、竜以外の脅威には気にしなで良いようだし。
「ふむ……」
増血剤を飲み込みながら、そこまで頭を巡らせる。竜に関しては、俺が魔法で根を張り巡らせた以上、全部を無くすのには最短半日くらいはかかるだろう。それなら、一眠りするくらいの時間はある。
であれば、俺も寝て休養を取る方が良いだろう。けれど寝る前に、1つだけ確認しておきたいことがあった。
「お前は、ストーリアなのか?」
腰に佩いたままとなっていた短剣を引き抜き、目の前に掲げて問いかけてみる。まあ、こんなの気休め程度にしかならない……そう思っていたのだが、ドクンと短剣が脈打った感じがした。
「まさか、ね」
俺が今生きる時代と、俺の中の英雄が生きた時代では年月があまりにも経ち過ぎてる。そんな時代の遺物が、現代まで壊れず残っているとは思えなかった。だけどもし、この短剣があの片手剣だとしたら、非常にロマンが溢れていると思う。まあ、そんなわけでないだろうけど。
自己否定ーー憶測を否定しました
軽く汚れを服の裾で拭いてあげてから、短剣を鞘に戻して俺も寝転がった。早く寝てしまおう、そして明日に備えるのだ。
避けようがない、竜との戦いに備えるんだ。