あの戦いの後、姫さまへの政権の交代やらなんやらは、予想よりもずっと早くスムーズに終了した。
その理由は幾つかあって、第1に『そもそも住民からの信頼が厚かったこと』が大きい。王族ではあったけれど、一般市民と同じ市場で食べ物を買い、生活し、貴族が疎んだり排斥したりするような人物でも、能力さえあれば採用していたことが結構デカかったらしい。
第2に『受け継がれた《絶対王権》』の存在がある。姫さまが長年にわたり工作していたお陰で、手が回っている貴族の数はそもそもの話半数を超えていた。それでも尚反対する貴族は……正確には再三の忠告を無視して横領などを続けた悪徳貴族は、姫さまの《絶対王権》により、証拠を持ち出してきて自白するという逃れようのない方法で処されている。『全てが潔白でなくてはならない』ではなく、『必要分の汚れは容認する』スタイルであったことも大きく響いた。
第3にあるのが『生き残りの勇者』の存在だ。今の俺のボロボロの姿と共に、今まで使い捨て兵器として使われていた勇者の現状が次々と暴露されたのだ。それにより、姫さまを含む王家への信頼は失墜。けれど姫さま個人に関しては、『鎖の勇者(鎖是くるみというらしい)からの嘆願で決起した』ということにしたことと、勇者二世たちからの指示もあり、信頼が0に落ちることはなかった。
その過程で何故か、俺に『悲劇の英雄』なる呼び名が増えたけれど正直あまり気にしていない。
最後に『姫さま自身が有能だった』ことが最も大きい。この国で最も強い魔術師というのは嘘偽りなく、武術もそれなり以上に納めている。それでいて政治や財政についても、クーデターを起こすため嗅ぎ回っていたため明るく、少々の問題こそあれど皆に歓迎されたとか。
まあそんな感じで姫さまは晴れて戴冠して、女王となった。何気にこの国設立以来初の女性王でもあるらしく、記念硬貨が発行されていた。
そして戴冠により、姫さまが抱えていた問題も幾つか解決した。
1つ目は縁談。曰くクソみたいな奴との縁談の話は、『国がこんなに荒れている状況で、私が嫁に出たら国が滅ぶだろ馬鹿め』と言った感じで突き放したらしい。実際は、壊れた街などは1日で《絶対王権》と《昇華》《固定化》の合わせ技で再生しているのだが。
屋敷が再生してくれたお陰で、俺たちも住む場所に困ることがなくて安心した。
2つ目は貧困。今までは部下に払うお金を捻出するために、自身の食費や趣味費を削りに削っていた姫さまだが、それでは民にも他国にも示しがつかないと、今では普通の食事を普通の量食べれるようになった。
一応直属の部下扱いの俺たちも、前より美味しいご飯が食えて満足できる変化具合だった。
と、まあこんな感じで日常が過ぎていくこと、はや半年。
政変及び政権交代の衝撃もなりを潜め、統治が落ち着き、生活が安定してきた頃……俺たちは、エウリさんたちの集落があった森へと来ていた。
「なんというか、感慨深いなぁ……」
あの時焼け焦げた建物は既に緑に覆われ、天高く聳える3本の大樹が村だったこの場所を見下ろしている。ここで過ごしたあの暖かい日々は、1年も経ってないのに、どこかもう遠くのように思えてしまう。
「そうなんですか?」
「そりゃあ、まあ。色々あり過ぎましたから」
戦って戦って、何かを考える暇もないほど戦って。エウリさんと、その、改めて思うと気恥ずかしいが結ばれて。死んで、蘇って。そうして今、俺はここにいる。
その間、一度も挨拶に来ることができなかったのだ。チートが無くなったからもう幽霊を見ることはないとは言え、どうしようもなく緊張はしてしまう。
「でも、その前に」
大樹の根元に広がる花畑に足を踏み入れ、石碑に纏わりついていた苔や雑草を収納して取り払う。僅かにしか残ってないチートでも、これくらいの『ちょっと便利な力』ならまだまだ問題なく使える。
「お線香、ちょっと持っててくれます?」
「あ、はい」
そのことを確認しつつ、エウリさんと2人で石碑の前に座る。同時に多分先生か誰かの遺品であるライターを取り出して、エウリさんに持って貰ったお線香に火をつける。その火を振って消し、何故か王都にも存在していたお線香をあげる。
