仮面ライダーハウンド1話 さざめく者たち   作:たかみや

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1章 歌川つむぎ(うたがわ つむぎ)

 雨が降っている。畳の敷かれた広い座敷のど真ん中に自分は立っている。天井が綺麗に吹き飛び、そこから激しい雨が容赦なく降り注いでいる。下は畳なのに、自分は土足だ。小学生の頃にお気に入りだった赤いスニーカーを履いている。長い前髪がびちゃびちゃと顔に張り付き、目に入りそうだ。片手で雑に髪を耳にかけると、その時、私は初めて自分以外の人影に気づいた。

 異形な影がニ体対峙していた。一体は肌を銀色の鱗で覆われ、僧衣のようなものを身にまとった巨体の怪物。裂けた口に鋭い牙が並び、歪な角の生えた頭部には気味の悪いくらいまん丸な瞳が緑色に光っている。もう一体は身長180cmほどの仮面の男。頭の上から足の先まで、全身を真っ黒な装甲に包んでいる。

 仮面の男が振り返った。水滴の流れる大きく釣り上った二つの目から、弱々しい白い光が漏れている。「つむぎ」と彼は、静かに言った。

「強く、生きろ」

 男の仮面が黒い煙となり、空気の中へ溶けていく。露になった強面の素顔が、似合わない優しい笑顔を浮かべていた。

瞬間、和服の怪物が鉤爪の生えた腕を天上に掲げ勢いよく振り下ろした。落雷が若い男を貫く。男は黒焦げになりながらも立っていた。和服の怪物は歯車が軋むような笑い声を上げ、もう一度腕を振り上げる。

 二発目の落雷が男の肉を焼く。間近の轟音に耳がいかれ、周囲が真っ白になり、何も見えなくなる。その一瞬、彼は私に向かって何かを投げ、それは私の額にこつんとぶつかる。地面に落ちそうになるそれを慌ててつかむ。手の中の感触から、それが【鍵】であることに気がついた。さっきまで、男の、兄ちゃんの腰のベルトに装填されていたものだ。

「づむぎ」

 彼が叫ぶ。激しい耳鳴りの中で、私はどうにか彼の次の言葉を拾おうともがく。どす黒い雨雲が呻き、和服の怪物は、勝ち誇って笑い続ける。

 はっとした。怪物は、私が今【鍵】を手にしていることに気づいていないのだ。

「づむぎ! 生ぎろ!」

 兄ちゃんはごぼごぼとわけのわからない体液を口から吐き出し、私ははじかれたようにその場から逃げだした。一度、雨水の溜まった畳に足を滑らせて転んでしまう。着物の怪物の笑い声が一段と高くなる。無様な私を嘲っている。

 立ち上がって、走り出した。着物の怪物は追ってこなかった。何度も何度も稲妻が光り、そのたびに地響きと轟音が背後からやってくる。狼の遠吠えが、地面を叩きつける雨を切り裂いて私に届く。私はわけがわからない叫びを上げながら、半壊した屋敷の中を走り抜ける。

 外に出た。木々がぱちぱちと燃えている。それでも構わず森の中へ入る。きつい下り坂を転げ落ちるように走る。頭の中をいろんな顔がよぎる。他のみんながまだ生きているのか不安になる。託された【鍵】の意味も分からず、ただこの使命を全うすることに意味があるということだけを信じ、歯を食いしばって走る。

 右足のふくらはぎに凄まじい痛みが走った。ハートのトランプが刺さっている。足がもつれ、顔面がぬかるんだ地面に叩きつけられた。うっかり手放した【鍵】が水溜まりに落ちた。足音が聞こえる。口の中のじゃりじゃりとした泥を吐き出し、全身の力を振り絞って、顔を上げる。

 裏切り者が大きな黒い傘をさして立っていた。短パンと白いポロシャツを着た私と同い年の男の子。そいつは私の落とした【鍵】を拾い上げると、私に見せびらかした。

「やあ残念でした。気づいてないって思ったの?」

「……返せ」

 そいつは片手をひらひら振ると、背中を向け、スキップしながら去っていく。全部あいつのせいだ。立ち上がることもできないまま、悔しさを噛み潰しながら、怒鳴る。

「返せ!」

 

 

