正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第十九話 悪意なき嘘

彼女らは嘘を吐く。

 

決して見破られず、気取らされないように。

それは彼のため。彼女のため。再び二人で前に進むために。たった一人で茨の道を歩むために。そうして彼女らは嘘を吐く。

 

だが、だからこそ彼女らは気づかない。

 

同じ思いをその胸に抱きながら、彼女らが進む道は異なるということをーーーー

 

+ + +

 

「一体これはどういうことですの!?」

 

一限目が終わった休憩時間、けたたましく響くのは高く透き通った声。普段ならばその声も綺麗な声色で済ますことが出来た。だが、今回は少し違う。その声には唐変木であるシロウでさえも怒気が含まれていることに理解できるくらいだ。......ただ、なぜ怒っているのかわからないけということについてはあえて言及しない。

 

「抱き合ったのも久しぶりに会う幼馴染であるからということにしましょう」

 

その言葉にシロウは「ほっ......」と心の中で胸を撫で下ろす。

 

「それでもあれはやり過ぎです!」

 

「うっ......!」

 

男同士とは言え、好きな者が自分以外の誰かを抱擁したことにやはり納得は出来ないのだろう。セシリアの言葉に含まれた棘にシロウはぐうの音も出せない。

 

「まあまあ。セシリアもこれくらいにしとかないか?次は第二グラウンドで授業だし、着替えもしないといけないんだぞ?」

 

「むぅ......」

 

一夏の介入にセシリアは時計をちらりと見て下唇を噛む。一夏の言葉は正論で、時間がないのもわかる。だが、感情的な面で言えば、今この場で問い質したいのが本音であろう。

 

「.........わかりましたわ。この話はまた後で」

 

最後まで納得しないという風ではあったがスタッスタッとセシリアは教室から出ていった。

 

「ごめんね、シロウ。僕のせいで......」

 

「......いいや、シャルのせいじゃないんだから気にすることないさ」

 

自分の行動の軽率さに反省し、すっかり縮こまってしまったシャルルが謝意を述べる。シロウはシャルルの物言いに若干の違和感に戸惑いながら答えるが、そんなシロウの違和感に気づくことなくただ想い人が昔と同じことに安堵していた。

 

「そんなことよりも早く移動しようぜ」

 

一夏の一声に残っていた男子と女子は別れてそれぞれの更衣室に向かった。

 

+ + +

 

「「............」」

 

カチャカチャとベルトを外す音が更衣室の中で余韻を残すように鳴っている。休憩時間も残りあとわずかなのだが、男子三名のうち着替えているのは一夏一人のみ。

 

「どうしたんだ、早く着替えないと遅れるぞ......って、なにやってんだ?」

 

着替え終えた一夏が振り向くと、そこにはなぜかシャルルの両目を押さえたシロウの姿がある。実情を知らない一夏の頭に?マークが浮かんだのも仕方ないことだ。

 

「さ、先に行っといてくれないか?」

 

「ん?何でだ?」

 

シロウは何でだと言われて答えていいものかと迷うが未だ目をふさがれているシャルルの顔が小さく横に振られる。その意図するところが何なのかすぐに悟ったシロウは小さくため息をついて急遽言い訳を考える。

 

「シャルが教室に忘れ物したらしいから取りに行ってくる」

 

シロウの口から出た言い訳は何とも無難なものだった。

 

「そりゃ大変だな。急いで取りに行こうぜ」

 

しかし、それを聞いた一夏は自分もクラスに戻ろうとする。さすがに本当に戻られると困るのでシロウはそれをなんとか止める。

 

「い、いや、いいよ。俺たち二人で行ってくるから。なあ、シャル?」

 

「う、うん、そうだよ織斑くんに悪いし、先生にも怒られちゃうよ?」

 

「いいって。二人が怒られてるのに俺だけ怒られてないなんて後味悪いだろ」

 

「「............」」

 

シロウの作戦は悪いものではない。しかし、シロウは計算を誤ってしまった。唯一の計算外、それは予想以上に一夏が友達想いだったこと。今頃珍しい優しさを持った少年に仕方がないとは言え騙したということに罪悪感が芽生えてしまう。だが、ここで嘘を通さなければシャルルが実は女の子であるということがばれてしまう。

 

「でも一夏が織斑先生に事情を説明してくれたら俺たちも助かるからさ......」

 

「む......、確かに」

 

このままむざむざと三人で教室に戻っては三人とも千冬に怒られるのはもはや確定事項だ。ならば、その中の誰か一人が先に千冬のもとに行き、事情を説明すれば説教の時間も少しは短くなるだろう。

