あの空に帰るまで   作:銀鈴

77 / 81
時系列数分バックします


75 ████ : ████⑤

 作られた月光が差し込む中、舞い散る炎の花弁の勢いはより一層増していた。鏡写しの自分と剣戟を交わすフロックスさんの元にマルガさんと向かう間にも、無数の記憶が流れ込んでくる。

 

 

『毒と薬』『半吸血鬼』『痛い』『魔物』『水』『クソ貴族』『スペアの槍』『短剣』『服』『人殺し』『雨』『苦しい』『森』『森』『街』『矢』『衛兵』『騎兵』『鮮血』『霧の体』『ワイバーン』『毒』『熱』『空を飛んでいる』『森』『死』

 

 

 その記憶の中に、見慣れた森の姿が見えた。それは、モロハさんの記憶が私と会ってからの物しか、もう残っていないという証明に他ならない。時間が、もう無い。

 

『射程内だ』

 

 ディラルヴォーラその言葉に、焦る私は魔術を全開で行使した。狙いはフロックスさんの鏡に写したような相手。さっき見たいな咆哮の再現は、腕が痺れてしばらく出来そうに無い。でも、違う魔術ならまだ発動出来る。

 

「マルガさん!」

「私の刀は、秘めるものの筈だったんだけど、ね!」

 

 そう言って、刀なる剣を構えたマルガさんの姿が掻き消えた。その原因は、私が使った魔法。ディラルヴォーラが使っていた、高速移動する風のトンネルの再現。かつて戦った時に猛威を振るったそれは、再現であっても遺憾無く実力を発揮した。

 

「チッ」

 

 舌打ちしてフロックスさんがその場から跳びのき、鍔迫り合いをしていたフロックスさんの偽物がバランスを崩す。そこに風が爆発する音が響き、直後チンと小さな金属音が響いた。

 

「便利ね、この魔術」

 

 瞬間、フロックスさんの偽物が4つに等分された。支援した本人であるというのに、私にはその剣の動きは何も見えなかった。そのことを少しだけ悔しく思いつつも、それどころじゃ無いと頭を切り替える。

 

 

『知らない天井』『治らない傷』『可愛い人』『何語だ?』『お婆さん』『勇者』『思い出せない』『美味しそう』『血を吸いたい』『武器の整備』『花の眼帯』『安心』『綺麗』『幸せな日常』『戦う理由』『剣に気に入られた』『愛槍』『驟雨』『稽古』『不信感』『水浴び』『片思い』『襲われる』『食われる』『頂かれる』『吸血』『魔法と魔術』『吸血鬼』『幻術』

 

 

 その瞬間流れ込んできた記憶は、私の知らないモロハさんの村での生活だった。その中にはその、すごく生々しいものもあり、折角切り替えた頭がそちらに興味を持ってしまう。

 

「何ボーッとしてんだ?」

 

 ポンと肩を叩かれてハッとする。ここはあくまで戦場なのだ、過去に気を取られボーッとしていてはいけない。そう思い杖を握り直し、けれどやっぱり、肩を叩いたフロックスさんに一言申したい。

 

「モロハさんを襲ってたなんて、初めて知りました」

「ぶふっ」

 

 小さな声でそう耳打ちすると、フロックスさんは噎せて咳き込んだ。どうやらさっきの記憶は本当だったらしい。

 

「おまっ、どうしてそれを!?」

「後でちゃんと、2人に説明してもらいますから」

 

 そうだ。ちゃんと2人から話を聞いて、怒って、反省してもらって、それで良い。私はそれだけで良いのだ。

 

「だから、お願いしますね! どっちか1人でも欠けたら、許さないんですから!」

「あいよ!」

 

 そうして、私たちは王との戦闘に介入した。

 

 

 ポロポロと、虫食いの記憶が欠けていく。

 グラグラと、己を己であると知らしめる芯が揺れている。

 掛け替えのない宝物が、1秒ごとに失われていく。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率84.17%

 

 それでも(ボク)はまだ、槍を振るい続けていた。

 

「疾ッ!!」

「ぐ、ヌゥオォ!!」

 

