夜、最上は格納庫にいた。他には誰もいなく、整備が終わった愛機が静かに鎮座している。最上は自分の飛空機を眺めるのが好きだった。
懐からにタバコを取り出し火を点ける。珍しい形のパイプタバコ、ウラノスからの戦利品で最上の数少ない私物でもある。紫煙を吐きながら愛機を眺める。
「……」
先程、司令から言われた異動命令の話を思い出す。要約すると首都防空の戦力強化の為に陸、海、近衛問わず、連邦軍の中から腕の立つ飛空士、整備士を集めて最強の戦闘機隊を創る計画で、その中の陸軍飛空士の一人として最上が指名されたらしい。
箕郷には秋津軍の指揮下に入らない部隊が存在する。慧剣近衛師団という、慧剣皇家を守護するエリートな独立部隊が存在する。
あらゆる軍需物資を最優先で受けられ、無駄に威張り散らす連中の役割が、首都防衛のはずだったが、実戦経験者は少数で、セントヴォルト帝国の軍事力を目の当たりにし、いざ首都に奴等の魔の手が届きそうになって、ビビって応援を要請した形だが、それも仕方がないかなと最上は思った。
実際、メスス島オデッサがかつて誇った超分厚いコンクリート造りで、28センチ砲の沿岸砲をいくつも配置されていた無敵要塞は、ウラノスの侵攻にて徹底的に破壊され、先の鋼鉄の雷作戦でも砲爆撃に晒され、現在でも敵機が定期便のように爆弾を落としてきて、工兵隊が日夜修復作業に当たっているが、要塞としてはもう使い物にならない位に破壊されている。
メスス島の頼みの綱が切れた、と言っても過言ではない。
ーーこの国、終ったかな…
漠然とそんなことを思った。
ウラノスとの戦いに明け暮れ、先日にはセントヴォルト帝国まで宣戦布告してきた。何年にもわたる戦争で、秋津連邦は疲弊に疲弊し切っている。今度は、凌げるだろうか。
不安を煙に変えて、悪いものは出てけとばかりに煙を吐く。煙が辺りに広がり霧散する。
愛機に歩みより腰を下ろし脚に寄り掛かる。例え戦況が好転しようがしまいが、前線にいる一般兵にとっては、今生き残れるかの方が大事な訳で、そして、やることはいつもと変わらない訳で、つまりは大局の事を考えてもしょうがない訳である。
背中に金属の脚の冷たさを感じる。そういえば、潜水艦乗りは暑くて寝ずらい時は、魚雷の上で寝るとか噂で聞いた。こちらも爆弾の上で寝てみようか。そうすれば、2つの意味で涼しいだろう。
暫くうだうだしてると、足音が聞こえてきた。格納庫の入り口に人影が現れた、安芸二飛曹だった。
「……? 小隊長?いるんですか?」
タバコの甘ったるい臭いに気づいたのだろうか、安芸一飛曹がきょろきょろしながら近づいてくる。
「いるぞー」
「どこに…ってそんなとこにいたんですか。小隊長も日課ですか」
日課。機体を眺めて飛んでるとこを想像する一種のイメージトレーニングだった。初めて戦場に配属したときの尊敬できる小隊長の教えだ。
愛機の尾翼の三本脚のカラスは、その時の配属した部隊の部隊章。その部隊員は最上を残しもういない。
安芸二飛曹は、己の愛機まで進み眺め始める、30分程お互い無言だった。
結局10月中旬に、司令から正式に最上に異動命令が通達された。翌日早朝に、輸送機で箕郷近郊を浮遊する飛空要塞朱雀に行く予定。
以外だったのは列機である安芸二飛曹も一緒にだった事。司令に聞くと、列機は一心同体だとか言っていた。見知らぬ奴と組むよりは、気心知れた者同士の方が動きやすいので有り難かった。
当の安芸二飛曹本人は、名誉ある大任だと鼻を荒くしていた。
その日の夜は部隊内でお別れ会を開いてくれた。各々が酒のつまみなどを持ち寄りなかなか盛大な宴会だった。以外とせこい中隊長の長瀬大尉が、司令から勝ち取った酒を皆に振る舞ったのは以外だった。
