BanG Dream! 彼女と過ごす日常 作:トマトジュース
賑やかな声が、学校内から聞こえてくる。
輪投げや釣りをして勝負を楽しんでいる生徒達。
祭りの雰囲気を楽しみながら、好きな人と校舎内を散策しているカップル達。
友達と一緒に、出店にある食べ物を舌鼓している人達。
明るい気持ちが宿っているたくさんの声が、花咲川女子高校に入ったばかりの僕達の耳に入ってくる。
「すごく盛り上がっているね。どこへ行こうか迷っちゃうな……」
楽しい声につられ、ワクワクした気分で正門から校内まで並んでいる出店を見る。
輪投げや射的もあるし、色々遊んでいきたいなぁ。いや、あそこで作っている綿菓子を食べるのもいいかもしれない。
「おいおい。色々行きたい気持ちは分かるが、迷子にはなるなよ。まだ香澄は来ていないから」
あれこれと見ていると、友哉から注意を受ける。だけど、その表情は僕と同じように楽しそうだった。
声の雰囲気からでも固さはなく、柔らかく話しているのを見て、友哉もこの日を楽しみにしていたかもしれない。
今日は『咲祭』という花咲川中学校と高校が合同で開催する文化祭。
香澄から誘われた僕と友哉は、彼女達の学校に遊びに来ていた。
「あはは、ごめん。そういえば集合時間より早く着いちゃったし、どうしようか?」
友哉に軽く謝り、次の予定はどうするか訊いてみる。
校内を巡りながら呼び込みをしている香澄と合流して、そのまま彼女のクラスへ向かう予定だったが、まだ香澄の姿が見えない。
彼女が来るまで、空いている時間を何か使った方が良いかもしれない。
「それだったら、あそこの綿菓子を食べながら待たないか? 俺もそうだけど、優も気になるだろ?」
ニヤリとした笑みで聞いてくる友哉に、僕は軽く驚く。
まさか気づかれるとは思わなかった。
考えを見抜かれたことに少し恥ずかしさを感じながら、友哉の言葉に頷く。
「うん。実はどんな美味しさなのか気になっていて」
「お前は分かりやすいからな。さっさと買いに行こうぜ」
綿菓子屋についた僕たちは、引換券を受付の人に渡した。
棒に包まれていく綿が大きく形になっていくのを眺めながら楽しみに待つ。
「おまたせしました! どうぞ!」
元気な笑顔で迎えてくる学生から、綿あめを落とさないように受け取る。
待ち合わせ場所に戻りながら、僕たちは食べ始める。
「美味いな」
「うん。買って正解だったね」
友哉の言葉に頷く。ふわふわした食感で、ほどよい甘さが口の中に広がってくる。
綿菓子の味を堪能していると、きょろきょろと周りを見ている香澄を遠くから見つけた。
「香澄ーー!」
周りの声に呑まれないように、彼女の名前を大きく呼ぶ。
呼び声に気づいた香澄は、僕たちの方を見つけると明るい笑顔へと変える。
「優ーー!」
嬉しそうな声で、僕の名前を呼びながら彼女は僕たちの方へ近づく。
彼女が来るのを笑顔で迎える。
「今日は二人とも来てくれてありがとう! 楽しんでね!」
そう言った後、僕たちが食べている物に視線を移す。
「ソレ、すごく美味しいって噂になっているんだよ。いいなぁ~」
「食べてみる? 少し食べかけだけど」
羨ましそうにしている彼女に、僕は聞いてみる。
幸い、二口しか食べていないから食べられる部分は多くある。
僕の提案に、彼女は表情を嬉しく変えた。
「食べる!」
「はい。落とさないように気を付けてね」
元気よく返事する香澄に笑みをこぼしながら、綿あめを渡す。
棒を掴もうと彼女の手が近づくが、急にピタッと止まり始めた。
「……」
「どうしたの?」
不思議に思った僕は、彼女の顔を見てみる。
その顔は何か思いついたのか、悪戯っぽく笑っていた。
「優に食べさせて欲しいなぁって」
微笑みながら、香澄は僕にお願いする。
彼女の甘える言葉と期待が籠めてある視線に、思わず困惑してしまう。
「えっと……」
一言を漏らして、左手で頬をかきながら、どうするべきか考える。
二人の時なら大丈夫なんだけど、ここには僕だけでなく友哉もいる。さすがに友人の前で行うのは、いささか恥ずかしい。
断るべきか一瞬考えるが、彼女の期待している表情を見て、その考えはすぐになくなる。
……きっと、喜ぶだろうな。
思い浮かぶのは、満面な笑顔で食べている彼女の姿。綿あめの甘い美味しさもあって、かなり喜ぶだろう。
そんな香澄の笑顔を見たいという気持ちが出てきて、止まっていた綿菓子が動き始める。
「安心しろ、優。俺は違う所へ向いとくから」
