――――少年は剣を振るう。
無骨ではあるが愚直なまでに真っ直ぐに鍛え抜かれた剣技。
無骨だと言うのにその剣技にはどこか人を魅了する美しさがある。
もはや人を越えた剣技、否、舞を思わせるそれはまさに剣舞と呼ぶに相応しい。一挙手一投足に気を配り、その非力さに打ち拉がれることなく何度も何度も飽くることなく繰り返し遂には究極を越えた凡才。
――――少年は剣を振るう。
空を舞う剣は風を斬り、無駄のない滑らかな太刀筋は少年の心を思わせる。
傷つき、捻じ曲がり、擦り切れた。しかし、その剣は一度として折れる事はなかった。
いつしか後悔を象徴する剣の舞は希望と理想の剣舞に昇華していた。
――――そしてまた、少年は剣を振るう。
置き去りにした想いを断ち切るが如く。
観客も相対する相手もいない空間の中で。少年の双眸は――――いるはずのない蒼き騎士を確りと捉えていた。
+ + +
今日一日の授業を終えて、放課後になって寮に帰る者もいれば、わいわいと騒いで教室や廊下に残っている者もいる。
「うぅぅ......」
一方で、頭から煙をだして机の上にうなだれるのはもちろんというか、当然というか。織斑一夏その人である。
「おいおい、大丈夫か?」
教科書片手にシロウはうつ伏せになった一夏を覗くが未だに煙が出続けている。どうやらショート一歩手前まで来ているらしい。
「意味がわからん......。第一教科書なのに何でこんなにややこしいんだ?教科書ってのは普通万人が理解して納得出来る本なんじゃなかったのか?」
「......そんなこと俺に言われても困るぞ」
......シロウの意見は尤もだ。だが、一夏の言い分もわからないわけではない。パラパラと教科書のページをめくる。『イコライザ(後付装備)』『スキンバリアー(皮膜装甲)』『バススロット(拡張領域)』など専門用語が多く使われている。一般人が見てもわけのわからない言葉だらけだ。......それでも入学前の参考書にはきちんと丁寧に説明されていたので、結局悪いのはそれを読まなかった一夏であるのだが、あえてシロウはそのことを言わなかった。
「あ、よかった。まだ二人ともいましたね」
ドアを開ける音に続いて、高く軽やかな口調で、教室に入って来るのはこのクラスの副担任の山田真耶。その後ろには何も口にしないが、千冬も真耶に続いて入って来た。
「どうしたんですか?」
二人揃って放課後に教室を訪れたことを不思議に思い、シロウが尋ねてみた。
「えっとですね、まずは織斑くんの寮の部屋が決まりました」
はい。と手渡されたのは部屋番号の書かれた紙とルームキーだった。一夏はよほど意外だったのか頭の上に何故?という意味合いを強く込めたクエスチョンマークを浮かべている。
「俺の部屋、決まってないんじゃなかったんですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割を無理矢理変更したらしいです」
そこまで話されて一夏はなるほどと頷いた。IS学園の生徒は学生の頃からあらゆる手段を以って国・企業から勧誘を受ける。国防のため、PRのため、目的は様々であるが、IS学園はそれらから生徒を守るために全寮制にしているのだ。
「じゃあ、部屋割は俺とシロウですか?」
基本的に、寮の部屋は相部屋。つまり二人一組。そして、一夏以外の男子生徒と言えばシロウ唯一人。そうなれば必然的に同じ部屋になるだろうと一夏は考えた。
「それが違うらしいんですよ」
「え?」
まさかの否定。自分の推理に問題点などないと思っていただけに驚いた。確かに一夏の推理は正しかった。だが、強いて問題点を指摘するのならばシロウという存在を正しく理解していなかった事だが、今の一夏にそこまで求めるのは無理な話である。
「それには私が教えてやる」
今まで真耶の後ろで腕を組んだまま黙っていた千冬が口を開けた。
「フルーレは織斑よりもさらに特殊でな。入学が決まったのも昨日で、フルーレの存在を知った政府にとって寝耳に水だったというわけだ。今政府が緊急で会議を開いてどうするかを考えているが、おそらく一ヶ月。最短でも二、三週間は通学しなければならない」
それと、と一旦間を置いて右の頬をかき千冬は続ける。
「フルーレを守るために政府から護衛も付く。息苦しいとは思うが諦めろ」
千冬は手に持っていた茶封筒を渡す。その中には数枚の書類が入っていた。
「まぁ、気をつけろよ」
「......わかりました。心遣い感謝します」
シロウは礼儀正しく頭を下げて礼を言う。真耶は外国人なのに礼儀正しいなと感心した。
「そういうことだ、一夏。悪いけど今日はここまででいいか?」
教科書を鞄の中に仕舞い、帰宅の準備をし始めながら一夏に伝える。
「付き合ってもらって悪かったな。三日後にはセシリアと対戦だって言うのに......」
自身が蒔いた種とは言え、納得出来ないまま終わったシロウとセシリアとの戦いは三日後に決まってしまった。何でも、誰が代表になるにしても二週間後のクラス対抗に向けて万全の調子を整えるために一週間後までには代表を決めなければならない。だから、三日後にセシリアはシロウと戦い、勝てば一週間後に一夏と戦うことになっている。
「あぁ、全くだな......」
チラリと千冬の表情を伺う。悪びれる様子もなく、むしろ無表情の奥で大笑いしていた千冬にシロウは若干イラっとしたのは秘密だ。
「それにしても大変だな、シロウは。政府の護衛なんて息苦しそうだしさ......」
「......その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
「?」
「わからないならわからないでいいさ。じゃあまた明日な」
