自己否定ーー最終sequence《魂の焼却》が完了しました
自己否定ーー魂の焼却率100%
自己否定ーー記憶の焼却率100%
informationーー最終スキャニングを開始
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informationーー最終スキャニングが完了しました
informationーー現在の肉体に人格情報は存在しません
informationーー現在の肉体に記憶情報は存在しません
informationーー人間『欠月 諸葉』は焼失しました
informationーー全工程が完了しました
自己否定ーー英霊の装填率50%から変動しません
informationーー問題ありません
informationーー抗うことは不可能です
informationーー役目は果たしました。自己否定はシステムを終了します
無機質な表示だけが存在する空間。そこでは今、延々と動作の事後処理が行われていた。
宿主であったものの消滅の確認。
成り代るべき英雄の存在の確認。
その時代、その文明を、否定する為だけの装置の完成を目指し、チートは駆動していた。
そう、けれどその全てが過去形である。もう終わったのだ。終わってしまったのだ。何もかもが、もう既に手遅れであった。自己否定というシステムは動作を終え、成り代るべき英雄であるアマリリスは、そのことを拒絶しているが意思だけで争うことができるものでもない。
故に何もかもが終わっていた。終わり続けていた。不可逆の道を、1人ですらないモノが突き進んでいた。
『嘘つき……』
そこに、一滴の涙とたった1つの言葉が落ちる。
深い悲しみと後悔と信じたくない気持ちと、軽蔑と八つ当たりと否定が混じり合ったものが加えられる。
それは、少女が気紛れに落とした涙と零した言葉。ありふれた悲劇を綴る最後の言葉。けれどそれは、同時に英雄が再起する言葉でもある。少女の涙と悲嘆の言葉、それを受けて再起しないものが英雄と言えるだろうか? 否、断じて否である。
けれどまた、普通であるならば再起が不可能であることもまた事実。己の意思が、記憶が、自我が消えてなお蘇る者は化け物だ。戦い続ける鋼の意志を持つのは、常識はずれの英雄だ。
模███ーーアクセス失敗
だが、どうだ? 『欠月 諸葉』という人間は……いや、自分を守る為『欠月 諸刃』と無意識に名乗る様になった
模倣██ーーアクセス失敗
模倣転█ーーアクセス失敗
だが、それでもまだ足りない。意志の強さがあるだけで何とかなるほど世界は甘くない。何せ、その意志自体が消滅しているのだ。故に、それを取り戻すことが必要である。
そしてモロハには、自己否定を起因としないチートが、世界を騙すズルが2つ備わってる。それはかつての親友の形見である《肉の鎧》と、必要として奪った《模倣転写》。使う意思がなければ意味のないチートだが、後者は名の通り力を模倣するチートである。そのチートにコピーされていた力は、転移ともう1つある。それは、なんだったか?
模倣転写ーーアクセス成功
模倣転写ーー再起動、成功しました
模倣転写ーー残稼働時間 : 1000秒
模倣転写ーー選択 : information起動
それは、informationと表示される、自己否定のスキル。使用者の意識がない時であろうと、常に稼働し続け力を振るう能力。しかも自己否定という括りから解き放たれた、あくまで模倣転写というチートのinformationである。
故に、あり得ないことが現実化する。
何もかもを模倣する力に、仮初めの意志が宿る
不可逆が可逆に変更される。
しかし、これでもまだ足りない。0が1に変わっただけで、解決に至るには何もかもが不足している。その理由は単純で……出力不足なのだ。コピー時に様々なものがトリミングされたせいで、根本的な出力が致命的に足りていないのだ。
故に時間制限が架され、終わるまで見ていることしかできない。そう。その筈だった。
