「ここなら担当さんにも見つかりませんね」いい穴場に巡り会えたと喜ぶ眼鏡が印象的な女性小説家、青山翠はカウンター席に座って人心地ついた。
「私だって仕事しない訳じゃありません、真手さんがあんなに急かすから逃げたくなるんです。そう思いませんか?」
「ご免なさい、アタシには話が見えないんだけど」しまったと青山は思った、ついいつものラビットハウスにいる気分で話していたがここは初めて入ったお店。相手は香風タカヒロではなく初対面のこの店の店主、しかもナゼかオカマさんである。
「す、すいません!」恥ずかしさのあまり俯いたところに1人の青年が店の奥からでてきた。
「マスター、このポスターどこに貼っとく?」青山はビックリする、その映画の告知ポスターには「うさぎになったバリスタ」の文字がデカデカと表示されていたからだ。何を隠そうその映画の原作となった小説を書いたのが彼女である。
「あ、そのポスターは?」
「ああ、アレ?友達に宣伝頼まれちゃったのよ。そういえば映画なんてしばらく観てないわね」ランチタイムを過ぎたこの時間は暇なのかつい会話が弾んでしまう。
「香風さんからチケット貰ってるしどうする?一緒に行こうか?」青山より幾つか若いと思われる店員の青年が店主を誘ってみるが、
「何が楽しくてアンタと映画観にいかにゃならんのよ?それより女の子でもひっかけて連れていきなさい」青山にはどうも2人の関係が想像できない、恋人ではなさそうだし各々の年齢は知らないがそれでも兄弟にしては年が離れすぎている感じがする。イヤ、そうじゃなくて。
「ラビットハウスをご存じなんですか?」香風という名字は青山が知っている限り一軒しかない。
「ええ、古い友人よ。またどうして?」自分が映画の原作者である事は伏せて説明した青山。オカマさんはそう、とだけ返して深くは追求してこなかった。ホッとした様子で1つ息を吐きお冷やを飲んだところで何かに気がついた青山、テーブルの備品を足している青年に注文をする。
「お待たせしました、アップルパイです、ごゆっくりどうぞ」青年は青山に暖かい湯気の立つお皿を差し出しながら丁寧に告げるとキッチンの奥へ下がっていく、飲食店で何も頼まないのは失礼だしこの時間なら食事より甘いモノの方が自然だ。それにラビットハウスも食事やデザートメニューも充実はしているがどちらかと言えばコーヒーがメインである為か焼きたてのアップルパイはまずお目にかかれない。
「では、いただきます」フォークで生地を軽く崩して内側のリンゴジャムと絡めて頂く、サクッとしながらも口どけの良い生地が口内で解れていきしっかりしながらくどくない甘さとほんのりと酸味のあるリンゴジャムと一体化していく、この近所にあるフランチャイズのケーキ屋さんでは決して味わえない、そう感想を店主に伝えると
「そりゃ、あのお店にアップルパイ置いてないもの。当然でしょ?」半笑いで冗談めかす店主に対して、
「この人はパティシエとしての腕も一流なんですね。ウン、なにか新作のインスピレーションが降りてきた気が…」バン!店の戸が大きな音をたてて開かれた。
「青山先生!早く原稿上げて下さい、締め切りは過ぎてるんですよ!」スーツを身につけた女性が青山を引き摺っていく、
「待って真手さん、まだアップルパイが残ってるの~」真手と呼ばれた女性を店主が引き止める。
「ギリギリならともかく過ぎちゃってるなら焦る必要もないでしょ?貴女もウチのアップルパイ食べていかない?」渋々席へつく真手だったが彼女も一口でアップルパイの虜になった。
しばらくして、新しく出版された小説が世間から大評判を呼んだ。越後屋にも単行本のサンプルが届けられていた。
『男とオカマとアップルパイ 作:青山ブルーマウンテン』閉店後、包装を剥がしタイトルを見た熊実と大輔は爆笑した。一方、同じ本が送られたラビットハウスの香風親子は焼きたてアップルパイを新メニューに加えるかどうかしばらく悩んだそうである。
本家にアップルパイの話が出ない事を願います(笑)。