一番盛り上がったのは、最上准尉と安芸二飛曹の愛機に今後誰が乗るかだった。箕郷までは輸送機での移動なので、戦闘機村雨は持っていけないので置いていく。
最上は通算121機の撃墜を記録している秋津軍の撃墜王だ。撃墜王の機体だけあって
人気があった。俺が乗る!いや俺が!俺が!俺だ俺だ俺だ!と言い争いになり、部隊マスコットの安芸二飛曹の機体を巡っては、本気の殴り合いになった。
安芸二飛曹は遠い目をしていた。
翌日早朝に最上と安芸二飛曹は、旅客機を改造した輸送機に乗り込んでメスス島を後にした。輸送機の中には最上と安芸二飛曹の他に負傷兵3人、本土への土産だろうか、砂糖が百キロ程積んであった。
意外と元気な負傷兵達と駄弁りながら敵戦闘機に出会うことなく、ツルギ島で一度給油と負傷兵達を降ろし、夕方には目的地の朱雀に着いた。
輸送機から降りると、既に各地から結集していた陸軍飛空士達が出迎えてくれた。見覚えのある顔もちらほらとあり、お互いの生存を喜んだ。
その中には、かつて共に小隊を組ん事がある、ギャルポ一等飛空兵曹がいた。
彼とは、メスス島オデッサがウラノスの手に落ちてから、先日の鋼鉄の雷作戦まで共に戦った戦友だ。敵機に体当たりするかの様に接近して戦う彼と、一人で敵機群に突っ込んでいく、無謀な戦い方を好む最上とは良く気が合った。
お互いよく生き延びていたな、と笑いながら拳をぶつけ合う。
「最上一飛曹殿!再び共に戦えること、嬉しく思います!」
「ああ、またよろしく頼むよギャルポ。後、俺の今の階級は准尉だ、鋼鉄の雷作戦参加者は皆昇進しただろう?」
「はっ、そうでありました。うっかりしてました!」
「それはそうと、新設される部隊の司令官は居るのか?。他の近衛や海軍さんの飛空士は?」
「司令官殿はまだ着任してませんが、参謀殿なら指揮所におられます。海軍さんはおりませんが、近衛師団からの飛空士はもう既に結集しております」
ギャルポが指差す方を見れば、陸軍の白い識別帯がある戦闘機の他に、識別帯の無い、深緑一色の近衛軍の戦闘機が列戦をなしている。
ーー国防に関わる重大な事なのに、集まり悪いな
「……そうか。取り敢えず参謀殿とやらに挨拶してくるよ。指揮所はどこだ?」
新設する航空部隊の参謀を名乗る男と形式に乗っ取った事務的なやり取りを済まし、新しい飛空機を受領するため最上と安芸は格納庫に来た。整備長の話では、二日前に補充されたばかりの新品の村雨だ。緑の塗装がぴかぴか輝いている。
参謀の話では本格的な訓練は陸、海、近衛が全員揃ってから行うというが、既に集まっていた近衛軍と陸軍は自主的に訓練を開始しているらしい。戦闘機にペイント弾を載せて陸軍と近衛軍に別れて模擬空戦まで行っていると聞く。
最上達も明日からそれに参加するため、新しい愛機の搭乗席で整備士達と細かい調整を行っている。
「エルロンの利きは目一杯軽く、エレベーターとラダーは重く頼みます」
「了解です。他にご注文は?」
「そーな。鏡を付けたい。これをここと、ここに付けて欲しい」
そういってコックピットの前面ガラスの枠を指差し、ポケットから鏡を2つ取り出し整備士に渡す。格納庫に来る途中に見かけた乗用車から引っこ抜いてきた物だ。
「鏡ですか?うーん……。まぁ出来ますけど、現地改造をしてはいけないという規則に接触しませんか?というかこれ、車のバックミラーですよね准尉殿?」
片眉をあげて疑問をあげる整備士に対し、最上は煙でも払う様に片手を振る。
「どうせ偉い人達は気づかないよ。見つかったら御守りだとでも言えばいいさ」
