あの空に帰るまで   作:銀鈴

7 / 81
07 修行

「ったく、お前あんな所で寝てるんじゃねえよ。ビビったじゃねえか」

「最近仮眠がずっとあの体勢だったので……」

 

 眠っていた俺を起こしたヘルクトさんが、俺を案内しながら愚痴る様に言う。まあ、ベッドがあったのにそこで寝ず、ベッドの足に寄りかかって寝てた俺が原因だから何も言えない。下手に転がると、左肩が死ぬほど痛いんだから仕方がないだろうとは思うけど。

 

「それに、この通り腕がないので何かに寄りかかってた方が寝やすいんですよ。多分」

「まあ、睡眠の取り方は人それぞれだしな。アレで寝れてるなら文句はないさ」

「いつかはまともに寝たいものです」

 

 そう俺が茶化して言った所、なんだか深刻な表情をしてヘルクトさんは黙り込んでしまった。何か問題発言でもしてしまったのだろうか?

 気まずい空気のまま歩き、辿り着いてしまった大きめの扉。多分、ここが姫様のいる部屋なのだろう。

 

「連れて来たぞ、姫さん!」

「ええ、入っていいわよ」

 

 その返事を待って扉が開かれる。その先に居たのは、ドレスやらティアラを纏った如何にもお姫様といった様子のマルガ姫だった。いや、実際第2王女だから間違いではないのだが。

 けれどそんな事より目にとまるのは、長いテーブルの上に出された料理だ。パンにスープ、それに少しの果物があるだけの食事。けれど、何だかそれを見ただけで涙が出て来た。

 

「ちょっ、どうしたんだお前さん」

「こっちに召喚されてから、携帯食料と栄養補給食、襲ってきた魔物を自分で捌いた肉しか食べてなかったので……」

「おま、一応勇者だろう!?」

「毒を仕込まれてたので」

 

 毒だけに、笑顔で毒を吐いてみる。

 食事には毒が仕込まれている。けれど食べないと飢えて死ぬ。だったら、仕方ないから野生動物を狩るしかない。そんな考えの末、襲ってきた蛇の魔物を殺して食べるとかいう暴挙に出るしか無かったのだ。水も同様で、深夜に近くの川の上流まで行って汲んでいた。勿論お腹は壊した。

 

 そして、この時毒抜きのやり方を教えてもらったのがハリスさんだ。まあ、この後のスープに仕込まれてた毒の症状、今考えればその抜いた毒だったんだけどね。真っ黒じゃねえか!

 

やっぱり殺そうとしてやがったよ、あのクズ。

 そういう事なら、色々な説明の前に少々夕食には早い時間ですが、食事としましょう」

「ありがとうございます」

 

 久方ぶりに食べる、ちょっと全身が痺れる蛇肉以外の食べ物。しかも苦味以外のちゃんとした味があるし、筋張ってたり硬すぎたりしない。何かを仕込まれると警戒する必要もない筈だし、どこかから襲われても大丈夫な様臨戦態勢でいる必要もない。

 なんだろう、本当に美味しいなぁ……

 

 

「では、今モロハが置かれている状況の説明に入るわ」

 

 食事が終わり、お姫様モードの名残が欠片も無くなったマルガ姫が俺を指差して話を始める。これ、頷く以外の返答出来ない奴だわ。

 

「あなた達勇者が召喚された理由は、この前説明した通り捨て駒よ。けれど、流石にあのクズでもあなた達を即最前線に送り込むなんて真似はしないわ。今のあなた達では、精々肉壁程度にしか役に立たないから」

「ですよね。今まで俺が生き残れたのが奇跡ですよ」

 

 寝込みを襲われた時だって、不意打ちで1人の心臓を抉り取って、それで動揺してる1人のをまた抉り取って、最後の1人はまぐれだったし。

 

