正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第十六話 蒼紅の宿命

「――――む?」

 

必殺を狙った必中の槍は予想外に黒と白の双剣に阻かれた。蒼き槍兵は突如現れた双剣を目にして、驚きが徐々に歓喜に変わり、笑みすらも浮かべている。

 

「はは――――面白え!!」

 

ギアをワンランク上げて突きを連続する。だが、それら全てをシロウはいなし、逸らし、躱して防いだ。

 

シロウの姿こそ若返ってはいるが、間違いなくその光景はいつかのグラウンドでの再現だった。一方は漸く出会えた好敵手に心踊らせ、もう一方はーーーー

 

「............何故だ?どうして君がここにいる?」

 

――――困惑。今のシロウに当時のような余裕はない。事情を未だ呑み込めないシロウに、それは詮方なきことだ。その心中を察したのか、ランサーは一度距離を離して自身の槍を低く構え直す。そして――――

 

「狙った獲物じゃないにせよこんな上物が釣れるとはなッ!」

 

――――爆ぜた。科学的な力を使わず、ただの身体能力で槍兵は高速を超え、音速へ差し迫る。

 

先の刺突より、なお疾く、なお苛烈。疾風怒濤の攻撃に完全対処は出来ない。だが、数多の戦場で鍛え抜かれた心眼は戦闘に支障が出る攻撃とそうでないものと明晰に見極め防守していた。

 

その鬩ぎ合いは一体どのくらい続いたであろうか?十合、二十合。永遠のように長く感じられた止め処無い鍔迫り合いの接戦。そして、ひとしきり打ち合い、自身より高みにいる英雄を前にして、奇しくも忘れかけていた守護者としての冷徹な観念が取り戻されていく。――――余計な思考はカットされ、ただ眼前の敵を討ち滅ぼす存在になる。だが――――

 

――――パキンッと音が鳴る。木の枝を折るような音。それは小さく、吹く風に紛れるほどの微々たる音。だが、極限にまで集中された二人には鼠の足音のような些細な音すらも聞き逃さない。

 

「......ヒィ!?」

 

二人同時に睨むように注視を浴びせ、殺気も向けていた。英霊と俄か英雄の殺気を一身に受けた少女は声にならない悲鳴を上げ、腰を抜かしてその場で倒れた。

 

――――拙い!そうシロウが了簡を巡らせた時にはすでにランサーは行動を開始していた。

 

『目撃者の存在は許容しない』

 

それが世界の意思。ならば、ランサーが倒れた少女に向かって疾駆する理由など、抹殺に他ならない。

 

だが、それをシロウ・エペ・フルーレは許容出来るのか?否!出来るわけがない。たとえ、正義の味方でなくなっても救える者は救いたい。子どものような愚かな理想をシロウは今も尚持ち続けている。

 

「わりぃな、嬢ちゃん」

 

すでにランサーは倒れた少女のもとにいる。今からでは双剣を投擲しても間に合わない。ならば――――

 

「待て、ランサー!!」

 

大声で叫び、シロウはランサーの注意を自分に促した。だが、ランサーが振り向く前にシロウは不慣れなルーン文字を四隅に描く。

 

「――――!?」

 

四隅にはそれぞれアルギズ、ナウシズ、アンサズ、イングズの文字。常人であるならばそれは解釈不能だと一蹴するだろう。だが、ルーン使いであるランサーならば、この意味に気づかないわけがない。

 

ランサーの目の色が変わる。鼠相手に戯れる肉食獣が、本来の姿を表すように。獰猛な獅子の眼光は見る者全てを恐怖で硬直させる。

 

「この”四枝の浅瀬 (アトゴウラ)”、貴様なら意味がわかるだろ?」

 

シロウのルーンでは元来の効果は望めない。形だけの魔術。それでもランサーの目の色は変わり、殺気も先程よりも増幅した。

 

「......その陣を布いた戦士には敗走は許されず。その陣を見た戦士に、退却は許されない。――――我ら赤枝の騎士に伝わる、一騎討ちの大禁戒。貴様、一丁前にこの俺に一騎討ちを申し込んだつもりか?」

