12月5日夕刻。
とうとうその日がやって来た。飛空要塞朱雀の早期電波警戒網がカラナクタ要塞を飛び立ったセントヴォルト帝国の航空隊であろう機影を捉えたのだ。
草薙航空隊の司令官である扇ガ谷中佐は、全戦闘機隊員に即時待機をかけ待機所に集まった30数名の隊員を前に状況を伝える。
「哨戒艇からの報告はない。レーダーだけでは大雑把な概要しか掴めないが、機影から判断するに、40機から90機の大編隊が西南西に向かっている。敵の目標は不明だが、進軍方向から察するに朱雀か箕郷だろう。諸君らはこれより出撃!まずは敵の先頭を叩け!!」
おうッ!と隊員達の応える声が待機所を震わす。
「これより飛空要塞朱雀は東南東に移動し敵経路をど真ん中から阻むかたちだ。夜間出撃だが、精鋭たる諸君らの技量ならば十分空戦も可能だろう。今こそ草薙航空隊の真価が問われる時だ!我らの肩に箕郷に暮らす140万市民の命が懸かっている!日頃の猛訓練の成果を遺憾なく発揮し、草薙航空隊の名を多島海中に響き渡らせるのだッ!」
扇ガ谷司令の出撃の号令と共に隊員達は待機所を飛び出し、暖気運転に入っている列線に駆け出した。
最上も全力で走り待機所の外へ。その途中リュウと目が合い、互いの健闘を祈り拳をぶつける。
言葉は無用だった。
滑走路脇に並ぶ戦闘機群に、隊員達が次々に自分の愛機に乗り込んでいく。顔馴染みとなった機付き整備士達が取りつき忙しそうに作業をしている中、他の戦闘機より二回りは巨大で識別帯や翼端等が黄色い戦闘機、叢雲が主の搭乗を待っていた。
整備長が走り寄る最上に気付き声を上げる。
「武装はどうするんだーッ!?」
「予定通りだ!爆装だ!小隊全機に3号を載せろッ!」
最上はそう叫ぶや否や操縦席に飛び乗り慣れた手つきでベルトを閉める。傍らでは整備士達が怒鳴り合いながら、しかし迅速に作業をし機体下部に黒光りする3号を取り付ける。
整備長からの機体のコンディションを聞き終わるのと、作業完了の声が上がるのは同時だった。
頼んだぞ、と直接空戦に行けない全整備士達の想いを受け取り最上は親指を立てる。
計器に目を走らせながら無線マイクに声をかける。
「こちら最上だ。各小隊、聞こえるか」
「こちら安芸、聞こえます!」「こちらギャルポ。感度良好!」
目視で確認すると二人とも準備完了の手信号を出して出撃を今か今かと待っている。
全く、頼もしい連中だ。
管制官からの誘導を受け最上小隊は夕日を受けながら離陸する。機体特性の違う混成の小隊ながら僚機の二人は最上の横にピタリと付いてくる。
『接敵予想海域まで先導機が連れていく。各機、翼端灯をつけろ』
草薙航空隊の隊長のマオロンの声が無線から伝わる。3座の雷撃機が編隊の先頭に立ち、接敵予想地点まで導いていく。
最上は振りかえると夕日を浴び、黄金色の飛空要塞朱雀の勇姿がある。
まもなく陽が暮れる。これから首都箕郷を守る一大空戦が始まろうとしていた。
先導機に導かれながら朱雀を出撃して30分程飛ぶと、太陽が水平線の向こう側に沈み月明かりが海原に差す。天候は晴天。夜空に浮かぶ満月は煌々と輝く。おかげで味方機が夜間でも良く見えた。
現在高度5500メートル。エンジンは快調。油音はやや高めだが許容値内だ。
ぶるぶると自分の手足が震え、汗をかいているのに最上は今気づいた。
ーーこれは武者震い?それとも……
こんな緊張は初陣以来の久方ぶりだ、と思っていると先導機から無線が入る。
『予想では、箕郷の沖合い約150海里で接敵する。敵飛行隊に対して反復攻撃を加えよーー』
余計な世話だ、と最上は一人ごちる。今まで何度も行ったブリーフィングの内容をそのまま繰り返している。
『総員、間隔をひらいて翼端灯を消せ。ここで待ち伏せをする』
各機、距離を十分取り明かりを消す。夜空で光るのは月と星、排気炎と計器類に塗ってある蛍光塗料だけだ。
『これより無線封鎖。再開は戦闘開始後だ。朱雀からの報告では、敵方はこちらの待ち伏せに気づいていない』
先導機の声が途切れた。空中待機している間、最上は無線の周波数をいじった。敵の通信を拾おうという目論見だ。
しばらくいじって秋津軍ではない通信を拾うのと、先導機が敵視認のバンクを振るのは同時だった。
探すと、高度約4000メートルの所を灯りをつけて飛ぶ複数の機影を認めた。
無線からは異国の言葉が聞こえる。セントヴォルト語だから内容はわからないが、どうやら駄弁っているようだった。
最上は眉をひそめた。いくら何でも奇襲する側があんなに騒げばどんなにトロい奴でも流石に気づく。
ーーこちらを侮っているのか、それともその逆か。
結論を出す前にマオロン隊長機がバンクして急降下を開始。各機それに続く。だが最上小隊3機と黒い兎のノーズアートの斑鳩だけがその場に残った。
急降下して襲いかかった約30機の村雨は敵編隊を食い破ると思われた。だが、敵は村雨突入の寸前翼端灯を消し、一斉に散開してこれをやり過ごしたのだ!
