あの空に帰るまで   作:銀鈴

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56 新芽が見た英雄

 モロハさんが、また倒れた。

 昨日も足が片方なくなるなんて大怪我をして倒れたのに、また無茶をして竜を殺すなんて偉業を達成してしまった。

 

「モロハさん!」

「う、あ゛ぁ……」

 

 けど、その代償は重いものだ。

 血の気が抜けて、死人のようになっている青白い顔。

 血に染まった全身。

 いつにも増して、酷い悪夢を見ているらしい魘されよう。

 髪の黒い部分が自分と言っていたのに、ほぼ半分まで紅に染まった髪。

 傷は何処にも見当たらないが、心を酷く消耗してしまっているのがよく分かった。

 

 いつも、いつもこうなのだ。起きている時、意識があるときはとてもそういう風には見えない。本人曰くちーととかいうもののお陰らしいが、戦いが終わって、眠ってしまうとこうなる。とても苦しそうに、辛そうに、酷いときは涙を流して魘されている。

 

「大丈夫……じゃ、ないんですね。やっぱり」

 

 流れる涙を拭こうと伸ばし触れた手は、異様な冷たさを伝えてきた。よく見れば、モロハさんの吐く息は白く染まっている。それがなければ、死んでしまっているんじゃないか、そう思える程の体温だった。

 今までにはなかった症状だ。きっとまた無茶をして、変な代償を負ってしまっただろう。しかも、今回無茶をした理由は『私とフロックスさんを助ける』こと。モロハさんがこんなに無茶をしたのは、私のせいだった。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ。私はちゃんと、ここにいます」

 

 まるで氷のように冷え切ったモロハさんを優しく抱きしめ、子供をあやすように語りかけながら背を優しく叩く。こうすると、本当に子供のように落ち着いてくれるのだ。魘されることもなく、リラックスした様子で眠ってくれる。

 

 けれどそれは、言い換えればそれしか出来ないということでもある。

 私には、モロハさんのようなちーとはない。

 私には、フロックスさんのような技量はない。

 私には、お婆様のような魔法の知識がない。

 私には、この場の誰よりも判断力がない。

 ない、ない、ない、ない、ないない尽くしだ。今回だって、単純な強化と回復、破られてしまった防御の魔法しか使ってない。使えてない。

 それなのに私はここにいて、大切だって言ってもらって、庇ってもらって、まるでお姫様か何かのよう。それ自体は嬉しい、嬉しいのだが……少しだけ、そんな自分が嫌だった。

 

「どうやったら、私もモロハさんみたく戦えますか?」

 

 だからふと、そんなことを聞いてしまった。当然返ってくるわけのない質問を。だから今のことは忘れよう。それよりも先ずフロックスさんの所に帰る、そう思ってモロハさんを背負った時のことだった。

 

「それはやめとけ、エウリ」

「ひゃぁっ!?」

 

 そんな言葉がかけられ、思わず尻餅をついてしまった。そのせいで、軽くバランスの悪いモロハさんの身体が飛ばされそうになったがなんとか堪える。

 

「い、いるならいるって言ってくださいよフロックスさん。それに、なんで動けるんです?」

「そりゃあ、お前がちゃんと治してくれたからだろ」

「確かにそうですけど……」

 

 それでも、ちょっとだけ不満だ。突然話しかけられたらびっくりするし、モロハさんを落としてしまいそうになる。

 

「それはそうとしてだな。モロハみたいな戦い方はダメだ、絶対にやめとけ」

「なんでですか? あんなに凄い戦い方してるじゃないですか」

「まぁ、なんつぅか……結構貶すことになるけどいいか?」

 

 そのフロックスさんの言葉に頷く。そういう話はきっとモロハさんは言ってくれないから、ちゃんと今聞いておきたい。

 

「第1によ、モロハは戦闘中ずっと強化の魔術を暴走させてんだよ。自分が壊れるのを承知でな。それを無理やり再生しながら戦ってるから、腕とか見るとえげつねぇ程傷があるぞ?」

 

