トルメキアの黒い巨神兵   作:銀の鈴

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今夜は風の谷のナウシカがテレビ放送されるので、映画版の設定で番外編を書いてみました。主役は黒い巨神兵なので、映画版の終盤で巨神兵が目覚める所から始まります。万が一、映画版をまだ見たことのない人は映画版を見てから読んで下さいね。


トルメキアの白い魔女(番外編)〜目覚め〜

「─────────っ!!」

 

どこかから声が聞こえる。

 

「─────目覚めろっ!!」

 

誰かを呼ぶ声が聞こえる。

 

「巨神兵よ、目覚めろっ!!」

 

俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

その呼び声には、深い眠りについていた俺を呼び起こすほどの強い想いが込められていた。

 

俺はゆっくりと覚醒していく。

 

その強い呼び声に──

 

「ううん。あと……五分」

 

──応えるために。

 

 

 

 

「やかましい! とっとと起きろ!!」

 

風の谷に王蟲の大群が迫る絶望のなか、私は強制的に巨神兵を目覚めさせるという賭けに出た。

 

何度も巨神兵に呼び掛けた結果、巨神兵は反応を示した。どうやら私は賭けに勝ったようだ。

 

だが、目覚めさせるのが早かったためか、目覚めた巨神兵の反応は芳しくない。

 

あと五分だと?

 

王蟲が迫るなか、そんな余裕があるものか!

 

「起きたのならさっさと行くぞ! 王蟲はすぐそこまで迫っている。貴様の力を見せてみろ!」

 

「えーと、お前は誰だ?」

 

どうやら巨神兵は、目覚めたばかりで状況が判断できていないようだ。

 

仕方ない。時間はないが状況を教えてやる方が話が早いだろう。

 

「私はトルメキア皇女のクシャナだ。お前は我がトルメキアが目覚めさせた。現在、この場所に王蟲の大群が迫っている。お前にはその王蟲の大群を屠ってもらいたい。どうだ、状況は理解出来たか?」

 

「なっ、なんだと!?」

 

巨神兵は驚愕のあまり言葉をなくしたようだ。

 

確かに目覚めたばかりでこの危機的状況では驚くしかないだろう。

 

だが今は、巨神兵が冷静になれるまで悠長に待っていられる状況ではなかった。

 

悪いが強引にでも戦場に連れ出すしかないだろう。

 

「皇女ということは姫様なんだろ? こんな年増の姫様だなんて、この世界には夢も希望も存在しないのか!!」

 

「やかましいっ!! 誰が年増の姫様だ!! 私はまだ25歳だぞ!!」

 

一体何なんだ!? この失礼な巨神兵は!!

 

この私を年増扱いなどあのクソのような兄皇子らにすらされた事はないぞ!!

 

「あーと、すまん。たしかに今のは俺が悪かった。25歳といえば女盛りだもんな。年増はなかった。本当に悪かった。許してくれ」

 

な、なんだ?

 

最低の巨神兵かと思えば素直に謝罪をしてきたな。だが、女盛りと言われると少し恥ずかしい感じがするな。

 

まあ、見たところ本気の謝罪のようだ。今回だけは許してやろう。

 

それにしても、今までは気が逸っていたせいで気付かなかったが、この巨神兵は当たり前の様に喋っているな。

 

巨神兵が喋れるとは思わなかった。だが、意思の疎通がしやすいのは助かる。

 

早く戻らねば、全てが手遅れになるからな。

 

 

 

 

「よかろう。今回だけはそなたの謝罪を受け入れよう。ただし、次はないからな」

 

ふう、どうやら俺の失言を許してくれたみたいだな。

 

姫様といえば十代のイメージがあったもんだからつい口が滑ったが、考えてみれば王族の娘なら老婆でも姫様は姫様だもんな──結婚したら呼び名が変わるんだっけ?

 

「それで姫様……それでクシャナ、王蟲が迫っていると言ったな」

 

「なぜ姫様をクシャナと言い直した。しかも呼び捨てとはな。ふふ、だが許そう。巨神兵である貴様相手に人間世界の権威を説いても仕方ない話だからな。この私を呼び捨てにできるのだ。光栄に思うがいい」

 

「うんうん、感謝感謝。それで王蟲の話なんだが、王蟲ってどんなヤツなんだ? 強いのか?」

 

さっきのクシャナの話だと、俺に王蟲を屠ってくれという事だが、俺はそんなに強くはない……いや、俺は強いのか?

