あの空に帰るまで   作:銀鈴

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52 失くしたものは

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 チートが無機質に放つ、そんな音声で目が覚めた。

 そういえば右脚が無くなったんだっけ。そんなことを思い出しながら起き上がり周りを見渡すと、まだ太陽が顔を出し始めたばかりの明け方らしかった。

 

「随分、高くついたなぁ」

 

 竜の左眼と僅かな時間稼ぎの代償が、俺の右脚とエウリさんとフロックスさん以外の隊の全滅。近くに積まれている荷物を見るに、ある程度の荷物は無事のようだが……まあそれだけだ。

 

「煙草は……エウリさんが寝てるし、駄目か」

 

 エウリさんは、俺の左足を枕にしてすぅすぅと寝息をたてていた。折角気持ち良さそうに寝ているのを起こしたくないし、煙草を吹かす必要はないだろう。

 

「俺がどうなっても、守るか逃がさないと」

 

 長旅の途中だというのにサラサラとしたエウリさんの髪を撫でつつ、小さくそう呟いた。こんな身体でどこまで出来るか分からないが、改めてそう覚悟する。

 

 目の前で大切な人を、もう2度と失ってなるものか。

 

 視界にノイズが走る。

 

 口から赤黒い血を零す、大きなお腹のピンク髪の少女がいた。その控えめな胸には刃が突き刺さっており、死まではもう秒読みだと思われる。

 

『████、████』

 

 そして、何か言葉を告げた直後刃が振り抜かれ上下に分断された。そんな凄惨な光景を生み出し、少女を足蹴にし下卑た笑みを浮かべるその下手人は、黒髪黒目の少年。それはどう見ても、同郷である()()()()()()()()()()()

 

 視界にノイズが走る。

 

「なんだ、今の」

 

 自分の状態を精査して見るが、何の異常もない。なのに、今見えた映像は確実に記憶に刻まれていた。明確な感覚と、我を失うような感情の奔流と共に。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 

 発狂しそうになるほどの、勇者への……人族への憎しみ。恨み。殺意。果てしない負の感情。そして、自分への抑えようのない怒り。何もかも殺してしまえと言わんばかりの、ドロドロとして、ヘドロを煮詰めたような悪臭を放つ感情。

 心の奥底が割れるような、軋み続けるようなその感覚から逃げるように……消えてしまいそうな自分を留めたくて、縋るようにエウリさんの手を握った。

 

 自己否定ーー魂の侵食を否定しました

 自己否定ーー×××××の人格を否定しました

 

 そのお陰なのか、チートの音声と共に突然その感情は静まり返った。激しい動悸と悪寒、冷や汗こそ止まらないが、これ以上悪化するようなこともないようだ。そのことに胸を撫で下ろし、気が抜けた手が勝手に動き、右脚の傷口に当たった。

 そこで違和感に気がついた。傷口付近が、何故か異様に硬い。

 

「は……?」

 

 嫌な予感を感じ、千切れた服の裾を捲り上げる。するとそこには、異様に変質した自分の脚が存在していた。

 

 股から自分の掌1つ分程の幅の空間を残し、傷口までを黒曜石のような鱗が覆っている。そして鱗には、ディラルヴォーラと同様の黒い濃縮された魔力が込められているのを感じ取れた。

 

「ふわぁ……おはようさん。って、また生えて来てんのかそれ」

 

 木に凭れかかり眠っていたフロックスさんが起き出し、大きな欠伸をしながらそう声をかけて来た。

 

「またって、どういうことですか?」

「いやな? エウリが必死に治してる時に勝手に生えて来てよ、これが剥いでも剥いでも生えてくんの」

「俺の身体で遊ばないで下さいよ……」

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

 カラカラと笑いながら言うフロックスさんに、ため息を吐きながら言い返す。人が寝ててエウリさんは治してる最中だと言うのにそんなことをしていた事実に、若干怒りが湧いたがチートがすぐに消してくれた。

 

「オレだって遊んでるほど暇じゃねえよ。何枚か剥いで、ちょいと調べてみてな? その結果によるとよ、その脚、あの竜と同じもんだぜ。多分アレだ、血吸ったのはいいがモロハ自身の限界を超えてたかなんかで、身体にまで影響出たんだろ」

「随分軽く言いますねー……」

 

