BanG Dream! 彼女と過ごす日常 作:トマトジュース
五月の中旬。高校生活に大分慣れてきた頃、放課後に学校の先生から一つの連絡があった。
『今月の最後の週に、中間テストが始まるからしっかり勉強するように』
先生のその言葉をきっかけに、テストに向けて勉強を始める人が増えた。
図書館や教室といった学校内で、友達と一緒に勉強する人。
自宅で自分のペースで勉強する人。
皆が自分のやり方で勉強している中、僕たちも同じように勉強を始めていた。
「よいしょっ……と」
両手で持っている大きな机を、壊さないようにゆっくりと置く。
ふぅ……と、息を軽く吐いた後、部屋の中の様子を確認する。
「掃除もしたから、汚い場所はない。机もさっき持ってきた。うん、準備は大丈夫だね」
あとは、これから来る二人を待つだけだ。
自室のセッティングが終わったことに満足した僕は、時計を見る。
「まだ時間があるな。それまで、何しようか……」
二人が来るまで何をするか考える。
一足先に、テスト勉強を始めようか。いや、リビングでテレビを見たりして寛ぐか。
ピンポーン
あれこれと考えているうちに、呼び鈴が鳴ったことに気づく。
「もう来たのかな?」
玄関まで行った僕はドアを開けて、ドアの先にいる人物を見る。
入り口にいたのは、笑顔で待っていた彼女の姿だった。
「いらっしゃい」
「こんにちは! 予定より早く来ちゃったけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。ちょうど、部屋の準備が終わったところだったから」
「そうなんだ、ありがとう。おじゃましまーす!」
明るい声で挨拶する香澄の声を聞きながら、部屋に案内する。
「まだ友哉も来ていないから、ゆっくりしてね」
「うん! は~、やっぱり優のベッドは気持ちいいね~」
床に荷物を置くと、香澄は一目散に僕のベッドに横になって寛ぐ。
言葉以上にゆっくり過ごしている彼女に苦笑いをこぼす。
「分かっているけど、まだ寝ちゃだめだからね。これからテスト勉強をするんだから」
気持ちよさそうにしている彼女に軽く注意する。
勉強するためにウチに来ているのに、勉強せずに眠ったまま過ごすのは本末転倒だ。
「分かっているよ~。勉強前の休憩~」
「休憩するようなことは、まだしていないでしょ」
語尾を伸ばして話す彼女に突っ込みを入れる。
「優もこっちに来て、一緒に横になろう」
「狭くさせちゃうからやめとくよ……って、場所を無理に作らなくていいよ」
断ろうとした矢先に、隅っこの方へ移動して香澄は場所を作り始める。
「ほらほら! こっちこっち」
ポンポンとベッドを叩いて、こっちに来るように香澄は呼びかける。
「……しょうがないなぁ」
彼女にそこまでさせて断るわけにはいかない。
僕は軽く咳き込んで、ベッドに向かう。
「素直じゃないね~。耳が少し赤いよ」
こっちの気持ちを分かっているのか、ニヤニヤと笑う香澄を無視して隣りで横になる。いつもと違う視点で彼女を見るのはどこか新鮮に感じた。
「なんとか入るもんだね。窮屈にさせてない?」
「大丈夫だよ。このままゆっくりしよう」
明るい笑顔で話す彼女に誘われるまま、僕もゆっくり寛いだ。
「ねぇ、優……」
隣りにいないと聞こえないぐらい、ぼそりと彼女は呟く。
置いてあった枕を弄っている手を止めて、香澄に目を向ける。
「お願いがあるんだけど、いい?」
普段の彼女とは違う明るい声ではなく、どこか甘えるような声。
俯いていて顔がよく見えないが、耳を赤くしながら彼女はゆっくりと僕の手に触れて、握ってくる。
香澄の様子を見て、今までの彼女の甘え方を振り返る。
彼女はどうしたいのか。少し分かってきた僕は彼女を安心させるように優しく答えた。
「大丈夫だよ。どうしたの?」
僕の言葉を聞いて安心したのか、香澄は俯いた顔をあげる。
「頭撫でてくれる? 優に触れてもらうの、温かくて好きだから」
「もちろんだよ」
上目遣いで、どこか照れるようにお願いする彼女に応えるため、彼女の頭に手を乗せる。
優しく、ゆっくりと撫でる。
「えへへ……気持ちいい」
目を細めながら、静かに喜んでいる香澄を見て、僕も嬉しくなる。
香澄が喜んでくれて、よかった。
嬉しそうにしている彼女を見ながら、僕はしばらく撫で続けた。
ピンポーン
香澄とベッドでまったり過ごしていると、インターホンが鳴っていることに気付く。
時計を見ると、勉強会を始める5分前だった。
「友哉かな? それじゃあ、行ってくるね。早く勉強の準備をするんだよ」
「はーい」
香澄に準備するように促し、玄関に向かう。
ドアを開けた先にいたのは、中学からの友人――
きさくな人で、中学の頃から香澄と三人でよく遊ぶ仲である。
そんな彼とは高校も一緒で、同じクラス。
初めての高校生活で緊張していた僕が、今も楽しく過ごせるのは彼のおかげかもしれない。
「いらっしゃい」
「お邪魔するぜ。香澄の靴があるが、もう来ているのか?」
「うん。早めに来て、僕の部屋で寛いでいるよ」
玄関内にある彼女の靴を見て、疑問に思っている友哉に、香澄がすでに来ていることを説明する。
「珍しいな。中学の時は、いつも時間ギリギリだったのに……」
思ってみれば、たしかにそうだ。
中学から一緒に過ごしていた友人の驚いた言葉に、おもわず頷く。
今回みたいに勉強会をする時、香澄は始まる時間ギリギリに来ることが多くあった。
今回はどうして早く来たんだろうか……?