 

ここで俺は、目覚めてから初めて、自分の状況を冷静に見つめた。

 

俺は日本のサラリー……いや違う。俺は巨神兵だ。なんか妙な記憶というか、知識はあるが、俺は巨神兵だ。

 

俺は、調停者にして裁定者の巨神兵。

 

うむ、つまり俺の職業は、弁護士 兼 裁判官ということだな。我ながらエリートのようだ。

 

「貴様、その軽い返事はなんだ。本当に感謝しているのか?」

 

おっと、クシャナが少し不機嫌になったみたいだな。

 

まったく、女性の扱いが大変なのはいつの時代でも一緒だな。

 

「クシャナ、やっと自分の状態把握が完了した。王蟲とやらの処理にいくぞ。それと……クシャナとは良い響きの名前だな。凛としたお前のイメージ通りの名前だ」

 

「……そ、そうか。ではすぐに向かうぞ! グズグズするな、置いていくぞ!!」

 

クシャナはそう言い放つといきなり駆け出した。

 

「クシャナ、ちょっと待て! 俺がクシャナを運んだ方が早いぞ!」

 

俺は慌ててクシャナを呼び止めると、なぜか恥ずかしがるクシャナを無理矢理に掌の上に乗せた。

 

 

 

 

ウググ、この巨神兵め。この私を口説こうとするとは、なんという身の程知らずの奴なんだ。

 

だが今はそんな事に煩っている場合ではない。

 

私は、私を掌に乗せた巨神兵と共に戦場に急いだ……ふむ、私を揺らさない様に気遣っているな。少しポイントアップだぞ。

 

 

 

 

「お前ら逃げるな!! 殿下が戻るまで踏みとどまれ!!」

 

クロトワは逃げようとする兵達を押し留めようとするが、砲撃が全く効かない王蟲の大群に恐怖した状況では無駄だった。

 

もちろん、クシャナ殿下に命を捧げている直属の部下達は一歩も引かなかったが、それで戦局が変わるものではなかった。

 

「ちくしょう、ここまでか……なんだ、この音は?」

 

クロトワが諦めかけたとき、砲撃が響く戦場に別の音が混じった事に気付く。

 

その音はまるで巨大な生物の足音のような。

 

クロトワが耳をすませようとしたとき、それ(・・)は現れた。

 

──絶望すら塗りつぶす漆黒の甲冑を纏いし巨大なる古の戦士。その掌の上に立つは誇り高きトルメキアの皇女。

 

「──薙ぎ払え!」

 

激しい砲撃の中ですら響き渡る凛々しい声。

 

次の瞬間、大地が爆ぜた。

 

赤き光に染まった王蟲の大群が一瞬にして燃え上がる。

 

「すげえ、世界が燃えちまうわけだぜ」

 

かろうじて、クロトワはその一言だけを口にする。

 

それだけその光景は圧倒的だった。

 

絶望の具現とさえ思われた王蟲の大群が次々に燃え尽きていく。

 

抵抗さえ出来ない一方的な暴力だった。

 

兵達はその光景に口々にクシャナ殿下を褒め称えるが、何故かクロトワの目には、大きな掌の上に立つクシャナ殿下が哀しげに見えた。

 

 

 

 

「美味いぞーーーーっ!!!!」

 

腹が痛くなりそうだった。

 

王蟲の大群を容易く屠るのは良いが、その掛け声が最悪だった。

 

美味いぞって、何なんだ?

 

そんな馬鹿みたいな掛け声を私の頭上で叫ぶなと言いたい。私まで馬鹿だと思われるだろうが。

 

「貴様には、王蟲が美味そうに見えるのか?」

 

「あんな気色悪い巨大なダンゴムシが美味そうなわけないだろ。ただの掛け声だ。気になるなら変えようか?」

 

よかった。

 

こいつが蟲食だったらどうしようかと思った。食費は現地調達すればタダかもしれんが、私の精神衛生上、非常によろしくないところだったぞ。

 

「そうか、では悪いが変えてくれるか」

 

「お安い御用だ。では──ゲロビーーーーム!!!!」

 

ゲロ!?

 

皇女の私を掌の上に乗せているのにゲロ!?

 

ダ、ダメだ。

 

こいつを何とかしてくれ。

 

うう、お腹が痛くなってきた。

 

誰か、助けてくれ。

 

 

 

 

王蟲の脅威がなくなった後、微妙な顔をしたナウシカが戻ってきた。

 

「姫姉様が戻ってきた!!」

 

「姫様!! ご無事じゃったか!!」

 

「姫姉様ーーっ!!」

 

「姫様っ、お怪我はありませんか!!」

 

ナウシカの元に集まっていく風の谷の民達。その様子を(お腹をさする)クシャナは微笑みながら見つめていた。

 

その隣で巨神兵もまたナウシカを興味深そうに見ていた。巨神兵は「姫姉様か」と小さく呟いたあと、クシャナに声をかける。

 

「クシャナ、あのナウシカって子()姫様なのか?」

 

「言葉は正しく使え。私に聞くなら『あのナウシカって子()姫様なのか?』が正しい言葉だ。それでナウシカだったな。ナウシカはこの風の谷の姫だ」

 

巨神兵はクシャナの言葉に「そうか」とだけ返すとナウシカに向かって叫びながら駆けて行った。

 

