BanG Dream! 彼女と過ごす日常   作:トマトジュース

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第七話

和月(わづき)、大好きよ」

 

「……はいはい、ありがとう」

 

 

小学一年生の頃の、とある休日の日。

ソファーで寛いでいるお母さんの言葉に、お父さんはぶっきらぼうに冷たい対応をする。

だけど、心なしか父の顔はどこか嬉しそうな感じがあった。

 

昼寝している小さな妹を寝室に運んでいった父を、母は面白そうな目で眺めていた。

 

母が父に大好きだと伝えるのは、実は初めてではない。家の中で静かに過ごしている時、たまに母は父に言うことがある。

 

物心がついてから何度も見ている光景だった。

二人が嬉しそうだと、見ている僕も嬉しくなる。だけど、一つの疑問が僕の中に残っていた。

 

 

 

どうして、お母さんは大好きと伝えるんだろう?

 

 

 

そんな母の行動が気になった僕は、隣に座って聞いてみた。

 

 

「ねえお母さん。そういう言葉って、普通特別な時に、お父さんから言うものじゃないの?」

 

記念日や誕生日、デートの時や二人きりの時に男の人が言うものだと、テレビで見たことがある。

だから、その場面とは全く違う時で伝える母が、その時の僕はよく分からなかった。

 

「どうして、お母さんが言うの?」

 

「そうね……」と、お母さんは顎に手を乗せて、天井を見ながら考える。

 

 

しばらくして、母は穏やかな笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここが山吹ベーカリーなんだ」

 

 

明るい雰囲気のある店内の周りを見てみる。

多くのパンが綺麗に陳列されていて、色々なパンを見るのが楽しくなる。

 

時刻は15時過ぎ。

デートの途中、僕と香澄は山吹さんのお店『山吹ベーカリー』に来ていた。

 

美味しい匂い……。何を買おうか迷っちゃうな。

焼きたてのパンから出る香ばしい香りに、どのパンを買おうか悩んでしまう。

どれも美味しそうだから、選ぶのに時間がかかりそうだ。

 

 

「さーやのパン、すごく美味しいんだよ! 美味しいから、帰りによく買っちゃうんだよね」

 

「あはは、私が作っているわけじゃないけどね。でも、どれも美味しいのは保証しますよ」

 

自分のことのように話す香澄に、山吹さんは照れながらもパンの美味しさに太鼓判を押す。

 

 

「どれにしようかな……」

いくつものパンを見ながら、考える。

色々と食べてみたいけど、とりあえず自分と香澄の好きなものを選ぼう。

 

どのパンを買おうか決めていると、レジカウンターから小さな女の子がこっちに近付いてくる。

 

 

「香澄お姉ちゃん! こんにちは!」

 

 

「さーなん! こんにちは!」

元気よく挨拶する女の子に、香澄も元気に答える。

香澄に倣って、僕も挨拶をする。

 

「こんにちは。山吹さんの妹さん?」

 

「はい。沙南って言うんです。弟の純もいますけど、今日は遊びに行ってまして」

 

山吹さんは三人姉弟なんだ。僕も妹がいるし、同じだな。

同じ兄と姉の立場ということに親近感が湧いていると、沙南ちゃんはワクワクした様子で香澄に話しかける。

 

「ねえ香澄お姉ちゃん、遊ぼう!」

 

「ごめんね、沙南。お姉ちゃんたちは、これから出かける用事があるんだから駄目なんだよ」

 

「そっかぁ……」

山吹さんの言葉に沙南ちゃんはしょぼんと落ち込む。そんな落ち込んでいる沙南ちゃんに、香澄は自信を持って話した。

 

「私たちなら、大丈夫だよ! いいかな、優?」

 

僕の方を見て、香澄は確認をとる。

ニヤリと笑っているその顔を見て、僕は頷いた。

 

「うん、大丈夫だよ。楽しんできて」

 

来る言葉を待っている彼女に、明るく答える。

 

 

