あの空に帰るまで   作:銀鈴

78 / 81
76 あの空に帰るまで

 カラン、と鐘がなる様な音が鳴った。その原因は、手に握っていた短剣が地面に落ちたこと。目の前に存在していた、殺そうとしていた男が消滅したことにより、体重をかける相手が居なくなった為の結果だった。

 

 そして必然に、俺の身体も崩れ落ちる。自分の身体を支えていたものがなくなったのだ、短剣の上に、そのまま俺は倒れ込んだ。ああ、この短剣の名前はなんだったか。確か、酷く重要なものだった気がする。なのに、どうにも思い出すことができない。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率95.59%

 

 どうやら、血を流し過ぎたらしい。戦闘時の興奮状態が終わり、意識が朦朧としてきた。頭がボーッとして、ロクに考えがまとまらない。それに薬の効果も切れてきたのか、全身に激痛の予兆の様なものが走り始めていた。これはもう、ダメかもしれない。

 

「あーあ、ここで、終わりか」

 

 ██の全部を、出し◼️った末の、結果だ。

 ███さんとの、思い出が

 ████さんとの、思い出が

 ███との、思い出が

 ██との、経験が

 █████との、訓練の記憶が

 ████████との、死闘の記憶が

 

 何もかもが、青い炎に焼却されていく。主義も主張も信念も経験も想いも全てが、青く揺らめく光の中に溶けていく。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率96.92%

 

「けほ」

 

 力ない咳と共に、べチャリと口から血が吐き出された。それは先程の様な腐ったものではなく、新鮮な紅に染まっている。よくよく考えれば、魔力なんかとうに尽きた状態で強化の魔術を使い続けていたのだ。無理もない。身体なんて、壊れていておかしくない。

 

「まあ、悪くない、かな」

 

 この胸に残る達成感と爽快感だけは悪くない。そう思い身体を返し、崩壊した天井から空を見上げる。そこから見える空は、夜空を示す星空から急速に変化していた。星が消え、夜が去り、雲が現れ、太陽が顔を出し、青空が蘇る。

 

「綺麗な、空だなぁ」

 

 俺は確か、あの空の下に。あの空の下で過ごす日常に、帰りたかったんじゃなかったか。けれど嗚呼、その日常とはなんだったのか。思い出せない、思い出せないが……悪くない。そんな平凡な幸せを想像するのは、最後に悪くない。

 

 そう思い、目を瞑る。瞬間、視界の端に移る数字が跳ね上がった。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率97.44%

 

 自分、が、消え、て無く、なっ、て、いく

 

 数、少な、い、思い出、が

 バ    ラ

    バ   ラ  と、

 崩れ、て、燃  え、て  ◼️く。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率98.00%

 informationーー英雄████の装填を開始

 

 もう、何も、まともに、思い、出█ない。

 だけど嗚呼、この幸いの欠片を、抱きしめて眠りにつこう。もう、そろそろ、疲れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「███さん!」

 

 誰かが誰かを呼ぶ必死で賢明な声に、目を開いた。

 なんだろうかと首を動かし見ると、███さんが、酷く涙で歪んだ顔で駆け寄ってきてくれた。

 …………でも、この人は一体誰なんだろうか?

 

 知っているはずだ──分からない

 知っているはずだ──分からない

 知っているはずだ──分からない

 知っているはずだ──分からない

 知っているはずだ──分からない

 

 けれど、泣かせたく、なかった人の筈だ。

 けれど、ずっと大切だった人の筈だ。

 けれど、幸せにしたかった人の筈だ。

 

 残された意思が最大限に駆動する。燃え尽きた何かを頼りに、最後の閃光を放つべく、限界を超えて駆動する。カチカチと、残された思い出がぶつかり合い響き合い、壊れながら最後の時間を捻出する。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率98.79%

 

「泣かないで、ください。多分、俺の大切だった人。俺はもう、何も覚えてない、けど、泣いちゃ、ダメです」

 

 もうそんな機能が残ってないはずの、震える腕を持ち上げる。そうして持ち上げ伸ばした右腕で、██さんの涙を拭き取った。だけどああ、血が付いてしまった。とても、悪いことをした気がする。

 

 ████の時も、こんなことが◼️った█がする。あれ、なんだっけ。これ?