 

「わかった。それじゃあ早く来いよ」

 

「あぁ」

 

「ありがとう、織斑くん」

 

そうして、一夏は更衣室を出て先にアリーナへと足を運んだ。残る二人はそれを見届けた後、安堵のため息を吐き、シャルルは椅子に腰掛けた。

 

しかし、これはあくまで応急措置。着替えの度にこんな言い訳ばかりしていては怪しまれ、最終的には気づかれるのも必然。

 

「............シロウ?」

 

ならばどうしようかとシロウが考えているところでシャルルが声をかけてきた。

 

「もう着替えないと......」

 

「ああ、そうだな」

 

時計を見れば秒針が三十ほど進んでいた。

 

「じゃあ先に着替えてくれ。俺は廊下に出ておくから......」

 

シャルルを優先し、シロウは後から着替えるつもりなのだろう更衣室を出ようとする。

 

「待って!」

 

が、服を掴まれてその場に止められた。

 

「先に着替えていいよ。僕が外に出ているから......」

 

「いや、いいよ。俺が先に出よう」

 

「シロウが先に着替えて」

 

「いや、そこはレディーファーストだろ?」

 

「今の僕は男で通ってるんだから男だよ」

 

「む......」

 

ああ言えばこう言う。お互い後にひかない押し問答では時間が一刻と過ぎていくだけ。シロウは本当に変わったなと感心するも、どうしようと考える。

 

「じゃあ、じゃ「じゃあ、一緒に着替えよ?」んけんって......はぁ?」

 

シロウがじゃんけんで決めようと言う前にシャルルがとんでもない発言をし、それを聞いたシロウはあんぐりと口を開いた。

 

「ほら、早く後ろを向いて着替えなよ」

 

「ちょ、シャ、シャル......!?」

 

制止状態のシロウをシャルルが無理矢理後ろに向かせる。シロウも抵抗しようと思えば出来たはずなのだが、為されるがままに後ろを向かされた。

 

それに満足したのか、シャルルは自分の制服のボタンを外し始めた。

 

「......シャル、やっぱり俺が出るよ」

 

と言いシロウが振り向こうとした瞬間――――

 

「キャアッ!?」

 

――――何かがシロウの顔を覆い被さった。シロウが手に取るその何かとは今までシャルルが着ていた制服の上着である。

 

「こっち見ないでよ。……シロウのエッチ......」

 

カッターシャツの第二ボタンにまで手を掛けていたシャルルは胸を隠すように手で覆い、頬を赤らめながらそう言った。まるで予想もしていなかった事態にシロウは「ごめん!」とだけ言って再び背を向けた。

 

「............俺出とくから着替え終わったら呼んでくれ」

 

「――――だめ!」

 

シロウが背を向けたまま部屋を出ようとすると、右腕が絡め取られてしまう。本来、シャルルの華奢な両腕ではシロウを止めることは出来ないのだが、だからと言って、シロウは振り払うことも出来ず、ただ後ろを見ないまま歩みを止めるだけだった。

 

「シロウは私と一緒にいたくないの?」

 

「なっ……!?」

 

――――それは意図されたものなのか。それとも単に素が出ただけなのか。どちらせよ、不意をつかれたシロウは時間が止まったように固まった。

 

そして、どうするべきかと迷ったが、シロウが今までにこのような懇願をされて断った試しは一度としてない。

 

「………………背中合わせで互いにいいと言うまで決して後ろを見ないこと。それでいいか?」

 

「うん!」

 

結局、シロウが妥協案を出すことで終わる。その時の両者の反応は対照的だった。シロウは大きくため息を吐き、シャルルは満足そうに笑みを浮かべている。

 

だが、シロウが先日から気にかけていた質問を投げかけられて、その笑顔もすぐ消えることとなった。

 

「なぁ、シャル......。一つ聞いていいか?」

 

「ん、何?」

 

シロウは決して対面はせず、後ろを向いたまま問い掛ける。

 

「何で男装してここに入って来たんだ?」

 

――――一瞬、スムーズに着替えを進めていた手が止まるが、すぐに平静を取り繕う。

 

「(大丈夫。この質問は十分に予想できたし、そのシミュレーションもしてきたじゃないか)」

 

シロウは勘が鋭い。だからこそ、シャルルは小さく深呼吸して落ち着きを取り戻してから万全を期して作った答えを語り始めた。

 

「......実はね、僕の父親ってデュノア社の社長だったんだ」

 

「......」

 

それに対してシロウは驚く素振りも見せなかった。

 