「さすが、優! よーし、さーなん遊ぶぞーー!」

 

「ありがとう! 香澄お姉ちゃん! お兄さん!」

 

沙南ちゃんはお礼を言うと、先に山吹ベーカリーを出ている香澄の背中を追いかけていった。

 

はしゃぎながら外に出ている二人を見て、思わず目を細めてしまう。

 

 

二人とも元気だなぁ。

遊び始めようとしている香澄たちを眺めていると、山吹さんは申し訳ないように謝る。

 

「ごめんなさい。せっかくのデートなのに」

 

「いえいえ! 気にしないでください。僕と香澄も考えていたことは同じみたいでしたし」

 

片手でブンブンと横に振りながら、僕は笑って答える。

 

沙南ちゃんを悲しませたくない。

その気持ちは、僕たち二人とも一緒だった。

 

だから、彼女の迷いのない目を見て、僕はすぐに決断することができた。

 

「ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです。香澄の事、よく分かっているんですね」

 

「たまたまですよ。まだまだ知らない部分がたくさんありますし。でも知っていくのが楽しみだったり、知った時は嬉しいんですよ!」

 

 

彼女とこうして一緒に過ごしていても、知らないことを発見することがある。

 

こういった服装が着てみたいんだ。

あのぬいぐるみが好きなんだ。

こんな可愛い仕草をするんだ。

 

知っているようで知らなかったりする。それを見つける度に、まだまだだなぁと反省してしまう。

だけど、彼女のことを少しずつでも知ることができて良かったと、嬉しく思う。

 

 

「これからも傍で見ていきたいな……って。ごめんなさい、勝手に話しちゃって!」

 

「いえいえ。いい話が聞けて良かったです。香澄のことを話している高森さん、楽しそうでしたよ」

 

「あはは……」

 

思った以上に、熱が入ってしまった……。

ニコニコと笑う山吹さんの視線に、恥ずかしくなった僕は彼女から視線を外す。

 

 

「二人とも似ていますね」

 

「似ている、ですか?」

山吹さんの言葉の意味が分からなかった僕は、思わず聞き返してしまう。

 

 

「はい」と、山吹さんは微笑みながら答える。

 

 

「香澄も高森さんのことを話すとき、いつも嬉しそうに話すんです。こっちまで香澄の気持ちが伝わるぐらい。聞いていた私も、なんだか温かい気持ちになるんですよ」

 

「香澄が……」

 

山吹さんの話を聞いた僕は、ぽつりと呟く。

 

 

恥ずかしい……。だけど、それ以上にすごく嬉しい。

 

山吹さんの笑顔を見て、伝わってくる。

香澄が自分のことを嬉しく語っていることに。

 

それが分かった途端、胸の中で嬉しさがどんどん湧き上がってくる。

説明できないぐらい、様々な温かな気持ちがやってきて、恥ずかしさを吹き飛ばしてくれる。

 

どうしよう。今、表情がかなり緩んでいると思う。

 

誰でも分かるぐらい、今の僕は嬉しそうに笑っているだろう。

そう自覚しながら、僕は山吹さんにお礼を言った。

 

 

「……教えてくれてありがとうございます、山吹さん。すごく嬉しいです」

 

「いえいえ。私が勝手に話していただけですし」

 

「そんなことはないですよ! 山吹さんが話してくれたおかげで、こんなにも嬉しい気持ちになれました!」

 

現にこうして山吹さんが話していなければ、こんなに嬉しいことは起きなかっただろう。

教えてくれた彼女には感謝しかない。

 

 

 

「ありがとうございます、山吹さん」

 

 

 

「……」

 

「あの、山吹さん?」

 

ポカンとしている山吹さんに、僕は呼びかける。

何か不味いことを言ってしまったのだろうか……。

内心焦っていると、すぐに山吹さんは呆然とした顔から親しみやすい笑顔へ変える。

 

