菅原卓郎 2年4組 サッカー部
高野さんが好き。告白するも「友達として好き」と受け取られてしまい撃沈。高野さんが恋愛事に興味がないと知って二の足を踏んでいる。
高野千鶴 2年4組 吹奏楽部
恋愛事に興味も経験もない無気力系女子。自分にあまり自信がなくて卑下するタイプ。菅原君の印象は「いい人」。最近はちょっと気になりだしているけど経験がなくて自覚なし。
梅雨の季節が、やってきた。
湿気は楽器にとって天敵で、吹奏楽部に所属している私にとって────いや、楽器を扱う人たちにとってはいつも以上に気を使うし憂鬱な季節だろう。
以前の私も雨の日は憂鬱だった。でも今はそこまで嫌いじゃない。
学校の廊下でぼんやりと降りしきる雨を眺める。風に乗った雨粒が窓を叩いている。
今日は随分と強い雨だなぁ。気温も高めで、ジメジメする。
訂正しよう。やっぱり雨はあまり好きじゃない。
「あれ高野、何してるんだ?」
そんなことを考えていると、後ろから声がかけられた。
菅原君だ。サッカー部に所属していて、話下手で暗い私にも話しかけてくれる、とてもいい人だ。
「ううん、特に何も。ちょっと雨を眺めてただけ」
そう、別に何を見ていたわけじゃない。
ただ、いつの日か菅原君にバス停まで送ってもらった日のことを思い出していただけ。
思えば、あの日から菅原君と話をするようになったんだっけ。
あの日、菅原君に言われた言葉が頭によぎる。
────俺は、さ……高野のこと、その……す、……すきだ、ぜ。
あれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励ましだからあれはただの励まし
「ど、どうしたんだ高野、顔赤いぞ?」
「う、ううん。何でもない」
そう、なんでもない。あれは「私なんかを好きになる人なんていないよ」という私の言葉を聞いて、菅原君が励ましてくれただけ。でも人から好きなんて言われたことないから、お礼を言う以外にどう反応していいかわからない。
赤くなった顔を見られたくなくて、窓の外に顔を背けた。薄いガラスの向こうでは、先ほどと何も変わらず雨粒が窓を叩いていた。
「あ、もしかしてまた傘を忘れたのか?」
「ううん。そういうわけ────」
そういうわけではない。梅雨の季節ということもあって、いざという時のためにロッカーの中に折りたたみ傘を入れっぱなしにしてある。
「────なんだよ、うん」
あれ、なんで今私嘘をついたんだろう。
「そっか、じゃあ一緒に帰ろうぜ!」
どことなく嬉しそうな顔をする菅原君に、私はこくりと頷いた。
────再度訂正。やっぱり雨は結構好きだ。
***
まだ冬服の頃だったから、たしか春頃のことだったかな。
予報外れの突然の雨に途方にくれていた私に、菅原君がバス停まで送ってくれたのは。
あのときはたしか────
「高野、肩濡れてるぞ」
────そう、私もこんなふうに言ったのだ。菅原君の肩が濡れていたから、私が「もう少しくっついて」って言って。菅原君を抱き寄せる感じで。
「……」
顔が熱くなる。特にかわいくもない顔がますます変な顔になってる、絶対。
こんな顔、菅原君に見られたくない。
(無視された……)
俯く私は、菅原君が落ち込んでいることには気付けなかった。
***
ようやく顔の火照りが収まったかな、と菅原君の方を伺えば、肩どころか右半身が濡れていた。私の真上には傘があって雨を防いでくれている。
「菅原君、それじゃ傘の意味がないよ」
「お、俺は大丈夫だよ。俺なんかより、高野が濡れる方が問題だろ」
やっぱり菅原君はいい人だ。でも傘を借りている以上、あまり菅原君が濡れ坊主になるのはいただけない。
「……じゃあ、もうちょっとくっついていい?」
ああ、また顔が熱くなってきた。俯いて問いかける。
「ど、どうぞ」
だ、大丈夫。前の時もくっついても特になんとも思わなかったんだから、今回もなんともないはず。
────だけど私は忘れていた。前回は冬服で、二人共長袖だったことを。そして今私たちが着ているのは夏服で、半袖だ。
ピト、と裸の腕と腕が触れ合う。
これ以上ないくらい赤面した。
***
なにを話せばいいんだろう。
前はちょっとした恋バナみたいなことを話していたっけ。話していた、というよりは、菅原君が聞いて私が答える感じだったけど。
ああ、やっぱり話をするのは苦手だ。バス停までの短い時間なのに、私から振る話題に事欠いている。
私が暗い性格なのは自覚している。でも菅原君に暗い奴だ、と幻滅されるのは嫌だな。だって菅原君いい人だし。
こんないい人に暗い奴と思われるのは少しショックも大きそうだ。
そういえば、菅原君も喋らないな。
そう思って菅原君を見てみると、なぜか菅原君は顔を背けてプルプルと震えていた。
(やっべにやける……!!)