 けど、自分でも何かそんな感じはしているのだ。無理に言語化するなら……食べたものを消化しきれず吐いたみたいな感じだろうか。多分ファビオラ辺りなら完全に吸収できたのだろうが、半分だけの俺には到底無理な話だ。

 

 自己否定ーー自虐を否定しました

 自己否定ーー悔恨を否定しました

 

「まあ、それはいいです」

 

 どうせ過ぎたことだ、気にしたって仕方がない。それよりも今は、150年は生きているフロックスさんに聞きたいことがあった。

 

「それよりも質問なんですけど……過去に、古樹精霊に男っていたことはありましたか?」

 

 起きる前に見たあの夢。起きてから見たあの幻覚。そのどちらでも共通して、俺は名前の分からない人物だった。だが不思議とその時の己が増樹精霊の男だと言うのは理解できている。同時の当時の妻が吸血鬼だと言うことと、妻は勇者に惨殺されたと言うことも。

 

「んー……あー……、まあモロハにならいいか。オレたちの血は入ってるし、エウリの配偶者でもあるし同族ってことでいいだろ。それにマイナーだが有名っちゃ有名だしな」

 

 頭を掻きつつ若干悩むようにフロックスさんは言い、諦めたようにそう言った。もしかして、あまり触れてはいけない何かに触れてしまったのだろうか。

 そう冷や汗を流す俺に、まるで昔を思い出すかのようにゆっくりとフロックスさんは語り始めた。

 

「質問の答えだがな、いたぜ。オレが10もねぇ時に居なくなっちまったが、男の古樹精霊だった。突然変異だったらしくてよ、生まれつき右手はねぇしアルビノで、弱視で且つ食えねぇ物も多かった。

 けどよ、それでも村の皆には優しくしてくれたし、オレ含め子供にはアマにぃっつわれて慕われてたんだぜ。それに、槍の使い方が異様に上手くてよ。オレの槍術もアマにぃ仕込みなんだぜ。

 後は、当時親しくしてた吸血鬼の村が襲われたって聞いた途端に槍担いで飛んでってよ、帰ってきた時にはえらい可愛い嫁さん連れてきてなぁ……」

「凄い、人だったんですね」

 

 俺の中にいるらしい英雄は、やっぱり英雄だったのだろう。

 

 自己否定ーー自虐を否定しました

 

「けど、アマにぃのことどこで知ったんだ? 確かに隻腕の英雄としては有名だけどよ、それが古樹精霊だってのは知られてねえ筈だ」

「ちょっと、夢を見まして」

「なるほどな。確かにお前とエウリの境遇は似てるし、血の記憶でも見たのかもな」

 

 あんまりいい記憶でもねぇんだけどなと、フロックスさんが溢した言葉は聞かなかったことにする。触れられたくない過去に触れてしまったようだから、必要以上に踏み込まないことは大切だ。

 

「話は変わりますけど、俺の脚って、実際どんなもんなんです?」

 

 だから、話題を変えることにした。これはこれで気になっているのだし、不自然ではないだろう。

 けれど、流石に不自然すぎて気づかれてしまった。けれどニッと笑みを浮かべるだけで、フロックスさんは話の変更にのってくれた。

 

「エウリ曰く、その左腕と違って治すことは出来るってよ」

「マジですか。魔術ヤバイですね」

「おう、マジだマジ。魔術もヤベーんだぜ」

 

 軽いノリでフロックスさんはそう言っているが、どうにも顔が晴れない。確実に何か都合の悪いことを隠されている。そして今回に限っては、それがどんなものなのかは想像に難くなかった。

 

「で、全治どれくらいなんです?」

「バレたか……エウリの見立てだと、設備の整った環境で1から3年、整ってなきゃそもそも不可能だとよ。どっちにしろ、あの竜とやり合うには間に合わねえな。今は俺が切り落としたから綺麗だが、喰われたから傷口もぐちゃぐちゃで、その状態じゃ治せなかったらしいし」

「やっぱりそう言う感じでしたか」

 

 自己否定ーー悲観を否定しました

 

 ならばもう、右脚は諦めた方が良いかもしれない。このままじゃ立つことすらままならないが、気絶する前の様に義足もどきでも作れれば歩けないことはない。

 

「そのことで相談なんですけど……フロックスさん、義足って作れません? 幸い、ひざ関節辺りはギリギリ残ってますし」

 

 何処かの記憶で、関節から先が残っていればマシと見た記憶があるのだ。だから、あわよくばと思い聞いたのだが……

 

