トリスタの北側、駅前から続く道をずっと歩いた先にある坂道の上にあるトールズ士官学院。
本校舎の左下にある講堂にて、215回目の入学式が行われていた。
ーーー↓ーーー↓ーーー↓ーーー
「それでは最後に、この言葉を贈らせてもらおう」
壇上に立つ肩幅のある老人、ヴァンダイク学院長が新入生達に向かって言い放つ。
「‘若者よ、世の礎たれ’……これは当学院の創立者であるドライケルス大帝が残した言葉である。世という言葉をどう捉えるか、何をもって礎たる資格を持つのか……これからの2年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにしてほしい」
学院長の口から放たれた大帝の言葉。リデルはそれを少し冷ややかな目線で飲み込んでいた。
(‘世の礎たれ’ね……結構難しい事を言い残してくれたなぁ大帝様は。にしても……)
視線を壇上にいる学院長から左側へと大きくずらす。
一列で立ち並ぶ教官達。その中にいる赤い髪の女性。彼女に視線を向けると彼女はそれに気付き、視線に対してウインクで返した。
(はぁ……なんで‘あの人’がここにいるんだよ。聞いてないぞ)
「……うん?どうかしたんですか?」
小さくため息を吐くと、隣の席に座っているエマが心配そうに声をかけて来た。
「いや何も。しかし、まさか入学式での座席が隣同士だったとは」
「本当にすごい偶然ですよね」
「制服の色からして同じクラスっぽいしな。これでまた隣同士だったらさすがに作為的な何かを感じるが」
「その時はお隣さん同士、よろしくお願いしますね」
「ああ。こちらこそ」
「以上で、トールズ士官学院第215回入学式を終了します」
小声でしゃべっていると、いつの間にか入学式が終わっていた。
その後、新入生のほとんどは教頭の指示に従って講堂を出て行ったが、紅い制服の生徒たちだけは困った顔をして講堂に残っていた。
「入学案内書に従い指定されたクラスに行けって言ってましたけど、送られてきた入学案内書に書かれてましたっけ?」
「いや、覚えがないな。書類上の不備……てわけでもないだろうし」
「はいはーい。紅い服の子達は注目〜」
なぜ自分達に送られてきた入学案内書にはクラスなどの明記がなかったのか。
それについていろいろ考えていると、場の空気を入れ替えるような明るい声で呼ばれた。
視線を向けると、入学式の最中にリデルが視線を向けていた赤い髪の女性がいた。
「どうやらクラスが分からなくて戸惑ってるみたいね。それについてだけど、実はちょっと事情があってね……」
「事情……ですか?」
「ええ。君達にはこれから、特別オリエンテーリングに参加してもらいます」
‘特別オリエンテーリング大会’。
その単語を耳にした途端、嫌な予感がしたリデルは手を挙げて訊ねることにした。
「はい質問。具体的には何をやるんですか?」
「それは後のお楽しみ♪それじゃぁみんな、あたしについてきて」
リデルの質問を軽く受け流し、女性はスタスタと講堂の入り口へと歩いていく。
「……あのさ、すごくついて行きたくないんだけど、サボっていいと思う?」
「気持ちは分かりますけど、サボっちゃダメだと思います」
「ですよね〜……はぁ〜」
戸惑いつつもついていく他の生徒と同じように、諦めた様子のリデルもまた女性について行った。
ーーー↓ーーー↓ーーー↓ーーー
女性のあとをついて行き、歩くこと数分。
リデル達は学院の裏手にある森の中にある古びた建物へとやってきた。
中に入るとそこはロビーのようで、薄暗く少し埃臭い感じ。今は倉庫として使われているのか、大きな木箱やドラム缶が所々に置かれている。
「随分古い感じだな。多分、築何十年どころじゃないぞ……ん?どうした?」
隣を見ると、エマがどこか真剣な眼差しで建物を見つめていた。
「……えっ?あ、いやなんでもありません」
「ふーん。まぁとりあえず気をつけた方がいいぞ。絶対面倒なことが起こるから。てか起こすから」
「どうして分かるんですか?」
「なんとなく」
その面倒なことを誰が起こすのか。リデルはすでに察していた。
彼らをここまで連れて来た赤い髪の女性のは一段上がった壇上のような場所に上がり、軽く自己紹介し始めた。
「私はサラ・バレスタイン。今日から君達、Ⅶ組の担任を務めさせてもらうわ」
「な、Ⅶ組!?」
「それに、君達って……」
サラの口から発せられた言葉に皆が混乱する中、リデルは心の中でため息を吐く。
(よりによってこの人が担任かよ……いや、Ⅶ組の性質を考えると妥当なのか?)