一年前、この世界には魔術師はいないと判断を下した後、故郷へと再び戻ってきたのだが、その時にはすでにアニエスも亡くなり、シャルルの姿も見当たらなかった。しかし、束の口添えもあって、シャルルの居場所は容易に判明したが、同時にそれ以上の秘密も知ってしまったのだ。

 

「それで僕の父の会社、デュノア社は今経営危機に陥ってるの」

 

それもシロウは知っている。デュノア社は量産機ISのシェアが世界で第三位ではあるが、そのメインとなっているのはリヴァイヴと呼ばれる第二世代型のISである。そして、今最も開発が進められているのはセシリアの『ブルーティアーズ』のような第三世代型のIS。しかし、開発が遅れたデュノア社は第三世代型のデーターも時間も他に比べ圧倒的に遅れ、その上、国からの援助予算も大幅にカットされているのだ。

 

「でもあの人はそのピンチを抜け出すために一つの方法を思いついた」

 

「......」

 

「女性にしか扱えないはずのISをもし男性が扱えたら?そんなありえないことが起きれば世間がどの様な行動をとるかは一目瞭然だからね」

 

――――事実、一人目の男性IS操縦者の一夏の『白式』の開発に携わった倉持技研は政府からの援助予算額が上げられた。もちろん、束が作ったISだからという理由もあるが、それを使いこなす一夏を国がバックアップすれば、他国からデーターと引き換えに援助を受けやすくなるからだ。男性IS操縦者とはそれほど希少価値が高く、利益を生むものである。

 

「だけど、いずれはバレるのにね.....。でもあの人はずる賢いからバレることも織り込み済みなんだと思う。どういう計画なのかわからないけど、ただ僕が理解出来ているのは、僕は捨て駒なんだってことくらいかな」

 

シャルルが後ろを向いているおかげでシロウはその怒りを露わにすることが出来た。握り締める拳からは爪が食い込み、血が滴り落ちている。

 

――――守ると誓ったのに......。

 

シャルルが辛かった時に側にいることもできなかった自分に悔いているのだ。

 

「だから、僕は広告塔として来た。別に道具でもいい。捨て駒でもいい。僕はただ、シロウに会えればそれだけでよかったからね」

 

事実だけでなく自らの素直な気持ちすらも織り交ぜた嘘。それは真偽の判断が難しく、並大抵の者には決して見破ることができない。

 

「......そうか」

 

それでもシロウはシャルルが何かを隠していることに勘付いた。それも当然か......。シロウの前世とでも言うべきその生涯は嘘で塗り固められたものだった。自身に嘘を吐き、他者を欺き、他者に騙された。即ち年季が違う。世間を騙すために要した二年と、全てを騙し続けた生涯とでは......。故にシロウは勘付いたのだった。

 

――――しかし、シャルルの力にはなれない。たとえシャルルの掛け値なしの純粋な想いを知ったとしても、決意を固めたシロウにはその先に踏み込む権利はすでになかった。

 

「さ、さあ早く行こう。早く行かないと怒られちゃうからね」

 

この話はこれでおしまいと言わんばかり急き立てる。すでに二人とも着替えは済んでいたので、シロウは握り締めた拳を隠したままシャルルの催促を受けて駆け足でグラウンドへと向かった。

 

+ + +

 

――――もはや生粋の嘘つきと言えるシロウですらシャルルがなぜ嘘をついたかまでは理解できなかった。

 

シャルルはIS学園に来る前に父とある契約を交わしている。それはこの三年間で織斑一夏とそのISである『白式』の情報を入手し提供することだ。そうすることでその後のシャルルの人生に対して一切の不干渉を約束したのだ。もちろん、この時シロウの『TYPE-ZERO Saber』の情報入手も命じられたが、それだけは頑に断った。シロウを騙すという意味合いでは今嘘をついているのと同じではあるが、それだけは許容できなかった。嘘をついて嫌われるよりも、それをして二度とシロウには近づけない関係になるのは嫌だった。......嫌われてもいい。......貶されてもいい。たとえシロウのシャルルを見る目が変わったとしてももう二度とシロウと離れ離れになりたくなかった。もう二度と大切な人と別れたくない、と。ただただシャルルは切に願った。

 

だからこそ、シャルルは嘘を吐いた。この嘘の上に幸せな未来が待ち受けてると信じて。真っ直ぐに、爛々と輝かせた眼で着替えを済ませグラウンドに向かう。

 

ーーーー後にシャルルは後悔する。この時、輝かせたその瞳でシロウを捉え、その考えに至りさえすれば大切なものを失わずに済んだはずなのに、と。

 

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