Tales of Barbartia 〜強力若本(の中の人)奮闘記〜 作:最上川万能説
未だに現実に理解が追いついていない感がありますが、身に余るとはいえ高評価は高評価。驕ることなく精進する所存です。
バルバトス・ゲーティアが試作型ソーディアンへの人格投射実験に参加してから、おおよそ二ヶ月が過ぎた。この二ヶ月という期間のうち、実に四十日もの期間がコアクリスタルの製造に費やされている。地上の設備が空中都市群にどうしようもなく劣るという要因もあるにはあったが、それを抜きにしても高密度レンズ集積結晶の精製には物資・時間を問わず、莫大なコストが要求されるのだ。
その間、地上軍は総力を結集して支部組織を使い潰しながら陽動と牽制を続け、まさに蛸が己の足を喰って生き永らえるが如く、なんとか中枢戦力を維持しつつもソーディアン計画の秘匿と完遂に成功する。まさに組織的奇跡の親戚であった。
この二ヶ月の間、バルバトスは単独での戦線維持やコマンドを率いての敵突出部隊への強襲などで戦場を駆け回り、プロトソーディアン・バルバトスとの連携練度を高めていった。今なら単身敵拠点を強襲殲滅できる気がする、割と本気で――とは本人の弁である。誰もそこまでやれとは言ってない、と胃を抑えつつそれに返したのは地上軍総司令――メルクリウス・リトラーだった。最強の戦略家を胃痛枠に貶める男、バルバトス。色々な意味で傍迷惑な奴であった。
さて、ソーディアン計画の完遂がなったとは言え、その慣熟訓練は未だ終わっていない。人格投射してはい実戦、と言うわけにはいかないのだ。一心同体ならぬ剣身同心ではあるが、最低限連携できなければ宝の持ち腐れである。まあ、多少マスターとソーディアンの連携がまずかろうと、超級の局地戦術兵器であることに疑いの余地はないのだが。
これまで言及されてきたソーディアン計画の要諦は、局地戦術級インテリジェンス・ウェポン《ソーディアン》の集中運用により敵中枢たる
もとより技術力の絶対的格差や絶対制空権の喪失から、早期決着以外に地上軍に残された道はなかったわけだが、ソーディアン計画実行に伴う陽動と牽制がそれに拍車をかけた。当然の話だ、ただでさえマンパワー以外でほとんど劣る地上軍が、そのマンパワーを使い潰して陽動となしたのだから。もはや地上軍統合本部中枢兼超巨大輸送艦《ラディスロウ》の再浮上シークェンスを急ぎ、それをもって敵中枢へ殴り込むこと以外に地上軍の目は向いていなかった。
話を戻そう。その慣熟訓練の
一部からは「地上軍最強の単独遊撃破城槌を戦線離脱させて大丈夫か?」という懸念も出たが、これにはふたつの要因から問題なかろう、という結論が出された。
ひとつは、天上軍の戦略目標のために
その理由こそ、“緒戦でベルクラント撃ち過ぎ問題”という身も蓋もない、そしてド阿呆極まる天上軍の
なるほど、拠点を晒して挑発する地上軍本部は鬱陶しいことこの上ない。しかしそこに緒戦のように思考停止してベルクラントぶっぱしてしまえば、余波で周辺商業区も軒並み消し飛び、地殻ごと粉砕されて外殻大地の糧となってしまう。かと言って無人機兵団で制圧をかけようにも、統合本部を守るのはディムロス・ティンバー率いる地上軍最精鋭と名高い第一師団を筆頭に、ゲリラ戦のエキスパートたるイクティノス・マイナード、齢二十三にして天才軍師の評価を確立させたカーレル・ベルセリオス、初期の地上軍最高幹部であり今なお最強格の術士として健在のラヴィル・クレメンテと、綺羅星の如き人材が揃っている。
そしてとどめに戦場で絶対遭遇したくない
ちなみに天上軍がなぜベルクラントを撃てないかバルバトスが知った時、彼は文字通り腹筋が攣るほど爆笑して医務室に通うハメになった。確かにアホらし過ぎて爆笑不可避な案件ではある。
