「氷よーー」
全てが復元された通路に、姫さまが再度チートにより昇華した魔術を使用する。しかし今度発動したものは炎ではなく氷。通路全面を凍結させて、罠の起動することのない道を作り出した。その中を無言で歩き、姫さまが最奥の扉を蹴り壊すと共に玉座の間に侵入した。
自己否定ーー過去の侵食を否定しました
そこは国のトップが待つ場所であるからか、極めて煌びやかな空間だった。日本のサブカルチャーで語られるような、ひたすらに豪奢で絢爛な国としての権威を見せつけるための空間。神殿のように柱が立つ広大な空間は、本来であれば何らかの式典に用いられるであろうことは想像に難くない。
自己否定ーー驚愕を否定しました
その最奥に……いた。無駄にファーや金の刺繍で彩られた真紅のマントを羽織り、巨大な玉座に座る男性。歳の頃は20やそこらだろうか? 金の短髪を逆立て、黒い瞳でこちらをニヤニヤと笑いながら睥睨していた。
その隣には、どことなく姫さまに顔つきが似ている女性が立っていた。長い金髪に、こちらも黒の瞳。ドレスを着ていることから、あれがきっと第1王女なのだろうと当たりをつける。
「なあ姫さん、あいつマジで人間か?」
「ええ、チートで老化を止めてるけれど。あれでいて、中身は90超えたボケてないクソジジイよ」
俺も疑問に思ったことをフロックスさんが聞き、吐き捨てるように姫さまが答える。肉体を全盛期の頃でキープということだろうか? まあ確かに、合理的なのか? それにしても、姫さまが確か19とか言ってたから……随分性欲旺盛なことだ。
「は、仮にも父親である余に向かってクソジジイか。良い度胸しておる」
「るっさい死ね!」
王が放った言葉に反応して、姫さまが再び昇華した魔法を放つ。一直線に王に向かって飛んで行くのは、凍りながら燃える槍。明らかに物理法則を無視した異常現象は、左目で見る限りかなり強力な魔術であるようだ。
《霧散しろ》
自己否定ーー絶対王権を否定しました
しかしそれは、王の放った言葉通り霧散した。本当に何の予兆もなく、言葉1つで魔術が消滅する。これまで何度も何種類もチートは見てきたが、ここまで酷いものは見ているだけで頭が痛くなってくる。
「反抗期か? だとしても、相手に名乗らせねえのはいただけないな。仮にも王族であるならば、礼節というものを弁えよ」
「誰のせいだと──カッ」
瞬間何かか姫さまの目の前で砕け散り、その体がくの字に折れ曲り吹き飛んだ。あまりのことに理解が追いつかず、なんとなく王の方を見ればその手には、どう見ても
自己否定ーー驚愕を否定しました
煙をあげる銃口から目を逸らし後ろに目を向ければ、姫さまが血を吐きながら自身を魔術で癒していた。直撃したのだろう、全く見えなかったソレは、地球のソレと同じか超える威力を持っていると仮定して良さそうだ。
「気をつけてください。アレ、音より速く攻撃が来ます」
「マジかよ」
「でも多分、向けられた方向にしかヤバイのは来ない筈……です」
一応そうだとは考えておくが、あくまでここは異世界。名前も思い出せないが、昔読んだサブカル本みたく銃の形をしただけの魔法発動媒体ということもあり得る。つまり、予想不能。全くの未知だ。
「ほう、流石は勇者。己の世界の兵器については詳しいか」
「別に」
もうほとんどない地球の記憶の中で、なんとか覚えていただけだ。それに、無駄に会話して情報を与える必要もない。愛槍を握りディラルヴォーラに意思を伝えつつ、次の行動を起こすタイミングを計る。
自己否定ーー雑念を否定しました
なんてことを思っていると、玉座から王が立ち上がった。右手にはどこから取り出したのか、飾りっ気のない両刃の剣。左手には先ほどのライフルを持ち、自らを見せつけるように言い放つ。
「兵器が1つに、魔族が2人か。たかがその程度で余を殺そうなどとは、随分余を軽く見たな?」
「ハッ、信頼できる3人よ。これだけいれば、私には十分だわ」
幽鬼のように立ち上がった姫さまが、血とともに言葉を吐き捨てる。同時に左眼がホワイトアウトする程の魔力とチートを纏い始めた。多分何か、大掛かりな事をしでかす気だ。
「そうか。娘の紹介だ、余を討ち滅ぼさんとする賊相手に癪であるが、王族の慣いとして名乗るとしよう」
ジリジリとした緊張感の中、両手を広げて王が言う。
「余の名は、エペリオン・リット・イシスガナ。99代国王にして、貴様らを殺す者の名だ」
『英雄、コイツの後ろの雌だ。アレも何かやらかすぞ』
ディラルヴォーラの注意喚起に王の向こうに立つ、今の今まで何もしてこなかった第一王女を見る。すると向こうもこちらに気がついたようで、目が合うと同時裂けるような笑みを浮かべた。
「私の固定化で中和出来るのは2時間がいいとこよ! だからクソ親父をやりなさい!」
