正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第二十話 何でもない日々

ーーーー結局、シロウは何も追及してこなかった。

 

安堵とともに不安が胸を過る。

罪悪感に心が蝕まれる。

 

やっぱり、嘘をつくほど器用な人間じゃないんだな。私って......。だけど、この気持ちを悟られるわけにはいかないので出来る限り精一杯の笑顔を作った。この二年間で最も努力したのはISの操作トレーニングでもなければ、ISの知識を深めることでもない。ただただ他者を騙すためだけのこの笑顔の作り方だった。

 

これだけに関して言えばシロウさえも気づかないという自負さえもあった。

 

ーーーーただ、この時、私は自分のことで頭が一杯になっていた。もう少し心に余裕さえあれば、悲痛に歪んだシロウの表情にも気づけていたのに......。

 

+ + +

 

シロウとシャルルは二分ほど遅刻したが、一夏が先に来て説明したかいあって「さっさと並べ」と言われるだけで怒られることはなかった。

 

「ずいぶんゆっくりでしたわね」

 

この時間は一組と二組列の合同実習なのでいつもの倍になっている列に加わる。シロウの両隣にはセシリアと鈴がいた。ちなみに一夏とシャルルと箒は三人より少し後ろで、そのさらに後ろにはラウラがいる。

 

「本当に忘れ物を取りに行ってただけですの?」

 

シロウとシャルルがただならぬ関係なのではと懸念しているセシリアが教室での続きのように棘を含む口調で問い掛けてきた。

 

「......全く、セシリアは勘繰りすぎるぞ」

 

「なになに?何か面白いことでもあったの?」

 

「......はぁ」

 

呆れ口調の溜め息交じりで答えるシロウを見て、何かあったのだろうと見当をつけた鈴が会話に入って来た。

 

「......何もない。気にするな」

 

「何よその言い草は!......わかった。あんた私を除け者にする気ね!!」

 

「なんでそうなる......」

 

「鈴さん、少しお黙りになってください。今シロウさんと話しているのはこのわたくしです!」

 

「む、いいじゃない。話に入るくらい」

 

「今は授業中なんだから静かにしておいた方がいいぞ」

 

「そういうわけにはいきませんわ。きっちり説明していただけないとこちらも納得できません!」

 

「だから一体何があったのよ!」

 

平静を保つシロウとは違ってセシリアと鈴の口調が次第に荒く大きくなっている。

 

ーーーーパシーンッとここ最近よく聞く音がまた鳴った。その音に「またか......」と思う生徒もいれば、次は自分かもしれないとビクつく生徒と様々だが叩かれた本人たちはというと......

 

「くうっ......。何かというとすぐにポンポンと人の頭を......」

 

「......シロウのせいシロウのせいシロウのせい......」

 

......と、恨めしそうに叩かれた箇所を押さえている。うっすら涙を浮かべているのは気のせいだろう。そして難を逃れたシロウに鈴は今までの怨みをぶつけるかのように睨みつけながらつぶやいていた。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

「はい!」

 

ようやくの実戦訓練が始まるためか、それとも先程の二人のように怒られたくないだけなのかわからないがみないつも以上の声で返事をする。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。ーーーー鳳!オルコット!」

 

「な、なぜわたくしたちが!?」

 

「専用機持ちはすぐに始められるからだ。いいから前に出ろ」

 

「それなら一夏やシロウだっているじゃないですか!」

 

いつになく噛み付く二人。この勇敢に立ち向かう少女らに絶讃の声が……あがるわけもなく、むしろ無謀な挑戦に身を投じたその背中に誰もが諦めろよと心の中で囁いた。ここでの千冬の決定は一生徒に覆せるようなものではないのだから当然である。

 

その反応に千冬は怒るわけでもなくただ呼び寄せてシロウたちその他の生徒たちから背中を向けて二人の肩を組む。

 

「……お前ら、少しはやる気を出せ。あいつらにいいところを見せられるぞ?」

 

「「ーーーー!!」」

 

それは二人にとって願ってもないことだった。セシリアと鈴の恋の進展具合はほとんど同じだで、二人はここ最近の想い人との距離が一向に縮まないことに焦りを感じていた。しかも、奇妙なことに二人の想い人には幼馴染という厄介な壁がいる。一人は男でもう一人は自分と同じただの幼馴染。されど、その存在がセシリアと鈴にとって脅威となっているのは言うまでもない。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

「まあ、実力の違いを見せつけるいい機会よね!専用機持ちの!」

 

ーーーー故にその提案を却下することなく受け取った。超眩しい笑顔で……。その後ろで千冬は口角を上げていた。

 

「さて、それでは二人には山田先生と戦ってもらう」

 

千冬の後ろではすでにスタンバイしている真耶の姿がある。それを見て鈴はまさか、と思ったのか千冬に尋ねた。

 

「もしかして二対一ですか?」

 

「その通りだ」

 