声の方へ顔を向ける。
友哉は親指でサムズアップすると、僕たちに背を向けて、綿菓子をもう一度食べ始めた。
気をつかわれたみたいで、なんだか申し訳ない。
だけど、ありがとう。
友人のフォローに、心の中で感謝を伝える。
軽く深呼吸をして、彼女の方へ向く。
目に映ったのは、小さく微笑んでいる香澄の姿が。
楽しみにしているからなのか、そわそわと体を小さく揺らす彼女を見て、応えたい気持ちが強くなる。
やっぱり、香澄はズルいなぁ……。
そんな仕草に可愛さを感じながら、ゆっくりと綿菓子を彼女の口に近づけた。
綿あめを噛み、ゆっくりと味わうように香澄は頬張る。
「美味し~!」
香澄は嬉しそうに笑う。明るい気持ちを放つその笑顔は、僕が思った以上に喜びを語っていて、見ているこっちまで嬉しくさせるものだった。
「もうちょっと、食べても良い?」
キラキラした目で、香澄は僕に聞いてくる。
頬に表れている熱を感じながら、僕は彼女のお願いに笑顔で頷いた。
「これって、香澄達のポスターじゃないか?」
香澄達のクラスへ向かう途中、友哉は廊下の壁に貼ってあるポスターを見つける。
その中で、Poppin'Partyという文字が書かれていた。
Poppin'Party……。たしか、香澄達のバンド名だよね。
以前、香澄から教えてもらったことを思い出す。
「そうだよ! コレ、りみりんが描いてくれてね。すごく可愛いでしょ!」
「うん。可愛いね」
香澄に似ているデフォルメされた女の子を指さしながら、彼女は自慢するように話す。
香澄の話を聞きながら、僕はゆっくりと眺めるように絵をみる。
ポスターに描かれた星の各先端にはメンバーの名前であろうkasumi、arisa、rimi、tae、sayaと書かれていた。
そういえば、山吹さんは教室にいるのだろうか。
山吹さんの名前を見て、僕は彼女が1-Aにいるのか聞いてみた。
「香澄、山吹さんはこの時間1-Aカフェにいるかな? この前のことでお礼を言いたくて……」
僕が山吹さんに会うのには理由があった。
今週の月曜日。文化祭の準備やバンド練習が佳境に入り始めた頃、香澄から放課後にどこか出かけないかと誘いがあった。
準備が忙しい時期なのに大丈夫か心配があったが、山吹さんが文化祭の準備を早めに終わらせてくれたおかげで時間を作ることができたのだと香澄は言っていた。
『さーやがね。優からたくさん元気もらってきなって、背中を押してくれたの。さーやには、本当に頭が上がらないよ……』
山吹さん自身も香澄と同じ実行委員で忙しくて大変なのに、彼女のことを気にかけてくれた。
そんな山吹さんにお礼を言いたかった。
僕の言葉に、香澄は顔を曇らせる。
「さーやは、今日来れなくなっちゃった……」
「来れなくなった……って、体調を崩したの?」
「ううん、そうじゃないの。実はね――」
「そうなんだ、お母さんが……」
山吹さんのお母さんが突然倒れたこと。軽症で体調の方は大分良くなっているけど、お母さんの容体が心配でやむなく学校を休むことになったこと。
突然の展開に、僕と友哉は驚くしかなかった。
香澄から山吹さんの事情を聞いた僕たちに、静かな時間が流れる。
どこか暗い雰囲気が、明るい空気を少しずつ支配していた。
しばらくして、友哉が口を開いた。
「……それは、仕方がないな。だけど、回復しているようでよかったよ」
「うん……。それでね、さーやのお父さんから伝言を聞いたの。文化祭、成功しますように。ライブ、成功しますように……って。それを聞いて、決めたの」
友哉の言葉に、香澄は曇った表情から決意した顔で話す。
「文化祭も、ライブも絶対に成功させようって。今度会った時には胸を張って、笑顔で言えるように!」
さっきまでの暗い感じを吹き飛ばすように香澄は力強く宣言する。
そんな明るく振る舞う彼女の姿を見て、少しでも応援できるように僕も明るく話した。
「だったら、まずは香澄もしっかり楽しまないとね」
「私も?」
「そりゃそうだろう。たとえ両方が大成功したとしても、お前自身が楽しんでいなきゃ、山吹は喜ばないと思うぞ」
『楽しむ』という言葉に、香澄は疑問符をあげる。きょとんとしている彼女に、友哉は僕の言葉を補足するように話す。
「まだ少ししか会っていないから自信が持てないけど、そういう意味も込めて言ったと思うよ。山吹さん、友達想いなのは話していて伝わってきたし」
「さーやが……」