 

「もし、これで私に背を向け少女を手にかければ、逃走したと見なし、貴様の真名は永遠に穢れるだろうさ」

 

軽口を叩いて揶揄しても、未だ攻めに転じられていないシロウにとって先の攻防は冷や汗ものだった。そして、シロウは体の隅々にまで強化をかける。先の攻防はランサーだけでなく、シロウも全力ではなかった。勿論、両者ともに必勝必殺を持って己の武器を振るっていたが、それでも本来の力を出し切っていなかった。ランサーは享楽を求めたが故に全力を出さず、シロウは咄嗟の出来事に強化をかけそこなったのだ。

 

「いいだろう......、その挑戦受けてやろう」

 

――――だが、戯れは終わり。獰猛な獅子は牙を剥き出し、両爪を見せる。最速の英霊が全身全霊を持って一人の人間を相手取ると言うのだ。

 

それは本来あり得ぬ、大人気ないことではあるが、対峙するシロウもかつては抑止の守護者にまで上り詰めた人間だ。真なる英雄であるランサーの格には遠く及ばないまでも、負けない方法はいくらでもある。否、その身は既に一度敗北した身。ならば、もう二度と如何なる敗走も出来はしない。故に――――

 

「......我は赤枝の騎士団、クー・フーリン。貴様、名は?」

 

騎士と騎士との一騎討ち。それ即ち両者どちらかの死で決まる。だから、騎士たちは誇り高き決闘の前に名乗りをあげる。

 

――――負かした相手の名を忘れぬ為。

 

――――負かせた相手に名を授ける為。

 

「...............」

 

シロウは一瞬何と名乗るべきか悩み、だが毅然たる態度でこう答えた。

 

「――――シロウ。私の名はエミヤシロウだ」

 

――――故に、エミヤシロウは自身の誇りと理想とともに、この戦いを勝利を以って終わらせなければならない。

 

+ + +

 

わいわいと賑やかなアリーナを出てから少女は学生寮へ向けて十分ほど歩いた。少女は幼馴染である布仏本音から見るべきだと言われて来たが、やはり我慢出来ない。少女は天才の妹として期待され、専用機持ちであるにも関わらず、専用機を持っていない。それも全て織斑一夏という男性で初めてのIS操縦者が現れたのが原因だ。一度は少女の専用機開発が決定されたが、織斑一夏の専用機『白式』のために全ての研究員が出揃ってしまったために少女の専用機は未だ作られていない。

 

「............」

 

最後にもう一度振り返ってアリーナを見る。クラス対抗戦が行われ、第三アリーナではすでに一回戦が始まっている。だがもう何も見えない、ただ生徒たちの歓声が少し聞こえるだけだ。

 

『本当ならば自分があの舞台に立っているのに』

 

織斑一夏はただ巻き込まれただけ。それは少女の方でも調べはついている。だから少女が一夏を恨むのはお門違い。少女も理解している。だが、理解しているとは言えやはりそれとこれとでは別問題。ただ少女の胸の内を占めるのは怨恨と慚愧の念だけだ。

 

「...............」

 

向きを戻し、少女は再び寮へと歩き出す。今ならばルームメイトもアリーナにいるだろうから隠れることなく趣味に没頭できる。

 

少女の趣味はアニメ鑑賞。そのジャンルも多岐に渡るが、全て共通して言えることは勧善懲悪。正義の味方が強き者を挫き、弱き者を助ける。完全無欠のヒーローが活躍する様が大好きな少女はほぼ毎日アニメを鑑賞している。さて、今日は何を観ようか?と思案しながら漸く寮へと辿り着いた。

 

「............?」

 

少女は寮に入る前に妙な音を耳にする。それは鉄と鉄が打ち合って響く音。アニメの中で何度か聞いたことのある剣劇の音に近い。

 

