あの空に帰るまで   作:銀鈴

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70 クーデター : 王都決戦⑤

 走りながら幻術の魔術を準備し、更に頭を回す。俺が出来ることなんて、改めて考えずとも殆ど無い。せいぜいが誰かの影に紛れて、その成果を掠めとるくらいのもの。

 

 自己否定ーー自己嫌悪を否定しました

 

 けれど、そんな暗殺者紛いにも劣る有様でも、戦いを早く終わらすくらいのことは出来る。いや、やってみせなければいけない。だって俺は、こんなざまでも勇者なのだから。大切な人1人守れるかも怪しいけれど、これでも男なのだから。目の前で泣きそうな、けどそれを隠して手を下そうとしている女の子の身代わりくらい、幾らでもやってやる。

 

 だから、力を貸してくれディラルヴォーラ。俺には出来ないから、好きなだけぶっ壊せ。

 

『心得た』

 

 握る愛槍が黒い魔力の光を零し始める中、追いつかれた金色の粒子の中を疾る。別に殺り方なんて、確実性が高ければ一辺倒だって構わないのだ。そのやり方が有名にでもならない限りは。

 

「幻よーー」

 

 そして、姫さまのチートにより昇華された幻術を解放する。普段なら俺が幻術で出来ることは、精々が視覚と聴覚を騙す程度。だけど今なら、五感を全て騙す本来の幻術が使える。

 

 自己否定ーー自己嫌悪を否定しました

 

 さも当然のようにさっき見た過去の幻影を叩きつけようとした自分に舌打ちし、叩きつける幻影のイメージを変える。さっき見た記憶の焼き増しから、今も打ち合うフロックスさんの剣に斬り裂かれ死ぬイメージに。そして、俺のことを認識できない様に感覚も弄ってしまえ。

 

「通った」

 

 これで動きが止まってくれれば最高。乱れてくれれば御の字。そんな思いで放った幻術は、姫さまのチートのお陰で確実に作用した。ビクンと身体が大きく跳ね、その全身の力が緩んだのが見えた。

 しかし、そういう魔術に対する経験も豊富であったのだろう。すぐに意識を取り戻したようで、目前まで迫っていたフロックスさんの双刀を、力任せに己の剣で薙ぎ払って吹き飛ばしていた。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 そして、俺がこの戦いに介入できるのはこのタイミングしかないことは明らかだった。

 

「《排出》」

(鎧を頼んだ)

『心得た』

 

 愛槍を天井に向けて排出、シャンデリアの接続部を砕きつつ天井に突き刺した。その場所は騎士団長の真上、少なくとも落下するシャンデリアからは逃れられないはずの場所!

 

「くっ」

『────ッ!!』

 

 落下して砕けるシャンデリア。更に追い討ちとしてディラルヴォーラの咆哮。2つの致命傷となり得る攻撃に、騎士団長の動きが止まり鎧が砕け散った。その盛大な崩壊音に、俺のちっぽけな気配が搔き消える。

 

 奇襲の利点を捨てる必要はないので、無言で順手に構え直したストーリアを構える。そしての心臓目掛けて腕を突き出し──

 

「そこかぁっ!!」

 

 ズン、と強い衝撃。

 

 突き出したストーリアは崩壊した鎧を貫き、確かに騎士団長の胸板に突き刺さっていた。だがその代わりに、俺の腹にも深々と剣が突き刺さっていた。貫いていた。

 

「ゴボッ」

 

 薬のおかげで痛みはないが、身体の中に冷たい鋼の感触を感じるのは非常に気持ち悪い。それに、せり上がってきた血の塊も酷く邪魔で気持ちが悪い。だが、これで詰みだ。

 

「《収、納》」

 

 震える唇で言葉を紡ぎ、静かに騎士団長の胸が球形に抉れた。鮮血が吹き出し、向こうも盛大に吐血した。肺を抉ったから上手く呼吸もできない様で、魔法による回復も期待できないことから死までは秒読み段階であると言えよう。

