あの空に帰るまで   作:銀鈴

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53 黒崩咆ディラルヴォーラ Ⅱ

 informationーー最適化を実行しました

 

 何だかんだあったが、夜明け頃にはフロックスさんの作る義足は完成した。とはいえそれは忠告通り骨組みだけであり、形は人体骨格模型のそれに見える。但し、指先は素材の影響か竜の爪のようになっているが。

 材質は木材や金属、ディラルヴォーラの鱗など多岐にわたる。しかしどの素材もかなり質が良い物のため、相当乱暴に扱っても壊れたり取れたりすることはないという。しかし骨と直に融合させる取り付け方は、薬をキメなければ耐えられなかっただろう。

 

「うし、竜が戻ってくる前にさっさと付けたが……調子はどうだ?」

 

 俺とフロックスさんは森を出て、それぞれの得物を持ちディラルヴォーラを待ち構えていた。基本的にはフロックスさんが右から攻め、俺が左から攻める。そしてエウリさんは『儀式場として調整された森の中』という最良の環境の中から支援するという、今俺たちが敷ける中で万全の布陣だ。

 

「一通り動かしてみましたけど、問題ないですね。見た目以外は」

 

 そうフロックスさんに言いつつ、ブラブラと義足を動かしてみせる。チートのお陰もあって、義足は普段通りなんら変わらず動かすことが出来ていた。

 

 しかし、食い千切られた後のあるズボンの裾から黒い骨が飛び出しているのは、精神衛生上非常によろしくないものに思えて仕方がない。なんというか、どう見てもアンデットか何かにしか見えず軽くホラーだ。……ホラーとはなんだったか? まあいいや。

 根元を見れば、義足の根元を鱗が覆って補強しているのだから、更に気持ちが悪い。

 

「それに関しちゃ、落ち着いたらどうにかしてやるさ。ま、生き残ってからの話だけどな」

「ぜひお願いします」

 

 そうしなければ、おちおち街を歩くことすら出来ない。街を女装姿で歩けないということは、今までやってきた欺瞞工作が消えるということで……考えるだけで恐ろしい。ふざけているように見える女装だが、実は結構アレは生命線に近いものなのだ。

 

「で、モロハが予定していたチートはどうなんだ? 使ってるとスタミナを消耗するって聞いたが」

「ただ義足に沿って展開してるだけなら、多分半日くらいは出来ます。でも、戦闘となると……正直言うと俺は無茶ばかりしますし、30分保つか保たないかでしょうか」

 

 その他にも、全身に展開したらした分だけ戦闘可能時間は減っていく。《肉の鎧》は、つくづく燃費の悪いチートだった。しかし、あるとないとじゃ全てが変わってくるものでもあった。

 

「元々長期戦になったら勝てねぇ相手だ。明確な時間制限ができたってことだろ」

「そう考えるのが良さそうですね、精神的に」

 

 そうした方が、心が折れない。俺の場合は折れさせてくれなさそうではあるが、あまりこのチートに頼っていると、破滅の未来しか待っていないように思えるのだ。

 

 そんなことを話していると、遠くから竜の遠吠えが響いてきた。

 

 自己否定ーー絶望を否定しました

 

 同時に、刺すような、息苦しくなるような気配が()()()()ロックオンしたのを感じた。眼を抉ったのは、相当恨まれたと見るべきか。また確かに、眼の奥というのは脳に繋がっていた気がするから分からないでもない。俺も、片眼を抉り取られた事はあるのだから。

 

「来いよ、クソッタレ」

 

 精一杯の罵倒を口にした瞬間、空気が震えた。その原因は、莫大な魔力によるゴリ押しで発動された魔術か魔法。その証拠に、俺の左眼には空中に作られたトンネルのような構造体が見えていた。

 

「来ます、真正面!」

 

 そう俺が告げた直後、大気が爆発した。同時に、回転しながら右腕を振り上げるディラルヴォーラが目の前に出現していた。

 

『グルルラァッ!!』

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 

 けれど、既にその動きは知っている。ただ上から来るのか横から来るのかの違いだけ。果てしなく自信を持っているからであろうその一撃は、確かにどうしようもないものだ。だが既に、1回それとは相討った!