いつもの少女ならば、徒労に終わると決めつけるのだが、今日ばかりは何故か音源の方向に足を向けた。一歩、また一歩、足を前に進める度に反響する音は大きくなる。

 

やって来たのは寮の裏にある小さな林。インドア派な少女にとって少女がここに来たのは初めてだが、物珍しげに辺りを見回すことなくまっすぐ目的地を目指す。

 

――――そして、ようやく少女は辿り着き、その光景を目にした。

 

紅と蒼の男がそれぞれの武器で打ち合っている。それも少女が視認出来ないほどのスピードでだ。

 

科学の発達した現世で、原始的かつ幻想的な攻防を繰り広げるそれはまさに奇跡。

 

たかだか十数年生きただけの少女の頭ではその全貌を理解出来なかった。だが、その光景に少女は見惚れるほどに心奪われていた。

 

 

 

――――パキンッ。気づかぬ内に後ずさった足の下から聞こえた小枝そ折る音。そして、いがみ合っていた二人は一斉に少女に目を向けた。

 

「............ヒィ!?」

 

それだけで体は硬直し、視線が下がった。逃げないと......。そう思った時に自分が腰を抜かして倒れたことに漸く気がついた。

 

「わりぃな、嬢ちゃん」

 

顔を上げれば二十メートル以上離れていたはずの蒼い男が少女の目の前に佇み、紅い槍の切っ先が向けられている。何が悪いのか、少女はわからなかったが男の言葉は死神の囁きのように聞こえてしまった。

 

「待て、ランサー!!」

 

朦朧とした意識の中、少女は曖昧にシロウの声を聞き取った。何を言っているのか定かではなかったが、最後にシロウの顔を捉えて、意識を手放した。

 

+ + +

 

黒と白の中華剣。本来の担い手ではないと言うのに、これまでの戦場をともに駆け抜けた愛刀となり、遂には担い手以上の使い手となる。

 

――――干将莫耶。古き中国から知れ渡る伝説の夫婦剣がそれである。

 

陽剣・陰剣を構えることなく、否、ぶら下げるように下ろす構えこそがエミヤシロウが編み出した彼唯一の殺法なのだ。その構えは隙だらけであるにも関わらず、一流の剣士ですら容易に打ち込めない。

 

――――だが、侮る事なかれ。

 

対峙する蒼き男はかつて英雄と呼ばれ、今もなお語り継がれた伝説の具現化。一流などでは追いつかない超一流の戦士。その様な構えに臆する事はまるでない。むしろ辺り一体を漲る殺気に歓喜極まり、 狂おしいほどに笑い出す。

 

「魔術のないこの世界でもはや貴様のようなイレギュラーがいるとは。......なるほど、今まで秘匿されていただけはあるな」

 

ランサーの何気なく口にした一言をシロウ聞き逃さなかった。

 

「秘匿だと?一体どういうことだ?」

 

疑問が残る。今までシロウは表舞台には立とうとはしなかったのは事実ではあるが、それは秘匿とはまた意味が違ってくる。では一体その言葉の真意は何なのか…。考えても答えはでることはなく、そんな隙を逃すほどランサーはお人好しではない。

 

ランサーは一気に距離を詰め、槍を横薙ぎに振るう。シロウはそれをすんでのところでかわし再び距離を取る。

 

「英雄であるはずの君が何故守護者の真似事をする?」

 

――――英霊とは例外なく英雄と守護者の二つに分類される。英雄とは自らの力で英雄と称される功績を残し、後世の人々に力を貸す伝承として扱われ、星寄りになった英霊は人間とは相容れない。だが、守護者とは世界(アラヤ)と契約して英雄に成った者を指し、その代償として死後これに成る。守護者には自由意志などなく、人の世を護るために『世界を滅ぼす要因』が発生した場合にのみ呼び出され、これを消滅させる殲滅兵器として扱われる。両者は似てるようで似ていない異なる存在。故に世界の危機に瀕した時は例外なく守護者が現れる。

 