「歌川さん歌川さん」

 右腕をつんつんとつつかれ、目が覚めた。二酸化炭素の充満した空気、抑揚のない教師の声、周りの様子が頭に流れ込んでくる。自分は教室の中にいる。いつもの1年A組の教室ではなく、主に選択科目で使っている講義室だ。

 右隣の席に座っていた生徒が色素の薄い茶色い目で私をのぞき込んでいる。うちのクラスの委員長だ。

「だいじょうぶ?」

痛む頭を押さえて「だいじょうぶ」と上の空で頷く。だんだん頭がはっきりしてきた。今は夏休みの補講中だ。チャイムが鳴り終わる直前に教室に滑り込んだとき委員長を見つけ、委員長のくせに頭が悪いのかよと声には出さずつっこんだ記憶がある。

 委員長に心配されるくらいだから、もしかしたらうなされていたのかもしれない。ひどい夢だった。夢というよりまるで記憶の再現みたいだった。イスに寄りかかり教師の声を上の空で聞く。あのころの私は小学生で、不思議なことに、あの頃に描いていた未来像からは大きく外れてふつうの高校1年生になっている。体育はまあまあだが、勉強は相変わらず全然できない。

 かつかつと白いチョークが意味不明な数式を刻んでいく。それを目で追っているうちに、ふと、まぶたがまた重くなる。どうも私は真面目に授業を受けようとするほど眠くなってしまう体質らしい。

もう一度あんな夢を見るのはごめんだ。何か気を紛らわすものはないかと探して結局隣の委員長を盗み見る。委員長は真面目にノートをとっている。ギッシリしすぎることもスカスカしすぎることもないバランスのとれたノートだ。色のついたボールペンまで使ってる。使う色にはきっと何らかの法則があるんだろうけど、残念ながらぱっと見ではわからない。

 視線に気づかれたんだろう。委員長がちらりとこっちを見る。目がばっちり合うと、委員長はしばらくもじもじしていたが、やがて照れてはにかみだした。こんなにがんばってるのに補講を受けるはめになるとは。意地の悪い考えがふっと浮かび上がり、気まずくなって目をそらした。

 外はみじめになるくらいきれいに晴れていて、吹奏楽部がトランペット(たぶん)で流行曲のフレーズをちぎれちぎれに吹いている。何部かはわからない運動部が号令をかけながらランニングしている。鷹丸とレオは何してるんだろう。ここにいないってことは、癪だけど、あいつらは少なくとも私よりテストでいい点をとってるらしい。

 窓を見るのも飽きて、教室の臭いをかいでみる。主に制汗剤、たまに香水の臭いだ。どの臭いが誰からするのか勝手に想像しながら遊ぶ。教師からは、校内は禁煙のはずなのにうっすらと煙草の臭いがした。隠れて吸ってるのかもしれない。

 そうこうする内に終令のチャイムが鳴った。教師は一番黒板に近いところに座っていた生徒を指名し、号令をかけさせた。起立、令。めんどくさそうな号令に合わせ、我々はやる気なく立ち上がって頭を下げる。ただ一人、委員長だけがお手本のように綺麗にお辞儀をしている。

「じゃあ歌川さん、またね」

 委員長はスポーツバッグを背負って小さく手を振った。これから部活に行くのだろう。私は顔も上げずに「じゃあね」と別れを告げる。

「あ、歌川さん。髪、似合ってるよ」

「え?」

 予想外のことを言われ思わず委員長を見る。確かに昨日髪をばっさり切った。ちょっと切りすぎて男みたいになってしまったが、別におしゃれで切ったんじゃないしまあいいかと開き直っていたところだ。

「これ、似合ってる?」

 念のため、お世辞じゃないか確かめてみる。委員長ははっとしたように顔を赤くしながらも、「うん、似合ってる」とはっきり頷いた。

「じゃ、じゃあね! また明日!」

 委員長は逃げるように教室を出て行く。こっちが返事をする暇もないくらいあっと言う間に出て行った。あんなに元気に補講を受るお利口さんは、きっとこの教室の中では委員長だけだろう。

 しかしまあ「ありがとう」くらい言うべきだったか。若干長めに残したもみあげあたりをいじりながら反省する。正直自分では全く似合ってるとは思っていなかったからああ言われて悪い気はしない。