そしてもうひとつは、当のバルバトスが生み出した戦況の一時的停滞だった。二ヶ月に渡って最小でも大隊規模の無人機部隊をダース単位で完全破壊し、そのついでに天上軍の無人機制御用小規模拠点も数ヶ所地図から消して回ったのだ。いくら天上軍が無人兵器のオペレーターや保守点検スタッフ程度しか地上に降ろしていないとは言えど、それが片っ端から拠点とともに塵ひとつ残さず消し飛び、そもそもそれ以前に地上勤務を左遷か処刑宣告程度にしか認識していない天上人である。士気がダダ下がりして、進撃だの補充要員降下だのとやる余裕すら消し飛んでいたのだ。
恐るべし蛮族。まさに力こそパワー……なのだが、これだけやっても厭戦気運が空中都市に広がらないあたり、彼らに施されたアジと植え付けられた選民思想は大概洗脳の域だったようである。もっとも、彼ら天上人の忠誠というか信仰は、もっぱら彼らが生み出した空中都市群とその動力源たる6m級超々高密度レンズ集積結晶《神の眼》に向けられており、彼らの長たるミクトランには向けられていないのが皮肉と言うべきか、間抜けな傀儡の王と嗤うべきなのか。
ともあれ、ソーディアン・チームの慣熟訓練である。バルバトスからしても、この地上軍きっての強者たちとの合法的な交戦機会は望外の幸運だった。無人機をひと山幾らのスクラップor謎肉に転職させる簡単なお仕事が続き過ぎて、いい加減モチベーションが萎えていたのだ。ここらで休暇でもとって美味いメシと広い風呂でリフレッシュを、と考えていたところにこれだから、天は彼を見捨てていなかったらしい。思わずガッツポーズも出ようというものだ。
そんなわけでソーディアン・チームの近接戦闘連携演習に臨み、右手にプロトソーディアン、左手にディアボリックファング――もちろんソーディアン・チームのそれも含めて重量バランスや形状のみを完全再現、刃引きされた模擬戦用の低致死性仕様(殺傷力がないとは言ってない)だ――を握り、二刀流の手数とフィジカルスペックに物を言わせた暴風の如き乱撃でディムロスと互角の戦いを繰り広げていた――この場合、大戦斧二刀流と長剣一振りで互角に渡り合うディムロスの方がおかしい――我らが歩くMAP兵器だったが、
「はぁぁぁぁッ!」
当然、ソーディアン・チームはディムロスのみのワンマンアーミーではない。
が、しかし。
「温いわ! 死角取ったくらいで浮かれてんじゃねぇッ!!」
ディムロスに踏み込みながらローキック気味の回し蹴りを放って後退させたバルバトスが、余勢のままにシャルティエに向き直り、左手から強烈なかち上げを繰り出す。そもそも敵包囲陣ど真ん中に殴り込んで全周囲に敵しかいない状況から、幾度となくその包囲を打通・寸断し友軍を連れて生還した男である。死角に敵がいるのは日常であり、それへの対処は最早本能レベルで肉体に染み込んでいるわけで、死角から殴った程度で有効打になるはずがなかった。周囲に意識を向けて当然、それを悟られずして当然な状況下でほぼ無傷の生還が日常の男を舐めてはいけない。
が、シャルティエもさるもの。伊達や酔狂でソーディアン・マスターになったわけではない。強烈な振り上げを風に揺れる柳の如くしなやかに躱しつつ、斧頭の刃のない箇所を的確に蹴り上げて宙を舞い、さらに斧の側面に回し蹴りをくれてバルバトスの体勢を崩しながら側面に回り込んでみせた。それに合わせて踏み込み斬りを繰り出すチームリーダーと鍔迫り合いに持ち込みつつ、狂戦士の咆哮が轟く。
「二手で駄目なら三方からってかァ? 甘い、温い、足りねぇんだよッ! 轟炎斬! 斬空断ッ!! からのぉッ! 灼熱のバァァンストライクッ!!」
左脇腹めがけてするりと走った
可及的速やかに全力で離れる。その選択はベターなものではあったが、バック宙は拙いと言わざるを得ない。最低限、本当に最低限、バルバトスから目を離すべきではなかった。
「戦場で強敵から目ぇ離すたぁ、舐めてんのか小僧ッ!!」
「しまっ……!?」
強引にディムロスを押し切ったバルバトスが、咆哮とともにシャルティエに吶喊する。自身にのみ向けられた巨斧の破壊力に盛大に顔を引き攣らせ、青年は周囲に視線をさまよわせた。
周囲に足場――なし。そもそも一番近い壁や岩はバルバトスの向こう。
蹴り飛ばして方向転換できそうな飛散物――突進してくる狂戦士の後方にしかない!
着地――するより先に追いつかれるに決まってる!!
