あの空に帰るまで   作:銀鈴

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62 最期の戦場へ

「モロハ、お前……また無茶したんじゃねぇだろうな?」

 

 血に染まった大地から移動し、落ち着いた2人の元に辿り着いた俺に一番最初に掛けられたのは、フロックスさんのそんな言葉だった。

 

「ええ、まあ今回は。怪我も治ってますし」

 

 自己否定ーー後悔を否定しました

 

 また傷痕が増えたんだろうなと思いつつ、身内にしか見られるものでもないしいいかと切り捨てる。そんな俺みたいにどうでもいいものの話より、だ。

 

「でも、けがはしたんですよね? それも、あしとかこしとか!」

 

 血相を変えて駆け寄ってきたエウリさんかペタペタと触り、鳩尾辺りから血が滴るほど服が濡れていることがバレてしまった。

 

「なおったっていわれても、しんぱいなんです!」

「あはは……すみません。でも、無事に帰ってこられましたしいいじゃないですか」

「もう……」

 

 瞳に涙を溜めて、不満気な表情を向けた後エウリさんはそっぽを向いてしまった。言う言葉を間違えた気がするが、もう遅いだろう。切り替えていくしかない。

 

「それよりも、そっちは大丈夫でしたか? あんな人数が相手でしたし……」

「あー、エウリが何回か危なかったけど、防具に助けられて打撲くらいだぜ」

 

 少し気まずそうにフロックスさんがそう答えた直後、沈黙していたディラルヴォーラが大笑いを始めた。そして、傲岸不遜という言葉が非常に似合いそうな声音で話し始めた。

 

『数百年研鑽を続けた我が肉体よ。加工されようが、凡百の武器を通すことなどないわ! 存分に活用するがよいぞ』

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

 その大音声に右耳を塞ぎたくなるが、意味がないのだと思い出し諦めた。驟雨がある限りこんな関係がずっと続くと考えると、若干既に疲れてきてしまった。

 

「それより、最後のアレなんだよ? またチートか?」

 

 そんなことを考えていると、心底不思議そうにフロックスさんがそう聞いてきた。まあ、確かにそうだ。俺にはあんな真似(虐殺)をする力がないのに、明らかに驟雨を起点として発動した何かがあの惨状を生み出したのだから。

 

「ちょっと、ディラルヴォーラと契約しまして。一時的に力と知恵を借りてます」

「はぁっ!?」

 

 俺が言ったその言葉に、フロックスさんが愕然とした表情でそんな言葉を零した。そしてノリノリで黒い魔力の粒子を零し始めた驟雨を指差して、震える声で言った。

 

「契約ってお前、何を差し出したんだ?」

「えっと、依代として驟雨と愉しませることです。合ってますよね?」

『左様』

 

 内容が間違ってなかったことにホッとしてる俺と何故か同じように、フロックスさんも大きく息を吐いて安心したような表情をしていた。

 

「なんでって顔してるけどよ、普通竜……しかもアイツ級のやつの力を借りるなんて、命を差し出しても対価が足んねぇんだぞ?」

「マジですか」

『例え国1つを差し出されようが、我が力を貸してやる義理はないな』

 

 どうやら本当のようだった。そう考えると、凄い存在の力を借りることができるんだと感慨深くなる。そう思っていると、驟雨から漏れる魔力光が揺らいだ気がした。……もしかしたら、心でも読まれてるんじゃないだろうか。

 

『そんなことはないぞ』

 

 確信犯だった。プライバシーが消滅した瞬間である。おいチート、こういう時に働いてこそチートだろう。さっさとやれよ。

 

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

『くくっ、そんなやわな力で我を邪魔立て出来るわけがなかろう! 依代を得たことで、もう1つのチートとやらでも消せはせぬわ!』

「うわぁ……」

 

 チートは全く歯が立たなかった。この竜、死ぬほどタチが悪い。だけどもう一度戦えと言われても勝てる気がしないし、ぐぬぬ。

 

「まあ、それならいいんじゃねぇか? 破格だぜ」

『そうだ、破格なのだぞ。心を読むくらい許せ』

「まあ、そうですよね……」

 