「無理だ。一応昨日の夜から始めちゃあいるが、今から急ピッチでやったとして骨格部分が出来るかどうかだな」

「それでもいいので、お願い出来ませんか?」

 

 立てないと、困るのだ。何も出来ないままのこの状態じゃ、殺されるだけのお荷物になってしまう。それだけは、御免だった。

 

「何か策はあんのか?」

「はい」

 

 俺のチートである【肉の鎧】、あれを上手く使えば一時的な脚の代わりにはなってくれる筈だ。体力は削られるだろうが、無いよりは確実にあった方が良い。

 

「ならいい。日が昇りきる前までには完成させっから、エウリ起こしてくれ」

 

 そう言い残して、フロックスさんは木の上へ登って行ってしまった。それじゃあ俺も役割を果たさねばなるまい。

 

「エウリさん、起きてください。朝ですよ」

 

 そう呼びかけながら、苦労してエウリさんを手で揺する。するとすぐに、エウリさんの目が薄く開かれた。眠りは案外浅かったのかもしれない。

 

「モロ、ハさん……?」

 

 その眠たげな目が開かれていくのに比例して、エウリさんの目には大粒の涙が浮かんできていた。

 

「よかった、ゆめじゃなかった……! モロハさん!」

 

 そして、幾つも大粒の涙を零すエウリさんに抱きつかれた。

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 何かかけようとしていた言葉があった筈なのに、チートの余波でそれは掻き消されてしまった。しかしせめてものとして、エウリさんの背中をさすりなされるがままになる。

 それだけ不安にさせた償い……いや、そんな高尚なものでは無いか。ただの俺の独りよがりだ。

 

「みぎあしがなくなって、りゅうみたいになっちゃって、めのいろもかわっちゃって……わたし、モロハさんがしんじゃうんじゃないかって、ずっとずっとしんぱいで!」

「はい」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

「ゆめのなかだと、ほんとうにモロハさんがしんじゃってて、それがほんとうにおもえて!」

「はい」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

「いや、ですよ? わたしのことをおいて、しんじゃいやですからね!?」

「分かってます」

「わかってないです! めをはなしたすきにむちゃするんですから!!」

「あはは……確かに、そうかもしれませんね」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 俺はチートによって、感情は消されてしまう。だから狂うこともないし、何かを強く思うことも出来ない。だけど、エウリさんは違うのだ。俺と違って、何もかもをあるがままに受け止めなくてはならない。

 我ながら、酷すぎる。やはり俺なんかとは関わり合いにならない方がいい。そんな感情が鎌首を擡げてくるが、それこそエウリさんに対する侮辱に他ならないと切り捨てる。

 

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 

「それに、そもそもモロハさんは──」

 

 言葉を続けようとしていたエウリさんの口を、キスをすることで塞いだ。確か、少女漫画とかではこういうシチュエーションがあった筈だ。かなり恥ずかしいものではあったが、チートのお陰でなんとか実行することができた。

 

「今回は、これじゃ駄目ですか?」

「ずるい、ですよ。こんなの」

「でも、俺にはこれくらいしか出来ませんから」

「だから、ずるいんですよ」

 

 片腕しかないが、エウリさんを強く抱きしめる。最近、自分で記憶が消えていることを実感できるようになってきてしまっている。だからこそ、忘れないように心に刻みつけたかった。

 少しの間そうしていると涙も収まったようで、エウリさんの調子は元に戻っていた。

 

「そういえば、俺の眼って今何色になってるんです?」

 

 そこで、さっきは不謹慎だったので聞けなかった質問をしてみた。元々の濃い焦げ茶から榛色に変わった俺の眼の色は、一体今は何色になっているのだろう?

 多分ではあるのだが、俺の眼の色は残りの人間部分と密接に関係しているから。多分完全に赤になった時が、人間としての終わりだろう。

 

「すごくきれいな、こはくいろです。にくたらしいくらいに」

「そう、ですか。でもまあ、綺麗なら良いです」

 

 そうしてフロックスさんの義足が完成するのを待ちつつ、空が白んでいくのを眺めていた。

 

 自己否定ーー魂の侵食を否定しました

 




モロハくんちゃんの現状
肉体 : 人間30% 吸血鬼68% 竜2%
精神 : 諸刃69% ×××××31%
記憶 : 33%焼却


次回再戦だけど勝てるかなぁ……
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