『そうだな、認めるわけにはいくまい。労働には、それ相応の対価が存在するべきだ。そして、我が認めし英雄を使い潰すことなど、許すと思うたか』
だが、ここに上位竜というイレギュラーが介入する。ただ不満だから、そんな理由で介入した最強生物。魂だけと侮るなかれ。上位の存在に限るが、この世界での竜の肉体など、あくまで現実の世界で安定して過ごすための依代に過ぎない。魂のみ状態でも城を吹き飛ばす大破壊を引き起こす力を持つのが、竜という存在だ。
そんな怪物に気に入られていたことが。一方ではあったが、その魂と共に在ったという事実が、1だった可能性を跳ね上げる。
『気が効くな。では我も、相応の対価を差し出そうではないか』
更に、ディラルヴォーラの戯れがプラスされる。『英雄の過去を追体験する』そんなことを行なっていたことにより、本人以外で唯一完全な記憶をディラルヴォーラは保持していたのだ。
『随分と率直な物言いではないか。だが、我に何を差し出し協力を請う? 我が認めたモロハでない以上、供物がなければ我は動かぬぞ?』
そして竜とは、単体で最も強い生物であるが故に、何もかもに正直な生物である。己の心にも、気持ちにも、そして対価にも。それは、交渉するに足ると認めた相手が正当なモノを差し出せば、その分の協力は取り付けられることを意味している。
『良かろう』
そしてここに、全ての条件が整った。
少女の涙。
宿主の意志なく動く、模倣の力。
再配置するべき記憶。
不足する出力を補う圧倒的な力。
不可逆への反逆が、始まる。
◇
開かれたモロハさんの左眼。兎の様な赤いその眼に、ボウと光が灯った。青い炎に囲まれる中、段々とその光は増していきある1つの物を形作る。
「これって、魔法陣……?」
自分の口から出た知らない言葉に違和感を感じている間に、その精緻な文字が刻まれた回転する円形の陣は、刻一刻と存在を確かにしていく。
そうして、床と垂直になる様に1つの陣が現出する。見たことのない文字が踊り、様々な図形が重なり合い絡み合うそれは、どんな魔術や魔法の知識を使っても読み解くことができない。
「こんなのどうすれば……」
きっと大切な何かであると思われるそれを前に、呆然としながら言った次の瞬間だった。勢いよく陣が回転を始め、図形や文字がズレその中心に空間を作っていく。
その空間に何か文字の様なものが出現し、物凄い勢いで流れ始める。訳の分からない状況に怖さを感じていると、突然その流れが止まり、よく慣れ親しんだ文字で書かれた文が出現した。
◇
自己否定ーー最終sequence一時停止
燃焼回路ーー自己焼却一時停止
◇
ジッと見られている様な感覚とともに、読み解いた文はそこで止まっていた。それは私に何か選択を迫っている様で、肝心なことはなにも言ってくれていない。でも、嘘にしたくないことだけは確かにある。
「私は、また、モロハさんと、一緒に……生きたい!」
それだけは、誤つことのない真実だ。
また一緒に過ごしたい。また一緒に話したい。それでフロックスさんとのことも聞いて、言い訳を聞いたり怒ったりして、仲直りするのだ。そうして、いつか聞いた『お墓参り』なるものをしたり、何処か定住できる場所を探したりして、平和に日常を過ごすのだ。
それくらいの、ありふれたちっぽけな、細やかな日常を過ごしたい。高望みをしていいならば、戦いなんて無縁の日々を過ごして見たい。
◇
Power assistーー接続 : 黒崩咆ディラルヴォーラ
◇
夥しい量の文字が、恐ろしいほどの勢いで流れていく。そんな中、見馴れた名前を見かけた。つい先程まで、私に協力してくれていた偉大な竜の名だ。
「私にも、何か出来ること、ないのかな」
そのことは嬉しい、嬉しいけれど……私だけ何も出来ていない。私の知らないところで、何かが勝手に進んでいく。それだけが、どうしても怖かった。
◇
◇
「思い出……」
何か、モロハさんが思い出せるようなこと……私に、何か出来ることがあるのだろうか。いや、私にしか出来ない何かがある筈だ。
