「現時刻をもって篠ノ之箒を日本代表候補生に任命、及び作戦行動への参加が決定された。専用機は紅椿だ」
「・・・・」
千冬の言葉に箒は何も反論せず、ただ拳を固く握りしめる。
彼女は耐えていた。湧き出てくる怒りに。
平然を装っているが千冬だって本心じゃないとわかっているからだ。
これは政府からの指示であることは箒にも事前に連絡があり知っていた。
(姉さん……あなたという人は本当にッ!)
箒の鋭い視線の先には束がいる。
しかし、睨みつけられているというのに束は箒に軽く手を振っていた。
その行動がさらに箒の怒りを溜めさせていく。
「はいはーい!それじゃ待ちに待った紅椿の授与だよ~」
場のピリついた雰囲気など知らんと言わんばかりに笑顔の束が紅椿を手に持ち、箒に近付く。
(一発…全力で一発殴ろう)
そう決めた箒は静かに拳に力を入れていく。
チャンスは最も近付く時――紅椿が手渡される瞬間だろう。
「はい、どうぞ~」
束が紅椿を箒に差し出し、それを受け取る瞬間——
「——ッ⁉︎」
紅椿を受け取った体制のまま箒が動かなくなる。
その顔はとても困惑しており、先ほどまでの怒りは薄れている。
「そんなにお姉ちゃんの手を離したくないなんて照れちゃうな〜グヘヘ〜」
「そ、そんなんじゃありません⁉︎」
束の言葉によって箒は素早く束から距離を取る。
「恥ずかしがり屋なんだから、もう〜」
「違います!絶対に!」
「またまた〜ほんとはだいすk「いい加減にしろ束」痛い痛い痛い!」
あまりの束のウザさに千冬がアイアンクローで割って入る。
「篠ノ之、乗りたくなければ乗らなくても構わん。無理強いはしない。上が何を言おうと作戦の最終決定権は現場を任されているこちらで決める」
「そうだよ箒、無理に乗ることねぇーって!」
耐えきれなくなった一夏が身を乗り出す。
「……乗ります」
「なっ⁉︎」
「篠ノ之、本当にそれでいいんだな?」
「はい、紅椿を使うのが最善だというのならそれは私にしかできないことです。多くの人が危険に晒される可能性がある今、私情を気にしている場合ではありません」
「箒…」
「いいんだ、一夏」
箒に優しく微笑まれた一夏は何も言えなくなる。
否、何を言ったらいいのか分からなかった。
その微笑みが嬉しそうにも悲しそうにも見えたからだ。
★
「なるほどな~こりゃ大変だ」
旅館のとある一室。
そこでノートパソコンに向き合う人影が一つ。
「【
最重要軍事機密と呼ばれるものを見ながら鳴海優、つまりは暮見雄二は愚痴をこぼす。
「敵は広範囲殲滅を前提に作られている軍事用ISでそれを子供に全て押し付けるとはねぇ~」
状況と戦力を見ればこれは最善の選択である。
この指示をすぐに現場に出したものはとても優秀だ。
「そんでもって紅椿をつかった電撃的な作戦か。理にかなっているな」
紅椿のスペックなら十分、いや、十二分にやれる。
まさにこれ以上ないと言ってもいい理想の作戦——
「——っざけんじゃねぇ!」
雄二の拳が画面を貫く。
もちろんパソコンは機能を失い動かなくなった。
「…あっ、またやっちまった」
今のパソコンは今日二台目だったのだ。
「束のやつ、何考えてんだ…」
天才をもってしても天災の考えは読めなかった。
★
「——終わったのか?まだ10分程度だが」
部屋から箒とともに出てきた束に千冬は問いかける。
「あったりまえじゃん!束さんにかかればフィッティングからの調整なんて10分あれば余裕余裕!」
――ブイブイ!
