異変を感じたのは、案の定その日のうちのことだった。草木も眠る丑三つ時、異常な量の魔力を感知したことと、右脚が沸騰したかのような熱を持ったことを感じ目が覚めた。
自己否定ーー眠気を否定しました
自己否定ーー油断を否定しました
自己否定ーー慢心を否定しました
「力よーー」
隣で寝ていたエウリさんを起こしつつ、強化魔術を使い森の外を見渡せば……居た。付いている松明の数から考えて、数は推定300。綺麗に陣形を作ってくれているから分かったことなので、実際はもうちょっと人数が多いだろう。
そんな人の軍団が、明らかにこちらを狙っていた。
「ふぁ……てき、ですか?」
「です。数は……大隊規模、既に臨戦態勢です」
あれ、何故今俺は、さらっと大隊規模なんて判断が付けられたのだろうか。俺は、そんな軍事的なことを知るはずもないのに。
自己否定ーー疑問を否定しました
まあ、今はそんなことどうでもいいか。なにせ、敵が目の前にまで迫ってきているのだ。そんなことを考えている暇はない。
「とりあえず、フロックスさんを起こしてきてくだ──」
「その必要はねぇぜ、モロハ」
無理やりチートが目覚めさせた頭をフル回転させていると、突然隣に気配が現れそんなことを言ってきた。びっくりしつつもそちらを見れば、全体的に黒い装備になったフロックスさんが臨戦態勢で立っていた。
「起きてたんですか」
「たりめぇよ。たかが数日眠らねぇくらい、鍛冶とか陶芸齧ってりゃ誰でもできらぁ」
自己否定ーー疑問を否定しました
まあ、そういうものなのだろうと納得する。そうして話しているうちにエウリさんも微睡みから脱出したらしく、杖を構えてキリッとした表情になっていた。魔術を使ってた感じもしたし、きっともう平気なのだろう。
「で、あいつらは敵か?」
「十中八九。多分、話しても俺がいる時点で殺戮にシフトすると思います」
松明で照らされている中に、幾つか明らかに日本人らしき風体の姿があった。それも、俺と同年代。間違いなくこいつらは、姫さまサイドではなく王サイドの奴らだ。
「つまり、うちの村を襲ったやつらと同類ってことか」
「ですね」
自己否定ーー良心を否定しました
自分を殺そうとする相手に、良心なんていらない。殺しに来るなら、殺されても文句を言う権利はない。
けど、隣でエウリさんが息を飲んでいたのは仕方がないことだと思う。あの時は、俺やフロックスさん、お婆さんまで全員が死んだのだ。俺と違って、忘れられる訳がない。
「なら、やることは決まったな」
「ええ」
「「皆殺しだ」」
俺とフロックスさんの考えは、完璧に一致していた。敵は倒す、それ以上でもそれ以下でもない。
自己否定ーー慈悲を否定しました
慈悲など要らない、同郷だろうが知ったことか。愛する人を害するつもりなら、ただ魔族というだけで殺そうとするなら、死ね。ただ死ね。惨たらしく絶命しろ。
「戦術とかあります?」
「んなもん、大軍対3人なんてクソみたいな状況なら一択だろ。遠距離戦なんてしようもんなら数の差で負ける。だったら、1発魔術をぶち込んで数を減らしてから、突っ込んで撹乱して乱戦に持ち込んで撃破、簡単だろ?」
ニッと笑うフロックスさんは、獲物を狩る獣の目をしていた。普段の俺と同年代のような雰囲気ではなく、武人や戦人といった気配。まるであの夜のような、完全に戦闘準備が終わっている姿だった。
「でも、エウリにはキツくないですか?」
「んん、あー……そうだな。そこら辺、どうだ?」
「やって、みせます!」
そう言ってエウリさんは両手で杖を構えるが、どうにも頼りない。身体能力は俺よりも高い、それは分かっているのだがどうしても切った張ったができるようには思えなかった。
