そう流れたチートの表示を見て、自分の中にある何か入ってはいけないスイッチが入ったことを察した。
その証拠に、身体が異様な熱を持ち、動かすたびに青い火の粉を散らしている。代わりに頭は氷でも入れられたかのように、冷たく冷えきっていながら本能が殺せと燃え上がっていた。
燃焼回路ーー自己焼却率1.57%
そして視界に映る赤い文字。それはもう「俺」という存在の、終わりまでのカウントダウンであった。刻一刻と増えていく数字を見るに、俺はエウリさんとの約束を守れないらしい。
「ああ、そっか。ここで、終わりか」
鏡像のエウリさんを殺したことで勢いが死んだ愛槍が、いつのまにか剣を握っていた王に弾かれた。今までディラルヴォーラにしか折られなかった相棒は、伸縮機構ごと柄を真っ二つにされ回転しながらこちらに戻ってくる。その姿はまるで、俺の心を写す水鏡のようだった。
「だいじょうぶです! わたしはちゃんと、いきてますから!!」
必死なエウリさんの声に振り返れば、エウリさんは姫さまの隣で魔術戦をしながら必死に声を掛けてくれていた。嬉しいけど、もう、ダメだ。少しだけ遅かった。なんとかこっちへ向かおうとしてくれているフロックスさんも、自分の鏡像相手に戦闘中で間に合いそうにない。
「ごめん。約束、守れそうにないや」
「何をごちゃごちゃと。《潰れろ》」
ストーリアは噛み付いて保持し、飛んでくる半分になった相棒を掴む。それにディラルヴォーラの気配がないことを確認した時、全身にあり得ない重さが掛かった。一歩足を動かすことすら全霊を込めなければならないそこに、魔術の群れが襲いかかってくる。
チートに魔術に膂力に技術に権力。そのどれもが、俺には持ち得ることができなかったものだ。ああ、妬ましい。
自己否定ーー嫉妬の感情を否定しました
自己否定ーー嫉妬の否定により節制に機能不全が発生
自己否定ーー節制の感情を否定しました
informationーー根幹感情が2つ否定されました
informationーーボーナスとしてエネルギー放出限界が消失します
爆炎。吹雪。雷。毒。土塊。ブチブチと筋繊維が千切れ、ストーリアにより再生されて行く中、殺到するそれらを見て
「《ブルーローズ》」
自然と、その槍の名前が口に出ていた。同時に、際限なく放出された青い炎による花弁が、全ての魔術を相殺した。代償として表示されている自己焼却率が5%上昇したが今となっては些細なことだ。
それよりも、だ。俺だけならともかく、エウリさんにまでこの攻撃を向けるなんて、酷く苛つく。もし、それで死んでしまったらどうする気だ。ああそうか、魔族は死すべしだったか。ならお前が死んでしまえ。
自己否定ーー憤怒の感情を否定しました
自己否定ーー憤怒の否定により公正に機能不全が発生
自己否定ーー公正の感情を否定しました
informationーー根幹感情が4つ否定されました
informationーーボーナスとしてチートの使用制限が解放されました
その炎の花吹雪が晴れた時、俺の手には新たな槍が握られていた。壊れていない驟雨改の部分はそのままに、切断された柄からは白い新たな柄と石突きが生え、刃の根元には青い一輪の花が咲いている。まるで愛槍に、リリス師匠の槍が合成されたような異形の槍。けれどそれは、かつてないほど手に馴染み、神懸かり的なバランスを保持している。
「はハッ」
その刃に映った自分の姿は、髪が半分以上白に染まっていた。黒と紅と白の3色髪になった自分の姿は、どこかピエロのようで酷く滑稽に見える。
ああ、こんなザマじゃ操り人形と言われても納得だ。未来に希望を持っていた俺が馬鹿みたいだ。人から外れ、人外から外れ、俺は今何なのだろうか?