高野の温もりを感じている。少しひんやりとしていた。
高野の素肌と触れ合っている。あの高野と……!
いかん、これは変態的な発想だぞ菅原卓郎。落ち着け、びーくーるだ。
きっと高野はなんとも思ってないんだから、自分だけこんな顔をしていたら変な奴だと思われる。
高野にそう思われるのはゴメンだ。
自分に言い聞かせて前を向く。
横目でチラリと高野の方を伺うと、なぜか落ち込んだような顔をしていた。
***
やっぱり、私にくっつかれるのは嫌だったのかな。
菅原君はやっぱりモテるんだろうし、私なんかがくっついちゃ迷惑だよね。
だから、顔を背けていたのかな。
だから、何も話してくれないのかな。
やばい、落ち込んできた。すごい嫌な奴だ私。
私から何を話していいのかもわからないくせに、会話がないことを菅原君のせいにしている。
「ど、どうしたんだ高野? どこか具合でも悪いのか?」
肩を落とす私に菅原君が心配そうな口調で声をかけてくれた。
やっぱり菅原君はいい人だ。
「ううん、大丈夫。ごめんね菅原君、私がくっついちゃ迷惑だったよね」
触れ合っていた腕が離れていく。
菅原君に迷惑をかけてしまったことが心苦しい。あとなぜかちょっとだけ寂しい気分がした。
「え!? い、いや……べつに、迷惑……じゃ、ない、けど……」
「……ほんとう?」
菅原君は設定をミスったメトロノームみたいにブンブンと頷いた。
「……じゃあ、失礼して」
一度離れた腕がまた触れ合う。
「……」
(……えい)
「!?」
腕をさっきよりもすこしだけ強く腕を押し付けると、菅原君はピキ、と固まった。
***
そういえば、私にも振れる話題が一つあったことを思い出した。
「菅原君は、甘いものは大丈夫?」
「え? ああ、大丈夫だけど」
「前にも送ってもらったから、お礼にクッキーでもどうかなって」
そう、前回送ってもらった時にお礼にクッキーでも焼いてこようかなって思っていたのだ。
でも、男の人には時々甘いものが苦手な人がいるみたい。私のお父さんもそうだ。お礼にあげたものが菅原君の苦手なものだったら本末転倒だから、菅原君に甘いものが大丈夫か確かめてからにしようと思ったんだった。
「ぜ、全然おっけーだよ! クッキー大好きなんだ俺!」
そうなのか、それはよかった。
「き、きっと……」
「?」
「
なんだろう、前半の菅原君の声が小さくて雨音にかき消されてしまった。
でも、どうやら菅原君はお菓子はなんでも好きらしい。別に顔に似合わない、ということはないけれど。
「……なんだか、意外だね」
「!?」
***
「前の方は雨音でよく聞き取れなかったけど、菅原君はお菓子ならなんでも好きなんだね」
「へ? え? あ、あぁそうなんだよ! 和菓子でも洋菓子でも昔っから好きでさー!」
「私、和菓子は作ったことないや」
スーパーで団子粉というものを見たことがあるから、レシピを調べればお団子くらいなら作れるかも知れない。
あとは……ぜんざいとか? いやあれは甘いものだけど和菓子の分類じゃないか……。
レシピがないとどうにもできないだろうけど、自分でも作れそうな和菓子ってなんだろうな、と考えながら歩いていると、菅原君は右手で顔を抑えていた。体調でも悪くなったのだろうか。
「いや、大丈夫。うん、俺は大丈夫だから」
***
自分からクッキーを作ってくるよ、とは言ったものの、あくまでうちにあるレシピ通りに作る程度にしか腕前はない。