「確かにお前の疑問は尤もだ。本来ならば、英雄であるはずのこの俺がこの様な掃除屋の如き真似をする必要はない。だが、それは相手が人間である場合のみの話だ......」

 

「............どういうことだ?」

 

「ハッ......!わかりきった事を聞くな。相手が人間ではないのならば俺たち英雄が動かざるを得んという事だ」

 

英雄であるクー・フーリンが現界した理由は納得した。元とはいえ、守護者であったシロウ自身はこの世界において例外であり、異例である。ならば、それよりも上位の存在がシロウを滅ぼさんとするのは当然であり、ランサーもそれに応じたからこそこうして現界したのだろう。だが、それでもシロウにはどうしてもわからない事があった。

 

「なぜ今になって私を狙う?私は世界に危機をもたらす気など一切ない!」

 

「はッ!今さら何を言っている。魔術のないこの世界で魔術を扱える貴様らの存在はイレギュラーに他ならない。そこにどのような意思があろうとも世界はそれを認めない」

 

ランサーの言い分の半分はシロウも理解はできる。この世界においてエミヤシロウはあり得ない異物であるのだから。だか、腑に落ちない点がランサーの言葉にはあった。

 

「貴様ら…だと?」

 

シロウは入学するまで世界中で魔術師を探してきた。だが、魔術師はおろか、魔術の痕跡すら見つけることはできなかった。それゆえこの世界に魔術はなく、魔術師もいないと判断していた。しかし、その考えは誤りだったと漸く知ってしまった。

 

ーー秘匿されていた。つまり、第三者がシロウの存在を隠していたことになる。当人のシロウに気付かれず、世界すらも欺いた。そんなことが出来る人間も人外も、シロウに心当たりはない。理解できるのはただ一つ……。

 

「……俺は守られていたのか?」

 

一体誰が?何のために?ただただその疑問だけがシロウの胸中に渦巻く。

 

ーーーードンッと周り一帯に轟音が響く。その中心には不機嫌そうに隣の木を殴り折ったランサーの姿がある。

 

「俺は禅問答するために現界したわけじゃねぇぞ?」

 

また知らずの内に注意力が散漫していたことにランサーの言葉で気がついた。つい最近直さなければならない癖だとシロウ自身感じたばかりなのに、よりにもよって死地でその癖を二度も出してしまう自分に嫌気が差してしまう。しかし、それ以上に今の隙を突けば殺せたと言うのに、敢えてしない。勝負事に関して義理堅い所はやはりクー・フーリンなのだなと感心し、シロウは表情を緩めてしまう。

 

「......なんかおかしなこと言ったか?」

 

「いや、君は相変わらずだなと思ってな......」

 

「あん?何ふざけた事ぬかしてやがる。俺がお前と戦うのは初めてだろうが?」

 

ランサーは知らない。シロウとランサーは少なくともセイバー以外のサーヴァントでは最も関係性の高いサーヴァントだと言えよう。殺し/殺され、助け/助けられた仲だ。それは二度目の聖杯戦争でも変わらず犬猿の仲であると同時にお互いを理解する好敵手――――

 

「......そうだったな。この世界では君と戦うのは初めてだ」

 

――――故にシロウは漠然と感じ取った。

 

二度あることは三度あると言うが、三度目の正直という言葉もある。しかし、そんな言葉を借りなくともシロウは直感でわかった。クー・フーリンとの戦いは勝っても負けてもこれで終わりだと。

 

「では、始めようか......」

 

だからこそ、躊躇いも、未練もなく、命を賭した刀の真価を問う戦いにシロウは柄にもなく心躍っている。引き締めた面持ちが、ともに微笑を刻む。そして、視線が交錯する。それが決戦再開の合図となった。

 

「赤枝の騎士団、クー・フーリン――――行くぞ!!」

 

「錬鉄の英雄、エミヤシロウ――――いざッ!!」

 

再び戦いの火蓋は落とされた。邪魔のない、お互いの誇りと信念をぶつける殺し合い。三度に渡る死合いは漸く二人の因縁に幕を下ろすこととなる

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