仮面ライダーハウンド1話 さざめく者たち   作:たかみや

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3章-1 北関陽(きたぜき ひなた)

 家を出てから4時間が経過し、僕は見慣れない電車のシートの上で落ち着け、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせている。

今にも震えだしそうな両腕を深呼吸で落ち着かせ、窓の外を見て気を紛らわす。だけどそれは、かえって逆効果だった。窓の外には建物はない。右も左も薄暗い山の中だ。自分がどこへ運ばれているのか頭では、分かっているが心細さの方が圧倒的に上回っている。

時折ニュースで見る未成年が起こした事件を思い出す。犯人が地味な少年だった場合、彼を知る大人達が口を揃えて「どうしてあの子が」と嘆く展開は最早テンプレートだ。だけど僕は、その犯人の心情をなんとなく理解してしまった気がする。普段あんまりやんちゃなことをしないから、加減が分からないのだ。だから思い切ってふざけた時に、つい、やりすぎてしまう。

 客観的に見ると僕は今、失踪しようとしている。シズネさんに会いに清田市に行くなんて家族に一言も告げていない。名目上僕は宿題を片付けに図書館に行っていることになっている。プリントの束を入れる振りして一泊分の下着やらタオルやらを詰め込み、駅前のATMで貯金を6万円下ろしている。

冷静に考えてシズネさんのところを日帰りで往復するのは無理だ。シズネさんのいる清田市というところは特急列車で1時間、鈍行に乗り換えてさらに2時間かかる。この鈍行というのが曲者で、目的の清田駅に停まるものはなんと一時間に一本しか出ていない。しかも午後7時以降の本数は0本である。リスクを考えると清田市で一泊した方が無難だろう。

 夜になったら家に電話を入れとこう。警察に捜索願を出されるといろいろと申し訳ない。それよりも今は、自分の身の心配だ。

清田市については、さすがにちょっと調べてある。10年ほど前に新種のレアメタル(アマダミウムというらしい)が発見されたとこで、しばらく有名になったそうだ。陸路このとおり不便だけど、その代わり海路が発達していて港の周辺は都会並みに賑やからしい。

「次は清田です。お降りの際は、足元にご注意ください」

 女性の声の録音アナウンスが流れると、とうとう胃が痛みだした。シズネさんとは清田駅の改札口で待ち合わせをしている。それからシズネさんの車でラボまで連れてってもらう算段だ。片道約15分と聞いている。その間、僕を呼び出した謎の人物と二人っきりだ。かなり強い死亡フラグが立っている気がする。

 船で来るべきだったろうか。いや、でも船なんて生まれてこの方乗ったことがない。それよりも若干経験値のある鉄道で来た方が、不測の事態に対応できる気がする。それに今日は切符じゃなくてSuicaで来た。僕が本当に失踪したら、使用履歴を辿って見つけてもらえるはずだ。

 いずれにせよ、ここで引き返すのと後々絶対後悔するだろうし、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。大丈夫だ。いや、大丈夫であるべく慎重に動かなきゃいけない。僕は三回大きく深呼吸をして、席を立ち、リュックサックを背負った。

 清田駅は僕が想像していたものとあらゆる意味で違っていた。僕の近所の駅より大きい。見たところ駅を通る線路は二本だ。それを考えるとこの大きさはいささか不自然なように思える。駅の造りはかなり和風だ。プラットホームの屋根は赤く塗られた木造で、どこかしら神秘的な雰囲気を醸し出している。

僕以外にもここで降りる人はたくさんいた。電車から出ると文字通り右も左もわからず、とりあえず人の流れに付いていくことにした。階段も木造で、足をのせるとわずかに軋んだ。降りた客は若い人たちが多い。でも彼らはこの階段に違和感を示す様子もなく、当たり前のように上っている。あまりにも異空間すぎて、夢でも見てるんじゃないかと不安になってきた。

 階段を上りきると一枚の写真が漆喰の壁に掛けられていた。一度足を止めて、写真を眺める。特に興味があったわけではない。ただ、このまま周囲の人達に流されて、わけもわからないまま改札口に運ばれていくのが怖くなっただけだ。

お祭りの写真だ。鉢巻を巻いた男たちが龍の形をした神輿を担いでいて、その手前で法被を着た三人の子どもがピースサインをしている。写真の右下には撮影された年月日と場所が書いてあった。10年前の日付で、神代神社というところで撮られたらしい。

「……神代神社、ね」

 特に意味もなく呟いた。ここにこの写真を飾ってるってころは、清田駅は神代神社に何らかの所縁を持っているのかもしれない。僕はもう一度写真に目をやり、子どもたちのピースサインをしばらく見つめてみても少しも気は休まらなかった。

諦めてリュックのポケットを探り、Suicaを右手に構える。ピッと改札を抜けたところで、鉢合わせするように一人の女性と目が合った。長い黒髪を三つ編みで一つに束ね、お婆ちゃんが好みそうな花柄のワンピースを着ている。女性はスマホを片手にじっと僕のことを見つめ、小首をかしげた。

「北関、陽くん?」

 僕はぎょっとし、改札口の前であることも忘れて立ち尽くした。

「シズネさんですか?」

 女性は「うん」とうなずいた。立ち眩みがしてきた。もしかしたら僕は、予想していたよりもかなりややこしい事態に巻き込まれようとしているのかもしれない。お互い全く顔が分からないはずだ。他にも乗客は沢山いるにもかかわらず、である。

「どうして僕が北関だってわかったんですか?」

 シズネ栗鼠みたいに大きな黒目をしばたかせた。そして「ああ、」と納得したような表情を浮かべた。

「君は高校二年生の男の子で、午後二時頃到着の電車でこの街に初めてやって来る。間違いないね?」

 僕はひどく混乱しながらもひとまず頷いた。間違いはない。電車の時間については昨日の夜シズネさんに連絡したとおりだ。

「帰納的に考えたんだよ。この駅はなかなか珍しい構造だから、初めての人は戸惑う。そして君はこの時間にこの駅にやってきた若い男の子で、しかもかなり戸惑っている」

 僕はあっけにとられ、彼女の口から出た「帰納的」という単語を反芻した。僕のことを若いと言ったがシズネさんもかなり若い。見た目だけで言えば、僕と同級生だとしても全く驚かないくらいだ。

「帰納的、ですか」

 我慢できず、声に出して確かめた。

「帰納的でしょ?」

 シズネさんは後ろ手でどことなく得意げに澄ました。なすすべなく梅呻いていると後ろで誰かが舌打ちした。慌てて改札口から距離をとると、図らずもシズネさんの隣に並び立ってしまった。

他の乗客の挙動をしばらく観察する。なるほど、確かに挙動不審な男の子は僕以外に見当たらない。横目で隣を伺うとシズネさんの目線も丁度僕と同じ高さにあった(つまり彼女も165cmくらいだ)。シズネさんが可笑しそうに噴き出し、僕はいろいろな要因から赤面せざるをえなかった。

 バクバク鳴る心臓を押さえつけながら一歩踏み出し、彼女に向き合う。それから自分を落ち着かせるために一度大きく深呼吸し、あらためて自己紹介する。

「はじめまして。北関陽です」

「はじめまして。シズネです」

 シズネさんはほっそりとした白い手を僕に差し出した。陶磁器のような、不自然なくらい綺麗な手だ。僕はしばらく戸惑ったが、やがて思い直してしっかり握手した。少なくとも、彼女が理系であることには間違いない。

 

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