菅原君はお菓子ならなんでも好きだと豪語するけれど、やっぱりある程度好みに合わせるよう努力するべきだろう。
「あんまり期待されても困るけど、菅原君はどんな味が好き?」
「どんな、って言われても」
「私のレパートリー的には、バタークッキーとか、ココア味とか……あとはチョコレート味とか」
「ちょ、チョコレート!?」
「う、うん」
妙に反応してくる菅原君に戸惑いを覚えつつ答える。
チョコレートの形を残すとなると製菓用のチョコを買ってこないといけないけど、チョコレート味のクッキーというだけなら砂糖の代用として溶かしたチョコレートを生地に混ぜ込むだけで済むのだ。
「チョコレート! いやぁ俺チョコレートに目がなくてさ!」
目がない、と言われても。
クッキーに混ぜ込むチョコレートなんてそんなたいそれたものじゃない。ただの市販の板チョコだ。
もしかして、菅原君はクッキーよりもチョコレートのほうが良かったのだろうか。
「ごめんね菅原君、私チョコレートは作ったことないの」
「 」
「……どうして笑ってるの?」
***
高野はチョコを作ったことがないらしい。
それはつまり、バレンタインに手作りチョコを誰かに上げたことがないということで。
それはつまり、高野が初めて手作りチョコを贈る相手が俺ということも可能性がないということもないわけで。
「……どうして笑ってるの?」
「ああいや、なんでもないよ、うん」
いかんいかん。つい嬉しくなって顔がにやけてしまったらしい。
にやけた顔を正して高野の方を向くと、高野は暗い顔で俯いていた。
「……ごめんね、菅原君」
「へ?」
「私が未熟なばかりに、菅原君の期待に答えられなくて。……クッキーより、チョコレートの方がよかったんだよね?」
あああああああああああああああ!!
俺のばかやろぉおおおあああああ!!
***
「い、いやそうじゃなくて! クッキーよりチョコレートの方がよかったなんてそんなことなくて!」
確かに、さっきの流れで笑ってたらそう受け取られても仕方ない。というかまずい、知らぬ間に高野を傷つけてしまった気がする。
「そうなの? クッキーでも大丈夫だった?」
「もちろんだって! 高野のクッキーすげーたのしみだわー!」
「なら、よかった」
「……」
「……」
しばしの沈黙、でも俺の頭の中では言うか言うまいかの大議論が織り成されていた。
────言え。言っちまえ。
前だって高野に告白しても励ましだと受け取られてしまったんだ。今度もきっと気づかない。
いや、気付いて欲しい? ちょっとくらい、俺のこと意識してくれないかな。
うるさいくらいに高鳴る心臓。
頭を掻き毟って叫びだしたい衝動。
血が沸騰するような緊張感。
逃げ出したい気持ちと踏み出したい欲求。
それら全部この身体に押し込めて。
声が震えないように注意しながら。
「……いつか、さ」
「え?」
「いつか、高野の作ったチョコレート、食べて、みたい」
バレンタインはもうとっくの昔に過ぎてるけど、それはそれ。
俺からしたら、『お前の作った手作りチョコが食べたい』なんて告白してるも同然なわけだけど、高野はどう思うのだろう。
好きだ、と言ったって俺の気持ちに気づかないんだからこの程度じゃきっと気づかない。というか気づかないでくれ。告白するならこんな遠まわしじゃなくてはっきり言いたいから。
────じゃあ、もし高野が誰かから告白されたらどうする?