「了解!」
姫さまがそう先手を取って言葉を放ち、直後魔力の大嵐が吹き荒れた。風に炎に氷に電気、そんな多種多様な魔術がまるで鏡合わせのように放たれては消えていく。
そうして消えていく魔術の残滓の中、フロックスさんとタイミングを合わせて仕掛けた。俺は剣を持つ右側に、フロックスさんは銃を持つ左側に分かれて、エウリさんの援護を置いてけぼりにして斬りかかる。
2時間という時間は長いようで短い、それに対面する王からは底知れない何かを感じる。だからこそ、最初から全力全開だ。
informationーー10%のエネルギーを充填
「シッ!」
黒い魔力光を散らし、火の粉を撒き散らす愛槍が過去最高速で振るわれた。その軌道は、最速で心臓を貫くための突き。例えディラルヴォーラであろうと、直撃したらダメージは入る一突き。
《守れ》
だがそれは、王を守るように足元から浮き上がった石畳の群れに防がれてしまった。まるで団子か何かのように、30cmのチートによる穴を開けて愛槍に突き刺さる石畳。それによる急激な重量の増加に勢いを殺され、愛槍を危うく取り落としそうになる。
「《収納》《排出》」
再度の収納によって愛槍をしまい、突撃の速度は殺せないのでたった今収納したばかりの瓦礫を王目掛けて排出する。これで少なくとも、相手の間合いから脱出する時間は稼げ──
《爆ぜよ》
「下がれ!」
『頭を下げろ』
自己否定ーー驚愕を否定しました
自己否定ーー雑念を否定しました
3つの声が響いた。そこから先はまるで、コマ落としの様にしか認識ができなかった。まず自分の身体を、無理やり捻って横に倒す。次に排出した瓦礫が全て内側から爆発した。次にその爆風と破片を食らいながら、床を無様に転がり俺が吹き飛ばされた。そして、
「爆炎よーー」
informationーー10%のエネルギーを放出
俺を狙って放たれた爆炎と、俺が放った黒炎が激突して大爆発を引き起こした。再度の衝撃には何とか耐え、吹き飛ばされながらも起き上がり、獣の様な姿勢で制動する。そして、そこに振り下ろされる剣。
「ガァッ!」
それに、獣の様な声を上げつつ《収納》を纏った手刀を叩きつけた。完全に無意識に叩き込まれた行動、あの花畑で染み付いた行動。思い出していて、体が覚えていて心底良かった。
「なんだと?」
「チッ」
だか、その結果は双方予想出来ていなかった物だった。
当然拮抗する物だと思っていた俺の手刀は剣を切断して跳ね上がり、こちらの腕を切断するつもりだった王の剣は切断されながらそのまま振り下ろされ、お互い勢いよくバランスを崩す。
「全開で吼えろ!」
informationーー50%のエネルギーを充填
『よかろう!』
《絶対防御だ》
そんな状態の中、スタンバイしていたディラルヴォーラが咆哮する。避けることが不可能なタイミングで放たれた咆哮は、俺の耳にだけ届くその音で王に直撃した。ディラルヴォーラ自前の魔力にチートを上乗せした見えない振動が王座を揺らし、あらゆる物を破壊し燃焼させていく。
カーペットやタペストリーは瞬時に炭化し、窓に嵌っていたガラスは微塵に砕け散り、玉座は大きなヒビが入り、俺たちと姫さまを除く何もかもに致命的な破壊を齎した。
その結果を見ずに、崩れた体勢からバク転の容量で後退する。収納していた愛槍を排出して握りしめ、いつでも対応できる様警戒する。
「
そうして乱れた息を整えていると、ついさっきまで俺がいた場所に数えるのも億劫な程の大樹の枝が殺到した。パッと見、全方位から木杭が打ち込まれた様に見え、ハリネズミの様なその状態は中にいる人物を殺したかのように見える。
「まだ」
だが、血の匂いがしない。微かにすると言えばしているが、そんなもの致命傷の出血に比べると天と地ほどの差がある。だから、あの王が死んでいる筈がない。というか、死んだ人間が1人もいない。
「くく、クハハ、クハハハハハ!!!」
そんな俺の考えを裏付ける様に、高笑いと共に木杭が砕け散った。その中から、案の定無傷の王が現れた。血の匂いがするから完全ではないか癒したのだろうが、ノーダメージに見えるというのは精神的に少しばかりクる。
自己否定ーー雑念を否定しました
自己否定ーー悔しさを否定しました
笑い声の向こう側で、姫さまと第一王女が再び魔術戦を始めた。その影響で響く轟音の中ですら聞き取れる笑い声に、不快感と共によく分からない気持ち悪さの様なものが浮かんでくる。ブチ殺せと、心の底で何かが囁いている。
「そうか、そうか! 余の守りを抜くか! コレが今代の“破滅”か!」
「……は?」
そして、王が俺を見ながらそんなトンチンカンなことを言った。破滅? 破滅ってなんだ? 明らかに俺を指してるから人違いではない。でも、その言葉の意味がわからない。破滅……破滅……?
