その日の晩、食堂では陸軍飛空士が集まり訓練とはいえ慧剣近衛軍の航空隊に勝利した事を祝し、こっそりと祝杯を上げていた。
酒は売店で売っている飛空元気酒。甘口で意外に美味しく、名目上は栄養剤なので昼間から堂々とアルコールを摂取出来る代物だ。
部隊長の園田中尉が音頭を取り、乾杯を挙げ一気に飲み干し各自飯を食べ駄弁り始める。
要領のいい奴が何処から入手したのか、いつの間にやら上物の清酒や缶詰の類いまで出回っている。
しかし、肴は飛空士はらしく先程の模擬空戦だ。
やれ近衛飛空士も大したこと無いだの、お前は真っ先にやられただの、いやあれはエンジンの調子が悪かっただのと、身振り手振りも交えて盛り上がっている。話題は最終的に一対一で競り勝った最上の空戦の話になった。話を振られた最上は、自分の行った空戦機動を片手を飛空機に見立て簡単に話す。
陸軍航空隊のエースの話を聞けるとあって、隊員達の顔は真剣そのものだった。話が一段落してくると箸休めに訓練後に起きた些細な出来事の話になった。
「そういえば、あの模擬空戦の後にやって来た近衛の特務少尉、えらく准尉殿に突っ掛かってきましたね」
「模擬空戦の直後にタイマンの空戦を三度もやるなんて、お互い体力すごいですね」
「しかも、全部小隊長の完勝ですからね。2戦目のあの機動は凄かったです」
「准尉も大変だな。ありゃ暫くデートのお誘いが来るぞ、絶対来るぞ。わっはは」
模擬戦後、滑走路に着陸すると近衛のリュウ・ウォン特務少尉と名乗る男が最上に一対一での模擬空戦を申込んできたのだ。
離陸前にガンを飛ばしてきたあの男だ。そして最上はその申し出を受けた。相手方の方が階級は上だったし、飛空機を飛ばせる体力はまだ十分にあった。
上官達の許可も得て、燃料とペイント弾の補給を受けいそいそと愛機に乗り込む時、リュウ少尉の飛空機を見ると機首に白虎のペイントが描かれているのを見た。
先程の白虎は彼なのか、最上は小さく口笛を吹いた。
最初のタイマンの空戦は開始直後に巴戦になり、先程と同じように最上が後ろを取りすぐに勝敗は決した。
無線で少尉からもう一戦と言われたので再び戦った。2戦目は逆に最上が追われての試合だった。
後ろに食い付かれたので巴戦に入ろうとすると牽制の射撃を送り込んできて、旋回に入れさせてくれなかった。
そこで最上の十八番、初見殺しの技を使った。高速を維持しつつ後ろを振り返り相手の機が距離を積めてきた時を見計らい、スロットルを絞り操縦桿を引く、同時にフットバーを蹴飛ばした。機体は急減速、失速し錐揉みに入る。体を固定するベルトが強烈に食い込み、視界が訳の解らない位回り、遠心力が襲う。
それに耐えつつ感覚で相手がオーバーシュートしたと確信すると同時に反対のフットバーを蹴り、錐揉みから回復しフルスロットルへ。
そして目の前の照準の中には白い虎の機体が。
失速で沈む機体をエンジンパワーで制御しつつ狙いをつける。一瞬にして攻守は逆転し、リュウ少尉機が回避に入る前に仕留めた。
そして3戦目は旋回を繰り返すシザーズ戦になった。フラップを使って旋回する最上機の方が常に優勢だったが、相手は紙一重にひらりひらりと避けて粘る。
なかなか当たらない。近衛航空隊の意地だろうか。
撃ちすぎというくらい射撃してようやく命中させた。残弾は殆ど無い。
流石に四度目の手合わせは無かった。いや燃料や弾薬の関係で出来なかったのかもしれない。