僕も疑問に思っていると、しばらく考えていた友哉は、「ああ……、なるほど」と納得した様子で僕の顔を見て呟く。
「何か分かったの?」
「確証はないが、一つ言えるのは、相変わらず香澄がお前にべた惚れなのはよく分かったよ」
「あ! 友哉久しぶり。元気にしてた?」
「当たり前だろ。久しぶりだな香澄。……なんかやけにイキイキしているが、優のおかげか?」
勉強の準備をしている香澄に、友哉は面白そうに訊いてくる。
長年の付き合いで、友哉のワザとらしい様子に気づいたのか、香澄はいたずらっ子のように満面の笑みで答える。
「うん! 優から元気もらったおかげだよ。ありがとう、優」
「恋人から嬉しい言葉をもらったわけだが、どうなんだ彼氏さん」
「……恥ずかしいからノーコメントで。早く勉強始めるよ」
二人のからかいに軽い危機感を感じた僕は、肘で小突いてくる友人に苦し紛れの言い訳をして、床に座る。
そんな僕の反応を見て、二人は分かりやすいようにコソコソした会話をする。
「照れてるな」
「照れているね」
二人の的確な言葉に恥ずかしさが増してくる。
なんだろうこの精神的な仕打ちは。穴があったら入りたいほど、身を隠したい気分だ。
「冗談はこれぐらいにして、優がふて寝していないうちにさっさとテスト勉強を済ませるか」
「そう思うんだったら、ほどほどにしてよね。何から勉強する?」
二人にどの科目から勉強するか聞いてみる。
得意科目から始めるか、それとも苦手科目を先に勉強して、後々の勉強を楽にするか。
時間はたっぷりあるから迷ってしまうな。
「だったら、先に苦手科目を勉強しない? 分からないことは三人で解決した方が良いし。私も分からないことは、優と友哉に教えてもらおうと思って」
先に提案したのは香澄だった。
苦手科目から勉強することを提案する彼女に、僕と友哉は賛成する。
「僕もその提案に賛成。苦いものは、後回しせずに早めに終わらせた方がいいと思うからね」
「そうだな。だけど全教科は無しだからな、香澄。せめて3つぐらい科目絞っておけよ」
「私だって、少しは勉強は出来るよ! 何気に酷くない?」
「悪い悪い」
不満げに香澄は話すが、その言葉に嫌悪感は無く、どこか親しみがあった。
冗談で話している香澄に気付いていたのか、友哉は軽く謝る。
二人のやりとりを見て、懐かしくなった僕はクスッと笑う。
高校生になっても変わらない。中学から見ているいつもの光景だった。
「それじゃあ、始めようか。大変だけど頑張ろう」
勉強を始めてから、数十分が経過しただろうか。
解答欄に答えを書く手が止まり始める。
分かっていたけど、苦手なものを見るのは苦しいなぁ。
問題文を見る顔が、自分でも険しくなってきているのが分かる。
自分にとって嫌な科目の問題を見ることに、苦痛を感じてしまう。
後回しして得意科目の勉強へ変更したいと、甘い誘惑を受けたくなるが、二人の頑張っている様子を見て、甘かった気持ちを引き締める。
「う~」と睨みつけるかのように問題文を見ている香澄。
真剣な様子で問題に取り組んでいる友哉。
僕も負けずに頑張らないと!
