空の上から見下ろしながら青い銃を構え、四つのフィン状の自立機動兵器を従えるのは英国が誇る蒼き雫。笑みを浮かべるその奥にはどのような思惑が流れているのか。その心の内を知りえる者は彼女以外にはいないだろう。
対する空を見上げるのは奇しくもかつての英国を治め続けた伝説の王の姿を思わせる。既にスイッチを切り替えたその表情に一切の慢心は存在しない。もはや一度たりとも敗北は許されない身なのだからそのような余裕は微塵たりとも持ち合わせてはいないのだ。
「最後のチャンスをあげますわ」
「チャンス?」
「わたくしが勝つのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」
この国には『獅子は小虫を食わんとてもまず勢いをなす』ということわざがある。これは最強の動物と恐れられた獅子ですら小虫を狩るために手加減せず全力を出すという意味だ。エミヤシロウであった頃、彼はその獅子であり、小虫でもあった。だからこそ、戦場において手を抜くことが如何にして作用するかはその身を以て理解している。だというのに、対峙している少女は自ら手を抜いてやろうか?と見下した目のまま提言してきたのだ。
「ク......」
故に笑みがこぼれた。それは嘲り。戦いを知らず、本当の恐怖を知らない子どもの目。一体どれだけ恵まれた環境で育ってきたかその目を見るだけで手に取るようにわかってしまう。戦場でひとたび手を抜いてしまえば、それは“自身の死”か“大切なモノの喪失”に繋がりかねないというのに。シロウにとって、今のセシリアはまさに愚の骨頂にしか見えない。
「何か言いたいことでもありますの?」
シロウの笑みに気がついたのか、セシリアが問う。それに対し、シロウは芝居がかった口調で答えた。
「――――ハ、せいぜい手を抜け。さすれば君が惨めな姿を晒すことになるだろうからな」
皮肉を込めたその言葉に、ある者はシロウらしいと思い、またある者たちはシロウらしからぬ言葉に驚いていた。そして、言われた当人は――――
「貴方は散々このわたくしをコケにしたいようですわね。わかりましたわ。慈悲も容赦もなく全力で討ち取ってあげますわ」
――――顔を真っ赤にして、先ほどまでの余裕を見せた表情が嘘のように消えていた。
「私もそれで構わんよ。元来闘いに手加減など不要なのだからな」
その言葉を最後に両者は同時にほくそ笑む。互いの温度差に明確な差を残したまま。
二人の間に始まりのゴングは必要ない。もうすでに闘いは始まっているのだから――――
+ + +
先に動いたのはセシリア。手にした六七口径特殊レーザーライフル『スターライトmkIII』だけでなく、自身のISの名前にも由来する四つのビット『ブルーティアーズ』も起動し一斉攻撃を仕掛ける。
その攻撃には先の言葉の通り、慈悲も容赦もない。火力にものを言わせたその攻撃はほとんど正面とは言え、五方向からシロウを襲う。
「ふむ......」
だが、シロウは初見であるはずの攻撃を見事としか言い様のない動きで避け切った。
セシリアから直接放てられた初撃を前傾姿勢にすることでかわし、その姿勢を維持するだけで他の四つの特殊レーザもシロウに当たることなく通り過ぎた。
「――――なッ!?」
それは一瞬の出来事だった。直進的なレーザーを回避するのに大きな動作はいらない。そのレーザーの進行方向を見切れば僅かな動きで避けることが出来るのは道理。だが、そんなことがほんとに出来るのか?と、これを見る者全て疑ってしまう。初めて見る攻撃にそこまで反応ができるのは熟練された三年生ですら、ほんの一握りの者だけだ。それをまだ入学したての、言わばひよっこである一年生にそこまでの見切りは本来備わっていない。
実際、これを見た者たちのほとんどが偶然で終わらせている。だが、観客の中にはシロウの力を知っている者が二人いる。一人目はもちろん織斑千冬である。この世界において、最もシロウの戦闘能力を正しく理解しているのはこの人を差し置いて他にはいないだろう。そして、もう一人は意外であると言うべきか、当然であると言うべきか、篠ノ之箒その人である。箒は先日、シロウの人を超越した能力を垣間見た。動体視力、反射神経、判断力、どれをとっても人間であるはずのそれを超えている。故にこの位の芸当は当然であると考えるのは論を俟たない事だと言えよう。
そうして、外れたレーザーがそのまま地面に直撃し、砂塵が舞い上がる。すると、砂塵はまるでシロウを覆い隠すように拡大し、遂にはアリーナの四分の一ほどまでに拡がってしまった。
「......くッ。これでは何も見えませんわ」
自ら行った攻撃にとはいえ、あまりにも向こう見ずだった事に反省する。ここまでの砂塵が拡がってしまえば、いくらハイパーセンサーが優秀であろうと、狙撃主であるセシリアがここで攻撃に移ることは出来ない。これだけ砂塵が目晦ましになってしまっては、相手の居場所も特定できず狙撃に支障が出るし、無駄なエネルギーを消費することにもなる。それは相手も同じことでシロウはまだ武器を持っていなかったのでセシリアは特定できないが、近距離用であれ、遠距離用であれ、まず最初に相手の位置を確認しなければならないのは必須だ。故に、ここでがむしゃらに攻撃を仕掛けて相手に自分の位置を知らせるのは愚策でしかないと判断した。
「仕方ありませんわね......」
