暗く滲むような地平線に太陽が沈んでいく。
城塞都市ザクダを統率する年老いた都市長は、いつものように沈みゆく太陽を見つめながらとホウッと息を吐いた。
――今日も無事に生きながらえたのう。
そんな想いを抱きながら沈みゆく太陽を城壁の上から見送るのが、都市長という地位についてからの老人の日課だった。
老人が住むザクダは、城塞都市といえば聞こえはいいが、多くの人々が住む領域からは遠く離れた孤立した都市であった。
辺境の国家群を束ねる強大なトルメキアでさえ、あまりにも遠く離れたザクダに対してはその庇護を与えられなかった。
ザクダに住む人々は、徐々に近づく腐海に怯えながらその日その日を生きのびるだけで精一杯な、そんな都市だった。
「お爺ちゃん、また此処に来てたんだ。ダメだよ、ここは風が強いんだから体に毒だよ」
感傷にふけっていた老人の耳に聞き慣れた可愛らしい声が聞こえた。
老人が振り向くと、そこには予想通りの少女――老人の孫娘が立っていた。
「なんじゃお前か……ほれ、今日も夕陽が綺麗じゃぞ」
「夕陽なんか見飽きてるよ。ほら、早く帰らないと、またお婆ちゃんに怒られるよ」
「フォッフォッフォッ、なあに、うちの婆さんなんぞ怖くはないわい。だが、可愛い孫の言葉じゃからな。ここは素直に帰ろうかの」
「もう、お婆ちゃんに言っちゃうわよ。ほら、危ないから手を繋いで帰ろう」
老人は孫娘に手を引かれながらその場を後にしようとした。
ふと、老人の視線が地平線の彼方へと向いた。
そこには、地平線を滲ませる影のように腐海が広がっていた。
腐海は少しずつだが、確実に侵食してくる。
残り少ない老人の寿命が尽きるまでに腐海の侵蝕がザクダに届くことはないだろう。だが、孫娘の世代では間違いなくザクダは腐海に飲み込まれる。
それは逃れられない絶対的な死の運命だった。
ブルリと老人の身体が震える。
「ほら、お爺ちゃん寒いんでしょ! もうここに来ちゃダメだからね!」
ぷりぷりと怒りながら自分の身を心配をする可愛い孫娘。老人はその姿に涙が溢れそうになる。
――せめて、この子だけでも助けてやれぬものか。
それは老人が幾度も考えたことだったが、その度に諦めざるを得なかった。
何故なら他都市は遠く離れ過ぎており、その間には腐海が存在している。ザクダには稼動できる飛行艇は残されておらず、徒歩での腐海横断など自殺行為でしかなかったからだ。
老人は力なき己の身を嘆くしかなかった。
「もう、なに立ち止まっているのよ……あれ、お爺ちゃん “アレ” は何かな?」
孫娘の身を案じる老人の足は自然と止まっていた。そんな祖父に文句を言いながら振り返った孫娘は、地平線の彼方から飛んでくる “変なモノ” に気付いた。
「鳥……じゃないよね。お爺ちゃん、何か飛んでくるけど、アレって何か分かる?」
孫娘が遠くを指差しながら祖父に尋ねるが、残念ながら視力の衰えた老人には何も見えなかった。とはいっても長年生きた老人には実際には見えずとも空飛ぶアレの察しはつく。
「ふむ、儂にはまだ見えぬが、たぶん飛行艇じゃろう」
「うわあ、飛行艇だなんて珍しいよね! どこの飛行艇だろう?」
ザクダの最後の飛行艇が壊れたのは、孫娘が生まれる前だった。そのため生まれて初めて空を飛ぶ飛行艇に彼女の好奇心は強く刺激された。
「すごいすごい!! 飛行艇って、すごく速いよ!!」
「うむ、トリウマよりも速いからのう」
嬉しそうにはしゃぐ孫娘の姿に、老人は目を細めながら答えた。
「じゃが、本当にどこの飛行艇じゃろうな? こんな辺境まで来るとはのう」
かつて、ザクダが栄えていた頃──ザクダには前時代の遺産といえる金属製品が多量に埋まっていた。それらを交易品として、他都市から食料品等の物資を手に入れていたが、それらは全て掘り尽くしてしまっていた──なら兎も角、今では何の価値もない都市ゆえに感じた疑問だった。
「こんな辺境など侵略する価値もないしのう。まさか迷い込んできたのか?」
老人は考え込むが、正解と思える答えが思いつかない。
「うわあ、今の飛行艇って人型なんだあ。あっ、こっちに気付いてくれたみたい! 手を振ってくれてる!」
「人型の飛行艇? 何を言っておるんじゃ?」
思考に耽っていた老人だったが、孫娘の意味不明な言葉に意識が戻る。
「飛行艇が人型のわけが……なんじゃ、急に陰りよったぞ?」
今まで夕陽に照らされて赤く染まっていた周囲が突然陰り老人は怪訝に思った。まだ、夕陽が沈みきるには早いはずだ。
「まいどー、トルメキアから来ましたー」
「うわあ! 遠いところから態々ご苦労様ですー」
能天気な声が頭上から聞こえてきた。孫娘の可愛い声がそれに答えている。
老人はゆっくりと上を向く。
そこには居たのは───。
辺境都市に突如現れた謎の未確認飛行物体!!
その正体は一体何なんだ!?