 

「モロハさん!」

「幻よーー」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 エウリさんの悲鳴を無視して、もう一度幻術を使う。今際の際に見る光景が、俺みたいな奴じゃ嫌だろう。そう思って、さっき見た記憶の中にいた母親との、幸せな幻を映し出す。

 

『感謝する』

 

 右耳にだけ聞こえるそんな言葉を残して、騎士団長の目から光が消えた。そしてその身体が倒れるのに合わせて、こちらの傷口を押し広げながら剣が抜かれていく。そうして押し広げられた傷から幾条か血が垂れて、しかし即座に修復されて傷は跡を残すのみで消滅した。

 

「っ、ぐ」

 

 同時に握っていたストーリアから光が消え、反動として疲労が襲ってきた。それに耐えきれず膝をつき、何も残っていないことは分かるのだがつい貫通していた部分を押さえてしまう。

 

 自己否定ーー疲労感を否定しました

 

「モロハさん、けが、はやくなおさないと!」

「もう治りましたから、平気へっちゃらです」

 

 チートが疲労を騙してくれたお陰で、身体はもう自由に動く。少し穴が空いた部分に突っ張った感じはあるが、あくまでそれは無視できる誤差程度にしかならない。

 心配するエウリさんの手を、傷口だった場所に持って行き触ってもらう。もうちょっと場所が下だったら事案だが、腹筋辺りなので何も問題はない。

 

「でも! でもぉ!」

「俺はそう簡単に、エウリを置いて何処か行ったりはしませんよ」

 

 目にいっぱいの涙を溜めたエウリさんを抱きしめる。というか、俺にはこれくらいしか愛する人を安心させてあげられる方法がないのだ。ああでも、やっぱりエウリさんの匂いは安心するなぁ。

 

 自己否定ーー魔術《ヒール》を否定しました

 

 なんてことを思っていると、チートのそんな表示が見えた。何事かと思えば、姫さまが微妙な目でこちらを見て固まってた。

 

「どうやら、本当に治ってるらしいわね。あの魔導具の力かしら?」

「ええ、受け継いだ大切なものです」

 

 花畑であった出来事を思い返しつつそう答える。何か致命的な問題が起きる気がする師匠の槍を呼び出すことと違って、ストーリアはまだ問題がない。だから安心して、身体を壊す無茶ができる。

 

「でも、さっきのはモロハが悪いわ。自分を大切に想ってくれる人の前で、死ぬ様な真似は流石に不謹慎よ」

「本来なら、もう少し怪我なく終わらせるつもりだったんですけどね」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 苦笑いしながら答える。だって、普通気がつかないだろう。いや、これは俺が騎士団長を過小評価していたということか。ディラルヴォーラなんて化け物と戦ってきたせいか、感覚が麻痺していたらしい。気を引き締めなければ。

 

『化け物とはなんだ。我は誇り高き竜だぞ』

 

 不満気なその声を聞いて、天井に愛槍が刺さったままであることを思い出す。魔法を使えば取れるだろうか? そんなことを思っていると、フロックスさんが軽々とジャンプして引き抜いてきてくれた。

 

「ほれ」

「ありがとうございます」

 

 受け取った愛槍をその付着している物は除いて収納し、簡易的な清掃とする。なんてことをしていると、目を真っ赤にしたエウリさんが顔を上げて言った。

 

「つぎやったらゆるさないんですからね! それと、このたたかいがおわったら、すこしつきあってもらいますから!」

「ならないで済むよう、頑張ります。それと、エウリと一緒なら何処へでも付き合いますよ」

 

 俺だって、無事に生き残ることが出来れば行きたい場所が一箇所だけあるのだ。それと、その為に用意した物も実はあるのだし。

 

「さて、休憩はもう十分ね? 魔術師長が死に、騎士団長が死んだ今、残っているのは姉とクソ親父だけだわ。アイツらだけは、私が、この手で……」

 