しばらくあれこれと、コックピット内で整備士達と作業をしている内に日が暮れてきた。格納庫内にライトの光明るく輝く。粗方の調整を終えて機体の最後の仕上げに、トレードマークの黄色のカラーリングする。
作業をすべて終える頃には、格納庫の外は闇が支配していた。
「電気消しまーす!」
「お疲れー」
「有り難うございましたー」
バチンっとブレーカーが落ちる音と共に格納庫内が一気に暗くなり、複数の足音が遠ざかる。残業を終えた整備士達はこれから飯だろう。
「俺達も飯にしよう」
「そうですね、お腹過ぎました」
広い滑走路脇を食堂を目指して最上と安芸は歩き出す。
時間は遅いが食堂にはまだ適度に人がいて、数人で固まって食事を摂っている。最上達も空いている席に座り、遅めの夕食を手早く済ませる。食器類を返却し外に出たところで安芸とは別れた。
近くのベンチに座りパイプを吹かす。最高に甘ったるい香りと紫煙が辺りを漂う。星空がいつもより澄んで見える。
ーーそういえば、朱雀は高度2000メートルあったっけ
しばらく甘い香りを楽しんでいると人影が一つ近づいてくる、女だ。その人影は最上の前まで来ると立ち止まった。
「失礼ですが、貴官は最上准尉殿でしょうか」
凛とした声、疑問系ではない。見るとその人影は近衛軍の軍服に身を包んでおり、次いで中尉の階級章が目に入った。女性の士官は珍しい。
面倒くさいが最上は立ち上がり敬礼をする。
「はっ、最上七一准尉であります」
「ああ、そのまま、楽で結構です。とっ、自己紹介が遅れました、私は紫かぐら中尉です」
紫中尉は敬礼を返し、以外にも軽い調子で話してくる。
車のバックミラーをパクってきたのを咎められるのかと、内心ひやひやしたのは秘密だ。しかし、この女士官の紫かぐら……何処かで耳にしたような、見た事あるような。
「隣に座っても?」
ここで断れないのが、階級社会である軍隊の辛い所だ。どうぞ、と最上が促すと紫中尉は優雅にベンチに腰かける。
長話になるのか、と内心舌打ちをし最上も座り直す。
「して、中尉殿が自分にどのようなご用でしょうか」
「うん、2年前のお礼を言いたくてね」
「?」
聞けば紫中尉は2年前、士官学校生だった頃、今や敵のセントヴォルト帝国へ留学する為に、当時秋津連邦に訪れていた帝国の親善艦隊と共に、飛空艇を駆って帝国を目指していたらしい。
「その途中ウラノス軍の攻撃に会い、私たちは7人の候補生だけで単独でチャンドラー要塞を目指すことになったのですが」
「その話は存じてます。エリアドールの7人ってやつでしょう。しばらく新聞の一面になっていた程です」
エリアドールの7人。飛空艇を若き学生7人だけで操縦し、単独で敵領域内を翔破した奇跡だ。
最上も最前線になったツルギ島で号外を読んで大体の話は知っている。もっとも、その当時はツルギ島を攻略せんとするウラノス軍の迎撃で忙しく、実際に知ったのは号外が出てから何日も後だった。
「中尉殿を何処かで見た事あるとは思っていたのですが、そうか、新聞で見たのか」
最上は呟くように言った。
しかし、疑問が出てくる。その頃紫は本土の士官候補生で、最上は前線で空中戦を繰り広げている。この時点で二人には接点はない。さてはて。
「チャンドラー要塞に向かう途中、爆撃機のゴルゴナに襲われました。その時、三式イドラに乗って加勢してくれたのが最上准尉、貴方でしょう?」
紫に言われ合点がいった。最上は小さく膝を叩く。
2年前、ウラノスのゴルゴナ爆撃機とエリアドール飛空艇が互いに撃ち合っている現場に遭遇し、これに加勢しゴルゴナを撃ち落とした記憶が確かにある!
