少しだけ変化したコートを羽織り、いつにも増して痛みを齎す日光を遮る。それだけではまだ顔が焼かれ酷く痛むので、フードも目深に被っておく。そうすれば露出するのは右腕だけで、それも手甲とグローブをつけていればなんとかなっていた。
「これ、どう見ても不審者ですよね」
「はい、とても。とくにふーどからみえるのが、かためだけなのがとくにあやしいです」
「はぁ……」
自己否定ーー悲しみを否定しました
ディラルヴォーラを倒して1週間。気がつけば、それだけの時間が経過していた。その理由の大半がフロックスさんの我儘だった。曰く『竜なんて最上級の素材を放置するなんてとんでもない。生殺しにする気か』とのこと。
その間俺がやっていたことは2つだけ。
1つは、伸縮機構が完全に新調された驟雨の試運転。
補修された驟雨は、以前と何も変わらないのだが、竜の素材を使ったからなのだろう。なんというか、1つ1つに竜の気配を感じるのだ。その一点のみの変化が、致命的に色々なことを狂わせていた。だから慣れるまで、延々と演武のように振って振って振り続けた。
普通ならそんな短期間で慣れるなんてことはない筈なのだが、『意志の宿っている槍』というものが気持ち悪いくらいに使い易かったのだ。それ故に、感覚と実感を一致させて微調整するだけで槍には慣れることができた。
もう1つは、1の片手間にやっていた死霊払い。
近くに寄ってきた死霊は槍に宿るディラルヴォーラが喰らい、遠くの死霊はチートが昇天させる。それを延々と続けていたせいか、方面軍とのことだったので、双方合わせて30万はいた筈の死霊は8割方消滅していた。
「毎食ご飯が竜の肉ですし、そろそろ動きたいですよね」
「そうですね……」
並んで体育座りをしながら空を見上げ、そんな事を呟いた。
自己否定ーー飽きを否定しました
自己否定ーー黄昏を否定しました
流石にそろそろ限界なのだ。確かに2人は種族的特徴として水と光があれば生きていられるし、俺も血を吸ってればなんとかなる。
けれどそれはそれでも問題ないというだけであって、好んでやりたいものでもないのだ。幾らチートのお陰ですぐに血抜きが出来て、明らかに肉食なのに美味しい肉だとは言っても、三食それじゃあ流石に飽きがくる。
「でも、もうちょっとかかるらしいです」
「無駄になる部分が1つもないって話ですからね……」
爪や牙、棘は装飾品や武器に。
鱗、甲殻は装飾品や防具に。
皮は一般的な革製品と同様に。但し魔術的な効果で色々と付加機能がある。
血は薬の材料や魔法の触媒に。
肉は美味いのと、薬の材料などに。
骨は武具や薬など様々な素材に。
眼は魔法のブースターに。
心臓は適切な処理をすれば魔力を自動で生成、収集、貯蓄する魔法使いご用達のスーパーアイテムに。
ざっと覚えているのを挙げるだけでこれだ。本当に一切余すところがないらしい。それを嬉々として加工してくれたお陰で、無くなった手甲も脚甲も、そして靴も新調されている。所謂レザーアーマー系統の防具だ。それなのに、下手な鉄より対傷性は高いし頑丈らしいけど。
そして今俺が来ているロングコート、これもボロボロになっていたものから新調されている。流石に暑いのではないかと思ったが、来ていると存外涼しいことが分かった。それでいて強度もあるので、愛用品になると思われる。
まとめると、ぶっちゃけ過労死するんじゃないかってくらいフロックスさんは働いている。ランナーズハイ的なテンションになっていたから、下手に話しかけたら斬りかかられかねない勢いで。
「やることがなくなってきちゃいました……」
だからこそ、こちらも仕事を探していたのだが……流石に1週間も続けていると、特別なことはほぼなくなってしまっていた。
「料理とか洗濯とか、任せっきりですみません」
「いえ、いまやれるのってわたしだけですから」
そう言ってくれるエウリさんには感謝しかない。フロックスさんは作業に没頭してるし、俺はそもそも家事ができないためエウリさんが担当するしかないのだが……片腕なことも災いし、俺には手伝いさえ満足に出来なかった。非常に悔しい。
自己否定ーー悔しさを否定しました
「それに、これのおかげでらくちんですから!」
そう言ってエウリさんが掲げたのは、先端に紅の宝石のような物体が接続された黒と白の杖。言わずもがなディラルヴォーラ製である。心臓やら眼やらを魔法的に処理?したらしく、魔術の強化性能と物理的な強度が素の時点でとんでもないものに仕上がっている。
自己否定ーー威圧感を否定しました
全員の装備が、質の良い素材で補修されたか新調された。そのことは確実に喜ぶべき、素晴らしいことだ。だがその代償として、1つだけ気がかりなことも現れている。
それは、全員の武装に竜という素材がほぼ絡んでしまったこと。強みになるその力は、逆に弱みにもなる。
即ち、『竜殺し』。実績ではなく、チートとしての竜殺し。勇者は俺の代だけで100人以上いるのだから、確実にいるとみて良いだろう力の持ち主。竜という存在に対して、それこそバグ地味た強さを持つ存在が。
ディラルヴォーラの騒ぎを聞きつけて確実に派遣されてくるであろうそいつに、竜が素材となった武器を使って勝てるのだろうか?