これには最上も驚いた。こちらの奇襲がバレていた事ではない。夜間に数十機の編隊が見事な散開を行った事にだ。
音に聞くヴォルテック航空隊の名は伊達ではなかった。
初撃を外された草薙航空隊は既に乱戦に巻き込まれており、至る所で曳光弾が飛び交い、被弾した機体が燃え上がり爆散、墜落していく。
最上は上空から戦場を見下ろしながら無線を元の周波数に戻す。すると味方の叫び声が響く。
『かわされた!敵は此方に気づいている!』『食い付かれた!誰か援護!援護ッ!』『敵にガル翼!敵の新型機!!』『少尉、坂上少尉はどこですか!?』『振り切れないッ!!』
下方の草薙航空隊は明らかに劣勢だった。数で劣り奇襲も外され乱戦に持っていかれる。その上敵の最新鋭機、ベオストライクが隔絶した性能をもって暴れまわっている。その様は上からでもはっきりと見えた。
村雨とベオイーグル。拮抗した性能の機体が乱舞する中、明らかに速度、加速、上昇、運動性が違う機影が2つ。
ーーあれがターボプロップを搭載する次世代戦闘機の威力!
生粋の戦闘機乗りの最上は強敵を目の当たりにし、思わずこの乱戦に飛び込みたいと操縦桿を傾けそうになるが、グッと堪えた。
ーー駄目だ。自分の役割は制空ではない。今は我慢だ……
その間も味方機がやられ無線から悲鳴と怒声が響く。その様子を最上は冷めた気持ちで見続ける。
『小隊長、我々も援護に向かうべきでは』『このままでは味方が全滅してしまいます!』
僚機の安芸とギャルポの声だ。
「まだ待て。待機だ」
『しかしこのままではッ!見殺しにするつもりですか!』
ーー見殺し?誰が見殺しにするだと?
体がカッと熱くなり、次の瞬間にはマイクを怒鳴り付けていた。
「誰だ……。今ッ!言った奴はどいつだあッ!?」
『ッ!』『……!』
その時だった。
『朱雀から通信が入った!敵爆撃機隊が別進路で箕郷を目指している!』
マオロン隊長が怒鳴る。
『迂回ルートから箕郷に入る気だ。戦闘機は無視!各機、戦場を離脱し大型爆撃機を狙え!!』
「聞いたな馬鹿ども!小隊ついてこい!」
マオロン隊長からの通信が終わる前に既に最上は行動を起こしていた。操縦桿を倒し、機を迅速に旋回させる。僚機もそれに続く。
視線を巡らし月光を頼りに敵爆撃機を探す。
『こちら坂上機、視認しました。敵爆撃機、西南西へ進行中』
数瞬遅れ、最上も敵爆撃機のエンジンから出る排気炎を発見。上昇しつつ追尾に入るが、敵はかなりの高高度を飛んでいるらしく村雨では追いかけるのは困難だった。
現に列機の2機の村雨は息をつき、最上からだいぶ遅れ始めている。
最上は頭を巡らし考える。敵の爆撃機はざっと40機から50機。こいつらの爆撃を阻止するにはどう行動すればいい?どうすれば痛撃を与えられる?どの選択がベストだ……。
時間にして数秒の黙考を経て、最上はマイクに怒鳴った。
「隊を別ける!ギャルポと安芸は追尾を止め緩降下しつつ箕郷を目指せ。箕郷上空3000メートルで空中待機!後に合流し敵爆撃隊を撃滅す!」
『は、はっ!了解であります!』
無線からギャルポの胆がすわった声が響く。最上が何をするのか予想がついたようだ。それに対し安芸は分かっていない様子。無線から、小隊長はぁ!と声が上がる。
「俺か。俺はこの新型機の性能テストよッ!」
そう言い捨てるや否や操縦桿を引きスロットルレバーを叩き上げる。フルスロットル。自慢の上昇力でぐんぐんと昇る。
現在高度8000メートル。村雨ならエンジンが息継ぎし、まともに飛ぶこともままならない高度だが排気タービン過吸器を備える叢雲は力強く飛び続ける。
「現在高度……9000……10000……11000……12000……13000ッ!!」
最後の断雲を突き抜け成層圏へ。目標の敵爆撃隊を下方に見ながら機体を水平にさせ
上方に占位させる。
オーバーヒートしやすくカタログ通りの機体性能を引き出しにくい叢雲だが、季節は冬、それも高高度だ。
この空が、天然の冷却装置として味方し叢雲の性能を十二分に引き出している!
