「これはさすがに....厳しいッ!」
京は苦しそうにそう漏らす。先程から京はクリスと一子の攻撃をなんとか捌きながらも相手している。作戦会議が終わりまっすぐ向かってきた一子とクリス。大和も想定外のことだった。クリスの性格から一対一を好むものだと思っていた大和は京に、クリスか一子、どちらか片方向かってきたほうの撃破を指示していた。京は本来、弓の使い手であり近距離戦には向かない。その弱点を克服するために父や百代から稽古を度々受けてはいたが実力が拮抗するもの二人を相手にとるのは厳しいだろう。それでも京が何とか持ちこたえているのは長年培ったその目と二人、一子とクリスの息が合っていないためであろう。
「わっ! クリ! 危ないじゃない!」
「犬こそそこにいられると邪魔だ!」
まだ出会って数日。同じ敵を同時に攻撃できるほどお互いの動き、クセを知るには短すぎる期間である。ましては一子は考えではなく勘で動くタイプであり、クリスもそれをフォローできる性格ではない。状況は2対1にもかかわらず京が若干不利というところであった。
京が苦戦している一方で、少し離れた場所では百代と由紀江による激しい戦いが繰り広げられていた。
「うーん、まゆまゆやっぱり強いな。強いんだけどな....」
由紀江の実力は百代が見込んだ通りだったようだ。しかし百代はどこか物足りない、そんな表情をしていた。自分が強すぎるあまり自分と対等に張り合える相手がいなくて鬱憤は貯まる一方。そんな時に突然舞い込んだ由紀江と真剣で勝負できる機会だ。相当な期待をしていたのだろう。
「まだ力を抑えてるな....」
百代は数発の拳を放ったところで由紀江が100%の力で戦っていないことを見抜いた。しかし由紀江にすれば相手は百代だ。手を抜くことは即敗北を意味する。故に手を抜いているつもりはないのだが由紀江の中で無意識に力を抑えられていた。
「やぁっ!」
「おっと、ちゃんと全力で来ないと私は倒せないぞ~?」
由紀江の繰り出した斬撃を避けながらも百代は余裕の表情だ。続けて刀を振り下ろすもすべて百代はいなす。由紀江の勝機は0に近かった。
「わ、ちょ、待てお前、逃げんなコラ!」
緊迫した2つの戦闘と離れた場所では風間ファミリーの男ども(大和、卓也除く)が戦闘していた。こちらは他の2つほど緊迫していなく、遊んでいるわけではないが他の2つの戦闘のレベルが高いだけに対比がひどい。周りを囲んでいる生徒の中でもこちらを見ているのはほぼいない。
キャップを岳人に任せ由紀江と京の方の戦況を眺めていた大和が動く。
「泰斗、どっちもやばそうなんだが京のほうがやばそうだ。姉さんは放置でいいだろう。クリスも自分が出て戦ってるあたりこの決闘は自分が負ければ終わりって気づいてないんだろう。京の援護なんとかなるか?」
「ワン子とクリスか....。」
モモ先輩がいる中であの二人を撃破したらきっと目をつけられるだろう。ただこのままじゃあ京は間違いなく負けるだろう。ワン子とクリスの息も合ってきている。カムフラージュに由紀江に一アクション起こして欲しいがこっちも辛そうだ。しょうがない、モモ先輩があの事を忘れている事に賭けるか....。技を見せなければなんとかなるはず....
「分かった。俺は京の援護に行く。由紀江が負けそうになったら....」
大和の耳元に顔を近づけ耳打ちする。大和はなにか抗議の眼差しをむけているが実行さえしてくれればいいさ。不安は残るがこれで準備は万端、京救出作戦始動!