両手でピースする束を無視して千冬は箒に指示を出す。
「作戦開始まで20分を切った。篠ノ之、お前はこれから時間一杯までオルコットたちから高速戦闘についてのレクチャーを受けろ」
「はい」
返事とともに箒は会議室の方へ小走りで走っていった。
箒が廊下の角を曲がり、見えなくなったところで千冬は束の方を向く。
「どったのちーちゃんムスッとして。可愛い顔が台無しだぞっ☆」
「……どういうつもりだ」
「どういうつもりってなにが?」
「とぼけるな、今回の作戦のことだ。上層部に紅椿のデータを送り、紅椿を作戦に組み込むように誘導できるのはお前しかいない」
「あー、そのことね。誤解だよ誤解。私はただちょーっと紅椿のことを自慢したかっただけだったんだけど――」
ドンッ‼︎
千冬が束の胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。
「いった~い。急に何すんのさ」
「——いい加減にしろよ、束。私は今だいぶ頭にきてるんだ」
そこには教師としてではない織斑千冬がいた。
「ふーん、それでちーちゃんは何が気に食わないのかな?今回の作戦?箒ちゃんが紅椿に乗ること?私がデータを見せたこと?いっくんが作戦に参加すること?もしくは…」
――それを止めない自分自身のこと?
「――全部だ。全部気に食わんッ!だが一番頭にきていることはお前がその手で箒を危険な目に合わせようとしていることだ!」
「・・・・」
「忘れたなんて言わせないぞ。私たちがあの事件を起こして、奪ってしまったんだ!」
千冬の怒りは束だけでなく自身にも向いていた。
「家族との暮らしも好きなことをやる自由も……そして…」
束を掴む腕が震え、表情は悲痛なものへと変わる。
「慕っている兄をも奪ってしまった」
「・・・・」
「——束、これ以上箒から何を奪うというんだ。私たちが守ってやらないといけないんじゃないのか?お前は唯一箒に接してやれる家族なんだぞ」
「・・・・」
「なんとか言え!」
千冬の手にさらに力が入り、ついには殴ろうかという瞬間——
「信じて」
一言。たった一言だけ束の口から千冬へ向けての言葉が紡がれた。
その言葉で振り上げていた拳が止まる。
「箒の為だというのか?」
「・・・・」コクリッ
「・・・・」
「・・・・」
わずかな沈黙の後、束の胸元から千冬の手が離れる。
「——信じてやる」
「ありがと。やっぱりちーちゃんは優しいや」
「うるさい…」
「ん?照れてるの~?」
「うるさいと言ったのが聞こえなかったか?」
「痛い痛い!」
教師として、天災として二人は会議室に戻っていった。
★
「ほんとに良かったのか?」
作戦開始直前、一夏がポツリとつぶやいた。
誰に向けてのものは言わずともわかる。
「正直、多くの人が危険に晒されているからと言ってもあのようなやり方は納得出来るものではなかったのは事実だ」
「
「あぁ、今はもう違う」
一夏には一体何が影響を与えたのか見当もつかない。
そんな一夏に箒は答え合わせをするように続ける。
「紅椿を受け取る瞬間の事だ。私は家族として、姉さんの事を思いっ切り殴ってやろうと思っていたんだが……殴れなかった」
箒は自身の手を見つめながら、その手を開いては閉じる。
「僅か…ほんの僅かだったが、確かに姉さんの手は震えていた」
「束さんが!?」
「——そう、あの姉さんがだ。今まで一度だって姉さんが震えているところなんて見たことがなかった。そんな人が震えていたんだ…」
その衝撃は箒の怒りをも超えたのだ。
そして気が付いた。
「この紅椿を渡してきたのには必ず理由がある――それはきっと、とても大事な理由なんだ。だから私は姉さんを信じてこの紅椿に乗る」
「そっか……ありがとな、そんな大事なこと話してくれて」
気恥ずかしくなったのか箒は顔を赤らめてそっぽを向く。
「お、お前があまりにもくどかったからだ!別にお前だから話したわけではない!」
「わかってるって」
「あっ、いや…別に誰にでも話すというわけでは…」
「ん、なんか言ったか?」
「——なんでもない!」
(なんでそこで怒るんだ…?)