「なるほどっ、あの時の飛空艇の中身は中尉殿でしたか!」
「はい、あの時は本当に危なかったですが、お陰でペアに怪我はありませんでした。お礼を申し上げる」
紫はそう言うと背筋を伸ばし深々と頭を下げる。
「ちょっと、中尉殿困ります。頭を上げて下さい」
「いや、命の恩にはせめて、礼を尽くさなくてはならない」
頑なに深々と礼を取り続ける紫。
「……紫中尉殿、からかってませんか?」
「ムフフ、わかる?」
ニヤリと笑う紫に、最上は降参する様に手を挙げパイプを吸い、溜め息ごと煙を吐き出し脱力する。
ーー何だこの人、茶目っ気が強ぇ
「しかし、感謝しているのは本当なんだ。他のペアも貴方に助けられたと感謝しているよ」
「さいですか」
「秋津に戻って来てこの事を軽く調べたら、直ぐに貴方だとわかりました、なぜあの時ウラノスの飛空機に搭乗を?」
「うーん、話せば長くなりますが、前日、メスス島で撃墜されて、落下傘で助かったものの救助が来ないので、仕方ないので敵の飛空機を乗っ取ったのです。中尉殿達と遭遇したのはその帰りですね」
「ええっ!?」
その後、最上と紫は暫く語り合った。最上はセントヴォルト帝国の事を、紫は戦場の先達から空戦の心得を、お互いに実りある時間だった。
「……つまり、小手先の空戦技術なんかを磨くより筋肉をつけた方が、特に下半身の筋肉強化が重要なんだ。結局最後の最後は体力がものをいう、というのが自分の主張です」
お互いに実りある。
「最低でも片手で懸垂位出来る程鍛えなければ飛空士としては二流だとうんぬん」
実り、ある……
「止まったエンジンは気合いを込めた拳骨で動かすのです。これは本当に不思議な現象でうんぬん」
……
話の区切りが良いところで、紫がやや焦った声をあげる。
「も、もうこんな時間か。貴重な時間を割いてしまって悪かったね」
「とんでもありません、とても、有意義な時間でした。本当に」
久しぶりに持論を聞いて貰えた最上は非常に満足だった。
他の奴等に話すと途端に皆、急用が出来てそそくさと居なくなっちまうからな。理由は分かる。
「そう言ってもらえると助かるよ……。とにかく、これから同じ部隊同士、よろしく頼むよ。撃墜王」
「はっ、明日の模擬戦。近衛実力を楽しみにしています」
互いにそんな軽口を飛ばしながら別れた。
明日が楽しみだ。
安芸「ぐぬぬ、あの女……私の隊長とあんなに親しそうに……」
ギャルポ「うっわ!?怖っ!」
ーー国防に関わる重大な~
権力争いのある組織は腰が重い
甘い香りのパイプ
喉の火傷に注意。キャプテンブラック・ゴールド
エリアドールのペア
たとえ7人でもペア
敵機の強奪
鹵獲は正義。フィンランド参照
筋肉を語る最上
筋肉モリモリ=ちゅよい
止まったエンジンは拳骨で~
ドリフターズのパイロット。何だオメーばか野郎!
焦る紫中尉
レア?
「よろしく頼むよ。撃墜王」
最上の現在のスコア128機撃墜。スコアの半分が爆撃機
爆撃機絶対落とすマン
秋津連邦陸軍所属