 

「村、さぁめぇぇッ!!」

 

 未だそれは再現率が2割を超えない謎の英雄の奥義だが、それでも技という形で再現は出来ている。左下から右上に向けての斬り上げ。それに沿って出現したのは、燃焼回路の補助がない今霧のような白の斬痕だった。

 

 自己否定ーー安堵を否定しました

 

 成功した安堵をチートが搔き消し、余韻も何もかもを吹き飛ばして頭を正気に戻した。ああ、非常に有り難い。

 

「ぜぇあッ!」

 

 回転する身体を無理やり驟雨の石突きで止め、伸長させる事で拡散する斬痕を追うように剛爪へと俺は跳ぶ。

 

 次瞬、自身の放った奥義にチートを切り刻まれながら、剛爪と驟雨が激突した。そして、空間が絶叫する。チート(収納)チート()がぶつかり合い、限界を超えた空間が限界を迎える。

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 それまでの時間は、前回と同じと考えれば2秒。それまでに、やらることをやらなければいけない。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 集中する。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 自分はできると自己暗示をかける。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 どこか、ギアが変わったような感じがした。

 

 0.5秒。村雨がディラルヴォーラの腕に到達、飲み込みその全てに斬り刻みを加えていく。

 

 自己否定ーー雑音を否定しました

 

 1秒。村雨は右腕の鱗を表面上は粉砕していくが、奥にある2、3重目の鱗までは斬ることが出来ないようだった。

 

 自己否定ーー雑音を否定しました

 

 1.5秒。空間が爆発する前兆が見えた。

 

 自己否定ーー高揚を否定しました

 

 1.8秒。凄まじい不可のかかる驟雨を握る手の力を、ごく僅かに緩めた。

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 

 2秒。空間が、爆発した。

 

「村雨ッ!!」

 

 緩んだ握りから吹き飛びそうになる驟雨を、穂先の根元付近でキャッチ。伸縮機構で重心を調節し、勢いはそのままに自身の体を空中で回転させる。そしてそのまま、直前に撃った村雨に重ねるように2発目の村雨を放った。

 

 しかしそこには、ディラルヴォーラの顔は存在していなかった。

 

 代わりに在るのは、幾本も生えた棘の先から細く白い雲を引いて迫る尾の先端だった。身体は空中で回転しているため不安定。息はたった今吐き出した所為で余裕はない。槍は既に振り切った。

 

 自己否定ーー絶望を否定しました

 

 普通ならば死を迎えるしかないこの状況だが、今の俺にはまだ使える部分が残っている。

 

「──ッ!!」

 

 収納のチートを纏った義足。ディラルヴォーラの血による汚染の所為か本来の骨格よりも竜に寄るそれが、棘の生えた尾の先端と衝突した。

 

 肉の鎧ーーbroken

 

 再度、空間が絶叫する。チートが崩壊し、僅かな拮抗の後今度こそ俺は吹き飛ばされた。しかしそれはディラルヴォーラも同様で、大きく体勢を崩している。

 

 そこに、今の今まで気配を殺していたフロックスさんが出現した。

 

封印解除(シールパージ)

 

 そして、本人曰く『今度は森1つ分を丸ごと収錬した刀』が本領を発揮した。両手で握った一刀が、振り下ろされる途中で瞬く間に巨大化する。そうして人が振るうには、いや、例え魔族であろうと振るうには巨大すぎる刃が、それまでの勢いと強化の魔術で限界まで上昇された筋力で振り下ろされた。

 

「落ちろォォッ!!」

 

 まるで壁が落ちてくるような、ギロチンの刃のようなその一刀は、ディラルヴォーラを兜割りにして余りある威力を秘めていた。纏う魔力も濃密で、ディラルヴォーラの黒と対照的に濃い緑色をしている。

 

 しかし、相手は竜。この世界の生物における最強種、その上位種。たったこれだけで、終わる訳がなかった。

 

『グ、ルゥ』

 

 両前腕のブレードを展開したディラルヴォーラが、顔を顰めながら()()()()()()()()()()()()()。そして大きく息を吸い込み、魔力が()()()()()()()()()

 

「風よーー」

 

 吹き飛ぶ俺を(フロス)を展開して受け止めてくれたエウリさんに届くよう、変声の魔術で笛のようにした声で大声を上げた。甲高い音が鳴り響き、ディラルヴォーラを中心に音を消失させる結界が展開された。これで咆哮は妨害出来る、なんて思った矢先の出来事だった。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 自己否定ーー絶望を否定しました

 

 飛び散る血、剥がれ飛ぶ鱗、砕ける甲殻。大地に突き刺さる棘。そして、真っ二つに両断された巨大剣。

 

 フロックスさんが放った必殺の一刀は、ディラルヴォーラの尾を半ばから切断した代わりに完全に無力化されていた。吹き出る竜の血は即座に凝固して失血を防ぎ、ディラルヴォーラが口の端をいやらしく歪めた。

 

 肉の鎧ーーReboot

 

 チートのそんな音声を聞きながら、背筋に氷を入れられたような悪寒が走った。それはエウリさんやフロックスさんも同様だったようで、瞬時に50を超える(フロス)が展開された。

 

『よくぞ、よくぞここまで! よくぞ我にこの技を使わせた英雄よ!』

 