 バイノーラルな感じで言われたそんな言葉に、どうしようもなく頷いてしまう。ここまでのことを予想してなかった俺の落ち度でもあるし、認め受け入れるしかないだろう。

 

「それはそれとして、なんであの勇者を殺してねぇんだ?」

 

 そうフロックスさんが顎で指した先には、樹木で簀巻きにされ地面に転がされている女子勇者の姿があった。チートから便宜上名付けるなら、鎖の勇者だろうか。

 

「ちょっと、聞きたいことがありまして」

 

 自己否定ーー同情を否定しました

 

 そうでなければ、俺だって殺してる。残した理由だって、多分今回襲ってきたやつの中で、一番直接こちらに被害を与えられないチートだろうからというだけだ。

 

「うし、じゃあとっとと吐かせるか。エウリ、それ用の薬作っといてくれ」

「はい!」

 

 元気よく返事をしたエウリさんが、魔法で花を咲かせそれを摘み取っていく。それに見惚れてかけていると、フロックスさんが魔術で生み出した水の塊を鎖の勇者の顔面にぶちまけていた。

 

「ぶへっ、ぐぇ、ゲホッ!」

 

 冷たさと衝撃、息苦しさの3点セットを食らった鎖の勇者は、女子として出していいのか分からない声を出して目を覚ました。そしてすぐに自分の状況を確認したらしく、チートである鎖を放ってきた。しかもエウリさんに向けて。

 

「次、チートを使ったら殺す」

 

 問題ない、手元から伝わるそんな声に従って驟雨を振るう。するとディラルヴォーラが宿っているからだろうか、チートを込めずに振るった驟雨はいとも容易くそのチートを斬り裂いた。

 そしてそのまま、驟雨の切っ先をチョーカーのつけられた鎖の勇者の首に添える。これなら押し込まれても、すぐに斬れないようにするだけの時間は稼げるだろう。

 

「くっ」

 

 睨み向けられたがそれを冷たく見返し、勝手にやってしまったのでフロックスさんに目配せする。やっちまえとサムズアップされた。なら、勝手にやってしまおう。

 幻術を発動、鎖の勇者の背後にむさ苦しいオッさんの幻影と音声を幻術として形成する。ついでに焚き火と生活音も追加しておこう。

 

「素直にこちらの質問に答えるならよし、答えないなら相応の対処をさせてもらう」

「みんなはどうした!」

「殺したよ、全員俺たちで」

 

 さて、ここからホラ吹きの時間だ。幻術を有効活用するなら、自分だってそれ相応の演技が必要だ。それがなければ、俺の未熟な腕ではどうしようもない。

 

「それなら尚更答えるわけにはいかないわ。あんたみたいな裏切り者にはね! アハハハハハ!!」

「そっか、《排出》」

 

 どうしても口を割る気はなさそうだ。ということで、少し首を驟雨で傷つけそこに薄めた媚薬を排出した。薄めたとはいえ、これは効果は高いし即効性。変化は一目瞭然だった。

 

「な、によこれ」

「媚薬。このままお前が何も話さない姿勢を通すなら、身動き取れないくらい投薬して後ろの奴らに受け渡す。まあ、そっちの意思なんて関係なく死ぬまで使われるだろうね」

「ひっ」

 

 発動後は鎖の勇者の想像に任せているから詳細は分からないが、鎖の勇者が息を飲んだ。ガタガタ暴れるが、簀巻きにされた状態から動くことは出来ていない。

 

「因みにこっちの質問に答えるなら、この解毒薬もあげるしお前の後ろにいる奴らにも話を通してあげるけど?」

 

 そう言って、なんの効果もないただの水が入ったビーカーを見せつけるように取り出す。真っ青になった鎖の勇者が必死に足掻いてるけれど、答えない限り何も改善する気は無いのでさっさと諦めてくれないものだろうか。

 

「10」

 

「9」

 

「8」

 

「7」

 

「6」

 

「話す、話すわよ! なんでも話すから助けてよ!!」

 