「あ、あのサラ教官?この学院の一学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。それも各自の身分や出身に応じたクラス分けで……」
「おっ!さっすが首席入学式、よく調べてるじゃない。そう、5つのクラスがあって、貴族と平民で区別されるわ。あくまで去年まではの話だけどね」
「えっ」
「今年から新しいクラスが立ち上げられたのよね。すなわち、君達ーーー身分に関係なく選ばれた特科クラスⅦ組が」
特科クラスⅦ組の極めて簡単な説明を聞いて驚く一同。
身分制度が何百年も前から続き、一般常識となっている帝国において身分で区別されないというのは斬新すぎて理解が追いつかないのが普通だ。
周りが顔に出るくらい分かりやすく驚いている中、事前に話を聞いていたリデルは違うことに意識を向けていた。
(……やっぱりか)
自分達が立っている床の仕掛けに気付き、今日の何度目かのため息がもれる。
ふと視線を動かすと、小柄な銀髪の女子と目があった。その表情は周りと違って無表情だ。
「お前も気づいたか?」
女子に対し、小声で話しかける。
「うん。バレにくいようにうまく作られてるけど、よく見ると床に切れ目がある。これ、絶対動くよね」
「絶対動くよなぁこれ」
『はぁ〜』
「冗談じゃないッ!」
二人が床の仕掛けに気付き、小さくため息をついていてると、メガネをかけた緑髪の男子が大声で不満を露わにした。
「身分に関係ない?そんな話は聞いてませんよ!」
「えっと、君はたしか………」
「マキアス、・レーグニッツです!」
レーグニッツ。彼の苗字には聞き覚えがあった。
(レーグニッツ……てことはあのカール・レーグニッツの息子か)
帝国はおろか大陸全体で見ても最大級の規模を誇る巨大都市、帝都ヘイムダル。その帝都の政治を取り仕切る帝都知事、カール・レーグニッツ。
どうやらそんな彼の息子らしい。
「それよりサラ教官、自分は納得しかねます。まさか貴族風情と同じクラスでやっていけと言うんですか!!」
マキアスのその発言を聞いてリデルは思う。
(こいつ、完全にこのクラスに不向きじゃん)
何百年もの長きに渡り身分制度が続いている帝国において、平民と貴族の確執は切っても切れない問題だ。
貴族の中には平民を見下している者もいれば、貴族というものを毛嫌いしている平民もいる。
時にはそれが表面化し、テロなどが起こる時もある。
マキアスの場合は行きすぎてる印象もあるが、彼と同じ気持ちを抱いている者も少なくない。
「うーん……そう言われてもねぇ。同じ若者同士なんだから、すぐに仲良くなれるんじゃない?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
よほど貴族と同じクラスだということが気にくわないのか、なおも食い下がろうとするマキアス。
その様子を見て何を思ったのか、隣にいる金髪の男子が鼻で笑った。
「……君、何か文句でもあるのか?」
「別に。平民風情が騒がしいと思っただけだ」
金髪の男子の発言に場の空気が一瞬凍った。
「これはこれは。どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」
(煽り耐性ないなぁこのメガネ)
売り言葉に買い言葉。乱暴とは言えない口調で殴り合いを始める二人。
あっさりと挑発に乗ってしまったマキアスに内心呆れているリデルだったが、金髪の男子の次なる発言で彼は驚かされることになる。
「……ユーシス・アルバレア。貴族風情の名前如き、覚えてもらわなくても構わんが」
「なっ!」
「し、四大名門………」
「東のクロイツェン州を治めるアルバレア公爵家の………」
「大貴族の中の大貴族ね」
アルバレア公爵家。