 

 燃焼回路ーー自己焼却率98.97%

 

「いや……いやですよ! いかないでくださいよ、██さん! このまえ、やくそく、してくれたじゃないですか! わたしをおいてったりしないって、ずっといっしょにいてくれるって!!」

 

 燃焼回路ーー自己焼却率99.02%

 

「すみま、せん。名も知らない、大切な人」

 

 腕から力が抜けた。何か、確かにあったはずの事。なにも、なにも、何も思い出せない。消えている。焼却されている。代わりに無銘の英雄が流れ込んでくる。

 

 知らない記憶

 知らない名前

 知らない言葉

 知らない感情

 知らない術技

 知らない思い

 知らない恨み

 

 燃焼回路ーー自己焼却率99.25%

 

「なんで、こうなるんですか……! むらのみんなも、おばあさまも、おとうさんも、おかあさんも、わたしをおいて、どこかに……ひどいですよ。なんで、なんでみんな、わたしをひとりにするんですか!」

 

 ポロポロと涙を零しながら、███さんが言う。その雫はひどく熱く、大切だった筈の何かを起こしかけては流れ消えていく。青い炎が、ゆらゆらと揺らめいていた。

 

「ごめんな、さいね」

「いやぁ、おいていかないでください、いやですよぉ……」

 

 抱き着かれて泣いてしまっているが、俺にはもう何も出来ない。もう、意識を保っていられるかも怪しい。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率99.36%

 

「ごめんなさい。今の俺には、謝るしか出来ません」

「なんで、そんなふうに、あきらめてるんですか! ███さんは、いつも、あきらめずにたちむかってきたじゃないですか!」

 

 そう言って揺さぶられるが、もう分かってしまっているのだ。自分に残された時間はもう残っていないことが。

 

「そろそろ、時間切れみたいです」

 

 燃焼回路ーー自己焼却率99.48%

 

 自分というものが燃え尽きる寸前、1つ、思い出したことがあった。そうだ、これは言わなければならない。忘れてはいけない言葉だった。

 

「最後に、言い忘れてました。きっと俺は、あなたのことを、心の底から、愛してました」

 

 どうにか笑みを浮かべて、俺は最後の力を振り絞ってそう言った。

 

「いままで██さんをまもってきたなら、わたしのすきなひとくらい、まもってよ、ちーと!!」

 

 バンと、小さな手が大きな力で叩きつけられた。けれどもう、何もかもが遅すぎた。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率100%

 

 世界が、暗転した。

 

 

 私たちが王との戦いに介入してから戦闘終了まで。それはとても、とても僅かな時間だった。数合の斬り合いで何度も王が死に、蘇り、青い炎が爆発した。その爆破で負った傷を治している間に、モロハさんは先行して王を、文字通り消してしまった。

 

「モロハさん!」

 

 そうして倒れこみ、空を見上げたモロハさんに私は駆け寄った。今を逃したらもう、2度とその姿を見ることができない、そんな予感がしたのだ。

 

 全身の痛みを押して駆け寄った直後、私の予感が正しかったことが証明された。本当であればモロハさんだけを、今は私がいるけれど世界から切り抜くように、青い炎が壁として出現したのだ。そして、その火の粉が、また記憶を伝えてくる。

 

 

『一目惚れだった』『笑顔が好きだった』『笑っていて欲しかった』『怒っている姿が好きだった』『泣いている姿が好きだった』『困っている姿が好きだった』『言い切れないほど好きだった』『一緒にいるだけで幸せだった』『大好きだ』『愛している』『依存だと言われた』『割り切ろうとした』『それでも好きだった』『自分なんかより、よっぽど大切だった』『幸せになって欲しかった』『幸せにしたかった』

 

 

 恥ずかしいくらいの流れ込んでくる記憶に動きを止めてしまった私に、震える手が伸ばされた。そして、目に溜まっていた涙が、その指で優しく拭き取られる。

 

「泣かないで、ください。多分、俺の大切だった人。俺はもう、何も覚えてない、けど、泣いちゃ、ダメです」

 

 そんな、言葉が紡がれた。

 焦点の合っていない視線と、生気が失われたような眼、震える手。どこにも外傷はないはずなのに、健康な筈なのに、まるで今にも死にそうなその姿を見て、また視界が滲み出す。