「……分かった、エウリはオレと来い。カバーしてやる」
「わかりました」
「モロハは、好きなようにやって来い」
「了解です」
自己否定ーー不満を否定しました
俺はまだ、誰かを庇いながら戦える腕前じゃない。それに俺は、どうしようもなく自分も周りも傷つけてしまう。だからそれは、合理的で当然の選択だった。
こうして作戦を立てている間にも相手に動きはなく、それが非常に不気味だった。けれど、実行する。魔力を練り上げ、世界に語りかけ、魔の法を行使する。
「「「
そして、魔術と違い事前の待機時間がいらない魔法が、軍勢に対して炸裂した。
地面を突き破り現れた先の尖った根が夥しいほどの人間を突き殺し、ソレから栄養分を吸い上げ生まれた極太の幹が幾人もの人間を空高くへ打ち上げ、一気に生えた枝が上下関係なく射出されて人を貫いて殺していく。
自己否定ーー吸血欲を否定しました
けれどそこに、何も感じることが出来なかった。
嫌悪も、憐憫も、後悔も、達成感も、何も感じない虚無。唯一食欲というか吸血欲だけは湧いたが、気にするほどでもないだろう。
そしてさらに、2人が魔法を連続させた。
生い茂った葉が飛び散り人を傷つけ、咲いた花から毒の花粉が撒き散らされ、その毒花粉に触れた人は喉を掻き毟って苦しみ出す。そしてその人物を苗床として、茎と荊が撒き散らされる。
「うわぁ……エグ」
「知らなかったのか? 殺すために使うと、オレ達の魔法はこうなるんだぜ?」
自己否定ーー呆れを否定しました
思わず思ったことを口にした俺に対して、フロックスさんが子供のような笑みを浮かべて言った。種族の違い、それを久し振りに感じた気がした。
そんなことを思っていると、被害が拡大し続ける敵陣の中で巨大な魔力が3つ膨れ上がった。身に覚えはないけれど、よく知っているという矛盾に満ちたその気配は……
「来ます」
右脚が、竜の血が騒つく魔力が2つ。それが木を根本から切断して切り刻み、次にこちらに向けて鎖型の魔力が放出された。
「マズっ」
肉の鎧ーーstart-up
informationーーエネルギーを10%充填
「行くぞ!」
「「はい!」」
服薬、強化の制御放棄。竜が混じり、砕けることのなくなった足で全開で駆け出した。
俺が左側面、2人が右側面。ディラルヴォーラの時も行なった別れ方。それにより俺につられて騒つく気配が2つ向かって来て、2人の方には残存兵の大半と、さっきの鎖のチート持ちであろう気配が向かって行った。
「ちっ」
自己否定ーー不安を否定しました
自己否定ーー後悔を否定しました
そのことに一抹の不安を覚えつつも、俺だって無事でいられる保証はないと気を引き締める。見たところ、こちらに向かってくる人数はチート持ちであろう姿が2、その他雑兵が20弱。決して余裕なんて持てる相手ではなかった。
「村、雨!」
だからこそ、初めから手加減無しでいく。
驟雨改を手の内に排出し、右の義足でブレーキングしながら、練り上げていた魔力を解放する。
異様に手に馴染む槍。何百、何千、何万と繰り返したかのような動き。今まで暴発させながら使っていた筋力の、竜の血による補強が入ったお陰で可能になった制御。それら全てが噛み合わさり、
「──!」
「────!!」
お互い何を言っているのか分からない程の距離。その間を、黒い炎の斬痕が駆け抜けた。俺の全力よりも何倍も速い速度で走った斬痕は迫る軍勢に炸裂し、元の性質通り拡散しながら全てを斬り刻み、黒い炎の性質により全てを焼き焦がしていく。
軍勢を黒炎の斬痕が通り過ぎるまで、僅か数秒。それだけの時間で、敵の数は勇者とその直近にいた数名のみとなっていた。
待て、勇者が1人?