「いえ、何でもないですよ! ……高森さん、律儀ですね」

笑って話す彼女の姿を見て、ひとまず安心する。

どうやら、おかしな発言はしていなかったみたいだ。

 

「思ったことをただ口にしているだけですよ。……たまに、それのおかげで香澄に怒られることがありますけど」

 

「ふふ、言葉には気をつけないとですね」

 

クスッと笑う山吹さんを見て、僕もつられて笑ってしまう。

 

彼女と雑談を交わしながら、僕はいくつかのパンを買った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山吹ベーカリーを出て、香澄達がどこにいるのか歩きながら周りを見てみる。

たしかここら辺で遊んでいたのを見たが……。

 

 

「待てーー!」

香澄の元気な声が大きく聞こえてくる。声からして近くにいるみたいだ。

声の跡を辿って歩いていくと、香澄が沙南ちゃんを追いかけていた。

 

 

「わーー!」

鬼ごっこだろうか、鬼役であろう香澄から沙南ちゃんは楽しそうに逃げている。

全力で逃げている沙南ちゃんに負けじと、彼女も全力で走って追いつこうとしていた。

 

 

邪魔しちゃ悪いし、終わってから行こう。

 

無邪気な笑顔で遊んでいる二人の邪魔をしないように、遠くから見る。

 

「捕まえたーー!」

 

「捕まっちゃった~」

しばらくして、香澄は沙南ちゃんを勢いよく捕まえる。捕まった沙南ちゃんに負けた悔しさはなく、どこか嬉しそうだ。

 

終わったことを確認した僕は二人に向かって歩く。

 

「あっ、優! 買い物は終わったんだね。何を買ったの?」

 

「とりあえず、僕たちの好きなパンを買ってきたよ。近くに公園があるし、あとで食べようか」

 

「うん! さーやのパンはすごく美味しいから、優と一緒に食べるの楽しみだなあ」

楽しく話す香澄に笑みをこぼしていると、沙南ちゃんはどこか喜んだ顔で香澄を見ていることに気が付く。

気になった僕は、沙南ちゃんに聞いてみた。

 

「どうしたの、沙南ちゃん?」

 

「香澄お姉ちゃん、すごく嬉しそうだなって思ったの。お兄さんとは恋人同士なの?」

 

「え?」

 

沙南ちゃんの純粋な質問に、思わず戸惑ってしまう。

改めて聞かれると、少し照れくさいな。

 

照れ隠しに頭を掻いていると、香澄は満面な笑顔で沙南ちゃんに答えた。

 

 

 

「そうだよ。お姉ちゃんにとって、大切な人なの」

 

「!?」

 

瞬間、頭に衝撃が走る。

香澄の不意打ちに似た言葉に、頭の中が揺さぶられる。

 

 

大切な人? だれ? ……僕か!?

 

揺さぶられた脳が、言葉の意味を求めて活動し始める。

彼女の爆弾発言を理解すると、顔が急激に熱くなっていくのが分かる。

 

 

嬉しいけど、恥ずかしすぎる!

今回ばかりは、恥ずかしさの方がかなり勝っていた。

心なしか、沙南ちゃんは目を輝かせているように見える。

 

「どうしたの、優? もしかして、疲れちゃった?」

 

僕の様子がおかしかったからなのか、香澄は心配して聞いてくる。

聞いてきた彼女はいつもどおりに話していた。

 

 

「え? あー、大丈夫だよ!」

心配する彼女に、慌てて答える。

……僕が気にしすぎなんだろうか?