 心と一緒に身体を壊しながら再生させられて、斬撃を重ね刺突を連続して薙ぎと蹴りを連接させる。炎で反撃を相殺し、攻撃を延々と繰り返す。

 そうやって一度殺す毎に、王が蘇る速度は低下していっている。このペースならきっと、殺しきることができる。

 

「チッ。んだよこいつ、殺しても殺しても再生するとか理不尽だろうが」

 

 だが、この隣で戦ってくれる女性は誰なのだろうか? 双刀を振るい、植物の魔法を使い、共に戦ってくれるこの人は。多分エウリさんの知り合いなんだろうけど、思い出せない。

 

「悔しいけど、私1人じゃ殺せなかったみたいね。《昇華》!」

 

 エウリさんの隣で魔術を放つ女性は誰なのだろうか? 何かとても恩があるような気はするけれど、思い出せない。もしかしたら(ボク)の知り合いなのだろうか? けれど、思い出そうとしても頭痛しか返ってこない。

 

 でも、いいかそんなこと。敵じゃないならどうでもいい。

 

「ゼアッ!」

 

 義足での回し蹴りで、王の胴体を引きちぎる。義足に残る血と肉片に不快感を覚えつつも、再生した王に向けて走る。

 

「おいモロハ! あんま先行すんな!」

 

 女性のそんな声を無視して走り、槍を全力で突き出す。もう1殺貰った、そう思って口の端を歪めたときのことだった。王が、壊れた笑みで呟いた。

 

「《全て、死滅しろ》」

 

 突き出した槍を握る腕が、王の周囲に吹き出した黒い霧に触れ、ジュウという音を鳴らして溶解した。即座にストーリアによる再生が始まるが、追いつかない。三重のチートに保護されている槍と違って、骨だけを残して腕は再生しきることがない。

 

「そうだ、何故余だけが死なねばならない。国を治め発展させてきた余だけが!」

 

 そんなことを引き起こすその黒い霧は、王が言葉を紡ぐ度に増殖していく。

 

「《死ね》《死ね》《死ね死ね死ね死ね死ね》《死んでしまえ》、余以外の何もかも!」

 

 直後愛槍が王の心臓を貫き、黒い霧が爆発するように拡大した。王の身体が一瞬で溶解し、風景が死んでいく。石畳が灰色の砂となり、カーペットが灰色の砂となり、生物は溶け無生物は灰色の砂となっていく。

 

「《自己否定》!」

 

 自己否定ーーチート《絶対王権》の否定を開始

 informationーーエネルギーを最大まで放出

 

 黒い霧に取り込まれながら、(ボク)は全力でチートを行使した。

 愛槍に回していたチートが途切れ槍が消滅する。代わりに放出された青と黒の2色の焔が、黒い霧を取り囲むように展開した。それをよく分からない感覚で認知しつつ、黒い霧の中から転げ出る。

 

「がほ、ゲホッ」

 

 全身が再生していく気持ちの悪い感覚と喉の異物感に咳き込みながら脱出すると、ドス黒い血の塊が何度も吐き出された。

 

「ま、だ──」

 

 けれどこれじゃ、終わらない。右腕を掲げ眼前の焔の壁に向け、出来る限りの制御を試みる。

 

「────!」

「──ッ!」

 

 燃焼回路ーー自己焼却率85.22%

 

 拡散しようとする中身をチートが焼却し、互いに互いの総量を減らして相殺していく。一緒に戦ってくれていた女性2人が何かを言ってるが、聞こえない。どうやら聴覚はまだ完全に再生してないらしい。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率86.07%

 

 刻々と上昇する数字を見つつ、出来る限りのことを続ける。だってこれが解放されたら、され、たら──? そう、エウリさんも(ボク)も、みんな死んでしまうから。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率87.89%

 

 そして、聞き慣れたあの音が響いた。空間が絶叫するような、不快感しか存在しないあの音。チートが拮抗して対消滅する音。

 

「逃げろ!」

 

 燃焼回路ーー自己焼却率89.01%

 自己否定ーーチート《絶対王権》を否定しました

 

 そう忠告した時には時すでに遅し。発生した大爆発により、(ボク)達4人は一様に吹き飛ばされた。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率90.15%

 