「そう、だ」
人前でするのは少し恥ずかしいけれど、幸い今は誰も見ていない。青い炎の壁が全てを阻んでくれている。だから──
「んっ」
唇を噛み、流れる血を口に含む。広がる血の味と、鼻に抜ける鉄臭い匂い。それを留めたまま、モロハさんに口づけした。そして、口の中に溜めた私の血を流し込んだ。
唇の間から血が溢れ、肌を伝って地面に垂れていく。それは何故かひどく背徳的で淫靡な感じがして、頬に熱が集まるのを感じる。それでも、深いキスを続ける。それがきっと、モロハさんが戻ってきてくれるきっかけになると信じて。
「戻ってきて、くださいよ……」
そしてたっぷり数十秒間も続けた後、ダランとして力の抜けたモロハさんの身体を抱きしめた。
◆
いろいろなものが、ながれこんできた。
たいせつだったはずのきおく。すきだといってくれたひとのきおく。
すきだった記憶。おいしかった記憶。そして、昔のわすれていた記憶。知らない森の、ちいさな女の子の記憶。
戦いの記憶。愛した記憶。何のために、誰のために戦っていたかの理由。
それらを通じて、自分がどんな人間だったかを思い出す。作られた人格をベースに、『欠月 諸刃』という人間がどんな人物だったのかを思い出す。
熱い血とキスの感触が、壊れた自分を繋ぎ合せて欠けを埋めていく。同時に、どうしようもなく自分が本人ではない感覚も湧き上がってくる。
「まあ、そうなると思っていたよ」
意識がはっきりしたと思った途端、世界は一面の花畑に変わっていた。レモン型の月が浮かぶそこに、いつの間にか俺と、アマリリスさんは座っていた。
「あっ……」
「人格を再現するなんて、幾ら君たちのチートとはいえ随分と無茶だ。しかもボクも手助けしたとはいえ、成功するなんてね」
微笑んで言う師匠に、何も言うことができなかった。何を言えばいいのか、分からない。いや、そもそも言葉とはどう口にするんだったか。
「喋れないなら、まあそのまま聴いてていいよ。
自分を見失って壊れそうになってるキミに、先達としてアドバイスだ。まあ、最後に壊れたボクが言えることかも分からないし、そもそも受け売りなんだけどね」
ボクの槍を改修してくれた、あの銀色の子が言っていたことだ。そう前置きしてから、アマリリスさんは話し始めた。
「スワンプマンっていう思考実験らしいんだけどね。
ある男が沼にハイキングに出かける。この男は不運にも沼の傍で突然雷に打たれて死んでしまう。その時、もうひとつ別の雷がすぐ傍に落ち、沼の汚泥が不思議な魔法反応を引き起こし、死んだ男と全く同一形状の人物を生み出してしまう」
そういえば、どこかでそんな話を聞いた記憶があるような気がする。地球で……だったか、よく思い出せないけど、多分そうだったはず。
「この落雷によって生まれた存在を、沼男……スワンプマンと言う。スワンプマンは細胞やそれを構成する、もっと小さな粒まで死んだ瞬間の男と同一の構造をしており、見かけも全く同一だ。もちろん脳の状態も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全くの同一。そして沼を後にしたスワンプマンは死んだ男が住んでいた家に帰り、死んだ男の家族と話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みながら眠りにつく。
さて、それは死んだ男と同じ人物であると言えるのかな?」
それは、どうなのだろうか。
外から見ればそれは、何も変わらない筈の人物だ。何から何まで同一の存在で物質で、誰も変わったことに気付かない。それは本人と言えるのではないか。
内から見ればそれは、どこかおかしい筈の人物だ。死んだ男の心はそこで死んだ筈で、蘇ったスワンプマンは別人といえるのではないか。
では、俺はどうなのだ?
身体は同一。
記憶は同一。
知識は同一。
経験も同一。
力も同一。
けれどその魂は、心は、本当に同一なのだろうか?