自己否定ーー油断を否定しました
自己否定ーー慢心を否定しました
自己否定ーー希望的観測を否定しました
ゾクリ、と悪寒が走った。それに従い、疾走をリスタートすることをやめ全力で横に飛ぶ。なぜ自分でもこんな動きをしたのかは分からなかったが、直後、この行動が正しかったことが証明された。
直前まで俺がいた場所を、光を纏った長剣が薙ぎ払った。きっとあのまま走り出していたら、首と身体が泣き別れしていたことだろう。まるで熱されたバターか何かのように、容易く地面を切り裂いているのだから間違いない。
そしてそんな攻撃をしでかして来た相手は、つい先程まで迫る軍勢の中にいた筈の勇者だった。
「こんにちは、元ボクたちの英雄さん」
「誰だ」
現れた人物は、まるで俺を鏡写しにしたかの様な格好をしていた。
黒いコート、黒いグローブ、黒いブーツ、黒黒黒黒。頭の先からつま先まで、服装が真っ黒だった。細身の低身長で、あまり力がある様には見えない。けれど、かけている眼鏡まで黒ぶちであるあたり筋金入りだ。
「ボクの名前は、五十嵐 真波。キミと違って、本物の勇者だぁ!」
そう吼えた瞬間、五十嵐何某の姿が掻き消えた。しかし感じ取れる限り、風の動きなどはない。ということはつまり、この現象の理由は──
「転移か」
「大正解ー!」
莫大な魔力が揺らぎ、また背後にそいつが出現した。そして同時に聖剣、とでも言えそうな光を纏う長剣を振り下ろしてくる。
確かに、背後からの不意打ちかつ、当たれば即死の上段からの斜め斬り下ろしは強いコンボだろう。だけどそれは、さっきもう見た。こんな攻撃は2度も、師匠にも、フロックスさんにも、×××××師匠にも通じない。ならばそんな人達に扱かれて1年……1年? まあいいか。
連続で同じ力、同じ動きの攻撃を見せられれば、出現場所が察知出来ていれば、そんなものはもう──
「緩い」
避けてくれと言っているようなものだ。
半歩動くことで直剣の軌道から身体をずらし、相手の顔を狙って伸縮機構で石突きを射出した。直後手に訪れる、何かを砕く感触と、柔らかいなにかを突き潰した感触。
「あ、ぎ、ガァァァァッ!!?」
「《収納》」
驟雨改の長さを戻しつつ収納し、義足にチートを展開しながら回し蹴りを入れる。蹴りは何の抵抗もなく通過し、次の瞬間には2本の足とロングコートの下半分を残し転移の勇者は消えていた。きっとまた転移で逃げたのだろう。
「
男の血なんてクソ不味いから飲みたくないのだが、再生なんてされたら困るので血を抜き取り吸収する。
自己否定ーー他我の侵食を否定しました
自己否定ーー狂気を否定しました
みるみるうちに萎んでいき、木乃伊の様になったそれを粉々に踏み砕いた。やはり不味い、ドロドロとして気持ちが悪い。けれど、予想でしかなかった勇者のチートがよく分かった。やっぱり血の記憶は偉大……違う。有用だけど、俺はまだ、人間だ。完全に吸血鬼になってなんかない!
「胸糞悪い」
自己否定ーー不快感を否定しました
ペッと唾を吐き出したのは、知り得たチートの内容にか自分にか。そんなことより、あいつのチート能力だ。
たった今知り得た五十嵐なんたらのチート能力は《吸収再現》、要するにコピーだった。コピー出来る能力の上限は3つで、現在コピーしている能力は《竜殺し》《転移》《聖剣》の3つ。しかもその全てを、多少効果は下がるが同時発動出来るらしい。
「チートめ」
第1の《竜殺し》で竜に対する圧倒的な防御力と攻撃力を得て
第2の《転移》で好きなように強襲、離脱を繰り返し
第3の《聖剣》で圧倒的な攻撃性能と自己回復を得る
ただのクソチートだった。けれどまあ、3つ合わせての最大出力は決まっており、更に少し弱体化しているらしいことが救いといえば救いか。
自己否定ーー不快感を否定しました
けれど今はもう、どこにいるか分からない。下半身が使い物にならなくなった以上、まともな移動は出来るはずもないがアレには転移がある。だから、自分の死角には気を配り続けねばならないだろう。
「はぁ……」
驟雨改を《排出》して握り、1度深呼吸して気持ちを整える。余計な気配りが増えたが、まだ戦闘は継続中だ。どうせ奴らは敵だ、平穏を壊す害悪だ、俺たちを殺そうとする血袋だ。
自己否定ーー慈悲を否定しました
だから殺す。慈悲なく、怒りなく、感情を殺して殺す。殺そうとした、だから殺された。これでいい、俺も向こうもこれで対等だ。覚悟と責任は忘れない、獣には落ちない、けれど心は鉄のように。
「だから来いよ、《竜殺し》」
接敵まで残り1分あるかないか、そんな距離まで接近していた本物の竜殺しの勇者に、挑発するような笑みを向けてそう言った。