ああ、終わった。「諦めろ、試合終了だ」と脳内で囁くふくよかな白髪の老人を無視しつつ、せめても足掻いて味方の付け入る隙に繋げようと、防御姿勢をとるシャルティエ。しかしこの場合、相手が悪過ぎた。
「諦める暇があったら攻めの方向で足掻け! くよくよと縮こまってんじゃねぇぇぇッ!!」
いっそ呆れるほどに躊躇呵責ない突撃で追い着き、その余勢を存分に活かして横殴りに振るわれた右の大戦斧が、健気なガードを一切の抵抗も許さず撃砕し、インパクト直前でくるりと手の中で回転した斧の背が左脇腹を痛打する。完璧に手加減されたとシャルティエが痛感する間もなく、そのまま横薙ぎに吹き飛ばされた青年剣士は、痺れる右手を軽く振りながら叩き落されたソーディアンをひっそり回収しようと身を屈めかけた、イクティノスのみぞおち付近に右肩から直撃。揃って昏倒という結果とあいなった。
「さあ、これで一対一だ。お互い存分に全力で戦えるわけだが、まさか事ここに至って否やはねぇだろうなぁ――ディムロォォォス!!」
満面の笑みを浮かべ、両斧を翼の如く翻し、踏み込みごとに後方に土石を散弾めいて吹き飛ばしながら突撃するバルバトスに対し、地上軍最優にして最強の戦士も、戦意と闘志に溢れた笑みを浮かべ剣を構え直し、右脇にソーディアンを構えて吶喊姿勢をとった。
「ソーディアン・マスターとしての現状の経験差はともかく、今までの模擬戦績は俺の勝ち越しだぞ? まさか忘れたとは言わせん――バルバトスッ!!」
突進、剛断、斬岩、激突。バルバトスは己の越えるべき壁を今こそ打ち破れるかもという可能性に猛り、ディムロスは己の全力を受け止めてなお、真っ向から殴り合える唯一の相手との久々のタイマンに心躍らせ。互いに全力で戦い合える喜びに哄笑しつつ、ふたりの危険過ぎるバトルワルツはその後二時間に渡って上演された。
なお、バルバトスはこの演習で対ディムロス累計敗戦数をひとつ増やし、ノリノリで戦い過ぎてまたも演習場を更地にした咎でディムロスともども正座させられ、そろそろ胃薬が効きづらくなってきたリトラーに説教されるというオチがついた。
「だから! あれほど演習場を使う際には周囲への被害に気を配れと何度も言っただろう!? ディムロス、君もだ! 久々に全力で戦えるからって、君までノリノリで演習場を破壊してどうする!? 彼がプロトソーディアンの実働試験で更地にしてから、まだたったの二ヶ月だぞ!?
こら! ゲーティア中佐! 足を崩すな! まだ私の話は終わっていないぞ! いい加減叱責パターンが108を越えそうなのだが、君はいつになったら自重というものをだな……!!
次、そこ! ディムロス! 自分に怒りが向いてないからって指差して笑うんじゃない! 君にも言いたいことは山ほどあるぞ! だいたいだな、いい年と階級なんだからいい加減指揮官先頭突撃という無茶をやめろとあれほど前から言ってるのに君という奴はだな……!」
日頃の胃痛と鬱憤を全力開放する剣幕のリトラーにはさすがに逆らえず、いい年こいたバトルマニアコンビは部下の手助けなしで、さながら月面のようにクレーターの海と化した演習場をふたりして均す罰を与えられることとなった。
「なあ、バルバトス……」
「ぁん? 喋ってる暇があったら手ぇ動かせ。まだ四割弱も終わってねぇぞ」
「……次からは、自重するか」
「次までにお互い覚えてたらな……」
「何だか、前にもこんな事を言ったような気がするんだが……」
「奇遇だな、俺もだ。まあ、覚えてたらこんな事にはならんわな」
「……まったくだ」
――ハァ……。揃ってため息を吐き、のろのろと手押し車にシャベルで土を放り込みながら、いい年こいた馬鹿ふたりの嘆きが夜天に消えた。
『どうしてこうなった……』
この馬鹿どもはいい加減自重を覚えるべきである。
ということで、ソーディアン計画実行中の天地両軍の状況とかちらっと開示してみたり、軽ーくさらっと巻進行で演習描写してみたり。
ディムロスは超強い、という拙作での設定。いやもう、ソーディアン装備前に裏切ったバルバトスを単身処刑してる時点で、割と人外な強さだと思います。そこから逆算しつつ、チートにならない程度に盛っています。
まあどんなにディムロスが強かろうが、さらにその上を行く変態三つ編みマッスル剣士ミクトランがいるので……お前その巨軀で科学者はねーよ。なんだよ身長2m体重100kgって。ジャイアント馬場か。
誤字報告を適用完了。春花火様、ありがとうございました。
誤字報告して頂いたyu-様、そこは「どうせ足掻くなら攻めの姿勢で足掻け」という意味合いですので、申し訳ありませんが誤字ではないです……。ですが、わかりにくい表現でしたので、わかりやすい表現に改変しました。
これからもビシバシ誤字報告して頂ければ幸いです。