千冬と真耶にも忘れずさよならと告げてシロウは教室を後にした。謎を残されたままの一夏は真耶に寮内の大浴場には入れないことを聞くまでシロウの言葉を理解することが出来なかった。
+ + +
「それにしても久しぶり過ぎて見逃がすところだったな......」
電車の中でボソッとつぶやいた。電車の車両内では数えれるほどの人数しかおらず、シロウの声を聞こえた者は誰もいなかった。
『フルーレを守るために政府から護衛も付く。まぁ、息苦しいとは思うが諦めろ』
千冬が伝えたこの言葉には二人にしかわからない暗号化されたものだった。ドイツ軍にいた頃から特別な履歴を持っていたというわけでもないのに遺伝子強化試験体として生み出され、戦闘に特化した者をまるで子ども扱いにしたのだ。それも軍の中でも一部の者しか知らぬことだったが専用のISまで所持していたため軍の中では異端児として扱われていた。
そんな中では色々と厄介事がふりかかるのは当然で、いくら千冬でも庇うのにも限度が出るだろうと事前にシロウと千冬とで軍の裏をかくためにいくつか取り決められていた事がある。今回用いたのもその中の一つで、盗聴されている中で真実を伝えるために考えた方法である。
――――千冬が右の頬をかいて嘘の説明をし、シロウがそれを正しく理解すれば礼儀正しく頭を下げる。
この方法は単純過ぎる故に一度たりともバレる事はなかった。
「(まぁ、全部が嘘ではないんだろうな。会議とか期限とか......。それに千冬さんは最後に『気をつけろよ』と言った。これから導かれる答えは......どう考えても『監視』だよな」
捉えようによっては監視も護衛の内に入るかもしれないが......。
+ + +
――――シロウの考えは正しかった。
電車を降りるや否や、早速視線を感じた。一般人ならバレないレベルではあるが、シロウにとって監視者を見つけるのは赤子の手を捻るよりも容易いことだった。
「(.....案外多いな)」
物陰に三人、三百メートルほど離れたビルの屋上で双眼鏡を持った男と携帯で誰かに話している女性。計五人がシロウの監視についていた。
この政府の動きは至極当然のものだった。十三歳の頃にドイツ軍に千冬とともに客員として入り、一年前、千冬に帰国と同時に軍から姿を消した。その後も表で姿を現さず、親しい千冬にすら連絡もしなかったため行方知らずになっていた。それがいきなり現れて、しかも今まで秘密裏にしていたIS操縦者だったということすらも打ち明けてIS学園に入学してきたのだ。何の思惑があって再び表舞台に立ったのか、それを知るために政府は監視という行動をとったのだ。
きっと、明日の朝刊の一面を飾るのはシロウという二人目の男性IS操縦者の出現と今まで知る事もなく隠蔽する形になってしまい顔を青くしながら言い訳しているドイツ軍だろう。だが、それは所詮シロウの知らぬ処である。
「............」
IS学園の最寄駅から七つ離れた駅から書類の中の一枚に描かれていた地図を頼りに十五分ほど歩いた場所にフルーレ邸はあった。都会から離れ、ほどかに田舎を含んだ街。そして、驚かされたのはその家屋だ。
門をくぐり、一度見たはずだがさらにもう一度後ろを見回した。時代を遡るかのように石垣の上に敷かれた塀。正面を向けば初めて見るはずの慣れ親しんだ玄関。
――――そう。その家はかつての衛宮邸に酷似していた。
茶封筒からこの家の間取り図を取り出した。図には衛宮邸のように洋館や土蔵はない。細かな事も言えばトイレも和式ではなく洋式だったりするが、今のシロウにそこまで気にはならない。
「ただいま」
――――ガラリと玄関の戸を開けると無意識に口から出ていた。返事が返って来ることはないと知りながらつい言ってしまった事に気恥ずかしさを感じながら靴を脱いで上がることにした。
廊下を進むと縁側があり、庭を眺める事が出来た。胸が高鳴るほど高揚し、いくつもの大切な思い出が頭を過るが、シロウは足を止めず廊下を突き進んだ。目的の場所はもうすぐそこだった。
すでに外履き用のサンダルも用意されていたのでそれを履いて一度外に出る。そして、数歩でその場所に到着した。
一度深呼吸して引き戸に手をかけて、勢いよく開けてみた。
『遅いです、シロウ。鍛錬の時刻は過ぎていますよ』
「――――!?」
シロウは目の前の光景に驚き、目を擦った。そして、そぉっと目を開けた。
――――その時、シロウはどう想ったのか。彼女がいるはずないと否定したのか。それとも目を開けても変わらずその場に佇んでくれているのか。
おそらく、両方を願ってしまったのだろう。
そして、複雑な思いのまま目を開ければ――――そこには虚しいほどの空虚に満ちていた。
「......クッ、心残りはないと思っていたのにな」
サンダルを脱いで剣道場に上がりながらシロウは一人ごちた。
未練はない、とかつてのシロウは己のマスターに伝えたはず。そして、その想いに間違いはなかった。だが、徐々に生前の記憶を思い出してしまっている今では忘却という方法でなくなった未練が蘇ってきているのだ。
「............ダメだな、俺は。こんな事では彼女に笑われる」
ポケットの中から取り出した紅い宝石を見つめながら自分自身への愚痴を零した。
確かに未練はある。シロウ・エペ・フルーレとなった今でもその未練は断ち切れていない。だが、この世界のシロウはそれと同じくらいに守りたい大切なモノをたくさん作っていた。
「――――投影、開始(トレース・オン)」
戻りたいと願うのは彼女たちに対しての冒涜であり、守りたい大切なモノへの侮辱に過ぎない。故に、シロウに後戻りなど存在しない。ただ前を、愚直なまでに真っ直ぐを向き、希望と理想を背負って歩くことしか許されない。
――――そうして、シロウは今宵も剣を振るう。