BanG Dream! 彼女と過ごす日常 作:トマトジュース
ピンポーン。
彼女の自宅前にある呼び鈴を押す。
チャイム独特の音が流れてからしばらくして、玄関のドアが開く。
「いらっしゃい! さぁ、早く来て!」
「お邪魔します」
香澄に急かされながら、玄関に入る。
「そんなに急がなくても、ギターは逃げないよ」
「そうだけど。優に早く見せたいの! あのギターを!」
子供のようにはしゃいでいる香澄に、思わず苦笑いする。
ブンブンっと激しく手招きしている香澄に誘われながら、彼女の部屋に入る。
「じゃーん! コレが私のギターだよ!」
ベッドの上に置かれてある星型のギターを大事に抱え、僕の前に見せる。
「コレが香澄のギター……」
星型のギターをよく見る。
窓から来ている日の光に照らされて、ギターは赤く輝いていた。
多くの曲を演奏したい。
演奏する人、聴いた人を熱い気持ちにさせたい。
ただの勘違いかもしれないけど、このギターから来る強い気持ちを感じた。
「なんか、演奏したくなるギターだね。香澄がこのギターで弾きたくなる気持ちが、なんとなく分かるや」
星が好きな香澄にとって、ギターの形もその一つかもしれない。
だけど、香澄も僕と同じように、何かを感じたから弾きたい気持ちになったのではないかと、このギターを見て、そう思ってしまう。
「優もそう思う? このギターを初めて見た時から、絶対にコレでライブしたいって思ったんだ!」
「ライブをするなら、しっかり弾けるようにしていかないとね。教本とかはもう買ったの?」
「まだ買っていないや。ギターを手に入れたことが嬉しすぎて、今日まで眺めていたり、軽く弾いていただけで……」
少し気まずいように香澄は話す。
「それじゃあライブが終わったら、帰りに本屋に寄って探してみようか」
「うん! あ~、ライブ始まらないかな……」
時計を見ながら、何かを待ち焦がれるように香澄は話す。
僕が香澄の家に来たのは、星型のギターを見るほかに、もう一つ理由があった。
ライブハウス『SPACE』。
香澄が電話で話していたライブハウスへ、彼女とライブを見るためだ。
『明日の土曜日にライブがあるんだけど、一緒に見に行かない?』
昨日の夜、電話で雑談していた彼女からの一言がきっかけだった。
当日、予定が入っていなかった僕は彼女からのライブの誘いに賛成。
ライブが始まる夕方まで時間があるため、ライブハウスから近い香澄の家で過ごしてから行くことになったのだ。
ギターをしばらく眺めていると、ドアからノック音がした。
「入っていいよ~」
香澄の言葉を合図に、開いたドアから香澄の妹――明日香ちゃんがお茶菓子を載せたお盆を持って入ってくる。
「優さん、こんにちは」
「こんにちは。明日香ちゃんも元気そうで」
「どうしたの、あっちゃん?」
「お姉ちゃん。お茶菓子、持って行くの忘れているよ」
「そうだった。ありがとう、あっちゃん」
「優さんに見せたいのは分かるけど、しっかりしてよね」
照れるように笑う香澄を見て、明日香ちゃんは呆れる。
「優さん。お姉ちゃんの手綱、しっかり握っといてね。熱が入ると、すぐに前しか見えなくなるから」
苦笑いしながら、明日香ちゃんは僕に優しく注意する。
ふと自分が香澄の手綱を握る想像をしてみる。
思い浮かぶのは、全速力であちこちに駆け巡る香澄に振り回されるイメージだった。
「振り切られないように頑張るよ」
「二人ともひどくない!」
僕と明日香ちゃんの容赦ない会話に香澄は突っ込みを入れる。
『私はそんな人ではありません!』
眉をひそめて、不服そうな表情で語る香澄に、僕と明日香ちゃんは思わず笑ってしまう。
僕たちの笑う姿を見て、柔らかい顔に変わった香澄も笑いはじめる。
「さて、それじゃあ私は行くね」
ひとしきり満足したのか、明日香ちゃんはいたずらっ子のように笑った後、部屋を出た。
「それじゃあ、軽くでいいんだけど、弾いてもらっていいかな? どういう音が出るのか気になるよ」
香澄の家に行くと決まってから、考えていたことだ。
初めて聴くギターの音も気になるが、彼女が演奏する姿も見てみたかった。
「え~、どうしようかな? さっきの言葉でちょっと傷ついちゃったから、今は弾きたくないや」
