箕郷で初めて学童疎開が行われた11月30日。最上は上官である扇ガ谷に飛空要塞朱雀の地下格納庫に呼び出された。
指定場所に来てみると扇ガ谷の他にリュウ特務少尉と坂上少尉がそこにいた。
「お待たせして申し訳ありません」
3人に敬礼をする。3人もそれぞれ敬礼を返すが、みんな微妙に敬礼の腕の角度が違う。
改めて草薙航空隊は軍の垣根を越えて寄せ集めたごった煮集団だと最上は思った。
分厚いコンクリートで出来た格納庫に入る。中は真っ暗だ。
扇ガ谷が裸電球のスイッチを押し明かりをつけると、そこには3機の戦闘機が鎮座していた。3機中2機はプロペラが後ろにある推進式の銀色の機体、斑鳩だ。そしてもう1機は牽引式の機体で、これから最上の新しい相棒になる叢雲だ!
「これは……?」
声をあげる坂上。
「これからお前達が乗る今大戦の切り札の最新鋭戦闘機だ。坂上とリュウはこの銀色の機体の斑鳩だ」
扇ガ谷の説明が続く。
「エンジンはターボプロップ。機体後部に同軸二重反転プロペラ。武装は両翼に20ミリ機銃2門と胴体に37ミリ機銃1門。カタログデータじゃ最高速度920キロメートル。本当なら亜音速だが、これは眉唾だな」
坂上とリュウが斑鳩に歩み寄り、珍しい後部プロペラと胴体の大砲をまじまじと眺めている。
エンジンを後方に持ってくという今までに無い斬新ながら洗練された如何にも速度が出そうな美しい機体。
飛空士としての嗅覚がこの最新鋭の機体が当たりだと告げている。
「もう1機違う機体がありますが、そちらは最上准尉が?」
リュウが振り返り尋ねる。
「そうだ。村雨の後継機として開発された叢雲だ。武装は両翼に20ミリ機銃と30ミリ機銃を2門ずつ。最高速度は斑鳩と比べれば690キロメートルと低めだが上昇率はいい機体だ。最上……本当に叢雲でいいんだな?」
念を押す様に扇ガ谷が最上に問う。
既に叢雲の翼によじ登り操縦席に収まっている最上が満足げに答えた。
「はい。自分はこいつが良いんです」
いい笑顔で答える最上とは裏腹に扇ガ谷は渋い顔で頭をかいた。
このしぐさをするのは、何処かしら納得いかないと時の仕草だと軍に入る前から付き合いがある坂上にはわかった。
「中佐。何か問題でもあるのですか?」
「んん?いや、何というか……。あの叢雲は数年前から、それこそ斑鳩の開発前から試作試験を行っていた機体なんだが、致命的では無いものの、色々と問題点が多い機体でな?指揮官としてあいつにあの機体を預けていいものかとな」
「この選択がベストですよ」
いつの間にか叢雲から降りてきた最上が近寄りながら言った。
「自分は燕のように飛び回る機動はそこまで得意ではありません。それに対し坂上少尉殿とリュウ特務少尉殿の格闘戦はピカイチです。ですので、この配置で良いんですよ」
「そうかあ?」
未だ渋い顔を崩さない扇ガ谷だが最上本人の言もあり、そこまで言うのならと不承不承ながら認めた。
「よし、3人とも聞け。ヴォルテック航空隊が来るのは情報部によると12月上旬だ。それまでに出来るだけこいつらに慣れておけ。上手くいけば戦況を変えられるかもしれん。時間が無いなかこいつらを乗りこなせるのはお前らだけだ」
最上は新しい愛機を振り返った。現在の秋津軍の主力戦闘機村雨の後継機だけあり、そのフォルムは村雨によく似ているがずっと大きく操縦席がやや後ろ気味。ピンと張った4枚プロペラに逆ガル翼、そして機首側面にある大型排気タービンの力強さと来たら例えようがない。
だが、最新鋭と言えどたった3機の戦闘機で戦況を変えることはできるのか?