当たり前のように接している彼女を見て、なんだか気恥ずかしさを感じてしまう。

 

 

そんな僕を余所に、ホッとした香澄は軽く注意する。

 

 

「ならよかった。でも、本当に疲れたなら言ってね」

 

「ありがとう。その時はしっかり甘えるから、お願いするよ」

 

「任せて! よーし、さーなん。もう一回鬼ごっこしようか!」

 

「うん!」

 

 

二人は元気な声を出して、もう一度走り出す。

 

 

……とりあえず、終わるまでには頭を冷ましておこう。

熱くなっている頭を冷ましながら、僕は元気よく走っている二人を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、沙南ちゃんを呼びにきた山吹さんと別れを告げた僕たちは、公園で一休みしていた。

夕焼けで色が変わっているベンチに座って、買ってきたクリームパンを食べる。

 

 

「美味しい……」

 

 

パンがもちもちしていて、クリームがパンの風味と相まって甘く美味しく感じる。

うん。たしかに香澄の言う通り、学校帰りに食べたくなってしまう。

 

値段が学生に優しいし、小腹が空いたときや軽食を食べる時にはちょうどいいかもしれない。

今度、友哉を誘って帰りに買い食いしてみようかな。

 

そう考えている時、隣から甘い声が聞こえてくる。

 

「チョココロネ美味しい~」

 

香澄は美味しそうにチョココロネを頬張っていた。

 

 

和むなぁ……。

目尻を下げて喜んでいる彼女の姿に、思わず頬が緩んでしまう。

 

香澄の素直な行動を見て、ふと彼女がさっき言ったことを思い出す。

 

 

 

『お姉ちゃんにとって、大切な人なの』

 

大切な人……。

 

胸の中で、また温かい気持ちが芽生えてくる。

うぬぼれかもしれないが、あの言葉は自然に出た言葉だろう。

 

 

当たり前のように、『大切な人』だと言ってくれる彼女に、僕は嬉しさを感じていた。

 

 

僕も、何か香澄に言いたいな……。

彼女が僕にそう伝えたように、僕も何か彼女に伝えたい。

そう思った時、頭の中に小さい頃の思い出がよぎる。

 

 

小さい時、どうして母さんは気持ちを伝えるのか聞いたあの頃。

 

 

 

そういえば昔、母さんが話していたな……。

 

 

 

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「気持ちを伝えたいからよ。お父さんに大好きな気持ちを」

 

「気持ちを?」

 

幼かった頃。

どうして父に気持ちを伝えるのか、母に聞いたあの日。

僕は母さんの言葉を繰り返しながら聞いていた。

 

「ええ、お父さんもお母さんも嬉しくなるから。優は、お母さんたちのことは大好き?」

 

「大好きだよ! お母さんもお父さんも、真由も!」

自信満々に、声を大きくして言った僕に、母さんは笑顔で答える。

 

「ありがとう。お母さんも大好きよ。優に言ってもらえて嬉しいわ」

 

「僕もお母さんに言われて、すごく嬉しいよ! お母さんの言ったとおりだね!」

 

胸の中が優しい温かさに包まれて、元気な気分になる。

母の温かい言葉に、嬉しくなった僕はやや興奮気味に話していた。

 

「特別な日に伝えるのも大事だけど、そういう嬉しい気持ちを伝えるのに時間や場所は関係ないと思うの」

 

僕の頭を優しく撫でながら、母は話し続ける。

その手に少しだけくすぐったくなった僕は、母さんの顔をもう一度見る。

 

その時に話していた母の顔は、僕が大好きな温かくて優しい笑顔だった。

 

「こんなにも、みんなを温かい気持ちにさせてくれる。だからお母さんは、これからもお父さんに大好きを伝えるわ。もちろん、優と真由もね」

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

……気持ちを伝える。

自分の好意を、改めて恋人に伝えるのは、ある意味勇気が必要だと思う。

照れくさいし、かなり恥ずかしいかもしれない。

 

でも、伝えたい。

胸の中で積み重なったこの想いを、彼女に伝えたい。

 

 

大丈夫。

 

落ち着いて。

 

彼女からもらった温かい気持ちが、もう一歩踏み出そうとしている僕を後押ししてくれる。

 

 

深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 

 

「香澄」

チョココロネを食べ終えて、夕日色の空を眺めている彼女を呼ぶ。

 

「ん?」

微笑みながら、香澄は振り返る。

目に映るのは、見ているこっちが元気になる彼女の笑顔。

これからも、隣で見ていきたい彼女の優しい笑顔。

 