ニヤニヤと話しながら香澄は僕の頼みを断る。
愛想のある笑みをこぼす彼女に、どうすればいいのか考える。
目についたのは、お盆に載ってあるお饅頭。
とりあえず、香澄に献上して、機嫌を直してもらおう。
「お願いします、香澄様。このお饅頭を二つ差し上げますので」
「ウチのお菓子を差し出されてもね~」
困った。
主導権を完全に握られてしまっているから、香澄が満足できるようにしなければならない。
悩んでいる僕を見かねて、香澄はポーズを取り始める。
「ん!」
両腕を大きく広げて、僕に期待するような視線を送るその姿は、何かを待っているようだった。
「……」
これは……ハグをして欲しいということだろうか。
彼女の部屋で、二人きりの空間。
香澄の行動で察してしまう。
どうしよう……。
これからするべきことに、内心慌ててしまう。
顔が熱くなり、頭の中が混乱し始めていくのが自分でも分かる。
恋人だから、そういうことは当たり前のことだと思う。
僕もハグしたいし、香澄が嬉しいならやりたい。
でも近くに明日香ちゃんがいるかもしれない中で、それを行うのは恥ずかしがり屋な僕にとって難行だった。
見られてしまったとき、恥ずかしさで精神的に撃沈してしまう。
『周囲に誰もいないところでやればいいんだよ!』
『彼女の可愛い頼みを応えるのが、彼氏の務めだろう?』
世間体と恋人を載せた天秤が激しく上下し、頭の中の意見が迷走してしまう。
「ん!!」
煮え切らない僕を見たからなのか、香澄は言葉を強くして、ポーズで強く主張する。
どうやら時間はあまりないようだ。
……よし、覚悟を決めよう。
軽く深呼吸を二回する。
香澄の強引な後押しに心の中で感謝し、彼女に近づく。
近づく度に、女の子特有の甘い匂いが大きくなる。
落ち着く匂いだなぁ……。
彼女との距離が無くなった僕は強すぎず、優しく触れるように抱きしめる。
「ん……」
安心したように声を漏らす香澄の言葉を聞いて、嬉しくなる。
こういう風に香澄なりに甘えにきてくれることに。
自分が彼女にとって信頼できる存在なんだと思われているようで温かい気持ちになる。
満足そうに香澄は息を漏らす。
どうやら、この感触を堪能しているようだ。
「もうちょっと、お願いしてもいい?」
「うん……、いいよ」
彼女が幸せそうにしている様子を感じながら、僕はしばらく抱きしめた。
「それじゃあ、行ってくるね。あっちゃん」
「いってらっしゃい。優さんも気をつけて」
「……うん。お邪魔しました」
少しの間をおいて、明日香ちゃんに別れを告げる。
ああ恥ずかしい。
確実に、明日香ちゃんに部屋でしていたことは分かっているだろうな。
さっきよりニヤニヤしている明日香ちゃんの顔を見て、すぐに分かってしまった。
目は口ほどに物を言うという言葉を、すごく体験した気分だ。
「たぶん、あっちゃんにはバレているね」
「そうだよね。うーん、明日香ちゃんにバレていると思うと、かなり恥ずかしいや」
頭を軽く掻いて、香澄の言葉に賛同する。
さっきの明日香ちゃんの顔を思い出すだけでも、顔の熱がぶり返しそうだ。
「あはは。私は、あっちゃんには見せても大丈夫だけどね。それに、優とああいう風に過ごしたかったのもあるの。優は……、嫌だった?」
照れくさそうに香澄は僕に向けて微笑む。
そんな香澄の嬉しそうな表情を見て、さっきまで抱えていた恥ずかしさが無くなっていく。
「……」
ずるいなぁ……、香澄は。
そんな顔でそう言われたら、嫌とは言えないよ。
「嫌じゃないよ。僕も……やりたいと思ったし。香澄から甘えてきてくれて、すごく嬉しいよ」
「えへへ、ありがとう。優なら、そう言ってくれると思ってたよ。ちょっと、ズルかったかな」
「そんなことないよ。これぐらいのズルなら、大歓迎だよ。……少し恥ずかしいけど」
「あそこが、香澄が言っていたライブハウス?」
「うん。あそこのライブで見つけたの。キラキラドキドキすることを」
香澄の後に続くようにライブハウスに入る。
店内に入ると、入り口のカウンターで座っている高齢の女性と目が合った。
「いらっしゃい。……この前の嬢ちゃんかい」
「こんにちは、おばあちゃん! 高校生で、チケット二枚下さい!」
「オーナーだよ。……1200円だよ」