僕たちの言葉に、香澄は何か考えるように口を閉ざす。山吹さんが言ったことを反芻するように。
しばらくして、彼女の口が小さく広がった。
「……そうだね。さーやだったら、そう言うと思う。せっかくの文化祭、楽しんでいかないとね!」
香澄はニッと笑って答える。その目は楽しむという気持ちが込められていた。
彼女の表情を見て満足したのか、友哉はズボンのポケットから携帯電話を取る。
「ああ。楽しんでいこうぜ! というわけで、さっそくこのポスターを背景に三人で撮ろうぜ」
「それいいね! やろう!」
「うん。皆で撮ろう」
手に持っている携帯電話をアピールしながら、提案する友哉に僕と香澄は賛成する。
香澄を中央にして、僕と友哉はそれぞれ隣に立つ。
カメラに映る画面を見ながら撮る位置を決めた後、友哉は声を出した。
「それじゃあ、いくぞ。はい、ポーズ!」
友哉の携帯電話から『カシャッ』とシャッター音が鳴る。
撮った画面を、三人でよく見てみる。
画面には、楽しそうな笑顔で撮られている三人の姿が写ってあった。
「ようこそ、1-Aカフェへ!」
元気に、笑顔で挨拶する香澄に促されながら、教室に入る。
教室の中は明るく、寛ぎやすい雰囲気になっていた。
周りを見ていると、見知った二人を見かける。二人の方も僕たちに気づくと、軽い足取りで近づいて来た。
「花園さん、牛込さん、こんにちは」
「こんにちは。今日は来てくれてありがとうございます」
「いらっしゃい。座る席はあそこの方が良いよ」
花園さんはいくつか空いているテーブル席のうちの一つを指さす。
「何か理由があるんですか?」
窓側にある席を選ぶ理由について、花園さんに聞いてみる。
「パンダがよく見えるから」
「パンダ? ……ああ、そういうことか」
どこか自慢気に答える花園さんの言葉に友哉は疑問を持つが、黒板の方を見て、納得の声をあげる。
僕も彼と同じ方向へ向いて、同じ声をあげる。
黒板には、大きな文字で書かれている『1-Aカフェへようこそ!』を中心にして、パンダや星のイラストなどが描かれていた。
窓側の席だと、パンダだけでなく他のイラストもちょうどよく見える位置だった。
たしかに花園さんの言う通り、この席ならよく見えるかもしれない。
「それじゃあ、その席に座ります。教えてくれてありがとうございます、花園さん」
花園さんの案内の下、僕と友哉は座る。
僕たちが座った後、彼女は黒板の方へ近づき、おもむろに腕を上げた。
「こっちの二匹のパンダはりみが描いてね、そっちの大きな星は香澄は描いたんだよ。こっちの方はね――」
あっちこっちと人差し指で黒板に描かれている絵を指しながら、花園さんは笑みを浮かべて説明する。
彼女の語りに、香澄は自信満々に、牛込さんは少し照れた表情をする。
「上手く描けたんだよね!」
「みんなと比べると、上手くは描けていないんだけどね」
「そんなことないですよ。牛込さんが描いたパンダ、楽しそうだし、見てると和んじゃいますよ」
どこか謙遜する牛込さんに、僕は思ったことを伝える。
牛込さんが描いた二匹のパンダは、両手でチョココロネを持って美味しそうに食べている絵。
嬉しそうな表情をしている二匹の姿は、見ているこっちも嬉しくなってくる。
「あ、ありがとうございます。……嬉しいです」
「ねえねえ、優! 私は私は!」
ワクワクと、期待するような目で香澄は僕の感想を待つ。
「香澄はね……」
香澄が描いた星の絵を見て、考える。
彼女の明るい性格を表すように、黄色のチョークをベースに輝く光る星を描いてある。
黒板からでも元気に主張する星は、気持ちを明るくしてくれるような感じがした。
「見ていると、なんだか元気がもらえるよ。頑張って描いたね」
「えへへ……、ありがとう!」
「私のパンダはどう?」
「えーと、花園さんはね……」
「それは後にした方がいいじゃないか? 入口にお客さんが来てるみたいだし」
花園さんの絵を見ようとした時、友哉から待ったの声がかかる。
入口の方を見てみると、彼の言うとおり、数人の人たちが並んでいた。
「いけない! おたえちゃん、行こう! お二人とも、ゆっくりしていってくださいね」
「感想、待っているからね~」
慌てながらお客さんの所へ行く牛込さんに、花園さんはついていく。
「とりあえず、メニューは決まった? どのパンもすごく美味しいから、全部おすすめだよ!」
明るい口調で話す香澄に、友哉は突っ込みを入れる。
「いや、それじゃあおすすめの意味がないだろ。とりあえず、俺はメロンパンとカフェラテで」