鈴の予想は的中したが、セシリアとともに困惑しているのか顔を見合わせている。

 

「なんだ、不服か?」

 

「いえ、そういうわけではなくて......」

 

「二対一はちょっと、ねぇ?」

 

二人は二対一で勝っても嬉しくない。つまり、勝つこと前提で話を進めているのだ。セシリアに至っては一度勝っているのだからその心理は当然とも言える。

 

「安心しろ。お前らではIS学園の教員は倒せない。どうせすぐに負ける」

 

「......言ってくれますわね」

 

「......やってやろうじゃないのよ」

 

千冬の言葉に少女ら二人はさらにやる気を見せる。火に油を注いだ千冬に何てことをしてくれるんですかと真耶は叫びたくなりそうになったが、叫ばず即座にスイッチを切り替えた。

 

「でははじめ!!」

 

+ + +

 

ーーーー五分後。意気揚々と挑んだ若者たちは無残に生き恥を晒していた。......なんというか、好きな男にかっこいい姿を見せようとしていただけに憐れである。

 

「うぅ......」

 

顔を真っ赤にしたセシリアはまさに穴があるなら入りたい気持ちだろう。あれだけ張り切っていたのに恥をかいた手前、とてもじゃないが隣のシロウには目も合わせれないでいた。

 

「いい線はいっていたと思うぞ。今の敗因も圧倒的な経験値の差や慣れないコンビプレイが原因の一つだしな」

 

思いがけないシロウの言葉。最後に頭を撫でてもらうおまけ付き。もちろんこの行動に一切の下心はない。だが、フォローを受けた本人は惚けてしまい、シロウファンクラブの面々からは心の中でブーイング。中には親の仇を見るかのようにその光景に殺気を込めて睨む者もいた。

 

「……おい、フルーレ」

 

抑揚のない声。その声で千冬は苛ついているのだとわかるのはこの場ではシロウと一夏くらい。だが悲しいかな、二人の鈍感スキルは群を抜いて鈍い。そんな二人に千冬の気持ちを理解するのは不可能である。

 

「ついでに世界レベルを見せてやる。お前にはそれに付き合ってもらう」

 

「……付き合ってもらうって……、織斑先生のISはないでしょうに……」

 

「問題ない。ここにはISがすでに準備されているんだからな」

 

この時間は生徒のIS訓練を行う予定だったためすでに六機のISが用意されていた。千冬はその中の一機を使うと言うのだ。

 

「…………」

 

シロウは思わずため息をつこうとしてしまうが何とか我慢する。何故かは知らないが公私混同している千冬に呆れ、千冬の我儘に付き合う義理はないので止める術を思案するが、結局思いつかないでいた。

 

だがしかし、とシロウは思案する中で別の考えが生まれた。千冬の意図するところはわからずじまいであるが、千冬の戦いを一夏や他の生徒に見せることはプラスになる、と。

 

「......わかりました。俺でいいならお手伝いしましょう」

 

そうして一寸考えた末、了解の返事をした。それを聞いた千冬は嬉々としてISを装着し展開する。

 

「ちょ、ちょっとシロウさん!?」

 

セシリアが驚きを隠せない様子のまま声をかける。

 

「ん?なんだ?」

 

「何を考えていますの?シロウさんが織斑先生と戦う必要なんてありませんのよ」

 

セシリアと鈴が真耶と戦ったのは教員の力を見せつけ、敬意を払わせるためだ。だが、千冬の強さはこの場にいる皆が周知している。少なくともその理由の上でシロウが千冬と戦う必要性は皆無。

 

それは真耶を含めたほとんどの生徒の総意だ。

 

「戦う必要なんてない、か......」

 

確かにその通り。模擬実戦とは言え、千冬の我儘に付き合うメリットはシロウには何もない。先程挙げた理由を唱えてもいいがそれは結局のところ口実に過ぎない。ではなぜなのだろうか?

 

「ーーーーだって挑戦を叩きつけられて応じなかったらかっこ悪いだろ?」

 

そして、シロウは照れくさそうにはにかんで答えた。些細な男のプライド。そんな簡単な理由がシロウを突き動かしたのかもしれない。

 

ーーーーそうして私怨込められた意味なき戦いが始まった。

 

 

 

......ちなみに、後日シロウファンクラブは正式な部活動に認定され、担当教員も真耶に決まったとか決まってないとか。

 

 

 

+ + +

 

ーーーー昼休み。場所は第二グラウンドから移る。そこは一般の教室とは違い、生徒の悩みや相談事を受けるための小さな部屋。そんな一室にあるのもテーブルが一つと椅子が二つだけで、その部屋はまるで殺風景を絵に描いたような部屋であった。

 

ーーーーガラッとドアが開かれる。その部屋に入って来たのは公式上世界でたった三人しかいない男性のIS操縦者の一人、シロウ・エペ・フルーレだった。

 

「珍しいな、お前から相談を持ちかけるなんて」

 