 

その笑顔を見て、僕は言葉を口にした。

 

 

 

 

 

自分の想いを、しっかり込めて。

 

 

 

 

 

 

「大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

魔法がかかったように香澄の体が止まる。

その顔は驚いており、目を何度もパチパチとしている。

赤くなり始めている彼女の顔は、何を言えばいいのか戸惑っていた。

 

 

「ど、どうしたの、急に……!」

真っ赤な顔をして、上擦ったような声で香澄は話す。

たどたどしく話す彼女の姿は、普段見せている元気な可愛さとは違って、どこか守りたくなるような可愛さがあった。

 

 

「気持ちを伝えたかったから、香澄に」

戸惑っている彼女に、素直に答える。

 

「ありがとう。大切な人って言ってくれて。香澄に大切に想われていて、すごく嬉しかった」

自分の想いを、ゆっくりと言葉にする。

少しでも、彼女に伝わるようにと願いを込めながら。

 

 

「僕にとっても、香澄は大切な人だよ」

 

 

僕がそう言った後、香澄は顔を俯かせる。

何も反応せず、少しだけ見えた彼女の口は未だ閉じていた。

 

「……」

静かな時間が流れる。

耳に届くのは、風で茂った木が小さく揺れる音。

 

ハッキリと聞こえてくるその音を聞きながら、彼女の言葉を待つ。

しばらくして、香澄は静かに口を開いた。

 

 

「……優はズルいなぁ。すぐそういうことを言う……」

文句を言うように彼女は話すが、その声は嬉しそうで、どこか優しさを感じた。

香澄は言葉を続ける。

 

 

「……もう一回、言って。好きって……」

小さい声。

だけど、しっかりと呟いた彼女の甘える声。

振り向いた彼女の顔は、見惚れるほど優しい笑みをして、僕の言葉を嬉しく待っていた。

 

 

 

「大好きだよ、香澄」

 

胸を張って、彼女にもう一度伝える。

 

 

 

香澄はさらに隣へ近づき、自分の身体を僕に預けてくる。

ちょっとした空いているスペースもない、密着した距離。

彼女の頭が、僕の肩にゆっくりと触れる。

 

「……すごく嬉しい。胸の中がポカポカして温かいよ」

普段話している言葉とは全く違う、静かに感情がこもった彼女の言葉。

喜びが強く感じられるその言葉は、僕の心にじんわりと染み渡り、胸の中を温かくさせる。

 

 

「私も大好きだよ……。優と一緒に過ごす時間はね、こんなにも嬉しくてドキドキするんだよ」

僕の手を、香澄はギュッと優しく握る。

握られた手からも彼女の気持ちが伝わってくる。

 

 

 

「ありがとう……。優に出会えて、本当によかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらい、時間が経っただろうか。

オレンジ色に染まっていた空が、だんだん暗くなり始めていた。

 

「ねえ、優。まだ帰るのに時間はあるよね?」

 

「うん。時間はまだあるけど、どうしたの?」

 

「そうだよね」と分かったように話を進める香澄。

何かを思いついたかのように、彼女はニンマリと笑っていた。

 

「だったらさ、少し遠回りにして帰らない? もうちょっとだけ、優と一緒に居たいと思って……」

頬をほんのりと赤く染めながら、香澄は僕を誘う。

どこか期待するような目で、見つめてくる彼女に僕は笑顔で賛成した。

 

 

「うん、帰ろう。ゆっくりとね……」

 

「ありがとう。それじゃあ、行こうか!」

 

ベンチから立ち上がる。

立ち上がった時、僕の前に出している香澄の手が目に入る。優しく触れるように、指を絡めながら彼女の手を繋ぐ。

 

「えへへ……」

嬉しそうに笑う彼女を見て、僕も一緒に笑う。

 

彼女にもらった温かな気持ちを胸に、僕たちはゆっくりと歩きはじめた。

 

 

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