────うーん…。断るんじゃないかな。
……告白しても、脈なしかもしんないけど。
高野はポカン、と呆けた顔をして、その次に俺に向かって微笑みかけた。
かわいい。
だけど嫌な予感がする。いつもなら高野の考えてることがよくわからなかったりするけど、この時ばかりはこの微笑みの理由はおおよそ察しがついた。
『菅原君は本当にお菓子が大好きなんだね』だ。多分間違いない。
「じゃあ、菅原君に食べてもらえるように練習しておくね」
「!!」
***
突然腕を押したり引いたりし始めたけれど、どうしたんだろう。
ガッツポーズ?
いやいや、菅原君が私なんかが作ったチョコレートでここまで喜ぶわけないか。
そんな会話をしているうちにバス停までやってきた。ちょうどバスもやってくる時刻みたい。
「それじゃあ菅原君。結局チョコレート味のクッキーでいいんだよね?」
「あぁ、バッチリだぜ!」
「わかった」
バスの入口にあるカードリーダーに定期を当ててバスに乗り込む。
「送ってくれてありがとう。クッキーはこの週末に作るから、来週の始めに渡せると思う」
「あぁ、楽しみにしてるよ!」
だから、趣味とも言えないような私の腕にあまり過度な期待はしないで欲しいのだけれど。
まぁ本当に楽しみにしてくれているのだろう。できるだけ期待に添えるように努力しよう。
プー、と音が鳴り扉が閉まる。窓をはさんで菅原君が元気よくブンブンと腕を振っている。
手を振り返して後ろの方の座席に座ると軽い振動とともにバスが出発する。
「
バスのエンジン音でよく聞こえなかったけれど、菅原君がなにやら雄叫びをあげている。
今日の菅原君はなんだかとても元気みたいだ。
***
友達が言うには、私は天然らしい。
自分では天然だとは思わないけれど、多分会話の中で相手が思っていることを察するのが下手なんだろうな、ということは自覚している。
さっきの菅原君のセリフを思い返してみる。
────いつか、高野の作ったチョコレート、食べて、みたい。
……あれは、どういう意味だったんだろうか。
私が作ったチョコレートを食べたい。
チョコレート、チョコレート……。
「……は!?」
思い出した。今年の二月に友達が菅原君にバレンタインチョコをあげようとしていたんだっけ。結局勇気が出なくて渡せなくて、そのチョコは私と二人で処分したんだった。
私自身恋愛とかよくわからなくてバレンタインとか蚊帳の外にいたイベントだけど、女の子が男の子にチョコを渡して告白するというものだ。最近では友チョコとか義理チョコとかいろいろ派生ができているみたいだけど。
それで、一ヶ月後に男の子が返事をしたり贈り物をしたりと、いわば期間をあけた一種のプレゼント交換のようなものだ。
なるほど、それで菅原君は私から手作りチョコを……チョコを?
たしか、友達が用意したチョコレートも手作りだった気がする。それで、『想いを伝えるには手作りしかない』とも言っていたような……。
じゃあもしかして、あれって『私の
「……」
ボン、と頭が爆発した。煙が頭から立ち上っているのがわかる。後ろの方の席に座っていて良かった。ここならほかの人の目に止まることもない。
……菅原君は『いつか』と言っただけで、別にバレンタインにチョコが欲しいとか言ったわけじゃないし。私の勘違いだよね、うん。
***
なんともなしに、窓の外を見やる。
雨は少し弱まってはいるけれど、まだ降っていた。雨粒に窓ガラスが冷やされたせいか、うっすらと結露している。
「……」
キュ、と窓に指先を這わせる。
三角形の中に一本の縦線。
縦線をはさんで片方には『高野』、もう片方に『菅』まで書いて、恥ずかしくなってその落書きを消した。
「……」
私の勘では、菅原君はモテる。やさしくて運動もできて、それでいて話しやすい。
ということは、これまでもバレンタインなんかでチョコとかお菓子をもらう機会はおおかったんだろうか。
「……」
今週中に、クッキー作り練習しておかないと。
おしまい