先に座って待っていた千冬が口を開けた。千冬の言うとおり、シロウが誰かを頼ることなどほとんどなかった。だからこそ、その内容が気になり忙しい激務の中にもかかわらず、十分も前から待っていたのだろう。

 

「すまない、これは君にしか頼めないことなのでな」

 

「ほう......、まあいい。私もお前に伝えることがあったしちょうど良かった」

 

「ん?何かあったのか?」

 

シロウの口ぶりに千冬はますます興味を示す。だが、その前に、と向かいの椅子に座らせ先程会議で決まった決議を伝える。その決議内容はシロウが手放しで喜ぶものだろうと予想しながらーーーー

 

「……お前とシャルル・デュノアが同室で入寮することが決まったぞ」

 

「…………ッ!?そうか……」

 

ーーーー千冬の予想とは大きくかけ離れ、シロウは喜ぶ様子などは一切ない。むしろ、その情報を聞いて愕然としていた。

 

「どうした?嬉しくないのか?」

 

「 ............私は学校を辞めるつもりでいるんだ」

 

「........................は?」

 

あまりにも突然で衝撃的な内容に然しもの千冬も思考が停止しまった。これまでシロウの行動の意図がわからず頭を悩ましたことが何度かあるが、今回はその中でも最たるものだ。

 

「......悪いが理由を教えてくれるか?」

 

皆目検討もつかない千冬はお手上げ状態になってしまい、遂には考えるのを止めて本人に尋ねた。

 

「......俺の他に魔術師がいたようだ」

 

重たそうに口を開き、しかし真実をはぐらかしながらシロウは答えた。そして、その返答に千冬の表情も険しくなる。

 

「そうか......」

 

そうして理解した。事前に教えられた魔術師の性格や特徴、そして連続して学校を休んだ理由も自分の知っている範囲で整理した。

 

きっと戦い、傷を負ったのだろう。

 

彼女もまた、シャルルと同じ様にシロウという存在の一部を受け止めている。

 

だが、理解してしまっている千冬の口から出たのはたったの三文字だった。されどその三文字には悟った千冬の気持ちが込められていた。

 

“ーーーー悔しい”と。何も出来ず、おそらく、これからも手を貸すことの出来ないほど遠くに身を投じるであろうシロウに、自分は見守ることすら許されないことに気づかされたからだ。

 

「......それで?お前は私に退学手続きを速やかにしてくれというのか?」

 

この世界で一番近しい位置にいると自負していただけに、何の相談もなく退学を決めたシロウに罵倒の一つや二つあげたいのが本音であるのだろうが、ギリっと奥歯を噛み締め出来得る限りの鉄仮面を貫く。

 

「話が早くて助かる。私は今すぐにでもこの学校を辞めるべきだからな」

 

「シャルル・デュノアはいいのか?」

 

千冬は知っている。シロウにとってシャルルはかけがえのない存在だということを。なのに見捨てるようにここから去ろうとするシロウに疑問を投げかけてしまった。

 

「............」

 

その問いにシロウは口を閉ざした。ーーーー酷い質問だった。馬鹿なことを聞いてしまった、と千冬は自分自身を自嘲する。

 

シロウの性格は誰よりも千冬が知っている。だったら、少し思考を巡らせれば気づいたはずだ。シロウがそんな簡単に見捨てるような者ではないのだと。おそらく、考えに考えた、熟考の末の決断なのだろう。彼女の幸せを願って出した答えが決別なのだと。

 

「............すまん」

 

「............いや、君が気にすることはない」

 

「「............」」

 

結局、この場には沈黙が停滞した。

 

「とにかくこの件は申し訳ないが君に任した」

 

そうとだけ言い残しシロウは足早に部屋を出て行く。それを寂しそうに見送る千冬はただ一言シロウに聞こえないようにつぶやいた。

 

「シロウ、お前はまた私を頼ってくれないんだな......」

 

+ + +

 

部屋から出るとそこには窓から空を眺めていた少年 、いや、少女というべきか。どちらにせよ、絵になる人物が一人佇んでいた。

 

「......あ、終わった?」

 

「シャル......。待っててくれたのか?」

 

「えへへ、僕とシロウは今日から同室だって。だから、シロウと一緒に行きたかったんだ」

 

「......そうか、ありがとう」

 

そう言いながらもフッと笑みを浮かぶのが自分でもわかる。そのままシャルの頭を撫でた。温かい手が心地よいのかシャルの顔がにやけきってしまっている。再び手にした幸せが永遠のものだと信じて疑わないシャルにとって先程の千冬との密談の内容など予想も出来ないものだろう。

 

ーーーーこの先、シャルたちとともに過ごすのもわずかな時間だけ。これは自ら行った業の精算。故にこれは避けることの出来ない未来。

 

だが、......だが、それでも、この限られた時間が幸多くあって欲しいと願うのは私のエゴだろうか?

 

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