自己否定ーー当該単語に対する興味を否定しました
自己否定ーー違和感を否定しました
自己否定ーー懐疑点を否定しました
「全てを“否定”する災厄の運び手か!」
自己否定ーー困惑を否定しました
今、なんと言った?
「存在するだけで災いを呼び込み、己と周囲を破滅に導く災厄の運び手! 余が見抜き、手ずから殺していたが、今代は生き延びていたか!」
自己否定ーー困惑を否定しました
なんだよ、それ。
「我が娘ながら、よく見つけたものだ。確かにコレであれば、余に対する切り札にもなろうぞ。己が破滅と引き換えとは、ああ大した覚悟だ!」
自己否定ーー困惑を否定しました
ちょっと待て。
「何れは周囲を破滅に導くのみを目的とした、心を失くした化物となる存在を、生き長らえさせるとは笑える。全てを失くし、怪物に堕ちる前に死をくれてやる事こそ救いであろう。それを伴侶とは、何も得などあるまい! いや、この情報は余しか知り得ぬのであったか? 年甲斐もなく、腹を抱えて笑いそうではないか!」
自己否定ーー困惑を否定しました
それじゃあ俺は、俺は……
「行き過ぎたモノを滅ぼし否定する神の傀儡! 哀れよなぁ、選ばれた時点で未来が閉じるモノは! 災厄を撒き散らす、1個の装置になることを定められたモノは!」
自己否定ーー困惑を否定しました
まるで、生きてちゃいけない奴じゃないか。
「だが、今は始末が先か。喜べ、害悪。貴様の伴侶も、すぐにあの世に送ってやる」
自己否定ーー困惑を否定しました
沈静化された頭で、全ての点が繋がった。
何故、俺には姫さまの様に受け継いでもいないのに2つのチートがあったのか。
何故、俺が行くところではトラブルばかり発生するのか。
何故、死にそうな目に遭おうと死ななかったのか。
何故、感情や記憶が消えて行くのか。
何故、それでも平然としていられたのか。
何故、チートに頼るなという言葉を掛けられ続けていたのか。
何故、日本人のガキである俺が戦うことに忌避感がなかったのか。
何故、生き物を殺したところで何の気持ちも湧かなかったのか。
その全てに、説明がつく。ついてしまう。己が間違っていないことがチートによって証明される。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪で最悪で最悪で最悪で、最低で、災厄だ。
「あ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁ!!」
姫さまがが何かを言っている。聞こえない。
フロックスさんが何かを言っている。聞こえない。
ディラルヴォーラが何かを言っている。聞こえない。
エウリさんが何かを言っている。聞こえない。
《鏡像よ、奴らの相手をしろ》
殺さなきゃいけない相手の声だけは、異様に耳に通る。
殺さなきゃ
informationーー10%のエネルギーを充填
黒炎揺らめく愛槍を投擲し、絶叫しながらストーリアを抜き放つ。何処か遠くで響く鈴の音が意識から否定される中、王の目の前に光の粒子が集まり2つの人型を形作った。
1つはフロックスさん。まさしく鏡写しのソイツは、俺には見向きもせず走り出した。きっとフロックスさんの元へ向かったのだろう。
そしてもう1つは、エウリさん。だが、その出現場所が悪かった。現れた場所は、投擲した愛槍の軌道上。故に、必然的に結末は訪れる。
『カッ……』
出現直後の鏡像エウリさんを、愛槍が貫通した。胸にぽっかりと大きな穴を開け、口から咳き込みとともに赤い血を吐き出し、見開いた目が俺をまっすぐに見つめて……光の粒子に鏡像は還った。
本物のエウリさんが無事なのは、魔力と気配から分かっている。怪我をしていないことも分かっている。だけど、それでも。今俺が、愛する人を、己の手で殺したことに間違いはなかった。
ポキンと、呆気なく何かが折れる音がした。
自己否定ーー魂の侵食率50%オーバー
自己否定ーー記憶焼却率50%オーバー
自己否定ーー最終セーフティ解除
自己否定ーーエネルギー制限が解除されました
自己否定ーーこれより、最終sequence《魂の焼却》が開始されます
自己否定ーー ご苦労様でした