お金を渡した後、高齢の女性――オーナーから緑色のチケットを手渡される。
「はい、ドリンク無料のチケット。……そこのアンタ」
「あ、はい」
オーナーから突然呼ばれたことに、軽く驚きながらも答える。
「バンドのライブは初めてかい?」
「初めてです。だから、どんなライブなのか、ちょっとワクワクしてます」
「そうかい。なら、楽しみに待ってな。良い時間を過ごせるから」
女性はひそかに笑うと、手に持っていた雑誌に視線を戻した。
無料チケットで買ったドリンクを飲み終えてから、ライブ会場の部屋に入る。
会場には何十人もの人がおり、ライブが始まるのを待っている様子だった。
「あっ……!」
誰かを見つけたのだろうか、一足先に香澄は僕たちと同じ年ぐらいの女の子に声をかけに行く。
「りみりん!」
「香澄ちゃん!」
「りみりんも来ていたんだね」
「うん。お姉ちゃんがライブに出るから見に来たの」
香澄と同じ高校の生徒だろうか。
話している二人に近付くと、ボブカットの女の子はこっちに気が付く。
「香澄ちゃん。この人って、まさか……」
「うん。紹介するね。高森優、私の恋人だよ」
「えっと、初めまして。高森優です」
香澄から『恋人』という言葉に少し照れながらも、自己紹介を始める。
「こ、こちらこそ初めまして! 牛込りみです。香澄ちゃんとは同じクラスメイトです」
牛込さん……?
『牛込りみ』という名前を聞いて、思い出す。
たしか、香澄が一緒にバンドをやらないかと誘っている女の子だったはず。
まだ、本人からOKをもらっていないと聞いているけど。
「さっき二人の話が聞こえたけど、もしかして、Glitter*Greenが出るの?」
Glitter*Green。
牛込さんのお姉さん『牛込ゆり』がライブしているバンドグループだと、香澄から聞いている。
「はい。一番目に出るんです。もうそろそろ始まると思うけど……」
牛込さんが話してからしばらくして、フロア全体の照明が暗くなり、ライブステージだけ明るくなる。
僕たちはステージの方に、視線を移す。
四人の女の子が、このライブのためであろう可愛らしい衣装を着て、舞台袖から登場する。
各々が配置につくと、ギターを持ったウェーブ髪の女の子がマイクを持って、こう言った。
「こんにちは! 今日は来てくれて、ありがとう! このライブで、少しでも私たちの演奏が皆の心の中に残れたら、嬉しいです」
「それでは、聴いてください」
ウェーブ髪の女の子がギターを弾き始めると、他の演奏者はその女の子が作る音に合わせていく。
演奏に沿ってギターの女の子は歌詞に意味を込めて歌いだす。
すごい……。
初めに思ったことがそれしかなかった。
テレビやパソコンごしから流れるライブ映像とは全く違う、生の演奏。
体験したことのないことだからなのか、身体に鳥肌が立ち、心が熱くなってくる。
もっと聴いてみたい……!
いつの間にか、強く握っている右手に気づきながらも、僕は彼女たちの演奏を目に焼きつけた。
「ライブどうだった、優?」
お姉さんと一緒に帰ると言った牛込さんと別れた後、本屋へ向かう道中、香澄がライブの感想を聞いてくる。
「すごかった。なんというか……、上手く言えないけど、心が熱くなって、今もまだその熱が残っている。感動したって……、ああいうことを言うんだね」
ライブで感じたことを香澄に伝える。
あれから、僕たちは他のバンドの演奏を熱心に聴いていた。
参加していたどのバンドも、僕の心の中に残るほど、素晴らしい演奏だった。
今でも思い出すと、鎮火し始めた熱が再燃しそうになってしまう。
「そうだよね! 私もワァーって熱くなって、早くあんな風にギターを弾いて、歌ってみたいよ」
「香澄も練習すれば、必ずできるよ。そのためにも、教本とかで勉強と練習しないとね」
「勉強かぁ……。苦手だけど、頑張らないと。 よーし、頑張るぞ!」
勉強という言葉に軽く落ち込むが、すぐに強く意気込んでいる香澄の様子に、笑みを浮かべる。
やる気に満ち溢れている彼女を見て、香澄がライブしている姿を想像してみる。
出てきたイメージは、彼女が満面の笑みでライブする姿。
香澄がライブしている所、見てみたいな。
明るく笑っている彼女を見ながら、僕はそう思った。