自分では人を見る目があると思っていたのだが、その自信がぐらついた。まあ、今回は人ではなく巨神兵なわけなのだが。
こいつは善良な巨神兵だと思っていたが、そんな事はなかった。
確かに私達にとっては殺すべき敵であるドルクだが、こいつにとってはそうでは無い。
出会ったばかりの私達と、今のドルクはほぼ同じ立場のはずだ。
いくら先に私達と出会って、私達の艦を落とされたと聞いていたとしても、こいつがドルクの艦を問答無用で破壊する必要はなかったはずだ。
ドルクも巨神兵の存在に驚いていたのだろう。攻撃は一切してこなかった。
こいつには、ドルクと敵対する理由がなかった。
それなのにこいつは、私から見れば嬉々とした様子で迷いなくドルクの艦を破壊した。
正直、少し怖くなった。
言っておくが、ちびってはいないぞ。
ただ、その破壊の矛先が私達には向かないとは決して言えないのだ。
フハハハハッと高笑いを続けるこいつの事が、少し怖くなっても仕方ないだろう。
そんな事を考えていたら突然誰かに頭を撫でられた。
驚いて顔を上げると、そこには大きな指先で器用に私の頭を撫でる巨神兵の姿があった。
「姫様の敵は倒したから安心してくれ」
放たれた声は、間違いなく優しい響きを帯びていた。
その優しい声のお蔭で、彼の想いを察することが出来た。そして自分の浅はかな考えに羞恥を覚えて私は俯いた。
そう、全ては私の為だったのだ。
彼は出会ったばかりの小娘を、その全力で守ってくれたのだ。
彼は出会ったばかりの小娘の敵を、その全力をもって倒してくれたのだ
彼は出会ったばかりの小娘のことを、その利害も損得もなにもかもを斟酌などせずに助けることを選んでくれたのだ。
何故彼がそこまで出会ったばかりの小娘のことを思ってくれるのかは分からない。
ただ私の胸の中が、温かい気持ちで満たされていくことだけは分かった。
彼の指先から感じる温もりは、少しだけ母上の手の温もりに似ていると感じた。
ふと、彼の呟く声が聞こえてきた。
それは思慮深さを感じさせる響きをもち、不思議と心に染み込んでくるようだった。
「うんうん、これで出会いイベントと突発イベントはクリアしたな。次の護衛イベントをクリアしたら、いよいよ姫様の素顔お披露目イベントだな。ククク、きっと美少女に違いない。楽しみだな」
……前言撤回だ。
こいつの声は軽く落ち着きがない。そしてその指先はゴツゴツとしていて撫でられている頭が痛いだけだ。
「ええい、頭を撫でるでないわ!」
やはりこいつは、悪い巨神兵だな。
ふん、何が美少女に違いないだ。
勝手にハードルを上げるでないわ!!
*
数時間後、陣地からの救援部隊が到着した。
待っている間、あいつか時々、蟲共をパチンと潰すだけで特に問題は発生しなかった。
到着した部下達は巨神兵の姿に腰を抜かさんばかりに驚愕していた。
本当に腰を抜かせば良かったのに――
――そう思ったのは内緒にしよう。
さあ、帰還するぞ。といった際に問題が発覚した。
救援部隊は移動速度を重視した構成だったため、巨神兵を乗せられるほどの積載量を持つ艦がなかったのだ。
まったく、私は疲れて眠いというのに余計な手間を取らせる奴だ。
本人……いや、本巨神兵を含めて相談をする事にしよう。
「全部の艦にロープを繋げて、そのロープに俺がぶら下がる案はどうだろう?」
「ふむ、艦艇を固定するためのワイヤーを使えば可能かもしれんな」
「いやいや、殿下 待って下さい。確かに全ての艦艇の積載量を合計すれば数値上は可能ですが、そんな不安定な飛行は不可能です」
「おいおい、天下のトルメキア王国の敏腕操縦士が情けない事を言うなよ。ここは腕の見せ所だろう?」
「ふむ、確かに集団飛行はトルメキア空軍が得意とするところだな……しかし眠たいな」
「いやいや、殿下 待って下さい! 確かに編隊を組んでの飛行訓練は行っていますが、編隊で巨神兵を吊るす訓練など行っていません。どんな不測の事態が起こるかは不確定なのですよ。そんな危険は冒せませんよ」
「もう面倒臭いから、俺の極太ビームで腐海を焼いてトルメキア王国まで道を作るか? そうすれば歩いて帰れるぞ」
「ふむ、あの威力ならあながち不可能とも言えんか……そろそろ寝てもよいか?」
「いやいや、殿下!? ちょっとは真面目に考えて下さいよ! そんな事をすれば大海嘯が発生しかねませんよ!」
「ククク、大海嘯など俺が吹き飛ばしてやろう。ところで、大海嘯ってなんだ?」
「ふむ、頼りになることだ。大海嘯とは主に王蟲の大群による蟲共の大移動のことだ。それによっていくつもの都市が腐海に飲み込まれている。まあ、大海嘯を吹き飛ばせば問題なかろう……クゥ…」
「いやいやっ、殿下!! 本当に寝ないで下さい!!」
*
目覚めると空の上だった。
「あやつはどうしているのだ?」
自室から艦橋に向かう。そこで近くにいた部下に尋ねた。
「はい、自力で飛んでおられます」
「なに!? 飛んでいるだと!」
部下の想定外の言葉に私は驚く。
慌てて周囲の空を見渡すと、背中から光の羽のようなものを発しながら空を飛ぶあいつの姿が見えた。
「飛行能力まであるのか。巨神兵というのは」
空を飛ぶ巨神兵。
その圧倒的な迫力に私の思考が加速する。
これほどの存在が本当に私の味方についてくれたなら。
本当にトルメキアを……!!
そう考えざるを得なかった。
この力を得ることが出来るのなら、私は悪魔にでも魂を売るだろう。もしもこの身を欲するのなら私は……
「殿下、ご無礼を承知で申し上げます。我らでは不足でしょうか?」
突然、傍の部下から声をかけられて私は正気を取り戻す。
私は今、何を考えていた?
「殿下が進むは血に濡れた道だと承知しております。我らもその道を殿下の忠実な僕として歩むと誓いました。我らの忠誠、決して巨神兵の力にも劣らぬと自負しております。ですから、殿下はただ真っ直ぐに前へとお進み下さい。雑多な思いになどに囚われることはありません」
普段は冷静で寡黙な部下が饒舌に言葉を紡ぐ。
「それに巨神兵の力を欲するなら、我らの時と同様に殿下の想いをそのままに告げれば良いかと愚考します」
「貴様の時と同様にだと?」
はて? 私はこいつらに何か特別なことを言っただろうか?
部下の言葉を待つが、これ以上は何も言う気がないらしく、再びいつものように口を閉ざした。
ふう、仕方ない。
「分かった。小細工も駆け引きもなしだ。あやつとは本音で語り合おう」
――そんな皇女殿下の顔を見つめながら、いつも冷静で寡黙な部下は思い出していた。
“貴様らは国のためにではなく、
むろん金や名誉のためにでもなく、
ただ私のために死ね。
その貴様らの屍を踏み越えて、
私がトルメキアを変えてみせると、
ここに誓おう”
幼き皇女殿下が精一杯に胸を張って、下級国民にすぎない部下達の前で高らかに宣言して彼らを魅了したあの日のことを――
殿下はまだ10歳です。
おねむの時間なのです。