 姫さまがそう呟く中、いつか俺の目の前で閉じた巨大な扉が、重苦しい音を立てながら開いていく。この先は、入ることも見ることも出来なかった空間だ。

 

 立ち上がり排出した愛槍を持ち、警戒しながら開いていく扉を見る。完全に扉は開くも、その奥に続く通路には文字通り何もなかった。がらんどうの、殺風景な通路。けれど左目には、よく映画で見るようなトラップの赤い線……魔力である為半透明な線だが、それが見えていた。

 

「トラップ……」

「あら」

 

 思わず呟いた言葉に、姫さまが意外そうな声を漏らした。けれど反応はそれで終わり、鋭い眼光でその通路の奥を姫さまは睨みつける。けれどその表情もすぐに消え、落ち着き払った様子で話し始めた。

 

「モロハの言った通り、この拝謁の間に続く一本道にはウンザリするほどの罠が仕掛けられているわ」

 

 直後、姫さまが杖を構え金色の粒子が漂い始めた。これはマズイとエウリさんの手を引いて射線から逃れると、姫さまが獰猛な笑みを浮かべて言い放った。

 

「でもそんな小細工、存在を知ってりゃ全部ぶっ壊せばどうとでもなるのよ! 《昇華》、爆炎よ!」

 

 そうして放たれるのは、恐ろしく巨大で莫大な量の焔。紅蓮の煌めきを持つソレが、姫さまの指揮の下大挙して通路に潜り込んでいく。

 

「は、あは、アハハ! このまま全部、何もかも燃えてしまえばいいのよ!」

 

 それは、一方的な蹂躙であった。姫さまの極めて嬉しそうな、狂っているとも言える笑いと共に、焔の進路にあるものが全て焼却されていく。門の脇にあった騎士甲冑が赤熱化して融解する。紅のカーペットが灰も残さず焼却される。石が赤熱化し、仕掛けられていた魔術トラップが誤作動する。が、その悉くが焔の中に溶けて消えていった。飛び出した矢も、突き出た槍も、落ちようとする天井も、魔術も何もかもが圧倒的な火力の下に焼却されていく。

 

「はは、アハハハ! はははは!」

 

 そしてその焔が最奥にある扉に辿り着き、それを融解させた瞬間のことだった。

 

《鎮火しろ》

「は?」

 

 自己否定ーーチート《絶対王権》を否定しました

 

 そんな一言と共に、あれだけ猛威を振るっていた焔が、まるで嘘であったかのように瞬きの間に消え去った。

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 その光景に呆然とするも、未だ熱は消えず酸素も十分とは言えない状況になっているであろうことを思い出す。こちらも踏み込めないが、それはあちらだって──

 

《全て、修復しろ》

 

 自己否定ーー《絶対王権》を否定しました

 

 そして、何もかもが元に戻った、甲冑も、カーペットも、罠も、何もかもが姫さまの焔に破壊される前の状態に戻っていた。訳がわからない。なんだこれは。

 

「チッ、クソ親父め……」

 

 姫さまの舌打ちとチートの表示から、このあり得べからざる現象を起こしたのが、王であることが分かる。分かってしまう。なんだ、このデタラメは。幾ら何でもチートが過ぎるだろう。

 

「行くわよ、貴方達。この戦い、終わらせに」

「はいよ」

 

 金色の粒子を纏う姫さまに、まず始めにフロックスさんが賛同した。

 

「それじゃあ、俺も。エウリは?」

「わたしも、モロハさんといっしょにくらしたいですから」

 

 僅かに遅れて、俺たちも手を取って後に続く。

 ぽっかりと口を開ける門に、がらんどうの通路。何もかもを呑み込んでしまいそうなそこには、どこか不穏な空気が漂っているように感じた。

 




《絶対王権》
 殺傷性 : S 防御性 : S  維持性 : EX
 操作性 : EX 干渉性 : EX
 範囲 : EX

 EXは全て常時プラス判定
 チートの詳細はまだ謎に包まれている……
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