心の中で喝を入れながら、僕も問題に取り掛かった。
分からないことは三人で教え合いながら、少しずつ問題を処理する。
最後の問題を解いて、軽く息をつき、時計を見てみる。
あれから、二時間ぐらいが経過していた。
時間的にキリが良いし、そろそろ休憩してみるのもいいかもしれない。
僕は二人に提案する。
「そろそろ休憩しない?」
「そうするか。はぁーー、疲れた」
重いモノを吐き出すようにため息をつくと、友哉は身体を後ろにそらして伸びを始める。
「うん。もう疲れた……」
力なく答えた香澄は机にもたれかかる。
「お茶菓子持ってくるから、ちょっと待っててね」
「俺も手伝うぜ。一人じゃ大変だろ?」
「ありがとう。お願いするよ」
友哉と一緒にリビングへ向かい、お茶菓子の準備をした。
飲み物を用意するために、冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぐ。
リビングに、僕たち以外の人がいないことを気にしたのか友哉は聞いてくる。
「そういえば、お前の家族が見えないが、出かけているのか?」
「うん。真由と母さんは買い物に出かけているよ。お菓子は何が食べたい?」
「そうなのか。悪いな、甘い物で」
甘めのお菓子も一緒に用意し、部屋に戻る。
「用意できたよ。はい、お疲れ様」
「ありがとう!」
ジュースを香澄に渡し、僕もジュースを飲む。
勉強で疲れているせいなのか、いつもより甘くて美味しく感じた。
しばらく三人で一息ついていると、友哉が話を切り出した。
「そういえば、ギターの方はどうなんだ、香澄? 優からは、教本を使ったりして練習していると聞いているが」
「ふふん! 上手くなったよ。『きらきら星』をひと通り弾けるようになったの!」
友哉と僕に見せつけるかのようにピースしながら、香澄は上達したことを嬉しそうに報告する。
「もう弾けるようになったんだ。頑張ったね、香澄」
教本を買う前は、たどたどしい演奏で苦戦していたのに。あれから練習して上手くなったんだね。
香澄の成長に心がほっこりする。
「お、おう。上達ぶりがいまいち伝わらないが、とりあえず頑張っているみたいだな」
何を言えばいいのか、微妙な表情をしながらも友哉は香澄を誉める。
「もちろんだよ。ライブすることになったら、友哉も呼ぶからちゃんと予定空けといてよ?」
「いいぜ、約束する。いい演奏を期待しているから、他の曲も練習しとけよ」
「それじゃあ、少し行ってくるね」
「おじゃましましたー!」
「おじゃましました。いやー、苦手科目を終わらせて良かった」
すでに買い物から帰ってきている妹に、気分転換を兼ねて途中まで二人を送ることを伝えてから、僕も外に出かける。
勉強を終えた達成感からなのか、僕たちはスッキリとした顔で道路を歩きはじめた。
夕暮れ時に来る風は、少し暖かく、疲れた頭を癒してくれる。
「一緒に出て正解だったよ。風が気持ちいい……」
家で休むのも考えたけど、こうして外に出て気分転換するのも良いかもしれない。
「うん。一仕事を終えた感じだよ」
気持ちよさそうに香澄は深呼吸をしていると、夕日色に染まっている空に気づく。
「見て! 夕日だよ!」
「お~。雲一つないから、余計に綺麗に見えるな」
「わーー。綺麗だね」
うっとりした感じで、香澄は夕日を眺めながら呟く。
夕日に照らされた彼女の顔は、いつも見ている可愛さとは違って、どこか綺麗な感じがあった。
こういう顔もするんだ……。
綺麗な笑みを浮かべている香澄に見惚れていると、彼女が僕の方を見てくる。
「どうしたの、優? もしかして、私に見惚れちゃった? なーんてーー」
「うん。見惚れちゃった」
「え……?」
「綺麗だよ」
しんっ……と、周りの音が静まり返った。
「あれ……?」
自分が何を言葉にしたのか、一瞬分からなかったが、少しずつ理解し始める。
僕は今、恥ずかしいことを言っているのではないだろうか?
冷ましたばっかの頭の熱が、急速に熱くなり始める。
「えっ…と…あの……、あぅ……」
何かを言おうとしているが、うまく言葉に出せず、戸惑っている香澄。
その顔は真っ赤に染まっていて、嬉しさや恥ずかしさが入り混じっているようだった。
しどろもどろになっている彼女の姿は、さっきまでの綺麗とは違って、とてもかわいく見えた。
「……ありがとう」
か細い声で香澄は話すと、すぐに顔を俯かせる。
そんな彼女の可愛らしい仕草を見た僕も、そのまま直視できず、彼女と同じように顔を俯かせる。
本心を伝えたことの恥ずかしさと香澄の可愛い姿に、顔を上げることは出来なかった。
「あー、聞こえてるか? 聞こえているなら、返事してくれると助かる」
「「!?」」
友哉の言葉に、尋常じゃないほど驚く。
そういえば、友哉もいたんだ……!
僕たち以外にも、もう一人いたことに今更ながらに気づいてしまう。
「わ、私! 家こっちだから! そそそれじゃあ!」
早口でまくしたてながら、香澄は勢いよく走り去る。
夕日に向かって全速力で走る彼女を、僕たちはただただ見つめるしかなかった。
「行っちゃったな……。お前は大丈夫か?」
「あ、うん……。……なんとか大丈夫かも」
心配してくる友哉に大丈夫なことを伝える。
「そうか。とりあえず、俺も帰るな。お前は少し頭を冷やしてから、家に帰ったほうがいいぞ」
「うん、そうするよ」
「それじゃあな」
友哉が帰る姿をしばらく見てから、僕も帰る方向へ歩きはじめる。
さっきまで早鐘のように鳴っていた心臓は、静かに戻り始めていた。
『……ありがとう』
……しっかりと冷ましてから、帰ろう。
小さい声ながらも、精一杯に伝えた彼女の顔が頭の中に離れないまま、僕はゆっくりと家に向かった。