 こっちもそろそろ行くか。たいして仕事してないシャーペンと消しゴムを筆箱に放り込み、帰る準備をする。通学バックのチャックをしっかり閉めたところでスカートのポケットに入れていたケータイが震える。電話みたいだ。

 画面には鷹丸の名前が出ていた。なんだよと毒づきながら電話に出る。

「よう。補講終わったか?」

 女にしては低トーンな鷹丸の声が聞こえた。

「終わったよ。なに?」

「第二講義室集合な」

「なんで?」

「来りゃわかる。レオに迎え行かせてっから。じゃっ」

 言うだけ言って電話は切れた。軽くため息をついてケータイをポケットに仕舞う。面倒くさいことになりそうだ。

 教室を出ると他の生徒はろくにいなかった。一緒に補講を受けていた仲間たちが数人、行儀の悪い蟻の行列みたいにのろのろと下駄箱へ向かっている。私はそいつらとは逆方向に向かう。

 吹奏楽部のトランペットが終わっている。昼休みでもとってるのかもしれない。そういえばこっちも腹が減った。速攻で帰るつもりでいたからお昼に何も持ってきてない。

 しばらく行くと、名前も知らない女子の「あーレオじゃーん」という声が聞こえた。大きくない声だったが、廊下が静かなせいで必要以上に反響している。レオがのんきに「おー」と返事しているのも聞こえる。

 遠目からでもわかるくらいレオは無茶苦茶目立っていた。校則をガン無視してギラギラに染め上げられた金髪に、白シャツがはちきれんばかりの筋肉。このくそ暑い中、わざわざシャツの下に真っ赤なTシャツを着こんでいる。

 レオも私を見つけたようだ。「おー」とでかい手の平をこっちに向け、それからワンテンポ置いて「あれー?」と首を傾げた。

「つむぎちゃん、髪切った?」

「切った。似合ってる?」

「ううーん……うん」

 なんとも微妙な反応だ。レオは慌てて「似合ってる似合ってる」と付け足した。ほんとかよ。

 レオに声をかけていた女子が私を品定めするように見ている。目をそらすと負けた気がするので、こっちも「なに?」と見かえす。女子はレオを見上げると口をとがらせた。

「二人ってどういう関係?」

「つむぎちゃんは幼なじみだよ。あと、同志」

「ドウシ?」

 女子はいぶかしげにもう一度こっちを見る。私は仕方なく肩をすくめる。いきなり同志とか言われたら、そんな顔でもしたくなるだろう。だけど予想に反して、女子はなんとなく納得したように「ふーん」と面白くなさそうな顔をした。もしかしたらレオは、鷹丸との関係についても全く同じ言葉でこの子に説明しているのかもしれない。

「じゃあまたねレオ。と、そのドウシ」

 女子はレオに手を振り、小馬鹿にしたように私に舌を出す。レオは「じゃあねー」と丸太のように太い片腕を揺らした。下駄箱の方に去っていく女子の背中を見送りながら、私はレオの横腹を小突いた。

「モテてんじゃねーよ」

「ええ? いや、モテてないよぅ」

「うそつけ」

「ほんとほんと」

 レオは巨体に似合わずひょいひょいと私をかわした。それを追いかけようとして、ふと、やめた。傍目から見て完全にいちゃついてるカップルだ。さっきの女子じゃないけど、もしレオのことを好きなやつに見られたらあとあと面倒くさくなりそうだ。私たちはもう小学生じゃない。

 私が突然からかうのをやめるとレオはしばらく不思議そうにしていたが、すぐに何事もなかったように他愛もない話を始めた。さっきの女子は誰で、普段どんな話をしているか、とかだ。あの子はレオのクラスメイトで、夏休み明けてすぐにある体育祭の実行委員をやってるらしい。聞いた感じだとどうもあの子の一方的な片想いみたいだ。

 集合場所の第二講義室は特別教室棟の一番すみにある。普段全く使われていない教室で、下手したらあの教室の存在自体、ほとんどの生徒は知らないのかもしれない。今は使われない机と椅子をぎっしりと詰め込んだだけの倉庫になり果て、入り口の扉の立て付けが恐ろしく悪い。

 レオは第二講義室の扉をバキバキと開けた。容赦ない力技すぎて、そのまま外れるかぶっ壊れるかするんじゃないかと冷や冷する。「どーぞ」とレオは紳士的に私を中に招き入れ、「どーも」とお言葉に甘えて入り口をくぐる。