最上は頭を振る。そんなことは考えるだけ無意味だ。自分は所詮一介の戦闘機乗りに過ぎない。
与えられた職務を全うする他無いのだ。
扇ガ谷が合図をすると格納庫のシャッターが開き、整備士達と航空技術廠の開発者達がゾロゾロと入ってきた。
草薙航空隊には選び抜かれた飛空士同様に整備士達もまた一流揃いなのだ。その中で更に厳選した熟練者達と技術廠の人達が新型機の整備を担当する。
「早速だが乗ってくれ。そして迅速に馴染め。俺達には時間が無いんだ」
飛行服に着替えた最上は再び操縦席に乗り込んだ。新品の機体特有の独特の臭いがする。
座席に座り操縦桿とフットバーに手足を添えて前を見る。巨大なエンジンを搭載しているため前方視界は無いに等しい。その代わり振り替えれば後方視界は尾翼の付け根まで見える程良好だ。
技術廠の人達が操縦席の横につき叢雲の概要と操縦に関する注意点を説明する。
低速域の運動性はあまり良くないこと。エンジン過熱が起こりやすいこと。降着装置の強度がやや足りていないこと。
致命的では無いものの、細かな気配りが要求される。大柄な体を持つ割にはずいぶん繊細な機体だ。
「まあ、飛んでみないと判らんな」
最上がそう言うと隣で爆音が轟く。
機体に搭乗した坂上とリュウの斑鳩のエンジン始動音だ。機体説明も程々にさっそく初飛行に赴くようだ。
車輪止めを払った2機は格納庫を出ていく。
「我々も行きましょう。配電盤のブレーカーを上げて下さい」
言われ最上は右側にあるブレーカーのスイッチを押した。
「バッテリー残量を確認したらセルモーターの作動ボタンを押して下さい」
一発だ、としたり顔の技術者の指示通りボタンを押すとモーター音と共にカダンカダンと不規則にプロペラが動き、次の瞬間には爆音も高らかにプロペラが回り始め大型空冷エンジンが目を覚ます!
全身を魂から揺さぶる重低音のエンジン音を聞き、最上は興奮気味に暴風に必死に耐える技術者に叫ぶ。
「良い音だっ。このエンジンは当たりだぜ!」
「当たり前だ!ターボプロップ何ぞ屁でもないやらあ!!」
叫び返した技術者は主翼から飛び降りた。
「チョーク外せーッ!」
最上は手信号で合図を出し整備士がさっと車輪止めを払う。
格納庫から出んとスロットルレバーを押し上げて滑走路の滑走位置にまで進む。
舵の利きは悪くはなかった。
ノイズ混じりの無線で管制官から離陸許可を貰う。
風防を閉め、フラップ展開。ブレーキを解除。スロットル全開。
一段と爆音が大きくなり重量6トンオーバーの濃緑色の怪物は前進する。
滑走の振動が足裏と座席から伝わる。操縦桿は中央。次第に速度が上がり尾翼が上がる。
滑走路の3分の2を走ったところで機体が浮いた。
操縦桿を引き、レバー操作で降着装置を上げる。モーター音が僅かに聞こえる。
これも新機軸の一つ。叢雲は電動の脚を持つ。出ていた車輪が90度回転して後方に引き込むのだ。
フラップを上げる。
巡航速度に達した機体を緩旋回させる。重い、それが叢雲の第一印象だった。軽戦闘機に慣れた秋津軍の飛空士にとって乗りにくそうだと思った。
だが、スロットルを押し上げると加速は半端なく、上昇に至ってはグッと座席に押し付けられる程の上昇力だ。
高度計がちょっと見たこともない動きをしている。
空戦において勝利する要因は色々あるが、一つだけ挙げるとすれば高度だ。
敵機より高度が高ければ、その高度差を速度に変換でき優位に戦うことができる。攻撃をしくじっても速度を高度に変換し直し、再び攻撃を仕掛けることが出来るのだ。
つまり、ずっと俺のターンになる。
一撃離脱を得意とする最上にとって上昇力の抜群なこの機体はまさにおあつらえ向きと言える。
「良いじゃないか」
最上は一人操縦席で呟いた。
新型戦闘機叢雲
史実のキー87のアップグレードバージョンの架空戦闘機。
2600馬力を誇る空冷18気筒エンジンを搭載。大型排気タービン過吸器付き。
最高速度は690キロ。武装は主翼に20ミリと30ミリ機銃がそれぞれ2門の計4門。
重量6トン。
スチラドゥとどっちが良かったかな?
技術廠の技術者
瓶底眼鏡のおっちゃん。趣味はバイク