「そうね。ここまで来れたのは奇跡だし、王城で武器を抜かなかったのは褒めてあげるわ。その時点で極刑だもの」

「やっぱりですか」

「そうよ。そうなってたら幾ら私でも庇いきれなかったわ。

 話を戻すわよ。あのクズも、あなた達を最低限戦えるように10日程鍛えるわ。その後、小さい戦場に向かわせ経験を積ませ、ある程度強くなったら最前線って流れね」

 

 馬鹿ではないという事か。クズな奴程得てして頭が良く回る、やっぱり世界は違えども人間なんて然程変わる事はないらしい。

 

「それで、やはり俺はそこには」

「含まれないわ」

 

 だろうと思った。暗殺してくるような奴が、まともに気をかけてくれる筈が無い。アレコレ理由をつけて、俺なら大丈夫とか説明しているんだろう。そして強制的に呼び出して、勝てない敵に送り込むか暗殺。はいはいテンプレテンプレ。

 

「でも残念ながら、私が保護したと言っても勇者である以上あなたも駆り出されるでしょうね。だから、約束通り補助はしてあげるわ」

「ああ、それでヘルクトさんが」

「話が早いわね。早速この後から鍛えて貰うといいわ」

「お前さん達、会話が速えよ……」

 

 圧縮言語になってないだけマシだろう。そう思って首を傾げていると、ヘルクトさんは頭を抱えてしまった。情報は出ているのだし、これくらいの予想は不思議じゃないと思うんだけど。

 

「それじゃあ、私はもう寝るから後は好きにしなさい。精々生き残れるように鍛えてもらいなさい。ヘルクト、後は任せたわよ」

 

 小さく欠伸をし、ひらひらと適当に手を振って姫様は出て行ってしまった。そんな奴が父親で、尚且つ勇者の相手もしないといけない上に、隠し事がバレないようにする。ストレスも疲れも、溜まりに溜まってどうにかなってしまうんじゃなかろうか。休むのも当然だね。

 

「はいよ。そんじゃ行くぞモロハ」

「了解です」

 

 そうやって俺が案内された場所は、意外な事に屋敷の地下だった。多分魔法的な原理で天井が光っており、外は暗くなり始めているというのに明るい。そのお陰か、床に敷き詰められた土には雑草が生えている。

 

「訓練場ですか」

「そうだ。今日は、食後の軽い運動くらいの気分でいい。確かお前の得物は槍だったか?」

「そうですね。技術の「ぎ」の字もありませんけど」

 

 そう自嘲しながら、投げ渡された木製の長槍を受け取る。……普段使ってるアレよりもずっと重い。振るのすらギリギリかも知れないな、これ。

 

「今のお前の技量がどんなもんか試してやる。来い」

「それじゃあ、胸をお借りします!」

 

 精神を集中、しっかりと槍の中程を握り、木剣を持ったヘルクトさんに向かいダッシュする。定石通りならあり得ないし、あったとしても突きに移行する行為だけど、俺には出来ない。

 幾ら強化されたらしい体とはいえ、片腕での突きなんて威力はたかが知れている。防がれ痺れて槍を落とし、チェックメイトされるだけだ。だから唯一希望が持てるのは、遠心力が加わる方法!

 

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

「シッ!」

「ほう、素人にしてはやるな。だがそれまでだ!」

 

 思い切り下段から跳ね上げた一撃、それは木と木のぶつかる鈍い音をたてて呆気なく防がれた。衝撃で痺れる腕を庇う事もせず、反撃として入れられた蹴りを曲げた左脚で受け止める。

 

「がっ!」

 

 受け止めた膝を起点に全身に衝撃が走り、一気にこの部屋の壁に叩きつけられた。治りかけの身体にはキツすぎる攻撃、多分どこかの傷は開いてるだろう、血の匂いが鼻につく。

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 

 けれど、この程度で諦めたら稽古をつけてなんてもらえないだろう。ガクガクとしてロクに動かない左脚を無理矢理動かし、槍を支えに咳き込みながら立ち上がる。

 

「けほっ、ごほっ」

「お前、本当に素人かよ……」

「死にましたけど、修羅場、潜ってるので」

 

 まあ、膝が割れてる気がするけどご愛嬌。動くから、折れてはないから使う事が出来る。

 

「《収納》」

 

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

 足元の土を僅かに収納し、痛む脚を無理に使って駆ける。速度はさっきの半分ほどしか出ないが、今度こそ!