「僕はクリームパンと抹茶ラテで」
「了解! パンもだけど、私が作るラテアートも楽しみにしといてね!」
自信ありげに宣言をしながら、香澄はキッチンであろうカーテンで仕切られた場所に入っていった。
去り際に、彼女が言った言葉に僕は疑問を持つ。
「ラテアート?」
「メニュー表に書かれてあるぞ。動物や絵文字にしたりと、色々作るそうだ」
確かにメニュー表にあるラテアートの項目を見ると、『クラスの生徒が、動物の顔や絵文字で可愛く描きます。どういうアートかは見てのお楽しみ!』と書いてあった。
「香澄が作るとしたら、星かもね」
星が好きな彼女なら作るに違いない。
確認に近い予想に、友哉は断言するように答えた。
「だな」
何も根拠もないのに、自信をもって答える姿に思わずクスッと笑みがこぼれる。
僕の笑う声に、友哉もつられて小さく笑った。
黒板の絵を見ながら待っていると、香澄がパンとマグカップを乗せたお盆を運んできた。
「おまたせ!」
先に友哉の分をテーブルに置く。彼のラテアートを見てみると、僕たちが予想した通り、大きい星が描かれていた。
僕のはどういう感じなんだろう。友哉と同じなんだろうか。それとも、別のアートなんだろうか。
どんなアートなのか楽しみにしながら、彼女が僕の分を置くのを待つ。
「何だろう……。……え?」
抹茶ラテを上から見て、驚く。
抹茶色の生地に白いミルクで描かれたのは、大きなハートだった。
ど、どういうこと……!?
自分の予想とはかなり違った衝撃に、頭が追いつかない。
驚きのあまり、思わず彼女の顔を見てしまう。だけど、僕の行動が分かっていたのだろうか、既に香澄は僕から視線をそらしていた。うっすらと頬を紅く染めながら。
……えっと。そういう意味、だよね?
こう、『好き』の意味合いが込められているという……。
そういう風に解釈しちゃって大丈夫だよね? 期待しちゃっても、バチは当たらないよね?
彼女の照れている様子と綺麗に描かれているハートを見て、熱を帯び始めた頭が僕に都合の良い願いを教えてくる。
まだ彼女の口から意味を聞いていないのに、僕の心はたくさんの嬉しさで明るくなっていた。
「攻めていくなぁ、香澄」
僕のラテアートを見た友哉が、何か感心したように呟く。
友哉の言葉に、香澄は恥ずかしさを誤魔化すようにお盆を両手でギュッと抱きしめた。
「優にはコレを描こうって、前から決めていたの。……喜んでくれると思って。それは、かなり自信があったよ。……渡すまで、少し緊張しちゃったけどね」
「あはは……」と照れるように、香澄は友哉にそう答えると、彼女は僕の方へ向く。少ししか見えなかった彼女の小さな笑顔がはっきりと見え、僕の顔を見た瞬間、その笑顔が嬉しさで一段と輝き始めた。
「よかった。喜んでくれたみたいで!」
「おっ、そうみたいだな。よかったじゃないか、香澄。お前も黙っていないで、何か答えたらどうだ?」
破顔する友哉に促されながら、僕は言葉を出す。
嬉しさのせいなのか、上手く動かせない口をなんとか使って、思ったことを彼女に伝える。
「……あ、ありがとう。その、嬉しいよ。すごく……」
言い終えた後、気恥ずかしくなった僕は彼女から目を逸らす。
もう少し、気の利いた言葉を言えばよかったな……。
香澄に嬉しかったことを伝えるのは、もっと他にもあったのではないだろうか。今更ながらに後悔してしまう。
伝わったのかどうか心配で、もう一度香澄を見る。
視線が合った彼女は嬉しそうに笑っていて、頬だけでなく両耳も紅くさせていた。
「大丈夫だよ。優の気持ち、しっかりと伝わっているから」
心配している僕を安心させるように、香澄は目を細めて話す。
ただ二言。その二つを言っただけなのに、彼女の言葉には重みがあり、安心感があった。
「ありがとう」
優しく微笑みながら、彼女は伝える。
嬉しさが十分に伝わる笑顔と言葉が、僕の中にある不安を包み込み、ゆっくりと消えていく。
「それじゃあ、私は行くね。ゆっくりしていってね!」
笑顔で言いながら、香澄がカーテンの中に行くのを静かに眺める。
胸の中がさっきよりも温かく感じる。たくさんの嬉しい気持ちが現れて、自然と笑みがこぼれているのが自分でも分かる。
友哉が、僕を優しい目で見ていることに気が付く。
「さて、このラテアートも見ながらパン食べようぜ。すぐに飲むのは勿体ないからな」
「……そうだね。ゆっくりと、楽しんでから飲もうか」