俺は『欠月 諸刃』という
奇跡なんて存在しない。どこかで見たそんな言葉が、頭の中に蘇った。そうだ、現に出ているチートの表示だってそうじゃないか。『復元』ではなく『再現』、この時点でそもそも『俺』と『俺』は別人であるのではないか。
途端に、自分という存在が揺らいだ。自分の存在が信じられなくなる。自分なんてものが生き返っていいのか怖くなる。ああ、そうか。これが恐怖か。この感覚も随分と、久々だ。
「ボクもね、この問いの答えは教えてもらってないんだ」
身体を抱いて震える俺に、そんな言葉が投げかけられた。無責任なような、けれど納得しているような声。
「でもね、ボクは同じだと信じているんだ。
生きている間ボクは、何度も何度も殺した筈の相手が蘇るのを見た。キミも確か、王を殺してたから分かるかな。間違いなくあれは、同じ人間だったよ」
「確、かに」
「それともう1つ。ボクがここにいること自体が、その証明だ。何せボクはボクであると、胸を張って言えるからね」
ドンと胸を叩いて言うアマリリスさんの言葉には、妙な説得力があった。確かに嗚呼、言ってしまえばそうなのだろう。要は心の持ちよう1つで、どちらにも傾くと言えないこともない。
「だけどボクは、この答えを正解だと強要はしないよ。何せこれは、あくまでボクの意見であって、キミの考えじゃない。あくまで参考の1つにしてほしい」
「そんな、無責任な……」
「そうだよ、ボクは死者。無責任で上等だよ。
それに、キミが駆け抜けたこの世界は広いんだ。これが絶対に正しいなんてもの、あるわけがない。ボクのように本人と言う人もいるだろうし、そんなのは気持ちが悪い化物で別人だと言う人だっている筈だよ」
「だからモロハ、キミはキミだけの答えを見つけるんだ。それが見つかった時、それがきっと自分を取り戻すことができる時だから」
花が、空高く舞った。
笑顔でそう告げたアマリリスさんが、自分の手を自分の胸に突き刺したのだ。そしてコフッと赤い血を口から零し、花畑に倒れこむ。
「ボクがいたら、キミはキミとしていられなくなる。必ずキミの力が、キミをボクにしようと暴走する。だからこそ、ここでお別れだ。短い間だったけど、悪くない旅だったよ」
「待っ──」
伸ばしたこの手が届かない程速く、遠く、花畑の情景が遠ざかっていく。そして訪れる浮遊感と、自我が希薄になるような吐き気を催す感覚。
「て、師匠!」
次の瞬間には、俺は、王城の中へ戻っていた。エウリさんに抱きしめられ、消え去る花畑と師匠の幻影に手を伸ばした形で戻ってきていた。同時に魔法陣らしき物体が砕け散り、赤い光を撒き散らして消滅した。
「は……?」
温かさと柔らかさと、同時に突きつけられる圧倒的な情報の波。何故が頭の中で連続し、即座にそれが意味のないことだと悟り切り替える。何かが致命的に狂ったこの状況に、何故ではなく真実を探す。
チートが開示してくれた情報から、なんとなく現状を察することができた。自分を助けてくれたこのチートに何かをしたいが、それを考える時間も実行する時間も致命的に不足している
直後、左眼に突き刺すような痛みが走り文字が全て消失した。目が覚めてからたった数秒で、色々な出来事が起こりすぎて頭が混乱する。そもそもまだ、俺が俺であるかどうかすら決めることができていない状態だと言うのに、これ以上問題を押し付けられても何もできるわけがない。
頭を掻き毟りたい衝動を、一度深呼吸する事で抑える。チートか働いた気配はないが、うん、少しは落ち着いた。その直後、身体が仰向けに押し倒された。
「っ痛」
突然のことで受け身も取れず、頭を強かに打ち付け視界が明滅する。そんな視界の中、顔に落ちてくる水滴を感じてなんとか目を開ける。そこには、涙を落とすエウリさんの姿が目一杯に映し出されていた。
「えっと」
この状態で、俺は何を言えば良いのだろう。紛い物かもしれない俺が。ただいまだろうか。それとも謝罪だろうか。そんな風に迷っていると、震えた声でエウリさんが言った。
「モロハさん、ですよね?」
でも、そうか。やっぱり俺が紛い物であったとしても、エウリさんを泣かせるというのは嫌だ。絶対に。だからきっと俺は、俺で良いのだろう。我思う、故に我ありと言うように、自分が自分として……前と同じ自分かは分からないが存在していることだけは確かなのだ。
「呼び方、戻ってますよ」
そう言って、涙を零すエウリさんを抱きしめる。その温かさを感じながら、まだボンヤリとしているままの頭で自問自答に一旦の区切りをつける。
そもそも人間なんて、その時々によって変わりゆくものなのだ。前の自分と全く同一の自分なんて存在せず、変わった自分しかいない。今自分を騙す結論としては、これくらいで丁度良い。
そして心を決めたなら、言う言葉は決まっている。
「心配掛けてごめん。ありがとう。
それと──ただいま」
「おかえり、なさい!」
失ったもの
愛槍
アマリリス師匠
自己否定、及びそれに付随するチート
模倣転写内のinformation
ディラルヴォーラとの接点
得たもの
未来