不機嫌になった箒に一夏は困惑する。
「貴様ら、いつまで喋っているつもりだ?」
そんなところへ割って入ってくるものが一人。
参加者の一人である零士だ。
「あっ、すまん天馬」
「ふん、貴様らは俺様の足を引っ張らないようにすることだけ考えておけ」
「相変わらず口悪いな天馬は。そんな言い方ないだろ」
天馬の高圧的な態度に一夏の眉間にシワがよる。
「まぁ、落ち着け一夏。天馬の奴は目の前のことに集中しなければ危ういと心配してくれているのだ」
「——は?貴様、今のがどうなったらそうなる」
箒の言葉に天馬の眉間にもシワがよる。
一夏の方は逆にシワがなくなり、呆気にとられている。
「そんなものわざわざ声をかけてきたのがいい証拠だ。言い方はどうあれそれは私たちを心配してくれたという事に変わりない」
「・・・・」
「箒、それはちょっと無理がないか…?」
さすがの一夏も箒の言葉を認められない。
「無理も何もない。事実だ」
「——付き合ってられんな」
数秒したのち天馬は離れていく。
その顔は呆れており完璧に毒気を抜かれてしまっている。
「味方同士でいがみ合う必要なし」
そう言ってにこりと笑う箒。
そんな箒を見て一夏も笑う。
「ハハハ、なんかまるで…」
――雄二兄ちゃんみたいだ
一夏は懐かしい姿を箒に見た。
・
・
・
『これより作戦を開始する。準備はいいな!』
「はい!」「おう!」「ふん」
掛け声とともに紅椿に掴まり、出発する。
後ろを見ればすでに海岸は小さくなっている。
(なんつうスピードだ…)
紅椿のスピードに驚愕するがもう一つ俺は驚愕する。
(このスピードと同じ…?いや、それ以上か…?)
俺を乗せた紅椿の斜め前方には黄金に輝くISを纏った天馬がいる。
束さんの作った紅椿と同等以上の速さがあるなんて驚かないわけない。
改めて出鱈目な機体だということを実感させられる。
「一夏、もうすぐだ。目標も既に視覚出来るはずだ」
作戦開始から数分。
アプローチ地点は既に直前だ。
「あれが福音か」
白式のハイパーセンサーが目標を捉える。
機体名にふさわしい全身銀色のボディに頭部から生えた一対の巨大な翼。
その異質な翼は資料によるとスラスターと武器を融合させたいシステムらしい。
「加速するぞ!目標との接触まで10秒だ。集中しろ!」
「おう!まかせろ」
雪片を握りしめると同時に紅椿が加速をする。
その速度は凄まじく、高速で飛翔しているはずの福音との距離をあっという間に縮めていく。
五、四、三、二…一!
「はああああっ!」
零落白夜を発動とともに瞬間加速で一気に間合いを詰める。
(とった――!)
雪片の刃が福音に触れる、その瞬間。
『La……♪』
「なにっ!?」
奴は最高速度のまま体を一回転することでこちらの攻撃を回避した。
それも僅か数ミリの精度で避けられた。
これほどまでに精密で急加速の可能な
(——これが重要軍事機密って奴の実力…!)
『敵機確認。迎撃モードに移行。〈
オープンチャンネルから流れてくるのは抑揚のない機械音声だが、俺はそこに明らかな敵意を感じ取った。
反撃をくらって零落白夜を保てなくなるのはまずい。
福音はまだギリギリ射程距離内…いける!
俺は再び斬りかかる。
「——馬鹿!罠だ!」
箒の声が聞こえてきたがすでに振り始めている雪片を止められない。
『La……♪』
「くっ…!」
そんな俺の攻撃を福音はいともたやすく回避する。
そして装甲の一部がまるで翼を広げるかのようにこちらに向けられる。
(まずい!この翼は――)
――砲口だ。
一斉に開かれた砲口はすでに僅かに光を帯びている。
(撃たれるっ!)
そう思った瞬間。
福音が翼を翻し離れた。
直後、福音のいた場所を無数の武器が過ぎ去っていく。
「予想通りしくじりおって」
「すまん、助かったぜ天馬」
「奴に攻撃し、奴が勝手に逃げただけだ。助けたわけじゃない、図に乗るな。」
そう言って武器を展開し、追撃を仕掛ける天馬。
口は悪いけど頼りになるぜ。
「箒!」
「あぁ!私たちも行くぞ!」
天馬の攻撃をかわす福音の隙を二人で取りに行く。
今度こそいける!そう思った直後。
『Laaa……♪』
「そこから撃てるのかよ!?」
翼がぐりんっ、と回転しこちらに無数の光弾を放ってくる。
こちらもダメージの少ないところで光弾を――
「ぐぅっ!」
「クッ!」
触れた瞬間光弾が爆ぜた。
爆風の衝撃で福音との距離がうまく詰められない。
爆発するエネルギー弾。それが奴の主武装のようだ。
そして問題は――
(なんて連射速度だ…!)
