――――ドイツのとある港の倉庫で、世界を揺るがす事件が発生していた。『織斑一夏誘拐事件』これが、織斑一夏にとってISに関わる初めての事件だと言ってもいい。
この世界が通常通り正史の軌跡を辿るならばつつがなく世界が正常に廻るだろう。
だが、
もし、この世界に生まれ落ちるはずのない人間が誕生したら?
もし、その人間が何の問題もなく人として育ってしまったら?
もし、ここにいるはずのない人間が当然のようにそこにいたら?
もし――――誘拐犯を正義の味方が先に見つけてしまったら?
――――これはそんな『IF』の物語。辿るべき道筋を違えた真とは異なる偽なる世界。だが、誰も知らない。誰にも理解されない。否、そんな必要はどこにもない。
科学の発展してしまったこの地球では真も偽もありはしない。なぜなら、彼らにとって地球とは唯一無二の世界なのだから。
+ + +
月が照らされず、電灯も仕事をしてない暗闇の舞台の上に立つのは一人の少年。唯一の光源である懐中電灯の光はその少年を確りと映し出す。その光源も震えに震えているため少年はそこに立っているだけだというのに現れては消え、現れては消えの繰り返し。
「な、なんなんだ......?」
少年に対峙するのは左手に懐中電灯を持つ一人の男。ここにはまだ三人の男がいたが、すでに気を失い、倒れている。
そして、男は目を直視する。
はためくは紅き外套。ライトの光で煌めく二つのボウイナイフ。何より特筆すべきは少年の身であるのに酷く鋭いその眼光。
「お、お前は一体何者なんだよー!!」
人間とは思えない速さで一直線に駆けて来る紅い外套を着た少年に銃を向ける。だが、よほど錯乱しているのか、構えている銃も震えている。そんな状態で発砲された銃弾は少年に当たることなく通り過ぎた。
「............嘘だろ?」
銃弾を避けただけでも驚愕に値するというのに、男はそれ以上にあり得ぬ光景を見た。持っていた銃の砲身が少年のナイフによって一刀両断されたのだ。その一連の様に腰を抜かして再び叫んだ。
「本当にお前は一体何者なんだ!!?」
男の前に立ち竦むはナイフを持つ少年の姿をした鬼人。鷹の目のように男を見下ろすその目に男は恐怖を感じた。
「......なぜ貴様ら悪党にそんなことを言わなければならない」
少年から返ってきたのは男の求めた答えとは程遠いモノだった。凡そ十を超えたばかりの少年に持てるほどではない殺気。それを一身に浴びた誘拐犯の最後の一人は間もなく気を失った。
「............」
少年は転がった懐中電灯によって写し照らされた存在に気づく。そのまま、柱に縛られて気を失っている一人の少年に近づこうとしたが何か異質な、どこか感じたことのある気配を感じたので足を止め耳を澄ます。
異質な気配の次に聞こえたのは聞き慣れない音。例えるならば、何かの機械の駆動音のような......
「――――なッ!?」
......ような、ではなく力づくで扉を開けて現れたのはまさに機械の塊だった。ただ、少年の予想を遥かに超えていたので、少年はつい言葉を失ったように固まった。
「ウォオオッ!!」
だが、固まったのも一瞬。叫び声とともに突っ込んでくる機体に少年は気絶している少年を抱えてそれを回避する。
「......チッ!」
奇襲を避けられるとは思ってもいなかったのか機械の塊は忌々し気に舌打ちをし、辺りを見回す。まだ田舎から出てきたばかりの世間に疎い少年には知らないことではあるのだが、この機械の塊こそが今世界で注目を浴びているISという人型の機体なのだ。
「「............」」
今いるのは電灯の点いていない倉庫の中。唯一の光源であった懐中電灯も機械の塊の乱入であられもない所に向いている。つまり、今はお互い相手の顔は見えていない。少年はともかくIS操縦者までも相手を視認出来ないのはおかしいと思う者もいるかもしれないが、実際のところ、このISは暗闇には対応していない。専用のISではハイパーセンサーに暗視ゴーグルのような暗闇でも相手を視認出来る機能があるISもあるだが、生憎このISにその様な機能は備えられていない。そもそもISは夜間での戦闘を想定されていないので当然と言えば当然である。だが、ならば双方ともに相手を感知出来ないのか?と問われればそれはNoである。
一方はハイパーセンサーによって人間では捉えきれない細かな音と大気の流れで相手の大まかな位置を探り、もう一方は闇に隠れた中で完全に把握している。それはなぜかと言えば簡単なことである。ISのところどころの箇所が発光し、手に持つ刀の鎬もわずかに光を発している。故に顔こそ見えないものの、どういう機体でどこにいるかも丸わかりなのだ。
「「............」」
沈黙が続く。少年は気絶している少年を安全な場所で寝かし、相手を見据える。IS操縦者はキョロキョロと周りを見回すがやはり闇の中では相手を捉えることは出来ないでいる。いくらハイパーセンサーと言えど、風の音や、風によって揺れ動く振動が妨げとなり未だ相手の位置どりを掴めないのだ。だからか......、IS操縦者は転がっている懐中電灯に近づきしゃがんで取ろうとする。
――――ガタンッ!