帝国の東西南北の広大な地域を治める4つの貴族、四大名門の一角であり、カイエン公爵家とともに最上級の爵位を持つ。
貴族制の国である帝国において公爵家が持つ力は絶大であり、平民にとっては雲の上の存在と言える。
そんな大貴族の子息であることに皆が驚く中、リデルは違う捉え方をしていた。
(おいおい。なんで革新派と貴族派の中心人物の息子が揃ってここにいるんだよ)
何百年も続いている貴族と平民の確執。
中でも近年、大きな問題になりつつあるのが平民出身の宰相や帝都知事を中心とした革新派と貴族の頂点である四大名門を中心とした貴族派の対立だ。
互いを牽制し、来るかもしれない戦いに備えて軍備の拡大を続けている両派閥。
その存在は帝国とそこに住む人達に緊張と不安を抱かせている。
「だ、だからどうした!その大層な家名に誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ!いいか、僕は絶対にーーー」
「はいはいそこまで」
相手が帝国屈指の大貴族だと知ってなお噛み付くマキアス。
なおも続けようとする彼の言葉をサラはパンパンと手を叩いて止めた。
「色々あるとは思うけど、文句はあとで聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしね」
「ぐっ」
納得いっていないという様子だが、教官であるサラの言葉に従ってマキアスは矛を収めた。
「サラ教官。オリエンテーリングって結局何するんですか?」
何が起こるのかを察しながらもリデルが疑問をぶつけた。しかしーーー
「始まれば分かるわよ」
またもはぐらかされた。
「さてっと、それじゃぁ何をするのか気になってる子もいるし、そろそろ始めましょうか」
そう言うと、サラはステージ後ろにあるオブジェのような物体のそばまで下がり、オブジェの側面にあるボタンを押した。
直後、ゴオンッという大きな音が聞こえ、ゆっくりと床が下方向へと傾き始める。
「えっ?」
「っ!?」
「しまった!」
「やっ!」
「チッ」
気づいたか時には手遅れ。
‘二人を除いた’ほか全員、傾く床に負けて地下へと落ちてしまった。
人の気配が少なくなったロビー。その中でそうなった原因を作ったサラは床が傾ききって大穴が開いたステージ前の上の方を見た。
「はぁ〜。やっぱり残ったかあんた達は」
彼女の視線には天井の梁にワイヤーを引っ掛けてぶら下がっている銀髪の少女と別の梁の上に乗ったリデルの姿があった。
「罠だと分かってて引っかかるバカはいないだろ」
「同感。それよりサラ、仕込むにしてもさすがに大仕掛けすぎる気がする」
「別に仕込んでないわよ。ここに元からあるのを利用しただけだから」
「学校の中にこんな罠があるってそれ正直どうなのよ」
「はいはい。いいからあんた達もさっさと落ちる。オリエンテーリングにならないでしょう…がっ」
袖から手早く取り出した投げナイフを投げ、ワイヤーを切断。銀髪の少女もまた重力に従って地下へと落ちていった。
「ほら、リデルもさっさと行く!」
「分かったから導力銃を抜くなっての!ったく………」
諦めて梁から飛び降りる直前、リデルはサラに向かって言い放つ。
「なんでここで教官なんてやってるのか、あとで喋ってもらうからな‘サラ姉ぇ’!」
そして、リデルもまた後を追うように地下へと降りていった。
10人全員が地下へ落ちたのを見届けた後、サラは一瞬だけ懐かしい気持ちになった。
(‘サラ姉ぇ’か。またそう呼んでくれるとはね………)
旧校舎1階のあの仕掛け、劇中ではアンゼリカたちが仕掛けたみたいな感じでしたが、
「あの旧校舎にあんな大掛かりな罠を仕込めるのか?」という疑問が浮かんだ結果ああなりました
また、リデルとサラの間にはとても大きな繋がりがあります
どういった繋がりなのかは追々分かることでしょう