 そんなことは知っている。そしてそれを、モロハさんが出来る限り見せないようにしていることも。何度も何度も重なるように出来ている傷跡が、全身のいたるところにあるのをあの日全てこの目で見たから。

 

「んでもって、なんか既視感あんなと思ってこの前調べてみたらよ、アレって昔人族がやってた『死兵』っつうクソみたいな戦法と丸っ切り同じだったんだよ。本人の意思でやってっから文句は言わねぇけど、基本やらせて良いもんじゃないぜ?」

「そう、ですか……」

 

 今まで私は、凄いと思うだけでそんな戦い方をしていることを知ろうともしていなかった。薬を使ってまで無理に戦っていたことは知っていたけど、気づかなかったし教えてもくれなかった。

 

「次に、戦法もおかしいんだよ」

 

 どこからか見つけてきたらしい。モロハさんの槍を軽く回しながらフロックスさんは言った。

 

「普通なら“怖い”と思うようなことを、まるでそんなことは知らんとばかりに躊躇なく実行する。生き急いでんのかと思ったが、本人は生きる為に必死になっている。そうでもなきゃ生き残れなかったのかもしんねぇけどよ……果てしなく歪だぜ?」

「だから私はそうなっちゃ、駄目ってことですね」

「おう。折角両思いでくっついたんだから身体は大切にしろよ?」

 

 イタズラが成功した少年のような顔でフロックスさんは笑う。それはつい数分前まで生死の境を彷徨っていたとは、これっぽっちも思えない笑顔だった。

 

「んでもって、ありったけモロハを甘やかしてやれ。じゃねえときっと、気がついたら死ぬかいなくなってるぜ。俺でも分かったんだ、理由は分かるよな?」

「あの黒い炎、ですよね」

 

 あの見るだけで不安になる、魔力の反応が一切ない冷たい炎。私にはあまり死霊を操る術の適性はないが、それでもあれが死に関連するもの……死体は見当たらないからきっと死者の魂か何かに由来する力ということは察することができる。

 

 そして死霊術に関してお婆様から習ったときに、覚えておけと言われた言葉がある『死霊術やそれに類する術は、使えば使うほど“死”に魅かれる』。だからきっと、あの力は使わせたらいけないものなのだ。

 

「そうだ。自分を壊しながら戦い続け、青い炎で自分を燃やし、黒い炎で死に近づく。そんな果てに待ってるのはなんだと思う?」

 

 どうなるのか考えて、ハッとした。魂がなんだとかいう話は教わる前にお婆様は逝ってしまったから詳しくはないが、もしかしたらという考えが1つだけ浮かんだ、

 

「……力のあるなにかが、モロハさんを乗っ取る?」

「それか、良くて廃人ってところだろうな。今は言っても辞めねえだろうけど、離すんじゃねぇぞ?」

「もちろんです!」

 

 死が2人を分かつまで、そんな言葉があるくらいなのだ。それ以外に離れ離れになる気はないし、そんなことをさせるつもりだってありはしない。

 

 なんてことを思っていると、モロハさんが私を抱く腕の力が僅かに強まった。念の為確認してみるが、起きているという訳ではないらしい。

 

「こうしてると、本当に小さな子供みたいですね」

「俺から見たらどっちもどっちだぜ?」

「茶化さないでください」

 

 もう、と少しだけ文句を言いつつも、この空気は好きだった。あの夜と違って、まだ冗談や談笑を交わすことの出来る余裕がある。

 

「もっと世界を見ろよ、若造」

「こういう時だけ、大人ぶるんですから……」

 

 けれどそれは、いつか戦いが終わったと言える時まで、少しだけ。

 

 

 夢を見ていた。

 自分という存在が、端から凍りついて消えていく夢。

 自分という存在が、根底から書き換えられていく夢。

 どこまでも落ちていき、どこまでも消えていく、そんな悪夢。

 

 けれどそれは、途中で幻のように掻き消えた。

 次に現れたのは、色とりどりの花が咲き誇る花畑。

 暖かい日差しと柔らかな風が吹く、安息の地と言えそうな楽園のような場所だった。

 