IS目掛けてナイフを持った少年が飛来した。音がしてたったコンマ一秒でISの後方すぐ手前まで肉薄していた。通常では考えられない、不意をついた攻撃。その戦法は対人戦ならば良策となりうる。だが――――
「甘いッ!!」
――――相手は人ならざるモノ。この世界の科学の集大成と言ってもいい。ISには全方位視界接続とハイパーセンサーによって死角はなく、それを知らない少年は最善を期した奇襲が逆に裏目に出ることになった。
IS操縦者は振り向き様に持っていた刀を少年目掛けて振るってきたのだ。
「......ッ!?」
少年は驚くより先にボウイナイフで防御し、『強化』したナイフの刃が折れたことに瞠目しながらも自らは後ろに飛んで衝撃を和らげる。
刀とナイフが衝突した瞬間、わずかな光のおかげでお互いの目も交錯した。
「お前!!?」
一瞬の内にお互いに見覚えがあると思ったが、今は戦闘中なのでその考えは脳裏に追い込んだ。
五メートルほど後ろに飛んだ少年の姿を捕まえようと懐中電灯を向けるが後一歩の所で姿を隠した。ギリギリ見えたのは左足だけだがそれも一瞬の内に闇に消えた。
「(今の眼もそうだが、動きもまるで暗殺者だな......。だというのに――――)」
IS操縦者が驚いたのはその戦闘技術ではない。残念ながら顔までは確認出来なかったが、捉えた相手の姿は彼女の弟と同じ歳ほどの少年だった。
「............ん?」
今更気がついたのかIS操縦者の周りに倒れている男たちに目をやった。
「これは......、あの少年がやったのか?」
そこにあったのは男だけでなく、一刀両断された銃の残骸も散らばっていた。そしてIS操縦者の目がそちらに集中している時にただ一言、『投影、開始(トレース・オン)』とだけ倉庫に響いた。
「チィッ!!?」
今日二度目の舌打ち。懐中電灯の光を当てることなく少年が凄まじい速さで駆けてくる姿を捉えた。今まで、光を当てなければ見ることも出来なかった少年の姿。いや、今回ばかりは少年の持つ黄金の光を放つ剣に目が奪われる。
――――人の身では決して届かぬ神秘の具現化。かつて竜を殺したと言われる伝説の剣。
それを前にIS操縦者は果敢に迎撃せんとする。恐怖は――――あった。大会でも感じたことのない威圧感。だが、それでも退くことはしなかった。それは自分への自信か......、それとも、一刻も早く救いたいという弟への愛情か......。おそらくはそのどちらもであろう。その二つがあったからこそ、彼女に撤退という選択肢を放棄させた。
「――――なッ!?」
――――だが、それ故に自身の敗北を受け入れることが出来なかった。
彼女の愛刀『雪片』には絶対の自信と信頼を持っていた。それが拮抗もせず、まるでそうなる運命だったかの様に真っ二つに分かれてしまった。
「......クッ!」
ともに戦い続けた相棒の片割れの行く末も見届けることも許さず黄金の剣は彼女の首元に添えられる。
「そこまでだ、悪党。妙な真似をするとその首も切り落とすぞ」
IS操縦者はひやりと冷や汗をかく。だが、ここで死ぬとしても言い返したい、と子どもじみた考えで口を開けた。
「......誘拐犯の貴様らが私を悪党呼ばわりとは笑わすな!」
明らかに死の恐怖に襲われているというのに、その声には恐怖ではなく怒気が含まれている。
「なに?」
何かおかしい、と少年は顔を見上げてIS操縦者の顔を見る。それに呼応するかのように彼女も視線だけを下ろして少年の顔を見た。
「「貴女(お前)は!!?」」
驚きは互いの口から。今漸くそれぞれの顔を確認した二人は驚愕した。別に知り合いというほどでもないし、まともに会ったこともない。
ただ、あの日――――ルーカの葬式で一目見たことのあるだけの関係。
――――これが、織斑一夏と同様に少年、シロウ・エペ・フルーレがISに関わる最初の事件だった。