そして、何よりセシリア自身砂埃がかかるのを嫌がったので舞い上がる砂塵よりさらに上に上昇する。本体から分離した四つのビットはすでに砂塵の中に入ってしまっているので、セシリアはそれらを操り自分の下にまで上昇させる。
「...........!?」
二つ目を上昇させて、三つ目の操作に取り掛かろうとしたところでようやく事の異変に気がついた。
「コントロールが効かない!?」
......それは違う。セシリアも理解している。残りの二機のビットはもうすでに破壊されている。一体どうやって破壊したのか......。それは砂塵が晴れてようやく理解する。
セシリアだけでなく、観客席にいる者たちも晴れていくアリーナの中央に目を向ける。そこには、悠然と立ち竦むシロウと一刀両断されたビットの残骸が無残に転げ落ちていた。
「......そう、あなたの武器は剣でしたのね」
忌々しそうにつぶやくセシリアの声はわずかに震えている。セシリアの言葉は断定的ではあるが、その言葉の真偽はわからないでいる。なぜなら、今のシロウは武器という武器を持っていないからだ。
「――――さてね。私の武器は剣かもしれないし、斧かもしれないぞ?」
明らかにセシリアをバカにしたような言葉。それだけでなくとも、自分の愛機であるビットを二つも壊されたのだ。すでに怒りは頂点に達している。
「黙りなさい!武器を隠す卑怯者が!!」
怒濤の連撃。セシリアの持つ『スターライトmkIII』と残りのビットでシロウを狙い撃つ。しかし、怒りに身を任すほど自暴自棄にもなっていない。冷静に、絶対防御が作動する箇所を狙い、かつ、先ほどの反省を踏まえて外れても砂塵が巻き上がらない程度に調整している。
それに対して、シロウは今度がアリーナを走り回ることでその銃撃を回避する。錯乱させるような動きは、狙い通りに成功する。セシリアは正確に照準が定まらないでいた。だが、それでも焦りはない。これは確認のための攻撃だったのだから。そして、経緯こそ推測出来はしないが、それでもセシリアは確信した。
「む......」
シロウの眉が曇る。突如、セシリアが狙撃を止めて地上から三十メートルほどまで飛翔する。ただでさえ攻撃が当たらないのに、距離を開ければさらに確率は小さくなるというのに。観客のほとんどがセシリアが何を企んでいるのか理解出来ないでいた。
「(......思えば、最初から違和感はありましたわ。本来あるはずの後部スラスター翼もなければ、射出された時、そのまま空中に浮遊することもなく地面に着陸した)」
普通のIS操縦者ならばそんな面倒なことはしない。地に足をつけたまま戦うなどなんのメリットもないのだから。それに、セシリアがハイパーセンサーを通してシロウの顔を見た時、ハイパーセンサーがなければわからないくらい微妙ではあったが確かに表情が曇っていた。
そして、セシリアは先の攻撃で確信した。
――――シロウのISは“飛ぶ”ことの出来ない不良品だと。
+ + +
「オルコットのやつ、ようやく気づいたか......」
モニターを見ながら千冬がつぶやきながら、心の中でセシリアに対する評価を改める。なみのIS操縦者ならば、初めてシロウと戦うと最後までその事に気づかないのだが、セシリアは時間がかかったとは言え気がつくことが出来た。
「何に気づいたんですか?」
「なに......、フルーレの戦い方を見ればわかるがやつのISには“飛ぶ”という機能は備わっていない」
「え?そんな馬鹿な!?だって、全てのISには原則空中に浮くことが出来る。これは鉄則なんじゃないんですか?」
真耶の言うとおり、現在のISは宇宙空間での活動を前提に作られているので、全てのISには浮遊・加減速などを行うPICというシステムが組み込まれている。
「TYPE-ZEROとは第一世代から第三世代のどれにも属さない、言わば第零世代とでも言うべきか......。まぁ、要するにあれは私たちの持つ常識が一切通用しない出鱈目なISだということだ」
真耶の言葉を否定するならば、篠ノ之束が直接手掛けたIS以外ではPICが導入され始めたのも第一世代中盤から。それまでは兵器としてのIS開発を目指していたためにPICは組み込まれていなかったから、全てのISが飛べるわけではないのが真実。だが、シロウのISとこれら第一世代の浮遊システムが組み込まれていない原因は全く異なっているし、千冬自身その原因がいまいち理解出来ていないためそこまで言及はしない。
「それじゃあ、この戦いフルーレ君の圧倒的不利じゃないですか!?」
真耶の考えは至極当然のものだ。陸の上を走ることしか出来ない者がどうして空を飛ぶ者に勝てるものか。少なくとも真耶はこの方程式が間違いようのない、確立したものだと信じている。だが、彼女は知らない――――
「......六十七勝七分け。これが何の数字かわかるか?」
「まさかそれって......」
「そのまさかだよ。これは当時ドイツ軍にいた頃のやつの戦績だ」
――――空の覇者であるタカも時には陸の王者であるライオンに喰われてしまうことがあるということを。
オマケ
「ねぇー、タイガー。このグロくなった人塊どうしよう?」
「外に埋めなさい。気持ち悪いから。あと、私を虎と呼ぶな」
「はーい、じゃあ埋めてきまーす。行こ、バーサーCAR」
「■■■■■■ー!!」
「......全く。無邪気過ぎるのも考えものね」
............哀れ、織斑一夏!!この後、きちんと一夏は蘇生できたとかできていないとか