福音の圧倒的連射速度だ。
この連射速度で触れれば爆発。
俺も箒も容易に近づくことができない。
「左右から同時に攻めるぞ。右を頼む!」
「了解した!」
ならばと思い、今度は多面攻撃を仕掛ける。
さすがの福音もこれには接近を許さざる負えない。
しかし――
(当たらねえ!)
俺達の攻撃がかすりもしない。
天馬と俺達の攻撃タイミングが歪なのだ。
その隙を突き、福音は紙一重で回避していく。
あのスラスター、見た目の奇抜さ以上に実用性がある。
「貴様ら邪魔だ!そこを――ぐっ…」
ついに天馬の方にも光弾が飛び始める。
なんとか息を合わせられれば…
「一夏!私が奴の動きを止める!天馬は援護を!」
そう言い放ち箒は光弾の嵐をかいくぐっていく。
こっちの機体も化け物だな。
「——俺に指図するな!」
そこへ天馬の武器が降り注ぐ。
しかしそのどれもが箒の動きと的確に噛み合った。
(そうか!その手があったか!)
箒の奴、天馬の攻撃タイミングを言葉でうまく誘導しやがったな。
後は間合いに入れれば箒なら――
「はあああっ!」
思った通り、福音が回避ではなく防御を使い始めた。
『La……♪』
福音の全砲門が全方位への一斉射撃を行う。
その数、三六。
「その…程度!押し切る!」
箒が光弾を紙一重でかわし、追撃をする。――隙ができた!
「!」
しかし、俺は福音とは真逆の方向である直下海面へと全速力で向かう。
「一夏!?」
「チッ」
「間に合えぇぇぇっ‼」
全力の瞬間加速で一発の光弾に追いついた俺はその光弾を零落白夜を使い、切り裂いた。
「何をしている!?折角のチャンスを――」
「船がいるんだ!海上は封鎖したはずなのに――くそっ、密漁船か!」
つまりは犯罪者。
けれど、見殺しなんてできるわけない。
シュウゥゥゥン……
俺の手の中で雪片が光の刃を失い、展開装甲が閉じる。
エネルギー切れだ。
最大のチャンスも作戦の要も同時に失ってしまった。
「一夏、下がれ!ここは私が何とかする!」
そう言って箒は密漁船に攻撃がいかないように動き、避難勧告を出す。
「そこの船!聞こえているのなら今すぐ避難しろ!ここは危——」
その時、猛攻を仕掛けていた箒の手の中から、武器が光の粒子となって消えた。
「
白式をここまで運ぶのに加え先ほどまでの凄まじい動きによってエネルギーが底をついたのだ。
「箒ぃぃぃっ‼」
雪片を捨て、残っているすべてのエネルギーをスラスターに回すことでの瞬間加速。
(間に合え!間に合えっ‼)
福音は先ほどの一斉射撃モードに再び入っていた。
しかも今度の照準はすべて箒に絞っている。
あの至近距離じゃ天馬の攻撃では援護できない。
エネルギー切れのISは恐ろしく脆い。
「頼む!白式ぃ!!」
瞬間加速中のスローモーションの世界で俺は光弾が放たれたのを視界でとらえ、必至に手を伸ばした。
手を伸ばし――箒をかばうように抱きしめた。
「がぁあああっ‼」
その瞬間、光弾によって俺の背中全体が焼かれた。
さらにアーマーだけでは殺しきれない衝撃が何十発もアーマーを、肉を、骨を叩いた。
気がどうにかなるほどの激痛が永遠に感じられるなかで一度だけ箒を見た。
(無事だな……よかった……)
その顔は今にも泣き出しそうな顔をしているがけがはなさそうだ。
唯一被害を受けたのはリボンだろうか?
焼き切れてしまっている。
(下ろした髪型も悪くねぇな……)
「一夏っ!しっかりしろ!一夏ぁっ‼」
「ゕ……ぁ……」
世界が反転し、海が空に空が地面になった。
――いや、俺が落ちているのか。
このままじゃ海に真っ逆さまだ。
残るすべての力を使い、箒の頭を守るように抱きしめる。
大きな水音と全身を襲う衝撃に俺は意識を手放した。
一夏が死んだ! ←この人でなし!