俺の持つチートを見ても分かる通り、チートはその名の通りバグ地味た強さを持っている。それが状況にピッタリ嵌ったら? どう考えても、チートを使われる前に殺すしか勝利手段がない。
そんなことを考えていたら、身体を倒され気がつけば膝枕をされていた。そしてエウリさんは、優しく俺の頭を撫でてくれていた。やっぱり、ここが一番安心する。帰るべき場所だと認識できる。
「なやんでるなら、ちゃんといってくださいね? これでもわたし、モロハさんのパートナーなんですから」
「そう、ですね」
自己否定ーー遠慮を否定しました
暖かさと柔らかさとに包まれて、さっきまで考えていた予想を俺はいつのまにか話してしまっていた。しまったと思うも時すでに遅し、
「ちーとって、そんなにすごいちからなんですか?」
そう不安気に揺れる言葉が紡がれた。そりゃそうだ、俺たちが死にかけながら倒したディラルヴォーラ、アレを下手したら1発で殺しかねない敵が出てくるかもしれないなんてことを言ったのだから。
「力だけは、とんでもないですよ。何せ、ほんの少し前まで戦いのたの字すら知らなかった俺が、竜と戦って勝ってるんですから」
俺の《自己否定》《亜空間収納》
姫さまの《昇華》《安定化》
鈴森の《肉の壁》
知らない女子の《瞬間移動》
俺を殺したあいつの《魔法少女》
この世界で数ヶ月過ごした今ならわかる。チートはどれもが、バグか何かのように性能が狂っている。
宿主を守ることに関しては俺と鈴森のチートが、魔術や魔法と比べても格が違う性能を誇っている。瞬間移動はよく分からないが、アイツの【魔法少女】のチートは魔法や魔術よりも格段に強力かつ、己を死から復活させるなんていうこともしてきた。姫さまのチート?は、ただの金属の棒とそこそこの業物でしかない剣を、竜の一撃にも耐える物に変えてしまう。
そんな桁違いのスペックをもつチートが、竜といつ一点にのみ特化している場合、どうなるかわかったもんじゃない。ただ、勝ち目がないんじゃないかという漠然とした気持ちだけは、胸の中で渦巻いている。
自己否定ーー不安を否定しました
俺たちがここまで来るのに掛かった時間は大体1週間。ディラルヴォーラの情報が王都に伝わり、それから出撃したとしたら、掛かる時間は恐らく2週間ほど。つまり、
「それに、俺の予想通りなら、敵が来るのは今日か明日です」
「なんで、そんなたいせつなこといってくれなかったんですか?」
自己否定ーー羞恥を否定しました
悲し気なエウリさんの言葉が心に冷たく響いた。そして同時に、その理由を思い返して羞恥心が湧き上がって来る。けどまあ、エウリさんにならいいか。
「気がついたのが、今日だからです。それまでは、その、煩くて考えをまとめる暇もなくて」
「うるさいって、なにかありましたっけ?」
「ああ、いえ。こっちの事情です」
死者の声が煩かったなんてことを言って、これ以上の心配を掛けたくない。第一これは俺のチートが引き起こしている、俺にしか影響のない問題だ。ならばこれは、俺だけでかたをつける必要があった。
「はなしては、くれないんですね」
「もう、終わったことでもありますから」
「……むちゃは、してませんでしたか?」
「少しだけしか」
「……ばか」
そんな小さな声が聞こえ、ポツとフードに何かが落ちた音がした。それに慌てて起き上がろうとすると、ぐっと強い力で頭を押さえつけられてしまった。
「みちゃ、やです」
「わかりました」
自己否定ーー吸血欲を否定しました
自己否定ーー性欲を否定しました
少しだけ震えているように感じるその声を聞き、柔らかさといい匂いに包まれて吸血欲と性欲が鎌首を擡げたが、それはチートと気合でねじ伏せる。
「わたしは、あんまりやくにたててないかもしれませんけど、おばあさまからまほうをおそわってるんですよ? たましいとか、まりょくとか、わたしのりょうぶんなんです。
だからもっと、わたしをたよってくださいよ。まもられてるだけなんて、いやなんです」
「すみません」
自己否定ーー罪悪感を否定しました
「ゆるしてほしいなら、なまえでよんでください」
「え?」
「ずっと、さんづけでたにんぎょうぎじゃないですか。ちょっと、さみしいです」
「え、あぁ、はい」
自己否定ーー羞恥を否定しました
エウリさんのことを呼び捨て、そんなこと今まで考えたこともなかった。でも、言われてみればそうだ。たしかにさん付けする必要はもうないのではないか。それを変えるのであれば、敬語ももう必要ないだろう。だから少し恥ずかしいが……うん。
「わかったよエウリ。これからはちゃんと、こう話すことにする」
「ふふ、これですこしはふうふにみえます……ううん、みえるかな? あなた」
「ぅ、あ、き、きっとみえますよ」
自己否定ーー羞恥を否定しました
自己否定ーー幸福を否定しました
エウリさんにそう呼ばれた時、何か優しくて温かいものが全身を駆け巡った。最もそれがなんなのか確認する前にチートが消してしまったため、なんなのかは分からないが……とても良いものだった。
「ふふ、それならよかったな。ゆうきをだして、いってみたかいがありまし……あったよ」
「言いづらいなら、別にエウリはですます調でも良いけど?」
「いっしょじゃないと、やです」
俺の言った言葉にエウリさんがむすっとした雰囲気が感じられる。けれど、ぶっちゃけ俺もこの口調だと話しづらいのだ。だからこその提案だったのだが……
「じゃあ、呼び方だけは変えてそれ以外はそのままってことで良いですかね? 俺もちょっと、急に変えるとやっぱり話しづらくて」
「それなら、そうしてあげても、いいです」
そして、恐らく最後であろう穏やかな時間が流れていった。