 

「《排出》!」

「しゃらくせぇ!」

 

 思いついた即興の策であった目潰しは、手で振り払われてしまった。そしてそのまま、こちらを幹竹割にする軌道で木剣が振り下ろされた。

 

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

「うっそだろおい」

「らぁッ!」

 

 振り下ろされた木剣を、マントで隠れている左腕があった場所を通し回避。脇に槍を挟んでそのまま突撃した。

 

「一撃、入れてやりましたよ」

 

 脂汗を流しながら、俺はそう呟く。ヘルクトさんの腹筋で見事に木槍は止まってしまっているが、チートを使って良いならこれで致命傷だ。腹部を30cmも抉られて無事な人間なんているまいし。

 

 まあ、木剣が直撃した左脚がダメになってるから俺の負けだけど。というか痛い。真面目に痛い。腕よりはマシだけど、死にそうだ。身体を支えるのが限界に達し、俺は床にどさりと崩れ落ちる。左肩から、思いっきり。

 

「痛ぁぁ!」

「ちょっ、お前避けきれてないのかよ!」

「そりゃあ、ぺーぺーの雑魚ですからね!」

 

 身体をずらしただけだから、避けられる訳がないんだよなぁ……こちとら正面から戦って、勝てた試しが1回もない雑魚ですから。ゴロゴロ転がって誤魔化そうとしたが、恐らく折れた左脚のせいで激痛を発するだけの無駄な行為だった。

 

「痛みって、慣れないものですね」

「ああもう、ちょっと待ってろ! 癒術師のばーさん呼んで来る!」

 

 訓練なのに大怪我を負わせたら大目玉なのだろう、悪い事をしてしまった。そんな事を思い待つ中、ふと頭にチートな事が思い浮かんだ。

 

「もしかしたら、痛みも否定出来たり?」

 

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

「あ、何かいけそう」

 

 判定に失敗という事は、数を撃てば出来るかも知れない。そう思い判定を続ける事数分、その時が来る前にヘルクトさん達が戻ってきてしまった。無念。

 

「また派手にやったねぇ、ヘル坊」

 

 顔を上げ見たその人は、腰の曲がったおばあちゃんだった。杖を突き、こちらの脚を見て咎める様にヘルクトさんに話す口調は、年の功的なサムシングが感じられる。

 

「gq;e7d9、ckteuw@zzne7p

 ーーvー.6ー.」

 

 そして、何時ぞやのよく分からない言葉で何かが紡がれ脚が暖かい光に包まれた。するとどういう訳か、みるみるうちに痛みが引き骨が繋がっていく。脚から腰に、腰から胴体に、腕に、頭に。他の痛んでいた部分も、痛みが引いていく。

 

「こんなもんだね。あんまり無茶するんじゃないよ」

「すみません」

 

 挨拶は大切。どこの世界でもこれが変わる事はない筈だ。手を借りて立ち上がった後、深く礼をする。

 

「ヘル坊も、あんまり痛めつけてやるんじゃないよ?」

「分かってるつーの!」

「本当かねぇ」

 

 老婆が深く深くため息を吐く。そしてこちらを一瞥し、もう一度ため息を吐いた。えっ、俺も?

 

「2人とも、さっさと風呂にでも入って寝る事だね。特に若いの、あんたは早く休みな。酷い顔してるからの」

 

 そうやって俺たちは、訓練場からしっしと杖で追い出されたのだった。というか、風呂なんてあるんだこの世界。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。