 エウリさんは(ボク)が庇ったため1番軽傷。次に軽いのが双刀の女性。大きく吹き飛ばされ膝をついているが、致命傷を負った訳ではなさそうだ。エウリさんに回復をしてもらっているようだし、きっと大丈夫だろう。杖の女性も膝をついているが、自分で傷を治している為死ぬことはないだろう。

 

 (ボク)の傷も、咥えていたストーリアが右肩に突き刺さる程度のもの。ちょっと右腕が動かしづらいが、それだけでしかない。

 

「くく、これで終わりだぁ!」

 

 そんな(ボク)たちに向けて、いつのまにか復活していた王が特大の魔術を放ってきていた。

 

「《焔よ、我が敵を滅ぼせ》!」

 

 第一射は、特大の火球。

 

 自己否定ーーチート《絶対王権》を否定しました

 燃焼回路ーー自己焼却率91.11%

 

 (ボク)の身長を超えるそれを、口で引き抜きそのまま振ったストーリアで両断し否定する。

 

「《氷よ、我が敵を滅ぼせ》!」

 

 第二射は、特大の氷槍。

 

 自己否定ーーチート《絶対王権》を否定しました

 燃焼回路ーー自己焼却率91.89%

 

 咥えていたストーリアを逆手で握り、振り切り両断し否定する。腕が凍りついたが、青一色になった焔が腕を這い即座に解凍する。

 

「《雷よ、我が敵を滅ぼせ》!」

 

 第三射は、拡散する雷。

 

 自己否定ーーチート《絶対王権》を否定しました

 燃焼回路ーー自己焼却率92.19%

 

 フラつく足で王に向けて歩きつつ、無造作に振ったストーリアで両断し否定する。全身が焦げ付いたか、即座に再生された為異臭のみを残して無傷となる。

 

 続く第四射、第五射、第六射も切断の後否定し、一歩一歩距離を詰めていく。そうして分かったことは、王が、どうしようもなく理解しがたいものを見る顔で(ボク)を見ていること。そして、もう余裕がないことを青褪めたを通り越したその顔はありありと示していること。

 

「さあ、今度こそ死んでもらうぞ」

 

 残り10歩

 

 掠れた声でそう呟き、ストーリアの斬線を閃かせ、着実に一歩を進める。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率92.99%

 

 9歩

 

 苦し紛れに放たれる魔術を全て否定し、着実に一歩を進める。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.08%

 

 8歩

 

 王が後退りをし、俺に向けて叫んだ。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.12%

 

「何故だ! 何故貴様はそこまでして戦える!」

 

 7歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.16%

 

「神に弄られ、自己を否定されるだけの人形が!」

 

 6歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.20%

 

「何故そこまで、他人の為に戦える!」

 

 5歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.24%

 

「この、気狂いめが!」

 

 4歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.30%

 

「貴様を形作る全てが、所詮偽物であることを知らぬのか!」

 

 3歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.34%

 

「余を殺せば、この国は停滞するぞ!」

 

 2歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.38%

 

「そしていつか滅ぶ、それは自明だ!」

 

 1歩

 

 燃焼回路ーー自己焼却率93.42%

 

「知るか、そんなこと」

 

 そうだ。(ボク)がそんなこと知ったもんか。(ボク)はただ、この場でお前を殺せればいい。それでエウリさんを守ることができればいい。それだけなのだ。

 

「それと、確かに(ボク)はもう、自分自身すら偽物かもしれない。でも、このエウリさんへの気持ちだけは本物だ──」

 

 そうだ。もう(ボク)は自分の名前すら思い出せないが、この気持ちだけは絶対に本物だ。それはもう1人の(ボク)だって保証してくれている。

 

「本物が1つあれば、それでいい!!」

 

 0歩。

 そう叫びつつ、逆手で握ったストーリアを全力で王の胸に突き入れた。肉を断ち、骨を断ち、臓腑を割り、命に届いた感触が返ってくる。ああだけど、これだけではどうせコイツは死ぬことはない。だから……

 

「《自己否定》」

 

 自己否定ーー人物名『エペリオン・リット・イシスガナ』の存在を否定しますか?

 

「ブチかませッ!!」

 

 承認

 

 自己否定ーー人物名『エペリオン・リット・イシスガナ』の存在を否定しました

 

 燃焼回路ーー自己焼却率95.55%

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。