「うー、そろそろやばいなー。なんかこの二人息が合ってきてるような気がするし」
「よし、やっと感覚がつかめてきたわ! そろそろ決めるわよクリ!」
「ああ!」
今まで何とか迫り来る攻撃に耐え痛手は免れていたが、すでに肩で息をする京。一方クリスとワン子は息が合うのを感じ、決めの一撃を放つところだった。
京に向かって薙刀の一撃が迫る。そして前方、凄まじいスピードで刺突を繰り出すクリスが視界に入る。薙刀を避けるために後ろに引けばレイピアの一撃を受け、レイピアを横にかわして避ければ薙刀の一撃を受ける。息のあった二人の攻撃は京に絶対に避けられない状況を作り出し、秘中の技となる....はずだった。
「間に合った」
驚愕に染まった二人の表情。それも当然、二人は勝ちを確信していたのだ。渾身の力で放った完璧に息のあった攻撃。それが防がれた。その瞬間クリスの脳裏に浮かんだのは百代の敗北。百代が由紀江に何らかの理由で敗北し、壁を超えた力を持つであろう由紀江に攻撃を止められた。これならば少し無理があるが納得がいく。だが目の前にいたのは由紀江ではなく泰斗。
「え、泰斗!? なぜお前が」
「京お嬢様を助けに来たんです。」
「あ、執事にはは大和しか雇わないのでごめんなさい」
「えぇ....。」
かっこ良く決めたつもりが台無しである。これが由紀江だったら喜んでくれるんだけどな。
「まゆっち! 今こそその刀の封印を解くんだ!」
大和の厨二発言により全員の意識がそちらに向く。きちんと実行してくれたか大和。ってことはあんまり時間がないんだな。のんびり会話をしている暇はない。幸いモモ先輩も大和に注意がいってる。これなら誤魔化しようがあるだろう。
「クリス、悪いな」
クリスのみぞおちに拳を当て、力を込める。その瞬間この決闘の勝敗が決した。鉄心の声がグラウンドに響き、歓声が響き渡った。
「むう....。自分は負けたのか....。」
風間ファミリーは基地に集まっていた。クリスはあのあと保健室へはこばれたがすぐに目を覚ました。今日は金曜日ではないが全員基地へ集まったのはキャップが召集を掛けたためである。召集といっても決闘のあとグラウンドで基地に集まるように言っただけではあるが。
「これで少しは俺の言ってることがわかったか? 勝負に勝つには作戦が必要だ。その作戦が卑怯なものになろうとも勝つには必要なことなんだ。実際クリスも、京をワン子と二人で攻撃しただろ? あれも作戦なんだろうけど見る人が見れば卑怯だというし、結局は価値観なんだよ。」
「そう....だな。 作戦の重要性は分かった。お前のことを認めよう。だがそれにしても今日のは卑怯すぎるぞ! あんなこと言って注意を惹きつけておいて泰斗に....あれ? そういえば知らなかったぞ! 泰斗は強かったんだな!」
「それ私も思ったわ! ちっちゃい頃から一緒なのに全然気づかなかったもん。きっと中学生の時に修行したのね?」
まさかこの話題が上がるとは....。今日は少しはしゃぎ過ぎたな。大和に勝たせるには仕方のなかったことだが。それにしてもワン子は本当に覚えていないんだな。俺がどこの家に引き取られたのか。タッちゃんとワン子よりも俺は先に引き取られてるからな。だがどこの家に引き取られたかを話してしまうとよりモモ先輩に迫られかねない。今はまだ言う時ではないな。
「やっぱり私の言ったとおりだ。泰斗、なぜ実力を隠していた?」
百代が笑みを浮かべ泰斗に詰め寄る。今日の決闘でも由紀江が本気で闘える相手
ではなかったため戦いに飢えているのだろう。泰斗の答え次第ではすぐにでも襲いかかりそうなほど闘気を出している。ファミリーもその威圧感によって萎縮してしまう。
「モ、モモ先輩、落ち着いて。」
モロがなだめるが効果はない。誰だこんな状態になるまで放っておいたのは。まあこんな状態だからこそ....。さて、どう答えようか。とにかくここでモモ先輩と戦うのは勘弁だ。それ以前に契約違反だ。
「きっかけが無かっただけですよ。それにモモ先輩ほどの実力があるわけでもありませんし」
「お前がどの程度の実力か測ってやるから私と戦え」
泰斗の言葉を遮るようにどうしても泰斗と戦う方向に持っていく百代。そんな百代に魔法の言葉を放つ。
「大和と俺に借りてるお金を今日中に全額返済してくれたなら考えましょう。」
「あ、キャップ。今日の召集は何のための召集だったんだ?」
いままで放出していた闘気が嘘のように消え不自然に話を変える百代。借金の返済を迫れば百代は話を変えざるを得なくなるのである。これまでも百代の理不尽な要求にはこの魔法の言葉が大活躍した。話題を変えてしまった百代は話を戻すわけにも行かず仕方なく弟分、大和に絡みに行く。そこに京が過激なスキンシップをとりに乱入。卓也と岳人は二人で漫画を開き、一子と百代は川神院新入り給仕の佐藤さんについて話す。由紀江と泰斗はギリギリ兄妹の会話を先輩と後輩の会話に装い話す。そしてキャップは次の遊びを考えている。これがいつもの風間ファミリーである。