自己否定ーー希望の感情を否定しました
自己否定ーー希望の否定により怠惰に機能不全が発生
自己否定ーー怠惰の感情を否定しました
informationーー根幹感情が6つ否定されました
informationーーボーナスとしてチートの反動が消滅しました
「
「人形如きが、よく吠える!」
自分の意識が二重にダブったような感覚の中、黒と青の
燃焼回路ーー自己焼却率20.58%
◇
「ごめん。約束、守れそうにないや」
「モロハさん!」
必死に呼びかけてた声に応えてくれたと思ったら、モロハさんはそんな一言を告げるだけ告げて目を逸らしてしまった。その直後、モロハさんと私たち双方に向けて魔術の絨毯爆撃が放たれた。この国の王様と第一王女、2人が全く同じタイミングで全く同じ威力の全く同じ魔術で、だ。
「あんまり余所見、しないでくれるかしら!?」
「
私が使える魔術や魔法よりずっと力の強いそれらを、マルガさんが更に力の強い魔術で吹き飛ばす。その余波を私が魔法で防いで……さっきから、ずっと同じようなことの繰り返しだ。こんな相手は早く倒して、モロハさんを助けに行きたい。そう思って魔法と魔術を繰り出すのに、致命打は与えられず倒せない。
そう心が焦る中、突如ヒラヒラと青い花弁が落ちてきた。否、それはただの花弁ではない。青い炎で造られた、実態のない花弁だ。それは私に触れた瞬間フワリと解け、その
◇
『見たこともない灰色の巨大な建物』『それらから反射する太陽光』『極めて大人数の人間たち』『黒くて硬い地面』『揺らめく蜃気楼』『逃げ水』『落ちている飴玉』『光る映像』『かき氷』『学校』『クラスメイト』『勉強』
◇
「今のって……」
ノイズが走るように流れ込んだきた、見知らぬ光景。見知らぬ風景。見知らぬ言葉。見知らぬ世界。それらからは全て、私の好きな人の残滓が感じ取られた。
モロハさんのちーとの内容を思い出して、血の気が引いた。魔法を放つ合間に見る限りでも、尋常じゃない量の花弁がこの空間に舞っている。つまりそれは、モロハさんの記憶がそれだけ燃えているということでもある。
「マルガさん!」
「分かってるわよ!」
100を優に超える魔術を、100の魔術が迎撃して50の魔法が防御する。隙間を縫うように放たれた50の魔術を、50の魔術が迎撃して25の魔法が防御する。焦れったい。まどろっこしい。早く行かないと、私の好きな人がそうではなくなってしまう。いなくなってしまう。なのに、私には先を行く力がない。
私たち魔術師は本来、1対1の戦いでは物語のような魔術戦を行うことは出来ないのだ。モロハさんのように消費の少ない魔術の小出しならともかく、大技は使えば使うたび消耗する。だから私たち魔族は魔法を使って、大技を温存してここぞの時に使うのだ。
それなのに、この2人は最初から今までずっと大技を使い続けている。しかもそれでいて、消耗はあり得ないほど軽い。自分の無力さに劣等感が苛む。私にもっと、力があれば良かったのに。
「なんでアンタも、クソ親父に従ってんのよ! あんな、子供に親を殺させてなんとも思わないクズに! それを繰り返すクズに!」
魔力の欠乏によって、段々と顔色が悪くなっていくマルガさんがそう吠えた。そんな感情のまま叫んだことによる隙間に、魔法をねじ込んでなんとか相殺する。が、足りない。全力を込めたはずの私の魔法は、相殺しきれず呆気なく砕かれていく。
◇
『割れた凄まじく透明なガラスの破片』『撒き散らされた鮮血』『ゴブリンの死体』『オークの死体』『ぐしゃぐしゃに折れた左腕』『むせ返る血の臭い』『自虐』『期待』『混乱』『不安』『使命感』
◇
しかし再び降り注いだ青い花弁が、全ての魔術と魔法が砕けた。そんな中、砕けた魔術の向こう側でケロリとした顔の第一王女が笑う。嗤う。ワラウ。
なんの不調も見てとらせないその口から、マルガさんの問いに対する返答が紡がれる。
「なんでも何も、頭がおかしいのはあなたの方じゃない。どうしてお父様を殺そうとするのかしら? 今までずっと平和で、あなたもそれを享受してきたじゃない」
「誰が! 私に、1日でも、心安らかな日なんて、無かったわよ!!」
マルガさんのちーとらしい金色の粒子が爆発するように増殖し、巨大な雷光となって第一王女に向け放たれた。それを土の壁が相殺し、砕けた向こうからさらに言葉が紡がれる。
「それに、今あなたがあげた事だって、元はと言えばあなたが元凶じゃない。召喚の巫女様? あなたが勇者を呼ばなければ、起こるはずもない事だったのではなくて?」
「そうでしょうね! でも、勇者を人間扱いすらしないあんたらよりはマシよ! それに、1番長く、1番近くで、ずっと『勇者』に付き合ってきた私が……私だから、やらなきゃいけないのよ!!」
光が集まり、直線の光となって放たれる。鼻に付く嫌な臭いを放出しながら突き進んだ光の槍は、同じく魔術によって生み出された闇に中和される。
「私は理想のために、人を殺し過ぎた。勇者を殺した、部下を殺した、知り合いを殺した、友人を殺した、子供を殺した! 今私が色々な人を保護してるのは、その罪から目を背けたいからよ!」
「そこまで理解しているなら、今すぐ頭を地面に擦り付けて、許しを請うべきなのではなくて?」
一区切り毎に乱射される火焔に対し、氷の壁が生まれては壊れて防御を重ねていく。その余りの火力と規模に、私は手を出すことができなかった。
「んなこと毎晩やってるわよ! ただクソ親父の権力に甘えて、力をおねだりして、貰った力を振りかざして、あとは何も考えない。あんたみたいな無責任女と、一緒にしないでもらえるかしら!?」
「誰が無責任女よ! 自分磨きを忘れた女未満に言われたくはないわ!」
「戦場育ち舐めんじゃないわよ! 女としての幸せなんて、とうの昔に捨てたわ!」
「可哀想なこと。そんなんじゃ、素敵な人を見つけても振り向いて貰えないでしょうに」
「ハッ。こんな傷だらけで、血塗れの手の女なんて、貰い手が居るとでも?
