鉄平はかつての親友の墓参りの帰りに昔懐かしいアーケード街を通った、ここは彼にとって忘れがたい場所だ。初めてここを訪れた経緯とそれまでの事が想いだされ記憶を噛みしめる。
「どうもお世話になりやした」
「もう、戻ってくるなよ」そば職人の修行に嫌気が差し、つまらない窃盗罪で呆気なく逮捕されて服役すること1年、ようやく刑期があけ出所した。しかしそれから先が大変だった、かつての修行先には門前払いとなり他を回るがいくら探しても働き口が見つからずやっと勤めた職場でも前科がバレて今日クビになった。鉄平は次第に荒れていき、この日もある酒場で酔って無関係な他の客に絡んで手を上げようとした瞬間2人の人間に止められた。1人は髭を調えた一見ナイスガイ、1人は女装姿のオカマである。それぞれに腕をとられ間接技を決められどう動いても外れない、鉄平は必死にもがくが
「ムダだ、所詮お前は素人だろう」
「軍隊仕込みのCQC、逃げられないわよ」抵抗するのを諦め再びムショ入りを覚悟した鉄平をこの2人はどこかに連れていく、着いたのは小洒落たバーだ。このナイスガイの親父さんが
「今日はもう酒はやめておいた方がいい、これを飲め」熱いコーヒーをだされた、鉄平は飲みながら自分の境遇についてポツリポツリと語りだした。
「そば職人を目指してたのね、だったらそっち極めなさいよ。修行先ならアタシもツテがあるわ」このオカマこそ後の親友である越後屋熊実、通称クマ公にそう言われこのアーケード街の蕎麦屋で一から修行をやり直した。その蕎麦屋も今はもうない、そして天へ召されたクマ公の店も…。これも時代の流れか、鉄平は何となくかつての越後屋跡地を見る。そこには「越後屋2号店」と看板を上げた食堂が建っていた。
「いらっしゃいませ」鉄平より少し若い夫婦とバイトらしき若い女の店員に迎えられる、夫婦の女房の方はクマ公にどこか雰囲気が似ていた。ひょっとしたら親戚かもしれない、鉄平は思いきって問い合わせてみた。
「先代の姪なんです、跡取りからこの土地を借りまして」なるほど、ん?跡取り?
「先代には養子がいまして、本来の越後屋は彼が継いで諸事情あって外国に移転しました」
(それで2号店か、詳しくはタカの奴にでも聞くとして)せっかく店に入ったのでメニューをみて酒と肴を注文する。
「お待たせしました、だし巻きです」シンプルだがそれだけに料理人の腕が試される一品だ、蕎麦屋にも欠かせないメニューなので鉄平も相当練習した覚えがある。
「味は合格だな、酒に合わせた出汁と塩加減だ。火の通し方も弱すぎず強すぎずちょうどいい、しかしクマ公にはあと一歩及ばねえ気もするな。俺が思い出を美化しちまってるせいかもしれんが」
「ごっそさん、また来るぜ」そう告げて金を払い店を出てひとりごちる鉄平。
(次にきた時は本店がどこにあるか聞いてみるか。跡取りとやらにも会って見てえしな、それにしてもお前ぇは幸せモンだぜクマ公よぉ。いつか俺もタカもそっちに行くからまた3人で呑もうや)
「今日も一日終わったわね」伊達夫婦と紗路は互いを労いながら明日の仕込みをする、新装開店して大して経っておらず特に大掛かりな宣伝もしていなかったが先代の頃に常連だったお客達が訪ねてきて意外に忙しい日々が続いている。仕込みを済ませた冴子は売上金を持って裏口から壁一枚挟んだ異世界に入り越後屋本店にいるオーナーの大輔に預ける、ここなら万が一泥棒がきても盗まれる心配もない。
「すみません、お手伝いできなくて」大輔に頭を下げられ恐縮する夫婦、自分達の生活が立ち行くのは彼のおかげ。しかも妻の冴子は大輔に借金取りをけしかける等の嫌がらせをした連中の娘、それを文句1つ言わず日本側の店を任せてくれたのだから。
「先代の友人ですか?僕が知ってるのは香風さんと菩提寺の住職ぐらいですけど」
「ラビットハウスの香風タカヒロさんですか?」逆に紗路から尋ねられた。友人の父親で昔、世話になったらしい。何とも奇遇な事もあるものだ、当然今日のお客とは別人であるのは間違いない。じゃあ一体何者だったんだろう?夫婦の疑問はしばらく晴れなかった。
鉄平も外伝のみのキャラにする予定です