改めて説明しろと言われると分からないが、御墓参りはまあこんな感じで良かったはずだ。花はたくさんあるし、お供え物は……ほら、持って来るまでに腐っちゃうから。
「それじゃあ」
そう呟いてから、目を瞑り手を合わせる。まあ片手だから、あまり良い格好ではないが。
そして、今まであった色々なことを報告する。戦いのことを始めとして、一から十まで色々と。そうして満足いくまで話をした時には、大体5分程の時間が経過していた。
けれど、隣を見ればエウリさんはまだ手を合わせて目を瞑っていた。きっと俺なんより、積もる話が色々とあるのだろう。なにせ、自分を育ててくれた親代わりの人だ。たった1週間過ごしただけの俺なんかとは、比べられるはずもない。
「ですよね、師匠」
石碑に背を向け、一面の花畑を見ながらそう呟く。折角この場所に来たのなら、アマリリス師匠にも挨拶はしなければならないだろう。何せ師匠も、掛け替えのない……けれどもう失われてしまった大切な命の恩人だ。
お線香の匂いが立ち込める中、俺は他2つの木の根元にも線香をあげる。鈴森と、魔法少女の勇者と瞬間移動の勇者。良い思い出はないが、死ねば皆骸だ。それに──
「俺が殺したうえ、力だけはずっと借りてるしね」
お墓に適当に買ってきたお酒を置いて、もう一度手を合わせる。今俺が使えるチートは、元々持っていた《亜空間収納》と、元は鈴森の物であった《肉の鎧》、そしてinformationが消えたことで使えない転移の《模倣転写》の3つ。その中で《肉の鎧》は、義足を動かすために日常的に使っているのだ。殺しにきた相手だろうと、感謝は伝えねばなるまい。
「さて」
閉じていた眼を開きそう呟いて手を下ろすと、その手が柔らかい何かに包まれた。見れば、いつのまにか隣に立っていたエウリさんが、手を繋いでくれていた。
「終わったんですか?」
「はい。いろいろと、ほうこくしてきました。そういうモロハはどうなんですか?」
「こっちもまあ、ぼちぼちですね」
やりたかったことは、もうあらかた完了している。なら後は帰るだけだ。愛する人と一緒に、我が家へ。
「それじゃあ、かえりましょうか」
「ですね。フロックスさん達も待たせちゃってますし」
あくまで俺たちは、ここに2人だけで来た訳ではないのだ。『悲劇の英雄に今死なれては困る』という理由で、森の外には護衛の人たちが少し存在している。古樹精霊の森の中ということで2人きりになることが出来たが、あまりにも長く戻らないと心配させてしまう。
「それもそう、ですね」
そんなことを話しながら、指を絡め手を繋いで、村の入り口に向かって歩いていく。隻腕の俺にとってはかなり危険な行為なのだが、今この時くらいは良いだろう。
「そういえば、いきおいでいえをかっちゃいましたけど……おかね、どうするんですか?」
「この前姫さまから、『新人の兵士扱く仕事就かない? 金は相応に出すわ』って言われたので、ボチボチ返済していこうかなーって」
別に大きい屋敷などではない、特別な所のない小さな一軒家。それが我が家だ。まさか成人する前に家を持つなんてことになるとは思いもしなかったが……帰るべき場所があるというのは、そこで愛する人が待っていてくれるというのは、存外に悪くない。金銭的な負担を負って尚、有り余るほど幸せに溢れている。
「しばらくいそがしくなりそうですね……」
「それがなんか、俺の戦い方は特殊すぎるからしばらくはゆっくり休めって言われてるんですよ」
それが姫さまの気遣いなのか、事実なのかは俺には判別のしようがない。けれどしばらくの間
「いままでが、はたらききすぎだったんですよ。わたしもいっしょにいますから、ゆっくり、やすみましょう?」
「ええ。ここ数ヶ月、別の意味で忙しかったですし」
俺が俺なのかという問いには、未だ答えを出すことは出来ていない。けれどこれは、きっと俺が一生付き合っていかなければいけない問題で、すぐに答えを出してはいけない問題だ。
でもきっと、愛する人と一緒になら付き合っていけるし、先送りではない答えを見つけることができるはずだ。何せこれから、長い長い時間があるのだから。
〜Fin〜