「分相応なあだ名をつけたこと、感謝してほしいくらいだわ。ねぇ、ゴミ捨て山の王女様?」
罵詈雑言とともに放たれる魔術は、その全てが超一流のソレ。私には手が出せない。手が届かない。手を伸ばせない。助けに、いけない。
◇
『天井に昇る煙』『真っ白な部屋』『なくなった腕』『散乱するゴミ』『後悔』『姫さま』『槍』『恐怖の目線』『心配する友人』『寝込みを襲う盗賊』『仕込まれた毒』『屋根の上の景色』『嫌悪の目線』『大きな男の人』『フカフカのベッド』『暗闇』『安心』
◇
覆らないそんな現実と止まらない時間を前に、気がつけば涙が浮かんでいた。周囲には青い花弁が際限なく降り注ぎ、私は何もできず、途方に暮れて立ち尽くす。握り締めた杖は心許無く、心はぐちゃぐちゃで揺れて揺れて揺れ続けていた。
『力が欲しいか?』
そんな中、頭に直接そんな声が響いた。
周りを見渡して確認するけれど、話しかけてきそうな相手は誰もいない。新手の敵なのかもしれないと震える脚を抑え込み、杖を握り締める。すると、その杖からフワリと優しい風が吹いてきた。
『力が欲しいか、我はそう聞いているのだ。英雄の伴侶よ』
「この声って、もしかして……」
『如何にも。我はディラルヴォーラ、黒崩咆ディラルヴォーラである』
それは、私たちが倒したはずの竜の声だった。僅かに発動する魔術の気配を辿れば、声は風の魔術により直接私の耳に届けられているらしい。でも確か、ディラルヴォーラはモロハさんと一緒にいたはず。浮かんできたそんな疑問は、次の瞬間本人から語られた言葉で霧散する。
『英雄の武器が壊されたことによって、あそこに留まることが出来なくなってな。汝の装備を依代にさせて貰った』
「でも、なんで……」
『このままでは、英雄がもう一度我と戦う前に死んでしまうからだ。ああ嫌だ、認めぬぞ、そのような結末は。英雄譚とは、完璧な結末を迎えねばならないのだ。それ以外の結末なぞ、誰が歓迎するものか』
突きつけられた冷たい現実と、追い討ちをかける真実。けれどそれを、竜という上位者が打ち砕こうとしている。折れてしまいそうだった心に、僅かに火が灯った。
『だが、今の我に出来ることは少ない。故にこそ、英雄の伴侶たる汝に我の力を託す。特等席から離れてしまうのは損失だが、視点変更も悪くはない。それに加え、英雄よりも汝の方が、我が力は使いこなせようぞ』
確かにモロハさんより私の方が、魔術や魔法の扱いは上手い。でも、たったそれだけのことで、私が竜の力を借りても良いのだろうか。
『構わん。汝とて、我が認めし英雄の1人である。
故にこそ選べ!!
救うか! 救わぬか!』
頭の先からつま先まで通り抜けるような、巨大で自信に溢れた声。それを受け止め、決意する。やるんだ。私が。今ここで、絶対に。やらなくちゃいけないんだ!
「力を借ります、偉大なる竜よ。私に、あの人を助ける力を!」
『よかろう。では手始めに、あの生意気な雌を擦り潰そうか』
尊大なその声は、まるで笑っているかのようにそう答えた。