 

 

『日常が幸せだった』『手を繋げて幸せだった』『一緒に街を歩くだけで幸せだった』『自分は釣り合わないと思っていた』『洗脳かもしれなかった』『全部打ち明けようと思った』『嫌われても良かった』『それでエウリさんが幸せになれるなら』『自分は幸せになってはいけないと思っていた』『そんな資格はないと思っていた』『2人で見た街は綺麗だった』『受け入れてもらえて、心の底から嬉しかった』

 

 

 ポタリ、ポタリ、溢れる涙に合わせるように、無数の記憶が雪崩れ込んでくる。

 

 

『自分の命は、この人のために使おうと思った』『命をかけると決めた』『ただただ、この時間が続けば良かった』『それだけで、俺は幸せでいられた』『綺麗、だった』『殺させるかと思った』『絶対に守ると誓った』『守れたけれど、心配させてしまった』『不安にさせてしまった』『心が軋んだ』『それでも、好きだと言ってもらえた』『初めて、血を飲んだ』『美味しかった』『麻薬みたいだった』『ずっと一緒に、そう誓った』『エウリさんを置いて、どこにもいかないと決めた』

 

 

「いや……いやですよ! 行かないでくださいよ、モロハさん! この前、約束、してくれたじゃないですか! 私を置いてったりしないって、ずっと一緒に居てくれるって!!」

 

 気がつけば、そう言葉が溢れ出していた。

 無駄なのは分かっている。記憶がないのも、唯一全部を教えてくれていたから、分かってしまう。それでも、止まらなかった。

 

「すみま、せん。名も知らない、大切な人」

 

 それなのに、覚えていない筈なのに、優しくされる。これ程嬉しくて、辛くて、苦しいことはない。そして、モロハさんの腕が落ちた。

 

「なんで、こうなるんですか……! 村のみんなも、お婆様も、お父さんも、お母さんも、私をおいて、どこかに……酷いですよ。なんで、なんでみんな、私を独りにするんですか!」

 

 私には、お父さんとの記憶がない。お母さんとの記憶も殆どない。代わりに育ててくれた村のみんなは、死んでしまうかいなくなってしまった。1番親しくしてくれていた、お婆様も死んでしまった。唯一残ってくれたフロックスさんも、気にかけてはくれるけどそれだけだ。

 隣に立って、一緒に歩んでくれるのは、モロハさんしかいなかった。なのに、そのモロハさんも私をおいて何処かへ行こうとしている。

 

「ごめんな、さいね」

「いやぁ、おいて行かないでください、いやですよぉ……」

 

 最後の糸に縋るように、全力で回復魔術を行使する。けれど、手応えは一切なかった。けれど私の愛した人が、モロハという人間が、確かな手応えを持って消えて行くのが分かってしまう。

 

「ごめんなさい。今の俺には、謝るしか出来ません」

「なんで、そんなふうに、諦めてるんですか! モロハさんは、いつも、諦めずに立ち向かってきたじゃないですか!」

 

 閉じようとするその眼を認めたくなくて、起こすように揺さぶるけど止まらない。

 

「そろそろ、時間切れみたいです」

 

 悪足掻きをしている私に、明らかに無理をしている笑みを浮かべて、モロハさんが言う。

 

「最後に、言い忘れてました。きっと俺は、あなたのことを、心の底から、愛してました」

 

 そしてその目が、今閉じられた。同時に殆どなかったが活性化していた魔術回路が停止し、魔力の流れが消滅した。端的に言って、それは死と同等の現象だった。

 

「今まで██さんを守ってきたなら、私の好きな人くらい、守ってよ……ちーとだって言うなら!!」

 

 間に合わなかった。そんな事実を受け止めたくなくて、ドンとモロハさんの胸を叩いた。奇跡などない。そんな事実を突きつけるように何も起こらない現実に、堰を超えて涙が溢れる。落ちた先の服に染みを作っていくそれをどうすることもできず、蹲ることしか出来ない。

 

「嘘つき……」

 

 ついそんなことを言ってしまった直後のことだった。

 

 静かに、モロハさんの左眼が開いた。




書きながら聞いてたBGMは、さユりの十億年でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。