 しかしそんな物は視界に入っていないかのように、ディラルヴォーラは嗤う。非常楽しそうな声音であるが、目に映る光景が見えている以上俺は何も言うことが出来ない。

 切断された尻尾があった場所に、凄まじい密度の魔力が尻尾の形そのままに収束していた。本来左眼でしか見えないはずの流れが、右眼でも薄っすらと見えている辺り実に頭がおかしい。

 

 そりゃあ確かに、魔術などになった魔力は現象として確認できる。けれど、基本それ以外の魔力は不可視なのだ。それなのに、ただ集まってるだけの魔力が見えている。そしてそれは秒と経たずに、全身へ波及した。

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 

 全身から昏く輝く魔力が粒子状に溢れ落ち、魔力の塊である尾は幻影の様に明滅しながらもそこに存在を確認できた。

 

『百と余年ぶりにこの姿を晒したのだ。そう簡単に死んでくれるなよ? 英雄』

 

 瞬間、ディラルヴォーラの姿が掻き消えた。

 そして展開されていた花が全て散り、遠くで砂煙が舞った。

 

「は……?」

 

 自己否定ーー困惑を否定しました

 自己否定ーー動揺を否定しました

 自己否定ーー思考停止を否定しました

 

 一瞬、何がなんだか分からなかった。けれど、チートが焦る様に否定のログを吐き出し続けて漸く事態を飲み込むことができた。つまり、ご丁寧に防御を全て貫いて、フロックスさんを攻撃したのだ。正面から正々堂々、真っ向勝負で打ち破ったのだ。

 

「ッ──!?」

 

 そう理解したと同時に、ふと風を感じた気がした。そのことに嫌な予感を感じ、反射的に自分が乗っていた花から逃げ出した。

 その予感は正しかったことが、次の瞬間判明した。地面に落ちていく刹那、ついさっきまで自分がいた場所に黒い線が走った気がした。そして、射線上にあった森の上部ごと花が吹き飛んだのだ。

 

『おっと、つい力が入り過ぎてしまったな』

 

 落ちていく地面の先に出現していたディラルヴォーラが、そんな言葉を零した。ああけれど、フロックスさんは遠過ぎて分からないが、エウリさんは死んでいない。であれば、即死でない限りフロックスさんも生きている。

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

 だから、怒る必要はなかった。何もかもを、平常心のまま行う。行える。行わねばならない。

 

 燃焼回路ーー起動完了

 informationーー蓄積された否定を装填

 燃焼回路ーー焼却が完了しました

 燃焼回路ーー100%のエネルギーを充填

 

 ついさっきまでの記憶が、僅かに焼け落ちた。

 物事の前後がわからない。俺は今なんでこんなことになっているのか、なんでディラルヴォーラはあんなにヤバイ状態になっているのか。いつなったのか。何もかもが、ぐちゃぐちゃで分からない。けれど、身体が覚えている。

 

 あいつを殺せ。

 

「シッ!」

 

 その焼け落ちた後にも残った意思に従い、全身全霊の突きを繰り出した。2重のチートと、業物の槍。

 

『どうした、それは既に見たぞ』

 

 1度は確かに竜を傷つけた筈の攻撃は、あっさりと腕のブレードによって払われた。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 嘘だろ? という言葉を飲み込み、驟雨から手を離す。そして伸縮機構で伸ばした驟雨の柄を蹴って、反動を得つつ収納しながら距離を取ろうとする。

 

『温いぞ、英雄』

 

 振るわれた剛爪に対し、逆手で引き抜いた短剣を叩きつける。

 

 肉の鎧ーーoverflow

 

 チートを限界を超えて駆動させ、手から短剣を離れない様力を振り絞る。けれど、今度はこちらのチートが完全に負けていた。

 

 空間の絶叫は起こらず、気がつけば俺は木に叩きつけられていた。

 

「かはっ……かっ」

 

 身体が、まともに動かない。

 咳き込んだ口からは、血の塊が吐き出された。

 短剣が目の前に落下し、それを握っていた筈の腕はあらぬ方向に曲がっていた。しかも大きく裂け、血がドクドクと流れ出している。

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 自己否定ーー絶望を否定しました

 

 薬をキメているお陰で痛みは感じないが、自分の首に死神の鎌がかかったことだけは実感出来た。自分とエウリさんの治癒魔術が2重で掛かるが、焼け石に水に近い。

 

『やはり、この時代の英雄とはここが限界か』

 

 そんな俺の目の前に、ディラルヴォーラが出現した。こちらを睥睨するその目には、確かな理性と共に様々な感情が渦巻いていた。

 

 感謝。尊敬。畏敬。そして、僅かな落胆。

 

 最後のそれは即座に消えたが、確かにそんな感情が見て取れた。

 

『さらばだ英雄よ。せめてもの手向けとして、我が誇りを以って汝を送ろう』

 

 そうして、ディラルヴォーラが大きく息を吸い込んだ。

 

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