 二つ並べた机の上に鷹丸が寝そべっていた。こっちを全く見ることもなく「おー来たか」とスマホをいじっている。こいつも世間に喧嘩を売ってるようなすごい格好をしている。剃り込みの入ったドレッドヘアを赤いヘアゴムで一つに束ね、スカートは腰に巻いたタオル並に短い。

 鷹丸は腹筋に力を入れて「よっ」と起きあがり、スマホの画面をこっちに突きつけた。

「こいつウケるぞ。『清田市なう』だってさ」

 のぞき込むと誰かのツイッターの投稿があった。位置情報と鷹丸が言った『清田市なう』という文面と、写真が一枚貼りつけられている。街の外から撮った風景だろう。嫌でも毎日視界に入る神代山が、横広い壁みたいにそびえ、その手前にはだだっ広い田んぼが広がっている。山のすぐ傍には小さな公園が忘れ去られた港みたいにぽつんとある。そこにはいくつかの背の低い鉄棒と滑り台しかない。

「……ん?」

 滑り台の上には人影があった。青いジャージを着た男のようだ。米粒みたいな大きさで顔はまったくわからない。だけど、なぜか、私はこの男のことを知っているような気がした。もっと拡大して、よく見てみようと手を伸ばすと鷹丸にスマホを取り上げられる。

「ん? なんだもうちょっと見たかったのか?」

 鷹丸が意外そうに声を上げた。ちょっと気になった程度のことだったので「別に」と答えた。

「あっそ。しっかしツイッターってやべーよな。どこでどいつが何してんのか、全然知らねーやつでもわかるんだぜ?」

 鷹丸は得意げににやりとする。こいつは一体何をやってるんだろう。レオを見ると「そうだねー」と何考えてるのかよくわからない顔でうんうんうなづいていた。

「まさか今日呼び出した理由って、それ見せるため?」

「いや、ちげーよ」

 鷹丸は踵の潰れた上靴に足をねじ込むと」スカートのすそを雑に直した。そしてさっきまでベッドになってた机二つとそばにあったのをもう一つガタガタと乱暴に三角形に並べ、適当に椅子を三脚ひっつかんで机の下に投げ込んだ。

「まあ、座れ」

鷹丸はそのうち一つにどかっと腰を下ろし、あごをしゃくった。レオは何も言わずに鷹丸に言われた通り席についた。特に小さい机ではないがものすごく窮屈そうだ。

最後に残った席はたぶん鷹丸が後から引っ張ってきたやつだろう。一つだけ高さが揃わず微妙に低い。諦めて私も鞄を床に置いて椅子を引いた。古い椅子で見たこともないくらい変色している。座ってみるとさらにそのボロさが際立っていて、足の長さがバラバラなのかやけにガタガタしていた。

 私は頬杖をつき「それで?」と二人をうながした。

「つむぎは最近、扉間に会ったのか?」

 鷹丸は何事でもないように聞いてきた。一瞬、さっき見たばかりの夢がフラッシュバックする。大きな黒い傘を差し、飛沫を上げながらスキップで去っていった少年。

「は?」

予想以上に震えた声が喉の奥から漏れる。

「オレたちは会ったぞ。なあレオ?」

「うん」

 レオはポケットをごそごそと探り、私の机の上にそれらを並べた。裏返しにした写真だ。全部で三枚ある。なんだこれは。鷹丸とレオを見る。めくれ。二人は無言でそう言っている。

 一枚めくり、息を呑む。死体だ。脱ぎ捨てられた着ぐるみのような死体が、コンクリートの床の上にぶちまけられている。皮と骨と服だけを残して、内臓と肉とその他もろもろの中身はきれに溶けて吸い取られてしまったみたいだ。服装から見て若い女だろう。眼球があったはずの二つの穴にまぶたが入り込み、髑髏のようにへこんでいる。

「……ゲント」

 思わずつぶやいた。

「そうだ」

 鷹丸がうなづいた。

「なにかヤベーことが始まってんぞ。なあ、おまえは反対すんだろうなってわかってるが、オレたちはもう決めた」

 鷹丸はレオに「なあ?」言った。「うん」とレオもうなづき、口を開いた。

「僕たちは翼団をもう一度始める。みんなで街を守るんだ」

 




※細かい描写を改めました
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