「姫姉様ーーーーっ!!!!」

 

「ひっ!? 何なんですか貴方は!?」

 

突然迫ってきた巨神兵に当然ながらナウシカは逃げ出した。

 

「待ってくれ、姫姉様!! 俺は悪い巨神兵じゃないぞ!! ただ、姫姉様と仲良くしたいだけだ!!」

 

「や、やだ!? 追いかけて来ないで下さい!!」

 

ナウシカを姫姉様と呼ぶのは彼女より年下の小さな子供だけだ。それが巨大な巨神兵が姫姉様と叫びながら仲良くしようと迫ってくる様子は、流石のナウシカをもってしても恐怖を感じざるを得なかった。

 

必死になって逃げるナウシカ。

 

オロオロする風の谷の住民達。

 

巨神兵と一緒になって子供達はキャアキャアと楽しそうに姫姉様を追いかける。すでに順応力だけならナウシカを超えているだろう。

 

トルメキア側は見ない振りをしていた。

 

一人だけ腹を抱えて笑っているクロトワ。

 

クシャナのお腹はシクシクと痛んだが、ふとナイスアイデアが脳裏をかすめた。

 

「ああ、もうあんなに巨神兵と馴染むとは、流石はナウシカだな。よし、ナウシカを巨神兵の世話役として雇おう。対価として風の谷に対してはトルメキア王国として最大の支援をする事をここに誓おう」

 

「ええっ!? 勝手なことを言わないで!!」

 

その言葉にナウシカは巨神兵から逃げながらも抗議する。

 

「いや、それはダメだ。姫姉様は風の谷の姫姉様だからな。風の谷から連れ出すのはマナー違反というものだ」

 

「なに!? 貴様がマナーなどを気にするのか!?」

 

まさかの巨神兵の反対にクシャナは驚愕する。対してナウシカもクシャナとは別の意味で驚愕していた。

 

「え?……巨神兵さん、ごめんなさい。どうやら私は貴方の事を誤解していたようです。貴方は優しい方だったのですね」

 

やはりナウシカはナウシカだったようだ。

 

巨神兵に対しても友愛の心を向ける。

 

その優しい表情を向けられた巨神兵は、前言撤回をしてナウシカを連れて行きたくなるが、紳士としての鋼の自制心を総動員する事で我慢した。巨神兵は己の欲望よりもナウシカの幸せを優先した。

 

そして、この短時間で巨神兵の本質など理解したくなかったが、不本意ながら理解してしまっていたクシャナは、そんな巨神兵の心の動きに気付いていた。

 

巨神兵がナウシカに向ける優しい視線。

 

──こいつ、私のこと口説いたくせして。

 

少しだけクシャナは不機嫌になった。

 

 

 

 

トルメキアからの迎えの飛行艇に乗り込むクシャナ。

 

巨神兵はクシャナにつき合ってトルメキアに向かうことを決めていた。

 

「……本当に良いのか? 私と共にトルメキアに行けば、血塗られた道を歩むことになるぞ」

 

クシャナは巨神兵と視線を合わさぬまま語りかける。

 

「ほう、クシャナが歩むは血塗られた道か。ならば尚のこと、俺はクシャナと共に歩かねばなるまい」

 

「……同情か?」

 

「ククク、何を言っている。俺達は戦友だろ。クシャナの背は俺が守ろう。俺の背はクシャナに任せた。共に戦い、いつか互いの願いを叶えるぞ」

 

覚悟を込めたクシャナの問いに巨神兵は笑いながら平然と応えた。その巨神兵の言葉にクシャナは胸に熱いものを感じた。

 

「そうか、そうだな。私達は戦友だったな。わかった、貴様の背は任せろ。私の背は任せたぞ」

 

クシャナは巨神兵に向けて右手を差し出した。その差し出された右手に巨神兵は指先で優しく触れる。

 

皇女と巨神兵が友情を確認し合うその姿を見ていたクロトワは呟いた。

 

「こりゃあ、ヴ王に勝ち目はなさそうだ。殿下について正解だな」

 

クロトワはニヤリと笑った。

 

 

 

 

クシャナと巨神兵を乗せた飛行艇が飛び立つ。小さくなっていく風の谷を見つめながらクシャナはふと気になった事を巨神兵に尋ねた。

 

「そういえば、お前の願いとは何なんだ?」

 

「ああ、大した事じゃないんだがな。俺の願いは──」

 

──この後、クシャナの『馬鹿か貴様は!!』という怒鳴り声が、風の谷の上空に響き渡った。

 

 




このクシャナ殿下は25歳なので、巨神兵は頭を撫でずに握手をしました。呼び方も姫様ではなくクシャナと呼び捨てです。でも本編の方ではクシャナが成長しても呼び方は姫様のままです。そこは長年の付き合いがあるからですね。
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