最上は思い返しながら湯呑みの清酒を飲み干す。
美味い、こんな上等な酒は久しぶりだ、さすが内地。
ほろ酔いで空の湯呑みを持っていると、ここぞとばかりに隊員の一人が清酒の一升瓶片手に現れた。
「最上准尉殿。お注ぎします、どうぞ」
「うん。半分でいいよ、ありがと」
「ところで准尉殿。先の模擬空戦で准尉殿が行った、あの戦技は一体なんでありますか?」
「戦技?」
半分でいいと言ったのに並々注いでくれた若い飛空士は、片手を飛空機に見立てて疑問に思った空戦機動を再現する。
ああ、あれか。
それを見た周りの飛空士が嬉々として口を挟む。
「蛇撃ちの一種だよ。かっこいーよなぁ、ぎゅるんぎゅるん、びたっずきゅーんって」
「そういえばギャルポお前、最上に手解きして貰ってたよな。出来る様になった?」
「いや、それが全然で。仮に成功して後ろを獲っても機体を失速させない様にするのが精一杯で。撃墜まで遠いです」
「いいな、僕も蛇撃ちしたい」
「私の蛇撃ち、空いてますよ」
蛇撃ち。そう蛇撃ちだ、20数年前秋津連邦とセントヴォルト帝国との戦争、多島海戦争において秋津軍の飛空士に、超エースとか空の王と呼ばれる存在が誕生した。坂上正治飛曹長だ。
彼は蛇撃ちなる空戦機動が出来たらしい。記録によれば進行方向に対して機首を垂直に上げ失速状態を起こし、背後に迫る敵機を前方に押し出す技とある。
今までそれに挑んだ飛空士は多々居たが成功例は無い。半ば伝説の域にある空戦機動だ。
最上は坂上氏の蛇撃ちは出来ないが、失速急減速させ相手をオーバーシュートさせるという、よく似た機動を体得しているが敵機に追われている状態で、かつお互いか相手が高速で距離が200メートル以内じゃないと確実に決まらない。何より速度のロスが激しいので使用できる状況は限られる。
この最上の機動を見た同僚達が、最上の蛇撃ち、勝手に呼んでいる。
難易度は本来の蛇撃ちより遥かに低いと思われるが、ギャルポをはじめ何人かに教えているが、錐揉みからの回復に手間取りなかなか成功しないのが現状だ。
ふと賑やかかった周囲が静かになった。視線を周りに向けると、皆食堂の入り口を注視している。
最上もその方向を見ると男が一人こちらに歩いて来る。
リュウ特務少尉だ。
少尉は他の飛空士など目もくれずつかつかとこちらの方へ歩いてきた。もう明らかに最上に用があると彼の鋭い眼と纏う雰囲気で語っている。
リュウ少尉は最上の目の前で止まると見事な敬礼をした。周りは興味深そうにしている。
「最上准尉。先程の模擬空戦、お見事でした」
「………いいえ、リュウ少尉殿も」
最上が言い終えるや否や、リュウ少尉は元々眼力がある眼にさらに力を込めると、腰を直角に折り曲げ頭を下げてきた。
「僭越ながらお願いします。どうか私に、空戦技術の御教示して頂けませんでしょうか!」
航空元気酒
史実にもあったそうな、養命酒のようなものでしょうか?葡萄酒版もあったようです
要領のいい奴が何処からか~
所謂ギンバエ。戦果さえ上げれば大抵の事はフリーダム
フラップを使う旋回
手動空戦フラップ。驚きの効果、めっちゃ使える。
最上の十八番
スナップロール。対人戦でも以外と使える。ぎゅるんぎゅるん
「私の蛇撃ち、空いてますよ」
ホモォ発生
蛇撃ち
コブラ機動。BF3のキャンペーンのフランカーは超格好いい
頭を下がるリュウ少尉
エースには三種類ある。リュウは徹底的に強さを求めるタイプ。僭越君