「殺せたかい?」

 

 そんな場所で1人微睡んでいた俺に、聞き覚えのないそんな声がかけられた。

 何事かと振り向けば、そこには初めて見る人物が立っていた。長く白い髪に、色素の薄い肌、紅の双眸に、右腕がない隻腕。一切心当たりがないその姿だが、どこか親近感のようなものを感じた。

 

「殺せたかい?」

「……何の、話ですか?」

 

 それでも警戒を密にして問いかける。夢の中に出てきてこんなことを言う……よく分からないが、危険な気がする。

 

「何って、竜だよ。僕たちの人生の邪魔ばっかりしてくる、クソッタレな生き物さ。で、殺せたんだろう?」

「そりゃあ、なんとか倒しましたよ。ところで貴方は?」

 

 いつの間にか握っていた驟雨の感触を手に感じながら、気を引き締めて問いかけた。けれどそんな俺の内心を無視するかのように、こちらの肩をポンポンと親しげに叩きながらその青年は言った。

 

「そうかそうか、それなら僕もストーリアを託した甲斐があるよ!」

「託したって、つまり……」

「そう、僕が君の中にいる英雄さ。と言っても、意識が戻ったのはつい最近だけどね」

 

 花畑の中に立つ白い青年はそう言った。つまり、この人がアマにぃ。そして俺のチートが抑えきれないほど侵食した、英雄の人格。

 

「まあ、そう構えるなよ宿主さん。僕だって今すぐ君をどうこうしようとは思ってないさ。寧ろ僕がこれ以上出てこないことを祈ってる」

「じゃあ、なんで今出てきてるんですか?」

「僕としても、君とは話したいと思っていたからね。何から何まで、僕と似てるのに似ていない君と」

「まあ、確かに正反対ですね」

 

 右腕と左腕。古樹精霊と吸血鬼。似ているのに似ていないというか、まるで俺がこの人に引かれているような一致具合だった。

 

「積もる話も色々あるとは思うけれど……まあ、僕が出てきた本題を話そうか」

 

 そう青年が言った途端、風が逆巻いた。それにより花吹雪が舞い上がり、思わず目を瞑ってしまう。そして次に目を開けた時には、青年の手に一振りの槍が握られていた。

 それを見た第一印象は、青い綺麗な花だった。刃の根元に花が咲いた意匠のある、綺麗だけれど恐ろしい威圧感も感じる槍。それは、この青年の雰囲気にとてもマッチしていた。

 

「僕は、君に僕とベルのような結末は迎えて欲しくない。だから、徹底的に鍛えてあげようと思ってね。僕が作り上げた技をあんな不完全に、劣化なんて言葉じゃ足らないほどの弱さで使われちゃ、不愉快でもあるし」

「それは、素直にすみません」

 

 やっぱりあんな再現じゃ、不満であったようだ。確かにまあ、原型こそ残っているけれど弱すぎてほぼ別物と言って相違ないし。

 

「だから早くその槍を構えて。憎悪に狂った僕がこうして正気でいられるのは、君がストーリアを起動してくれた時間だけ。ここは君の夢の中だから少しは時間が引き伸ばせるけど、長くはないんだ」

 

 そう言う青年の姿は、とても儚げに見えた。けれどその身が放つ圧というか、刺すような気配は全力のフロックスさんのそれを超えている。

 それに対面して唾を飲み込み、出てきた冷や汗を拭って頷く。

 

「ああ、そうだ。自己紹介を忘れていたね。

 僕の名前はアマリリス。フーちゃんたちみたいにアマにぃでも、ばあばみたく呼び捨てでも、師匠でも好きなように呼んで欲しい」

「了解です、アマにぃ」

 

 こうして誰も知らない特訓が始まり、俺にとって3人目の師匠が出来たのだった。

 




【解放4】魂魄回路
 ※使い続ければ使い続けるほど体温が低下する。またこの効果で体温が低下した場合でも、身体機能は通常時と変わらず死ぬこともない。
 ※負荷が限界を超えて使用した場合、精神が一部死滅する
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