 カウントダウンを始めたところ、鎖の勇者は泣きながら必死にそう訴えかけてきた。よしよし、これで話が進められる。そんなことを思った直後のことだった。

 チョーカーから莫大な魔力が迸り、鎖の勇者の全身を覆い尽くした。それを受けた鎖の勇者の瞳孔が一瞬大きく拡大し、次の瞬間には最初の敵意剥き出しの状態へと逆行していた。

 

「アンタなんかに情報を渡すくらいなら殺される方がマシよ!!」

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 自己否定ーー落胆を否定しました

 

「これが洗脳かー」

『洗脳か。つくづく人というものは度し難い』

 

 呟いた俺の言葉と、ディラルヴォーラが発した言葉が重なった。そして、ディラルヴォーラが感心したように話しかけてきた。

 

『知っておったのか』

「そりゃあ、俺だって元々はコイツらと同じ立場でしたから」

 

 そう言った直後、ゾワリと全身を弄られるような気味の悪い感覚が駆け巡った。そしてディラルヴォーラが、得心したように言う。

 

『ほほう、なるほどそういう人生か』

「……記憶見ました?」

『英雄の過去を追体験する、なんとも甘美な響きだとは思わないか?』

「プライバシーって知ってます?」

『知らぬ。知りたいとも思わぬ』

「デスヨネー」

 

 そんなやりとりをしていると、フロックスさんがもう限界と言ったように声を殺しながら腹を抱えて笑うなんて器用な真似をしていた。こちらに気づいて気にするなと手を振ってくれたが、普通は無理だろう。

 

 自己否定ーー関心を否定しました

 

 この場合は、さっきは役に立たなかったチートに感謝だ。気持ちを切り替えてくれるのは、今まで何度となく助けられてきた。

 

「まあいいや。とりあえず」

 

 洗脳の起点となっているチョーカーを外す。それで効果がなければ壊す。それでもダメならエウリさんの自白剤を待つ。完璧なプランだ。

 

「ぐるる」

 

 歯を剥き出しにし、目を血走らせ、ヨダレを垂れ流し威嚇する鎖の勇者のチョーカーに驟雨を当てる。

 

「《収納》」

 

 そしてチートを発動させた瞬間、あの空間の絶叫が轟いた。

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 それに対する驚きをチートが消し、平坦な精神で見るとチョーカーの魔力がみるみるうちに減少していっていた。そして数秒で魔力が尽き、最終的には収納に成功した。

 直後鎖の勇者の身体が跳ね、その目に怯えと正気が戻ってきた。どうやら成功らしい。

 

「ち、違うんです! これは私の意思じゃなくて、首輪が無理やり言わせたことで! だから、だから後ろの人たちには!」

「それはわかってる。だから、こっちの質問に答えろ」

「よ、よかった……」

 

 安心している鎖の勇者に改めて刃を突きつけ質問する。

 

「現在の勇者の人数は?」

「みんな、私の学年はみんな死んじゃいました。でも先輩は50人くらいは、まだ生きてます!」

「じゃあ、俺たちを殺そうとした理由」

「知りません! でも、邪魔だからこの機に始末してしまえって噂はよく聞きます!

 それでも私は、殺そうとしてないんです! 捕まえようとしてただけです!」

 

 必死に答えてくれてる分、嘘はないのだろう。一介の使い捨て兵器が知り得る情報だから確度は微妙だが、目安にはなるはずだ。

 

「じゃあ、今の王都の状況はどうだ?」

 

 次の質問に悩んでいると、何かドッと疲れた様子のフロックスさんがそんな質問を飛ばしてきた。

 

「状況……?」

「状況だ。市場の雰囲気でも、噂話でもいい。なんか変わったところとか、変な噂、気になるものあげてけ」

「えっと、はい。最近ちょっと、食べ物も嗜好品も武器防具も値段が高くなってきてました。後、貴族の人たちがみんななにかを準備してるって噂が。後、王城では第2王女がクーデターを企ててるって噂で持ちきりでした」

 

 その言葉に、思わず息を飲んだ。

 

「あんな綺麗な人が、お父さんを殺そうとするなんてあり得ないと思うんですけど」

「そうかよ、ありがとさん」

 