ーー天の利は我に有りッ!
機銃の安全装置を解除。計器を確認。残存燃料は充分。機体を背面に入れ狙いを定める。
月光を反射させる敵爆撃機は初めて見る機体だったが、地上で行った敵戦力分析でその名前は知っている。
新型重爆撃機テオドーラだ。鯨のようにデカく、群を成して悠々と飛んでいやがる。まるで自分らを撃墜できる者等いないと言っているようだ。
「待ってろ。直ぐに叩き落としてやる」
最上はギラついた眼で獲物を見出だし、宣言するかのように無線マイクに怒鳴った。
ーー我レ、コレヨリ突撃ス
操縦桿を引き逆落としにダイブした。
「?」
テオドーラの通信士は、機体側面の半球状の窓から外を眺めていた。秋津連邦の首都箕郷を目指しているが無線封鎖中の為、彼の仕事は無く暇を持て余しての事だった。
冬の高度10000メートル。夜空は空気が澄んで星の瞬きが良く見える。今日は流れ星をよく見る日だと最初は思ったが、何か妙だ。
「……」
不振に思い、目を凝らしていると遥か上方に影を認めた、翼を持つ影だ。
護衛の戦闘機ではない。ベオイーグルではあんな高度は飛べないはず。では、新型機のベオストライク?
それこそ有り得ない。爆撃隊に先駆けて先行し、今頃敵の迎撃機を相手取っている頃だ。ではあの機影は……?
瞬間鳥肌が立ち。彼は機長に悲鳴じみた報告を挙げた。
「き、機長!上方に敵機ッ!」
「寝ぼけるな。俺達は今、高度一万を飛んでいるんだぞ」
「し、しかし機長!」
「しかしもヘチマもあるか。俺達より高く飛べる秋津機なんてあるはずもない」
その間にその影はテオドーラの真上に移動し、此方に向かって突っ込んで来てパッと両翼が光った。
「ノーゥ!秋津の新型機だッ!!」「そんなバカな!」
同僚の驚愕の叫び声が、彼の最後の記憶だった。
垂直降下のパワーダイブ。的は大きく外しようがない。すれ違う瞬間、必殺の信念と共に機銃の引き金を引く。
ドンドンドンッ!と腹に響く20ミリと30ミリ機銃の弾丸がテオドーラに吸い込まれていく。
一瞬の交差。下方に抜ける叢雲。機体を引き起こしながら後方を振り返り戦果を確認する。
後方では、重装甲を誇るテオドーラの装甲板を30ミリ徹甲榴弾が食い破り炸裂。左翼のエンジンを吹き飛ばしていた。燃料に引火したのか小爆発を起こし、テオドーラの左翼は派手に燃え上がり、ついには飛高姿勢を維持できなくなった巨鯨は横転しながら夜の闇に沈んでいった。
「まずは一つ!」
戦果を喜ぶ暇もなく、次の目標を定め襲い掛かる。降下して得た速度と叢雲の上昇力にものを言わせた下からの突き上げ攻撃だ。
全くの無防備な腹を晒している敵機を一撃。
大口径の弾丸は敵爆撃機の搭載爆弾にでも命中したのか大爆発を起こし、木っ端微塵に吹き飛んだ。
その爆煙の中を叢雲はほとんど90度に近い角度で上昇する。
「二つ目だッ!」
無線からは仲間達の快哉の声が届くが、それに構っていられる余裕は無かった。
敵爆撃機の動力銃座から猛烈な応射が来たのだ。夜がかき消えるほどの曳光弾の嵐!だが最上は怯まず、その濁流に突っ込んでいく。再び敵編隊へダイブ。狙いは編隊最後尾!
突貫し敵編隊の殿に食らい付く。狙った敵機は墜ちなかったが、エンジン3発から派手に煙を吹き出し編隊から遅れ始めた。墜ちるかどうかは微妙だったが見届ける暇はない。
引き起こし、速度を維持したまま敵編隊の中へ飛び込む。
爆撃機編隊の防御機銃が怖ければ、懐に入ってしまえばいい。敵さんは同士討ちを恐れて撃たなくなる。20ミリの強力な防御機銃を有するテオドーラなら尚更だ。
「カモは我が手中に有り!」
密集する敵爆機の編隊の中を縫うように飛び照準器に入った敵機を手当たり次第に攻撃する。
機銃弾が尽きるまで最上のなで斬りは続いた。
機体下部に黒光りする3号
特殊兵装空対空爆弾。対地攻撃用の250キロ爆弾に時限信管をつけたもの。
史実では岩本徹三が使用し結構な戦果を挙げたとか。
爆撃機テオドーラ
ソ連のB-29のコピー機、Tu-3のイメージ。
「機長!後方に敵機ッ!」からの流れ
そう、某艦隊のあれです。