 フロックスさんはそう言って引いたが、舌打ちと不味いなという言葉を口走ったのを聞き逃しはしなかった。多分、いや、相当に不味い自体な気がする。そう思ってると、フロックスさんが俺をちょいちょいと手招きしていた。

 

「あの、もう終わりですか?」

「ちょっと待ってろ」

 

 一方的にそう言いつけ、幻術を強めてフロックスさんの元へ向かう。すると、小さな声でこんなことを耳打ちしてきた。

 

 クーデターはバレてる。多分近々本格的に攻められる。もしかしたら、もうとっくに始まってるかもしれない。

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 チートがなければ、きっと取り乱していたかもしれない程の衝撃だった。いや、よく考えればあり得ない話ではないのだ。洗脳なんてチートの使い手がいる以上、信のおけると思っていた相手でも情報を漏らす可能性は0ではないのだから。

 

 今から戻ると1週間……つまり、もし本当に戦闘行為が始まっていた場合、全てが終わった頃に帰ってしまうことになる。

 

「どうする? 今から帰っても間に合わねぇぞ?」

「でも、もし姫さま達が負けたら人の世界に俺たちの居場所は無くなります」

 

 これがなにも俺たちに関係のないことだったら、無視してトンズラこいても良かった。だけど、もし姫さまが負けたなら。その場合は本当に、俺たちが人の世で生きていくことは不可能になる。魔族の方で受け入れてもらえる可能性が不明な以上、そんな手は取りたくない。

 

「けどよ、帰る手段がねぇんじゃどうしようもないぜ?」

「……いえ、あります」

 

 そう、賭けの要素が強いが不可能なことではないのだ。ただしそれは、俺が完全に人で無くなることが前提条件となるが。

 

「おい、それってまさか……」

「ちょっと聞いてきますね」

 

 そう言って踵を返し、怯えて震える鎖の勇者に近づいていく。そして、首元に刃を突きつけ問いかけた。

 

「お前たちはどうやってここに来た?」

「い、五十嵐くんの力で。でも、先輩が殺しちゃったんでしょう? だからもう、帰れません……」

「ああそう。なら、その転移の力ってどんなものか聞いてる?」

「は、はい。えっと……確か、行きたい場所を強く念じて、転移って言うとそこに行けるって自慢してました。でも、なんでそれを?」

「ありがとう」

 

 最後にそう言って、幻術の出力を全開にして気を失わせた。

 それだけ分かれば、十分だ。どうしようもない壁が立ちはだかるが、不可能ではない。

 

 自己否定ーー執着を否定しました

 

 そんなチートのアナウンスを聞きつつ、一生懸命薬を調合していたエウリさんの肩を叩く。

 

「はい?」

 

 ちょっとムッとしてるけれど、もう話は聞いてくれるようだった。良かった、これならちゃんと自分の覚悟を決められる。

 

「1つ聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」

「きゅうにあらたまって……なんですか?」

 

 コテンと首を傾げるエウリさんを前にして、一度俺は大きく深呼吸する。

 

 自己否定ーー緊張を否定しました

 

「狡い質問だって、分かってるけど聞かせてもらいます。

 もし俺が完全に人じゃなくなっても……吸血鬼になっても、軽蔑、しませんか?」

 

 そして、チートの助けも借りて言った。言ったのだ。こんな、狡いとしか言いようのない質問を。ただ自分の本心を決めさせたいだけの、最低な質問を。

 けれどそんな最低な質問にも、エウリさんは答えてくれた。ぎゅっと優しく抱きしめて、安心させるように言ってくれた。

 

「わたしがすきになったのは、モロハです。にんげんのモロハじゃなくて、モロハだからすきなんです。だから、きらいになったりはしませんよ」

「そう、ですか……」

 

 そんな暖かさに浮かんで来た涙を拭き取り、無理やり普通の顔を作ってエウリさんに言う。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

「いいえ。つまのつとめですから」

 

 背中をポンポンと優しく叩いてくれるのに安心を感じ、覚悟が決まった。3人で、平和に。その為にはなんだってやってやる。

 

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